七誌◆7SHIicilOU氏の作品
聖バレンタインデーが、そのチョコレートと言う日本での特性から黒と見なされた結果の、
対色として置かれたホワイトデー。
逆チョコと称した貢ぎ物を女性陣に献上した俺としては、お返しをもらうよりも、
ただただこの日にまでも物品を求められやしないようにと祈るばかりであり。
その甲斐あったのか否か、3月14日、ホワイトデーは出費ゼロで切り抜けれそうであった。
少々のお返しと多少の冷やかしと、そして多大な愛憎を代わりにして。
「あなたは、涼宮さんのちょっとした思い付きに付き合った、
ただそれだけのつもりなのでしょうけど、私にはそれがどんな意味を持つのか、わかりますか?」
くるくる。カラカラ。
自転車のシャフトが空回る音が。
くるくる。カラカラ。もう一回り。
「愛しています、誰よりも、私は、あなたを」
倒置法の利いた、やたら滑舌のいい彼女の発言。
二人歩いて、止まらずに、俺は聞き、彼女は言う。
それは愛の言葉。
黒と白の黒白な日を切っ掛けに、
哀と愁の酷薄な心を発しつつも、
愛と憎の告白な想を紡いていく、
「愛してくださいとは、言いません。ただ知って欲しかったんです
羨望、いえこれは嫉妬です。近くに入れないから、逆にわかってしまうんです。
大きな塔は近くに居ては存在の如何を、その全貌を知れはしません、
離れた所にいるからこそ知れる事があるんです、切ないですね世界は。
希望すら与えて貰えず、全てを持つ、最も近くにいる人間はその全貌を知らないから
自分がどれだけの偉業を成してるか知らない。眼鏡なんてしてると、余計にわかるんですよ。
眼鏡をしてると世界は綺麗に見える代わりにきれいには見えないんですよ?
世界はハッキリと見えれば見える程醜い綻びが見えます、染みが、汚れが、汚濁に、醜悪が鮮明に見える。
それに対し夜に眼鏡を外して見るとどれだけ美しいでしょうか、
光は広がり、混じり合い重なって幻想を作り出す。素敵だと思いませんか?
…あなたがくれたチョコレート、それはそんな感じだったのかも知れません。
一見いびつで、でも形の整ったどんな市販の物より美しく美味でした。
そんなあなたを素敵だと思う反面、余計に彼女達に羨望や嫉妬が現われるんです。
あなたの素晴らしさを理解できない人が何故あなたの側にいるのか理解できなくて」
そこで一区切り。
俺は黙って聞くに徹する。それが彼女の願いだから、
自転車を押す俺のすぐ後ろをあるく彼女の、最初の願いだったから。
だから、詰め襟の厚い生地越しに感じる金属の硬い感触にもなにも言わない。
「一般的なチョコレートって、黒いじゃないですか?
だから、今日にふさわしいようにホワイトチョコでなにかを作ろうと思ったんですけど…
白も黒も原色じゃないですか、なにかを混ぜたら白ではなくなってしまうんですよね。
試しに混ぜて見たらピンクのチョコになってしまいまして、参りました…」
ホワイトチョコ、つまり白になにを混ぜたらピンクになるのか、
考えてみて、すぐにやめた。そこに辿り着いたら、次にその色をしたなにかにまで想像が行くから。
俺は聞くに徹する。
「で、どうしようかと悩んだ挙句にホワイトチョコで
周りをコーティングすればいいと気付いたんです、正直料理は専門外なので難儀しましたが…。
その甲斐あってあなたも知ってるあの形状に落ち着いたんですよ」
咄嗟に喉に込み上げるものがあったが、歩みは止めない。
俺が止まっても後ろを行く彼女は止まらず、そして彼女の持つなにかも止まらないからだ。
俺は堪えながら聞くに徹する。
「美味しかったですか? ふふっ、素敵ですねぇ。
私もカニバリズムを初見した時は気分が悪くなりましたし、嫌悪しましたが…、
まさかこんな形で…ね?」
クスクスと笑う彼女に、俺は生理的嫌悪を感じる。
今すぐにでも彼女を殴り飛ばしてでも振り払って逃げたしたい、そう思う。
俺は聞くに徹しようとした。
「っとそろそろキョンさんのお家ですね、お別れが近付いて来ました。
まったく残念でなりません、愉快な時間はあっという間ですね…」
自宅が見えてきて、あと2分もすれば玄関を開けるという
その俺が少し安堵した状況で、あっさりと、背中に当てていた金属を押し込まれた。
いとも簡単に、寒天を切るようなささやかな抵抗と共に
朝倉涼子の持っていたような鋭いナイフが俺の体内に収められる。
熱く、熱した鉄片を差し込まれたような感覚があり足から力が抜けて額をアスファルトに打ち付ける。
くるくる。カラカラ。
倒れた自転車のシャフトが空回る。
くるくる。カラカラ。もう一回り。
「…聞かせてくれ」
俺が、始めて口を開く。
力なく、血からなく。
「…ハルヒ達を、……殺った、……のも?」
「はい」
霞み行く視界の彼女は酷く歪んだ笑顔を見せていた。
その彼女の一番の特長、桃色の髪の毛は、紅く染まりきっていて、
腕が俺を突き刺したナイフを持つ一本だけになった高良みゆきが、凄惨に笑っていた。
俺は、意識を手放した。
『酷薄』