『ダンチョーの思い2』

「私の勝手な予想なんだけど、その魚は多分こなたが造ったんじゃないかしら?」
あのバツの悪そうな顔をして手を上げていたかがみは何処へ行ったのか、顎に手を当て真剣な表情である。
「驚きましたね、そこまで的中されるとは思いませんでした」
「うん……私ね、シューティングをやるんだけど、今言ったような魚の敵が出るゲームがあるのよ
 ハルヒはゲームとかやんなそうだし、ひょっとしたらって思ったの」
頭の中までゲームで出来ているとは……こなたは相当なゲーマーだな。
それにしても、どうしてこなたに閉鎖空間を生み出すことが出来たのか?
俺にはそれが分からない。
「なぁ古泉、そんなことありえるのか?」
ハルヒの超人的な能力によってああいったことが出来るのであって、
誰彼構わず閉鎖空間を生み出してしまっては古泉は目に隈をこさえて登校してくる羽目になる。
「何とも言えませんが……かがみさん、昨日泉さんの様子に変わったところはありませんでしたか?」
「変わったところって言えば……ねぇ?」
かがみは左右に座るつかさと高良を交互に見る。
「うん」
「そうですね」
二人ともかがみと同じことを思っているようで、意味ありげなリアクションだ。
やはり“あのこと”が頭を過ぎっているのだろう。
「何かあったのですか?」
「えぇ、昨日部室の前ですれ違ったとき元気がなかったの。
 それでこなたを見たハルヒがやけに心配してたから気になって……」
だから昨日俺に真っ先に「何かあったの?」と尋ねてきたのだ。
しかしハルヒがそんなに心配するほど元気がなかったとは……やはりあの一件が原因なのだろうか?
「あの時部室にいたのは……」
かがみ、つかさ、高良の三人は一度顔を見合わせた後、俺の顔をジッと見つめた。
どうやら三人とも、俺と何かいざこざがあってこなたは元気を無くしてしまったのだと思っているらしい。
しょうがない、昨日起こったことを包み隠さずに伝えるしかなさそうだ。

「あーもう間違いなくそれが原因よね」
「そ、そだね」
「そう考えるのが自然ですね」
三人揃って俺が原因だとは、もし俺が否定しても多数決で決まりだ。
つまりなんだ、昨日俺が命ぜられたことはこなたにしてみれば本当は望んでいないことなのか?
「わかるでしょ? そのくらい」
かがみは半ば呆れたような顔をして俺にジト目を向ける。
俺ってそんなに悪いことしたか?
「とにかく、これは私の推測でしかありませんし、それが正しいかはわかりませんが、
 昨日の閉鎖空間はやはり涼宮さんの力によるものが大きいと思います」
古泉は部室の空気が不穏なものになりつつあることを感じ取ったのか、流れをぶった切るようにして語り始めた。
「涼宮さんは昨日泉さんを心配していたといいましたよね?」
「えぇ」
「その泉さんに対する気持ちが、今回の閉鎖空間を生み出した要因ではないでしょうか?
 涼宮さんはストレスを発散する為に閉鎖空間を生み出すのですが、
 元気の無い泉さんを見たとき、涼宮さん自身も知らないところで
 “こなたにもそういう場所があれば……”といったような思いが生じたのです」
「ということはハルヒがこなたの為にストレス発散の場を提供したってことか?」
「そうです」
……そんなことが出来るのか?
と一瞬不信に思ったが、よく考えればそれくらい出来ても不思議ではないな。
今の状況に慣れてくるとそれが当たり前だと思ってしまう。
何度も非現実的なことを経験していると、ある程度の不思議なら何も考えずに鵜呑みに出来るってわけだ。



「あの魚はどういうことなんだ?」
「それは……」
俺が古泉に尋ねると、意外にもそれに答えたのは高良だった。
大きく息を吸い込んだかと思うと……
「涼宮さんは何かストレスを感じたときなどに閉鎖空間を作り出し
 その限定された空間に巨人を出現させて破壊活動を行わせることで、鬱憤を晴らしているわけですよね?
 つまり涼宮さんにとって巨人はストレスが具現化したものであると同時に破壊の象徴であると言えると思います。
 しかしあくまで“涼宮さんにとって”というだけで、もし私達にも同じような力があったとしたら、
 そこに出てくるのはおそらく一人一人姿形は違うのものなのでしょう。
 そして今回の巨大魚型戦艦は泉さんにとっての破壊の象徴だったというわけです」
たった数分前に信じられないような話を聞いたというのに……ものわかりが良いというかなんというか。
よくまぁこれほどのことをトチらずにスラスラと言えるものだ。
うむ、とりあえず高良のお陰でよくわかったが……。
「まだ何か問題があるんだろ?」
もし昨日の閉鎖空間について伝えるだけだとしたら、こうしてわざわざ部室に集まる必要は無い。
俺達が集められたということは、こなたのことで何かしらの措置を取る必要があるからだろう。
それは何なんだ?
「今日泉さんは休まれていますよね?」
「風邪だって聞いたけど?」
「実はそれは風邪ではないようなのです」
「は?」
どういうことだ? そして何故そう言いきれるんだ?
「涼宮さんによって閉鎖空間が造られたわけですが、涼宮さんは場所を提供しただけで、
 そこに巨大な魚を出現させたのは彼女ではなく、あくまでも泉さん自身です」
「……」
「ご承知のとおり涼宮さんは神にもなぞらえられるほどの力を持っており、閉鎖空間を造って
 巨人を出現させるなんて造作もないことでしょう。 しかしそれはとても大きな力を必要とするのです」
それを無意識のうちにやってのけるとは、やはりハルヒはとんでもない奴だ。
「当然そのような力のない泉さんにとって、巨大な魚を生み出すことは大きな負担となります。
 つまりコンピュータがオーバーヒートを起こすように、泉さんは熱に魘されたような状態に陥っているのです」
最後の喩えは俺にはよくわからんが、つまり自らの手で人造人間を造っておきながら、
やがては手に負えなくなったフランケンシュタイン博士のようなものだろうか?
「でもその魚は昨日倒したんだろ?」
「えぇ」
それならこなたがオーバーヒートする要因はもう無いんじゃないか?
手に負えない人造人間は無事に退治されたわけだ。
「人の感情というのは気難しいもので、ストレスを感じたときに一度カラオケに行ってスッキリする場合もあれば、
 いくら自棄食いをしても解消されない場合もあるでしょう。 涼宮さんでも同じことです。
 閉鎖空間を一度だけ発生させてストレスが収まるときもあれば、
 何度も、何体もの神人を生み出してもなお足りないこともあるのです。
 こういった場合でも涼宮さんなら何度でも閉鎖空間を造ることが可能ですが、泉さんには不可能です。
 泉さんは自らが造り出した怪物を放すことが出来ず、その怪物に苦しめられているのです」
魚では完全に解消しきれなかったストレスが、こなたの心の中で暴れているということか。

「で、一体どうすればいいんだ?」
今誰もが同じことを考えただろうが、それを代弁する形で古泉に尋ねる。
すると古泉はずっと俺達が話をしている間も、分厚い本を読んでいた長門を見た。
それと同時に本を閉じた長門は、ゆっくりと顔を上げた。
「出てこれないのなら、こちらから出向けば良い」
しばしの沈黙の後、授業開始10分前を知らせるチャイムが鳴り、俺達は文芸部室を後にした。


放課後の部活は急遽休みとなった。
どう言いくるめたのかは知らんが、古泉がハルヒにそう頼んだらしい。
こなたの家へと向かう途中、俺の隣にはかがみが歩いている。
前を歩くのは長門と古泉、その次に俺達二人、そして後ろには残りの三人だ。
「それにしても、信じられないような話だけど、なんとなく辻褄は合ってるのよね」
「何が言いたいんだ?」
俺が尋ねると、かがみは「ううん」と首を軽く振って答える。
「あのゲームの話なんだけど、あれはマルチエンディングっていって、
 どのルートを選ぶかによってエンディングが変わるのよ。 で、一応正規ルートがあって……」
ゲームの内容を全く知らない俺に一生懸命説明するかがみ。
普段あまり見せないその饒舌さに、いつもと違ったかがみが見れたようで、
何だか少し得したような、そんな気分にさえなってしまった。
「そのエンディングが“最後の敵を倒した途端に目の前に広がる荒れ果てた風景が幻のように消えて、
 同時に今までの敵との死闘の痕跡も消えてしまった。 今までの戦いは本当に現実のことだったのだろうか?
 自分たちが目にしたものは一体なんだったのか……?”っていうものなの」
俺にとって頭の痛くなるような話だが、もちろんそんなことは言えるわけない。
「聞いてる?」
「あ? あぁ聞いてる」
「これには裏設定があって、簡単に言うと“人々の集合無意識が強大な敵のイメージを生み出し、
 全ての敵は心と脳が映し出した幻視だった”……っていう話なの。
 今回の閉鎖空間に現れたのはこなたが無意識のうちに生み出したものなわけでしょ?
 そういうことを考えたら妙に設定とリンクしてるなぁと思って」
“簡単に言うと”と前ふりを付けたわりには理解するのに時間が掛かってしまったが、
なるほど確かにリンクしていると取れなくもない。
ただ俺的には、寝る数時間前にそのゲームで遊んでいたから
閉鎖空間に例の魚が出てきただけなんじゃないかと思うがな……。
「もう! そんなこと言うと私が長々と喋ったのが無駄になるじゃない!」
とかがみは頬を膨らませているが、こなたの家へと到着したことで
そそくさと玄関まで歩いていき、インターホンを押した。
しばらくしてスピーカーから聞こえてきた声は、こなたの親父さんらしき声だった。
「あ、えっとこなたさんの友達の柊です」
「柊さん? あーあのときのお嬢ちゃんだね」
「はい、他の友達もいっしょなんですけど、こなたさんのお見舞いに」
「わざわざ悪いね。 ちょっと待ってね今開けるから」
顔を出したこなたの親父さんは、やはり親子だなということが分かるほどこなたによく似ていた。
目元に付いた泣き黒子はお父さん譲りだったんだな。

こなたの部屋へと通された俺達は、もって来てくれた飲み物を受け取ると
とりあえずカバンを置いて、その飲み物を片手にそれぞれが空いたところに座った。
ベッドに横になったこなたは頭にタオルを乗せて苦しそうな表情をしている。
「長門さん、そろそろ……」
手にした飲み物を全て飲み干した頃、古泉が長門に向かってそう言った。
それまでこなたの部屋の散らかり具合について話していたかがみ達三人も、一気に緊張した面持ちになっている。
俺達はいつのまにか立ち上がり、長門を食い入るように見つめていた。
みんなの視線が集中していることを全く気にしていない長門は、
こなたの額に乗ったタオルを外して枕元に置くと、まるで熱を測るように手をかざし、
いつものように、何やらブツブツと小さな声で早口言葉のようなことを呟いた。
段々と意識が薄れていくような感覚がしたのは、それからすぐのことだった。




俺が目を開けたとき、既にそこはこなたの部屋ではなかった。
トンネルを二つ貼り合わせたような巨大な円筒形の建造物の中に配置された、
これまた巨大なブロック状の物体の上に立っていた。
その建造物はSF映画に出てくる宇宙基地のようで、
延々と続いている円筒の最深部は白く輝き、円筒自体はゆっくりと回転している。
妙にヒンヤリとした空気に加え、ゴウンゴウンと機械音が耳の奥に響き、不気味さを何倍にも跳ね上げていた。
巨大ブロックには円形の発光部分が25ヶ所均等に設置され、それが赤→黄色→緑→青と怪しく光っている。
「わー!」
「な、なによこれ!?」
目を丸くして驚きを隠せない様子のかがみとつかさ。
そりゃ二人に抱きつかれて嫌な気はしないが、身動きが取れないのは困る。
いい加減離れてはくれないだろうか?
高良も驚いてはいるようだが、それよりも好奇心のほうが強いようで、
顔をあちらこちらに動かしては、今自分が置かれている状況を理解しようとしている。
朝比奈さんは……あ、いた。
「え~んキョンくぅん」
地面にへたり込み目を潤ませて俺を見上げる朝比奈さんは、それはもう悩殺ものだったが、
それを堪能する間もなく、事態は急速に進行していた。

いつもと同じだが神妙に口を閉ざしたままの長門が、前方の白い光の中をジッと見つめている。
俺もそれにならって円筒の最深部に目を向けると、何やら小さな黒い点が徐々に大きさを増しているようだった。
段々と大きくなっていくうち、それが何か巨大なロボットがこちらへ飛んできているということが分かった。
そう考えている間にもそのロボットは大きく大きく……大きく大きく……で、でか!
俺達の目前まで来るとロボットは大きな音、さらに身体が浮くような揺れを発生させて地面に着地した。
ソイツは四本足で歩く巨大移動兵器とも言うべき姿をしており、今までに見たどんなに巨大な建物よりもデカかった。
「魚……じゃないな」
「そうね、でも多分何かのゲームに出てくる敵だと思う」
飛んだゲーム脳だなこりゃ……。

先にどちらが攻撃を仕掛けたかなど、俺には分からなかった。
気が付いたときにはリング状の光やレーザーが飛び回り、爆音につぐ爆音で耳を塞いでも無駄。
時折こちらにレーザーが飛んで来るが、長門が球状のフィールドを形成してくれたお陰で接触は免れている。
しかしその度にすぐ傍にいる四人から金切り声のような悲鳴が聞こえ、俺の耳はダメージを受けている。
長門と古泉は持てる力を存分に発揮してデカブツに攻撃を加えているようだが、
ただ見ているだけの俺の目からも、それがあまり効果をあげていないように見えた。
標的の大きさから決して攻撃が外れているわけではないが、どうも効いていないようだ。
それにこのデカブツ、巨体に似合わず意外と移動速度が速く、かなり圧倒されている。
「どっちが勝ってるの?」
「わからん……いったいどうしたら……」
そう考えているのは今現在戦っているあの二人も当然同じことだろうが、
悩んだところで敵は攻撃の手を緩めることはなく、あれこれと思考を巡らす余裕はないようだ。

どれほど攻防が続いたか知らないが、突如敵がブロック中央で攻撃や移動の一切を止め、
その直後サイレンのような大きな音が響き渡った。
一体何が起きようとしているのか分からず、誰もが敵の姿をジッと見つめていると。
全体的に白っぽい色をしていたデカブツが金色に変色したかと思えば、
機体中央部が上へと伸びていき、そのまま巨大な砲台のような形に変化した。
次の瞬間、今までのどんなものよりもデカイ音と共に、その砲台からレーザーが発射された。
その後首を振るような形で砲台を動かしているが、レーザーは一直線にしか進まないため、
何とか二人とも避けることが出来たようだ。
もしあれに当たれば流石の長門もどうにかなってしまいそうだな。
しかしピンチは最大のチャンスとはよく言うもので、決定的な戦力差を見せ付けられたようではあったが、
これは同時に勝てる見込みも見出すことが出来たということだった。



敵がゆっくりと砲身を上げ、金色からまたもとの色に戻る様を見ながら、
かがみは俺の裾をひっぱりながら、耳元で呟く。
「なんだか今の間だけ攻撃が効いてたように見えなかった?」
「いわれてみれば……」
「もしかしたら今のは、敵の全エネルギー費やした攻撃だったのかもしれません
 ですからその間はこちらの攻撃も有効だということです」
高良がそう予想したように、古泉と長門もそれを悟ったようで、
今は相手の攻撃を懸命に避け、また次に敵が形態を変化させるまで力を温存しているようだった。
そして二度目のチャンスは比較的早く訪れた……のだが、
またも金色に変色しながら砲身を伸ばした敵は、こともあろうにその砲身をこちらへ向けた。
「え? えー!? キョン君あれコッチ向いてるよ!」
つかさが何やら喚きながら俺の左の裾を引っ張る。
対照的にかがみは何も言わないが、やはり怖いのか俺の右の裾だけはしっかりと握っていた。
高良は朝比奈さんに抱きつかれて身動きが取れず、それどころではないようだ。
と冷静に状況説明をしている俺だが、実を言うとかなりビビッている。
「やばい、来るぞ!」
「きゃあぁぁああぁあぁー!」
発射されたレーザーに、俺達はただ目を瞑り叫ぶことしか出来ない。
そんな俺達に向けて目を閉じていても感じるほど強烈な光が注がれる。
しかしその光も俺達の叫びも、それ以上の閃光と轟音に掻き消されてしまった。
「……あれ?」
今までのことが嘘のように、またゴウンゴウンという機械音が耳の奥に響いている。
恐る恐る目を開けると、あの金色の輝きは何処へやら、
巨大移動兵器は無残にも真っ黒に焦げてしまい、その残骸があちこちに散らばっている。
そして目の前には戦いに疲れた様子の古泉と、激しい戦いだったというのに涼しい顔をした長門がいた。
「もう少しで皆さん消し炭になるところでしたよ」
「ははは……」
もう笑うしかない。
「目標の破壊に成功した、あとはこの空間自体を消滅させる」
長門は敵の残骸のうち、一番損傷の少ない砲台部分へと近づいていった。
そして機体に手を掛けて目を瞑り、呪文を呟くと、辺りが青白く光り、
まるで某バトルマンガのキャラクターが気を溜めているようなオーラが出てきた。
やがて長門が目を開くと同時に、ボロボロの砲身から円筒形の最深部へ向けてレーザーが放出された。
俺は長門がレーザーを打ち込んですぐ、この建造物が崩壊すると思っていたが、
先の見えないほど遠い最深部までは時間が掛かるようで、失敗したのかと疑いかけたその時、
地面がゴゴゴゴゴと大きな音を立てて揺れ始め、目を開けていられないほど周囲が白い光に包まれた。



もとのこなたの部屋に戻ってくると、妙に懐かしいような気持ちになった。
ベッドに横になったままのこなたの顔も、心なしか安らかなものに変わっているようだ。
「それじゃ、我々は先に帰ります」
「あとはよろしくねキョン君」
「え? あ、ちょっと!」
俺の言葉を待たずにみんな残らず部屋を出て行った。
スースーと寝息を立てるこなたと、一人残された俺。
あとはよろしくとは、一体俺は何をすれば良いのだろうか?
俺も部屋を出るかこなたが起きるのを待つか……久しぶりに自分の優柔不断さを自覚していると、
「う~ん」
と軽く唸っては一度顔を顰めたこなたがゆっくりと目を開けた。
「あ、えっと……よう」
「うわぁ! 何でキョンキョンがいるのさ!?」
「何でってお見舞いだよ」
「一人で?」
「いや、もうみんな帰ったよ」
何故にこうも緊張せにゃならんのかってほど心拍数が上がる。
咄嗟にポケットに手をやると、何やら硬い物体が手に触れた。
……違うぞ、いくら硬いとはいえ決してアレじゃないぞ。
「そうだ、これ昨日忘れてたろ?」
携帯ゲーム機を取り出しこなたに見せる。
「あ、ごめんごめん。 そこ置いといてよ」
そう言われてこなたが指差すテーブルの上にゲーム機を置く。
俺がちょうどそれから手を放したとき、こなたは本当に小さな声で話しかけてきた。
「キョンキョンさ……ダンチョーのことどう思ってるの?
 逆にダンチョーがキョンキョンのことをどう思っているのか分かってる?」
情けなくも俺はその質問に答えることが出来なかった。
それに答えることで誰かが傷つくような気がしたからかもしれないし、
ただ単に俺にはその答えが分からなかっただけなのかもしれない。
「……もう帰りなよ。 風邪がうつっちゃうし」
こなたの言葉は俺の心に深く突き刺さる。
同時に自分自身の不甲斐なさに、胸が熱くなった。
こなたの為にも自分自身の為にも、このまま帰るわけにはいかない。
「俺は……」
ドアノブに手を掛けたまま、俺は自分の気持ちをこなたに伝えた。
何と言ったのか自分でもよく憶えていないが、俺のハルヒに対する正直な思いを
後ろに居るこなたに向かって述べたということだけは憶えている。

『なんだ、わかってるじゃん。 それをそのままダンチョーに伝えれば良いんだよ』
黄色い街灯の光が転々と並ぶ薄暗い路地を歩いていても、部屋を後にする際の、
こなたの安心したような顔と声が頭から離れない。
何度も何度も頭の中で再生されて、しかもご丁寧にエコーまでかけられている。
これを解決する術は、もう一つしかないようだ。
「ふぅ」
小さく溜息を履いた後、ポケットから携帯を取り出し、アドレス帳から一人の同級生の名前を探す。
すぐに見つかった名前を選んでボタンを押して携帯を耳に当てると、呼び出し音が流れてきた。
ちょうど四回目の呼び出し音の途中で相手の声が聞こえ、その声を聞いて心臓が一際大きく跳ねたような感覚がした。
「もしもし?」
「あぁハルヒか」
「そりゃそうでしょう。 で、一体どうしたのよ?」
俺の緊張を全く感じ取っていない様子のハルヒは、めんどくさそうに用件を尋ねてくる。
もっと俺の気持ちに気づいてもらいたいものだ。
……俺にそんなこと言える資格はないがな。



「いや、ちょっと大事な話があるんだ」
「……え?」
“大事な話”というのが気になったんだろう、明らかにハルヒの声のトーンが変わった。
その内容は分かっちゃいないだろうが、少なからず緊張しているようだ。
「そ、それって電話じゃ言えないようなこと?」
「そうだな」
「……二人きりじゃないとダメな話題?」
「あぁ」
まるで誘導尋問のように、ハルヒは俺に質問してくるが、
その度に段々と声が小さくなっているようだった。
「そ、それじゃ今からとか、ダメ……かしら?」
「ハルヒが良いならそれで」
「わかったわ」
かくして俺は今ハルヒの家に向かっている。
心の中にある一つの大きな想いを、彼女にぶつけるために。
今日の昼休みに巨大な魚型の人工物について話していたときも、
長門と古泉があのデカブツとの戦闘を繰り広げている間にも、
俺はずっとテトリスに負けた条件として命ぜられたことについて考えていた。
“ダンチョーの気持ちに気付いてあげること!”
これは同時に、俺自身の気持ちを整理するという意味もあったのだと思う。

俺がハルヒ宅へと近づいていくと、家の前に人影が立っているのが見えた。
向こうも俺に気が付いたようで、こちらへ向かって歩いてきているようだ。
ラフな格好をしたハルヒはあまり見慣れないこともあってとても新鮮で、
そのどこか不安そうな顔も、普段とはまるっきり正反対といった印象だった。
「よう」
「……うん」
もし普段のハルヒを知っている人が、今俺の目の前で下を向いて立つ女の子を見たとしたら、
きっとそれがハルヒであると気付く人は居ないだろう。
それほどまでに今となってはごく平凡な女の子にしか見えない。
「えと……話って?」
「あぁ」
こなたの家からここまでの道のりで、俺はどう伝えようかと考えていたのだが、
それが無意味だったのだということが今になってよーくわかる。
既に頭の中は真っ白で、どういうふうにこの想いを伝えれば良いのか、もうわけがわからなくなった。
いや、何も難しく考える必要はないのだ。
今心の中に浮かんだ言葉を伝えれば、それでいい。
少しばかりストレートで短すぎるような気がするが、それでいいんだ。
俺は……俺はハルヒのことが……

その言葉を伝えると同時に、胸の中のモヤモヤとした心まで吐き出されたようだった。
しかし今になってドキドキと鼓動が早くなっていることに気が付いた。
言う前のほうがむしろ緊張していなかったというのに……。
ハルヒは、今どういった心境なのか俺には知りようがないが、終始無言で下を向いている。
それが泣いているのだということに気付いたのは、ハルヒが顔を上げて、
充血した目と赤く染まった頬を見せてくれたときだった。
「ったく、遅いわよ……バカ」
ハルヒの泣き笑いといった顔を見れたのはその一度だけだった。
倒れるほどの勢いで抱きつかれては、顔を見ることが出来ないからな。

それはそうと、たった一度のテトリス勝負からここまで話が進むとは、一体誰が予想したであろうか。
ソ連の科学力は末恐ろしいィィィィ!

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最終更新:2009年05月23日 08:50
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