「あやのの場合」
風車が、まわる。
彼女の髪が、ともになびく。
「涼しいな」
「毎日こうだと過しやすいのにね」
長い髪を軽く押さえて、彼女は微笑む。
後ろ髪に添えられた小さな風車は、絶え間なく緩く周る。
「どうした?」
「キョン君って、やっぱりそういう服似合うね」
「浴衣のことか? 胴長短足っていわれた気分だ」
「もうっ、そういう意味じゃないってわかってて言うんだもん」
柔らかな風がひんやりとした空気と、微かな囃子の音を運んでくる。
小さな田舎の舗装されてないこの道で、
先ほどからはしゃいだ子供や親子連れなどとすれ違う。みんなが笑顔で。
「すまんすまん、でもあやのの方が似合ってると思うよ」
「ふん、だ」
「正直惚れ直した、というか惚れ続けてる」
「…むぅ。キョン君って卑怯よね」
「そうか?」
「そう」
ぱらぱらと、道の左右に広がる水田に、花火の光が映りこむ。
そして道の向こうには明るい屋台が見えてくる。
やぐらからの太鼓の音が鮮明に聞こえる。
提灯の光が懐かしい。
「一番最初になにやる?」
「わたあめが欲しいかな」
「あやのは子供だなぁ」
「もうっ!」
浴衣を着た沢山の人、
涼しげな格好と、実際涼しい天候。
しかし確実に感じる熱気、心から溢れる躍動感。
「キョン君」
「…なんだ?」
大規模ではないけれど、しかしそれでも定期的に上がる大きな打ち上げ花火に
周囲からは感嘆の息が聞こえる。
まだ青い稲が、空と水に映る花火に照らされてそよぐ。
「毎年、こうしてこれたら素敵よね」
「毎年、来てるじゃないか」
「これからもよ」
「当然だろ」
どちらともなく笑い、そして広場につく。
夜なのにまばゆいここは祭りの中心、
田舎の少ない娯楽で、俺とあやのの始まりの所。
どうか変わりなく、これからもここで。
最終更新:2009年05月25日 01:03