外では雪が降り積もっている

泉どなた ◆Hc5WLMHH4E氏の作品です。

一面の銀世界と人は言うが、それを美しいと思えるのは、
暖房の効いた室内など、とにかく雪が降るほどの寒さを微塵も感じない場所から見たときだ。
今のように局地的にしか暖めることの出来ない安物電気ストーブしか存在せず、
人も密集していないような寒々とした部屋から外に積もる雪を見ても、ただウンザリするだけなのだ。
しかしそんな寒さを諸共せず、気合十分な輩が俺の身近に存在している。
まだ足跡一つ無い雪景色を見て「さぁ雪合戦だ」と、意気揚々と外へ飛び出して行ったハルヒ達は、
まるで今まで生きてきた十数年の人生の中でこんなに楽しいのは初めてだとでも言うような、
とても生き生きとした表情で雪を固めては投げ合っている。

「楽しそうなこった」
「なにキョン君? 寂しくなった?」
馬鹿な……今言ったように雪を見てもウンザリするだけ。
俺はこうやってストーブの前で暖を取っていたほうが遥かに良い。
「でもホント、楽しそうね」
まさに文字通り白く熱い戦いを繰り広げているハルヒ達を特等席で眺める俺の傍に近づいきて、
同じように下界の様子を眺めているのは、目を輝かせて「一緒にやろうよ!」
と言ったこなたの誘いを「嫌よ、寒いから」の一言で片付けてしまったかがみである。
彼女の妹、つかさはあまり乗り気でないような素振りを見せてはいたが、
雪合戦には参加していないものの、高良と長門の三人で雪ダルマを作っている。
ちょうどビーチボールほどの大きさになった頭を抱えて胴体にセットしているところだ。
なんとなく珍しい組み合わせだが、仲がよろしいようで何よりである。
かがみも自分の妹が皆と仲良さげに遊んでいるのが純粋に嬉しいようで、
慈愛に満ちたというと大げさだが、我が子を愛でる母親のような優しい表情で、
ニコニコと楽しそうに笑うつかさを眺めている。
見ていると自然と笑みがこぼれてしまうような、微笑ましい光景だった。

「雪って不思議よね」
かがみは外を眺めたままで、シミジミとした口調でそう言った。
「不思議?」
「だって……ただの氷の結晶なのに、こうして一面に降り積もるとまるで……」
吐息が当たり、窓ガラスを曇らせていく。 それでもかがみは、ぼやけた銀世界を眺める。
「まるで神によって書き換えられたように、辺りを別世界へと変貌させてしまう
そして数日が立てば忽ち解け消えて、何事も無かったかのように日常へと回帰させる
当たり前のことだけど、それが何だか不思議だって思っちゃうのよね」
一時の間しか存在しないからこそ、それが美しいと感じるのかもしれない。
簡単に手が届かないからこそ、尊いものであると感じるのかもしれない。
薄い青紫色の目を少し潤ませたように見えるかがみの横顔はとても美しかった。
でもそれは、こうして手を伸ばせば……
「……キ、キョン君?」
気付けば俺はかがみの肩に手を乗せて、その瞳をジッと見つめていた。
かがみも驚いたような顔で俺を見返して、白い肌を段々と茜色に染め上げていった。
「ダ、ダメよ」
消え入るような、小さな小さな拒絶の言葉など俺にはもう届いちゃいない。
よく見ていないと分からないほど微妙に首を振っても、それは意味を成さないのだ。
俺は反対の肩にまで手を伸ばし、かがみの身体を強引に向き合わせた。
「かがみ」
そっと名を呼ぶと、その身体は小さく波打ち、凹凸の少ない喉を上下させる。
やがてゆっくりとした動きで瞳が閉じられると、かがみは少しだけ顔を上げた。
その言葉無き承諾に、俺はまるで磁力によって吸い寄せられるように顔を近づけて……

ゴッ!

まず俺は何が起きたのか全く分からなかった。
ハッと目を開けたかがみがすぐに窓の方へと首を動かし、それにつられて初めて、
そこに拳大の雪の塊が張り付いていて、徐々にずり落ちていることに気が付いた。
それでもどうしてそうなっているのか、すぐには理解できなかったのだが、
やがてそれがハルヒの投げたものだということを悟り、冬の寒さとはまた違った寒気を感じた頃には、
既に巨人が歩くかのごとき力強い足音が耳に届いていた。

外では雪が降り積もっている。



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最終更新:2009年06月14日 01:10
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