pasha

七誌◆7SHIicilOU氏による作品です。

 

 五月下旬、そろそろ衣替えも近づく季節。
今日も元気に融合と分裂を黙々とこなす太陽は
面倒な通学路途中の坂と結託して俺の水分を蒸発させる。
あと十分も同作業を続けていたら干からびてしまう様な朝、
鬱陶しい学ランを脱いで鞄に詰め込んで俺は残りの距離を歩く。
明らかに覇気のない足取りで坂を登っていると、
唐突に背中をはたかれる。犯人はわかっているけれど。

「よっすキョン」
「…泉先輩ですか。元気ですね」
「キョンは元気ないね」
「女子はスカートですからいいですよね…、すっげー涼しそうです」
「実際涼しいけど冬は立場逆じゃん?」
「常時快適な制服が欲しいです」
「ってか個人的に私服登校希望かな」
「なら私立に行くべきです」
「んや、最初は陵桜っていう所行こうと思ってたんだけどね~」

 長く、そして蒼い頭髪。
俺の胸辺りにしかとどかないその身長。
髪と同じ色をした大きなくりくりとした瞳。
泉先輩は目立つ人だ、色々な意味で。

「じゃあなんでこっち来たんですか?」
「ん~、キョンがいるから」
「俺はその時点では中学生ですよ先輩」
「にゃはは、まぁいいじゃん理由なんかさ」
「まぁ、確かにどうでもいいですけど」
「あっはっは」

 笑いながら尻を蹴られた。
格闘経験者らしい泉先輩の蹴りはすこぶる調子がよく、切れがある。
格闘に限らず、どんなものでもプロは一般人に対して
その技術を行使してはならないという暗黙の了があり。
また法律にもそういった場合に対しての罰則があったりするにも関わらず、
非常に腰の入った蹴りを入れてくる先輩に俺の身体は日々あざが耐えない。

 まぁ俺も大概学習してからかうことをやめろという話だが。

「では先輩また」
「ん、勉学に励みなさいよキョン」
「それはお互い様です。受験生でしょ先輩は」
「まねー」

 基本的に全ての一箇所に全学年の下駄箱がある我が校、
靴を履き替え、各々の教室に向うまで先輩と同じ道を歩き
階段で先輩と別れ、階段すぐの自分が所属する教室に入室する。
扉の開いた音に反応した友人と朝の挨拶を三々五々交わして、
自分の席に向って歩く。

「おっキョン、おはー」
「八坂かおはよう、今日も早いな」
「キョンが遅いんだよ」

 自席は窓際後方二番手、入学初回の席を除けば
俺はこの位置以外の席になったことはない、
理由はわかってるが、これはもはや呪いだ。
席替えを楽しめないようじゃ学生として駄目だろう。
そして俺にいま話しかけてきたクラスメート、八坂こうは俺の隣、
つまり窓際から二番目の最後尾となる。

「なぁキョン、そういやこの間キョンに貸したラノベ読んだか?」
「半分ほど」
「キョンは遅いなー」
「八坂が早いんだよ」

 机の横のフックに鞄を掛け、
中に入ってる数少ない内容物を取り出す。
筆箱、借りてる本、音楽機器、カロリーメイトの廉価版と思しき栄養補助食品、コーラのペットボトル。
以上。
駄目学生典型である。成績不振の理由は問うまでもない。

「あっ、なんか新しい曲入れた?」
「angelaのアルバム入れた」
「聞かせて」
「勝手にしろ、教師が来たら即座にやめろよ?」
「わかってるって」

 短めの金髪と日焼けした健康的な肌、八重歯。
八坂のパーソナルを軽く紹介するとこんなものだろうか、
彼女は俺のイヤホンを耳にさしてボーカルがハッキリ聞こえる音量で
入れたばかりのアルバムを聞きながら身体をリズムに合わせてゆすっている。

「あぁ、この曲好きだ」
「どれ?」
「ん~、と題名わかんない…」
「ちょっと片方貸せ」
「ほれ」
「音がでかい…。……はいはいこれか」

 一つのイヤホンの左右をそれぞれ耳につけ、
コードの長さの関係で肩が触れ合う位置で同じ曲を二人で聴く。
いつもの行動、日常の光景。
切欠なんぞ覚えてないが、俺と八坂は仲がよかった。
谷口に「付き合ってるのか?」という質問を幾度となく受ける程に。

「このアルバム今度貸してくれよ」
「構わんぞ、久しぶりに家来るか?」
「そうだな、今日はアニ研もないし」
「了解」

 谷口の質問。
俺は毎度その質問に対しては否定の言葉で返しているのだが、
じゃあ俺は八坂に対してそういった感情を抱いてないし抱くことがないのかというと
それもなんだか違う気がする。この仲のいい友達という立場は心地よいし、
八坂は単純に好きだ。それは友人としても一人の人間としても、多分異性としても、
だけどやっぱり恋人関係とかになろうとは思わない。
そして、同じような感覚を八坂も抱いてるんじゃないかと、俺は思ってる。
勝手な想像でしかないのだけれど。

「ん、どうしたキョン」
「いや、なんでもない」
「そっか、ま、いいけど」
「ってかそろそろ教師来るぞ」
「あ~、仕方ないな。また後で」
「隣の席だけどな」
「ははっ」

 そんな感じで。
俺は高校二年生の生活をエンジョイしていたのだが、
上記の通り俺の席は常時固定で、その原因は我侭な神の意向で、
原因のさらに理由を考えれば、俺と八坂のこの関係を好ましく思うわけも無く。
この頃から、異変というか異常というかが起こり始めた。
やれやれという定型句をだすのも躊躇うほどに、悪意ある搾取にも似たその行動、
俺は本質的な嫌悪をその神に覚えるまでに至った。
この一連の事件が俺の視点で始まり、終わるまでの期間は一ヶ月、
いまから、その一ヶ月のことを少し語ろうと思う。

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最終更新:2009年06月09日 04:19
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