七月七日――。
その日は主な行事として七夕が上げられる。織姫と彦星、一年に一回しか会えない日だ。
しかしその日はポニーテールの日だったりもする。なんでも、日本ポニーテール協会と言うものが存在するらしく、その協会によって定められたらしい。
先にあげた織姫がポニーテールだったから、とかなんとか。果たして本当かどうかは誰にも分からない。
織姫がポニーテールなら俺も会いたいものだ。是非そのポニーテールを拝みたい。
……と俺のポニーテールに対する執着はさほどどうでもいいわけで。七月七日は七夕並みに俺たちにとって欠かせないイベントがあるのだ。
柊姉妹の誕生日である。この二人、双子な上に七夕と言う特別な日に生まれるなんて相当凄い運を持ってるんだろう。
七月七日はそれぞれの都合が合わず、というか俺は朝比奈さんと一緒に過去に帰らされ、中学生の時代のハルヒのアシストをしなければいけないという、未来の規定事項が
あった為、その翌日の八日に二人の誕生日パーティが行われることとなった。
俺はその事を先日になって知り、俺は急いでプレゼントを買いに行った。
だがその日はかがみのプレゼントとして髪飾りは買ったのだが、つかさにはカチューシャがあるし、髪飾りをつける必要も無いと思い、結局つかさのプレゼントは買えない
まま誕生日パーティを迎えた。
かがみにプレゼントを渡し、つかさに事情を説明する。つかさは別に気にしてないなどと言ってくれたが、俺としての気が晴れないので今度の週末に何でも奢るからという
ことで妥協してもらった。その日はSOS団の活動も休みだからな。
何でも、泉曰くつかさは俺のプレゼントに一番胸を膨らませてたらしいからな。何もしないわけにはいかないだろう。
そして今日はその週末に当たる。俺は少し早く来すぎたかと腕時計を見ながら思い、かがみを待ってた。
今日は俺から誘ったんだ。とことん尽くすつもりだからな。俺が遅れるわけには行かないだろう。
腕時計を見てから数分してつかさはやってきた。俺が先に来ていることに驚いていた。
「早いんだね。私寝坊したから焦っちゃったよ」
つかさはそう言って笑顔を浮かべた。
「それじゃ行こうか。どこか行きたいところとかあるか?」
そう尋ねるとつかさは、
「その、急いできたからお腹が空いちゃって……。お昼ご飯食べよう?」
と言ったので最寄の喫茶店へと入ることとなった。
店に入り、ウェイトレスに席に案内され、メニュー表を渡される。
俺はそれを先につかさに渡し、俺は辺りを見回していた。
「あっ、お昼ご飯代は私が出すからね」
メニューを見ながらつかさが思い出すように言った。
俺としては嬉しい限りだが、女子に払わせるのはちょっといけ好かないというか。
「別に良いよ。そこまでキョン君にしてもらったら悪いよ。キョン君は私のプレゼントの分だけお金を払ってくれたら充分だから」
と言って笑顔を浮かべる。まるで天使のようだ。
だが、流石にプレゼント代だけってのもどうかと思ったので、反論しようとも思ったがつかさは一度言い出したら中々引かない所があるため、ここは男が折れたほうが良い
だろうと思い、素直につかさの意見を受け止めた。
「悪いな。わざわざ買い物に付き合ってもらったのにプレゼント代だけってのは」
「悪くないよ。私だって今日楽しみだったんだもん」
そう言うとつかさは少し間を置いて顔が赤くなり、
「わ、私何てこと言ってるんだろう……気にしないでね」
と言われた。何を気にしなければ良いのだが分らないが、そこには触れない事にしておいた。
その後、つかさはメニューを決め俺にメニュー表を渡す。俺も素早くメニューを決めウェイトレスを呼び、注文した。
「これからどこか行きたい所とか、あるか?」
メニューが来るまでの待ち時間、俺はつかさに尋ねた。つかさはしばらく悩んだ後、
「そうだね、とりあえずデパートに行ってみない?あそこなら結構ブラブラしても退屈しないと思うんだ」
なるほど、それは妙案だな。そこだと俺もつかさのプレゼントが買うことが出来るからな。
「それじゃ決まりだな」
そう言うとつかさは「えへへ」と言って照れる素振りを見せる。
しばらくしてメニューも来て、俺たちはそれに手をつけることとした。
昼食を食べ終え、会計を済ませる。
喫茶店から最寄のデパートまでは結構短いので太陽が一生懸命人類を痛めつける中、俺とつかさは二人で道を歩いて行った。
「今日は暑いね」
手をパタパタと動かし扇ぐようにしながらつかさが言った。
「ああ、でももうすぐの辛抱だ」
俺がそう言ってつかさを宥めると、つかさは何かを思い出したかのように「あっ」と言って鞄の中から日傘を取り出した。
「持って来てたの忘れてたよ。お姉ちゃんが今日は日差し強いから持って行っておきなさいって」
傘を開けながらつかさは言った。俺の右隣に、白色の綺麗な日傘が丁度頭ぐらいの位置に置かれた。泉ほどではないがつかさとでも身長差はあるもんだな。
「キョン君も入る?」
俺が傘をずっと見てたからだろうか、つかさが俺のほうを見て尋ねる。
正直、俺も日陰に入りたいというのが本音だが、流石に相合傘をするのは恥ずかしいし、ましてやこんな真昼間からそんなことをしたら回りからどんな視線を送られるのかが分らないので遠慮しておいた。
「そっか、ごめんね。私だけ日傘使っちゃって」
「いや、別に悪い事なんてないさ。女子が肌に気を使うのは当然の事だしな」
男が日焼けするのが嫌というのはただ女々しいだけだ。気持ち悪い。
それからしばらくして俺とつかさはデパートに着き、中へと入って行った。
「涼しいね」
店内で日傘を鞄の中に入れてつかさは言った。
確かに外に比べればかなりの涼しさだ。こういったものが地球温暖化を促進しているのだろうが、人間一度あやかった文明の利器には逆らえず、俺もその内の一人となり、この涼しさを満喫していた。
「何処行こっか?」
「そうだな……」
店内の案内を見ながら思案をする俺とつかさ。実際来てみると何処に行ったら良いか悩みものだな。
「あっ、ここ行こうよ」
そう言いながらつかさが指差したのは服売り場だった。
「服でも買うのか?」
「うん、夏服も新しいのが欲しいなーって思ってたの。駄目かな?」
上目遣いで訊いて来るつかさ。くっ、その目は反則だろう。
「いや、構わないさ。行こうか」
そんなわけで俺とつかさは服売り場へと歩いて行った。
「これなんかどうかな?」
女性物の服売り場の試着室のカーテンを開け俺に尋ねるつかさ。
「あ、ああ。似合ってるぞ」
「ほんと?良かったあ。じゃあこれ買ってくるね」
と言って着替えなおす為に再びカーテンを閉めた。
こうやってつかさが着替えるのを待っていると少しカップルになった気分だな。……って何を言ってるんだ俺は。失言だぞ。
「お待たせ」
そう言いながらカーテンを開け、普段の服装に戻っていたつかさはレジへと歩いていった。
気に入った服が買えたからか、それともまた別の理由があるのかは知らないが、デパートの中ではつかさは上機嫌だった。子供のように袋を持った手を動かし、笑顔が多く感じた。
次は何処行こうか、などと話し合っているとふとつかさは立ち止まり前の方を指差して言った。
「あ、アイスクリーム屋さんだ」
そういった後俺とアイス屋を交互に見てくる。その眼差しによりつかさの言いたいことを理解した俺はつかさと一緒にアイス屋さんの方へと歩いていった。
「いらっしゃいませー」
愛想の良さそうな店員が俺に言った。
「どれが欲しいんだ?俺が奢ってやるよ」
財布を取り出しながらつかさにそう尋ねる。
「そ、そんなの悪いよ。キョン君にはプレゼントだけもらえたらそれで充分だし」
「いや、アイスぐらいは奢らせろよ」
流石にアイスまで女子に買わせるのは俺としても恥ずかしいし、店員もなんか変な目つきでこっちを見ているからな。多分、俺のあだ名で笑ってるんじゃないだろうか。
「んー、じゃあキョン君に甘えちゃおっと。それじゃあバニラアイス下さい」
「かしこまりましたー。彼氏さんはどうなさいますか?」
熟練の技のように綺麗にすくったバニラアイスをコーンに乗せながら俺に尋ねる店員。……って何ですと?
「はわわ……」
俺じゃなく何故かつかさが顔を赤らめ、慌てふためいている。普通動揺するのは俺のほうなんだろうが、ここで動揺してはいけないと思い、
「いや、俺はいいです」
否定もせず断りの言葉を言っておいた。
「ええ?キョン君食べないの?」
少し顔に赤さが残りながらも俺に尋ねるつかさ。
「ああ、別にあんまり食べたい気分じゃないしな」
実際の所、お財布事情も厳しい所がある。これを買うとつかさの分のプレゼントが買えない様な気がしたのだ。
「けど、何かそれじゃ悪いよ……」
少しつかさがなにやら躊躇っていると、
「お待ちいたしました。バニラアイスと苺アイスです」
と店員が俺らの空気に割って入ってきた。というか俺は苺アイスなんて頼んじゃいないんだが。
「サービスですよサービス」
キョトンとする俺とつかさに笑顔で言ってきた後、俺の耳元で、
「お財布の中身が厳しいのは分りますけど、彼女さんを悲しませるぐらいならちょっとぐらい見栄張らないといけませんよ」
と全てを知ってるかのように言って来た。その後俺の耳元から離れ、アイスを俺たちに渡し、俺は一人分の代金を払った。
「ありがとうございましたー。またお越し下さいませー」
俺たちがアイス屋から離れる際、礼をしながら笑顔で店員は言った。
「良い人だったね」
アイスを舐めながらそう言うつかさ。
「ああ、そうだな」
このご時勢、一人分のアイス代を負けてくれる店員なんて早々いないだろうからな。
「そ、それにさ。私たちのことカップル……みたいに言ってたよね」
少し照れくさそうに言うつかさ。どうやらあの店員は本気でそう思ってるらしいしな。
「その、キョン君はさ……なんとも思わなかった?」
なんとも思わなかった、といったら嘘になるんだろうな。何とか表情には出さなかったが、一瞬でも動揺したのは事実なわけであって、それを否定するわけにもいかず、
「いや、動揺はしたさ」
と言葉少なに言った。すると、つかさは顔を俯けながら、
「そうだよね。普通驚くよね。……嫌、だった?」
「嫌だったらあの時きっぱりと彼氏じゃないです、って言うさ。そう言うつかさの方こそ、どうなんだ?俺みたいなやつを彼氏みたいに思われたりして」
「私だって嫌じゃないよ!」
俯いた顔を上げ、少し声を張り上げながら言ったつかさ。するとすぐに我に戻ったらしく、先程より顔を赤らめながら再び俯いた。
「ご、ごめんねいきなり大声出して……。でも、本当に嫌じゃなかったの。寧ろ、ちょっと嬉しかったかなー、なんて思っちゃったり……」
少しずつ声量がフェードアウトしていきながらつかさはそう言った。小さい声ながらも、はっきりと最後まで聞こえることが出来た。
「……俺も、嬉しかったぞ」
俺がそう呟くとつかさは顔を上げる。
「え……今なんて言ったの?」
聞こえたがもう一度聞きたいのか、それとも本当に聞こえなかったのかは分らないが、どうやらつかさの顔を見る限りでは聞こえていたらしい。顔が俯いていた時よりも赤
くなってるのがわかった。
「もう言わん。流石に恥ずかしすぎる」
恐らく俺も顔が赤くなっているのだろう。少し体温が上昇しているのが分る。つかさはと言うと俺の言葉に対し笑顔を浮かべながら、
「うん。わかった」
と言って、溶けかけていたアイスを舐め始めた。
その後、アイスを食べ終わった俺とつかさはつかさの誕生日プレゼントを買いに行くこととなり、適当にデパート内をうろついていると、つかさの足が止まった。
視線の先にはクマのぬいぐるみ。
「……欲しいのか?」
「はうっ」
俺の問いに驚くつかさ。しばらくして照れくさそうにつかさは、
「……うん」
とだけ答えた。
「じゃあ誕生日プレゼントはこれでいいのか?」
「うん。けどこれ高いよ?」
そう言われ値札を見ると、確かに結構な値段がした。だが、俺だって今日は沢山お金を持ってきたわけだし、ギリギリ払える額だったので、買うこととした。
「ありがとう、キョン君」
ぬいぐるみが入った袋を両手で大事に抱え込みながら感謝の意を述べるつかさ。
「なに、誕生日プレゼントを渡せなかったんだし、当然さ」
正直の所、あの時自分の分のアイスを買っていたらギリギリでお金が足りていなかっただろう。危ない危ない。
「今日は本当にありがとう」
デパートを出た後、つかさを家まで送り、家の前までやってきた。
「いや、つかさが満足してくれたらそれで充分さ」
そう言うと笑顔になるつかさ。するとつかさはポケットからなにやら小さく袋詰めされたものを取り出し、
「これ、今日の分のお礼」
といって俺に渡してきた。お礼というのもおかしな話だが、貰わないわけには行かないので、
「ありがとうな」
とだけ言って袋を受け取った。
「それ、中身はキーホルダーなの。キョン君がぬいぐるみを買いに行ってくれてる間に買ってきたんだ。ほら」
そう言いながら再びポケットから同じような袋を取り出し、
「おそろいなんだよ。今日一緒にデパートに言った記念。また今度行こうね」
そう言って今日の中で最高の笑顔を浮かべた。
「ああ、また今度な」
「うん。それじゃあまた明日」
俺はつかさが家に入るのを確認して、自転車にまたがり、家へと帰っていった。
自転車をこいでる途中、空を見上げると天の川らしきものが空に見えた。今日は七月七日、七夕では無いのだが、天の川は見えるものなんだな。
それに、今日は一年に一度、織姫と彦星が会う日のようにおれとつかさの距離は一気に縮まった。そんな気がした。
さて、今度からももうちょっと節約してお金を貯めておかないといけないな。せめて、二人分のアイスを買っても余裕があるぐらいのは、な。
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