ハルヒの我侭に付き合わされ、そのノリのまま出来てしまった『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』略して『SOS団』。そこには俺とハルヒの他に自称対ヒューマノイドコンタクト用インターフェースこと長門や自称未来人である朝比奈さん。そして自称超能力者古泉一樹の計五人が所属している。
先に自称と言ったが、一応三人ともそれらしい証拠は見せてくれている。そして、ハルヒが世界を大いに変える力を持っている『神』だということも、先日の忌々しい事件によって思い知らされた。
もうすぐ二学期が始まり、毎日ダラダラ出来る日々ともオサラバしなければならない。とはいっても毎週末の不思議探索は義務だった上、色々と出かけたりしたために俺は今夏でかなり大きな出費をしてしまったわけで。
永遠に廻り続ける八月にもようやく終止符を打ち、皆で宿題を終えた後、俺は一人ベッドに倒れこみ、今日で溜まった疲労を少しでも取り除こうとした。
ふと目が覚めると既に夕暮れ。そしてタイミングの良い事に携帯電話の着信音が部屋中に響き渡った。着信相手は古泉。嫌な予感がするが渋々取る事にした。
「すいません。お時間よろしいでしょうか」
「別に暇だから構わんが、急用か?」
「ええ、お察しの通り……涼宮さんの事です」
思ったとおりだ。まったく嫌な予感だけは良く当たるものだ。
「またか。電話で済む話なのか?」
「いえ、長門さんの家で話をしたいと思っています。もうすぐ機関の者と一緒にそちらへ行きますので、外で待機していてください」
「わかった」
そう言うと俺は電話を切り、溜息を吐く。それにしても、あの忌々しい事件といい今回といい、俺は一般人なのに、何故ハルヒに選ばれたのだろうか?
古泉に聞いても「やはり相当鈍い方ですね」と言われて笑われるだけだし、朝比奈さんは顔を真っ赤にして黙り込む。長門は相変わらず一切喋ろうともしない。
やれやれ、俺にも人権が欲しいね。
親を適当にはぐらかし、外で待っていると間もなく黒塗りの車がやってきた。後部座席に古泉が座っているのを確認し、自動でドアが開くのを待って古泉の隣に座った。
「で、話は何だ?俺はさっさと帰って残りの夏休みを謳歌したいのだが」
「おや、まだ謳歌したりないのですか?」
まだまだだ。と言いたいところだが、実際の所はもう充分なのかもしれない。記憶には無いが、何せ一万五千回以上夏休みを経験したのだからな。
「それと話のことなのですが、先程閉鎖空間が出来たんです。……それも大規模のが、です」
「何故だ?あいつが機嫌を損ねる事なんてしてないはずだ。この前もお前らの粋な計らいであいつは楽しんだはずだぞ」
この粋な計らいというのは古泉ら機関が催した合宿の事である。あの日はあの日で俺にとっては散々だったが、ハルヒとしては大満足だっただろうに。
「そうです。ようやくエンドレスな八月も終えたというのに何故このタイミングで発生したのか、全くの謎です。それに今回の閉鎖空間にはおかしな所がありました」
少し神妙な面持ちに変わる古泉。
「神人が出なかったんです。それだけではありません。しばらく経って閉鎖空間が消滅した後、この世界は変わってしまったのです」
変わった、と言われても別に今日も昨日までとの変化も何にも感じないし、格別違和感があるわけでもない。
古泉の言っている事が今一理解できず、どういう意味か尋ねようとした瞬間、俺は古泉の奥にある車のガラス越しに見える建物に目を疑った。
俺の記憶ではそこはただの水田だったはずだが、神社があり、鳥居があるのが見える。それも、大分年季の経ったものが。
「……何だあれは」
「そう、あれが閉鎖空間の消滅後に建てられたものです。それは、『人』そしてその人たちの、『住居』です」
……人?住居?
ハルヒはなぜそんなものを望んだんだ?意味が分からない。
遂にハルヒは人を生み出したのか。そんなもの、本当に神そのものじゃないか。
「言ったはずです。涼宮さんは神の様な存在であると」
「だったら何であんな物が出来たんだ?何故ハルヒがそれを望んだんだ?」
古泉に尋ねていると長門の家に着いたらしく、車が停車する。
「詳しくは長門さんの家で話します」
そう言って古泉は車から出た。
長門の家に入ると、長門だけでなく朝比奈さんも座って待っていた。それほど重要な事なのか、今回のことは。いや当たり前か。人を生み出したのだからな。
二人きりで少し気まずそうにしていた朝比奈さんは俺たちが入ってくるのを見るなり、ホッと安堵の溜息をついた。
「……座って」
そう長門に言われた俺は率先して朝比奈さんの隣に、それに伴い古泉は長門の隣に座った。
俺たちが座ったことを確認すると長門は席を立ち、台所へと向かった。
「では、現在の状況を話しましょう」
古泉はそう言うと続けて話をした。
「まず、涼宮さんが閉鎖空間を発生させました。そしてそれと同時に情報爆発も起こった。そうですよね?長門さん」
台所から四人分のコップを持って来た長門へ話を振る古泉。長門は首を縦に一回動かし、「正確には、情報爆発を起こすために閉鎖空間を発生させたのだと思われる。今回の出来事は想定外だった」
と長門が言うと、さらに続けて古泉が言った。
「そうです。閉鎖空間の発生も同じく予想外です。何故予想外なのか、わかりますね?」
それぐらいはわかる。
「機関の催し物も楽しませてもらったし、夏休みにこれと言った機嫌を損ねる要素は無いはずだから、だろ」
「さすが、よく涼宮さんを分かっていらっしゃる」
どういう意味だ。こんなこと、あいつと一緒にいたら小学生でも分かる。
俺は目線の先を古泉から長門に変え、
「情報操作でどうにかならないのか?」
そう問うと長門は真っ直ぐに俺の瞳を見て、瞬きもせずに、
「出来ないことは無い。けど、私たちの役目は観測」
と答えた。まあそんなことだろうとは思ったが。
「では次の問題です。何故涼宮さんがこのようなことを起こしたのか。……あなたにはわかりますか?」
はっきり言おう。
「知らん」
そう答えると古泉は一度薄笑いを浮かべた後、
「そうでしょうね。それが分かれば苦労はしません。まず、何故今回のようなことが起きたのかはわかりますね?」
それぐらいはわかる。なにせその事で俺たちは悩まされてるんだからな。
「ハルヒが望んだからだろ」
「ええ、その通りです。問題は『何故望んだのか?』となります」
古泉が先ほどよりもさらに真面目な表情をして言った。
「あくまで我々、機関の勝手な解釈ですが僕達のような人を増やしたかったから、だと思います」
お前たちのような人?つまり、宇宙人や未来人、超能力者って事か。
「そうです。今回出現した人は我々では何時ぞやの涼宮さんの言葉を借りて『異世界人』と呼ばせてもらっています」
異世界人―――自己紹介のときにハルヒが言った種類の中で唯一、未だに出会ってない人種。今度はそいつが来たってのか。
そして、ふとここで一つ疑問が思い浮かんだ。
「何で異世界人なんだ?新しく作られた人なのだから、異世界の人じゃないんじゃないのか?」
どちらかと言うと、新人のほうがしっくり来る気がするが。
この質問に古泉は軽く笑顔を見せる。
「そこの説明に関しては朝比奈さんの方が適任かと。朝比奈さん、お願いします」
古泉はにこやかに笑いながら朝比奈さんの方を向いた。ずっと俯いていた朝比奈さんは態度を改め、
「は、はいっ。えっと……この世界は複数ある地球のあり方のうちの一つなんです。あの、シュミレーションゲームとかでも色々な分岐ルートがありますよね。あんな感じです。複数の未来に対する選択肢を選ぶことが出来て、その選択によって未来が変わっていっているんです。ですので、この世界も縄文時代や旧石器時代、それ以前よりももっと昔からある過去の複数の選択肢によって選び抜かれた世界の一つなんです」
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
「詳しくは『禁則事項』なんですけど、未来で確証されたことは確かです」
やっぱり、『禁則事項』なんですね。薄々勘付いてましたけど、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言うことわざもあるから一応聞いておいただけです。
「それで、涼宮さんは元々、異世界人を望んでいた。それが原因で今回のような事態が起きたのだと思います」
なるほど、ある程度は理解できたが、それでも腑に落ちない部分が一つあるのだが。
「何故このタイミングなんだ。朝比奈さんや長門とかは入学当初からいたわけだし、古泉だって少し遅れてやってきた」
お茶を少し飲み一息入れ、俺は話を続ける。
「それが全てハルヒの望んだことならその異世界人ってのも、もう少し早く出てきてもよかったんじゃないのか?何で夏休み明け、それも今さっき出てきたばかりなんだ?」
俺が言いたいことを言い終えると、古泉は少し考え込んだ後、
「そうですね。何故かといわれると分かりませんが、涼宮さんがこのタイミングで望んだことは確かです。それこそ、『神のみぞ知る』と言った所でしょうか」
そう言ってニッコリと笑う古泉。流石に超能力者でも人の心は読めないってか。
「とりあえずは我々が異世界人と呼ぶ理由は納得いけたでしょうか?」
「ある程度はな。だが他にも気になることがあるのだが」
「なんでしょうか?」
相変わらずスマイルを無くさない古泉。
「この変化は他の人には違和感無いことなんだろう」
「ええ。そうなります」
「だったら何故俺たちはその変化に気付いているんだ?俺たちも違和感を持たないのが普通じゃないのか?」
そう尋ねると古泉は少し悩み、
「恐らく、僕たちが涼宮さんの近くにいる存在だからでしょう。今まで影響を受けすぎた結果、今回の事にも気付くことができたのでしょう。とどのつまり、終わらなかった八月の時に持った既視感と同じ感覚でしょうか」
なるほどな。あまり腑には落ちないが俺は無理矢理心の中で合理化をさせた。
「それともう一つ、その異世界人たちの内の何人かは北高に転入する事となっています」
ハルヒが望んだ事なのだから、北高に来るのは当然なのだろうな。つまり、そいつらもSOS団に入る可能性もあるわけだ。
「はい。と言いますか、ほぼ百パーセントの確立でSOS団には入ると思いますよ」
またにこやかスマイルを発する古泉。あまり振りまきすぎるのもどうかと思うぞ。
「異世界人たちは転校と言う名目でこちらの学校に来ますので、涼宮さんの興味を惹くことは変わりないでしょう」
お前と同じか。ならハルヒも気に留めるよな。
「恐らくそうでしょうね。では、今日はもう話すこともないのでお暇させてもらいましょう」
そう言うと古泉は立ち上がり部屋を出て行った。
続けて朝比奈さんも立ち上がり部屋を出て行き、俺も部屋を出ようと長門が再び淹れたお茶を一気飲みすると立ち上がり、玄関を出る。
「……また、学校で」
玄関のドアを開けた瞬間、長門がそう言っているのが聞こえた。
「ああ、じゃあな」
とだけ言い、下で待っている古泉と朝比奈さんの許へ急いだ。日が完全に落ちている中、朝比奈さんは歩いて帰って行き、俺は行きと同様に機関の車に乗せてもらった。
家に帰った後、することも無くボーっとしていて、ふと時計を見ると午後八時。この時期はこんな時間帯でも冬に比べればまだ明るいもんだ。
俺はとてつもなく暇だったで気晴らしに散歩がてら自転車を漕いでいった。
そして、気がつくと俺は例の鳥居の前に立っていた。
鳥居の前に着いた俺はそのまま鳥居を潜り抜ける。鳥居を潜り抜けると中は一本の直線道でその奥に結構な長さの階段があるのが見え、その近くに自転車を置き、階段を登る。階段を登り終えるとまた直線道があり、一番奥に賽銭箱や社がある。結構な広さだ。
とりあえずここにいるであろう異世界人にでも会えたら本望だったのだが、見渡す限り人がいないようなので財布から五円を取り出し、適当にこんなときにしか信じない神にお祈りだけしておいた。
とは言っても神はハルヒなのだが。
お祈りの内容はその神様がこれ以上悪い方向へ暴走しませんようにだ。
何だかんだ言って俺はハルヒのことばかり考えてしまっている。あんな事があったとはいえ俺とハルヒは知り合い以上、SOS団団長団員関係未満だ。それ以上も以下もないはずだ。
俺は心に深く暗示するように心の中で反芻した。
「あの、どうかされたんですか?」
祈り終えたあと不意に後ろから女性の声が聞こえた。
振り向くとそこには恐らく俺と同じぐらいの年代であるツインテールの髪をした巫女さんがいた。巫女姿、と言う事はこの神社の人か。つまり、『異世界人』となるわけだな。
「いえ、ただ単にお祈り事をしていただけです」
そういったあと俺は愛想笑いを浮かべる。俺は愛想笑いは苦手だ。別に笑う必要もないのに笑うのが嫌なんだよ。
すると、彼女は少し笑みを浮かべていた顔を真面目な顔に戻し、
「……嘘ですね。笑ってるつもりでしょうけど、笑う時に目と口が別々に動きましたよ。本当に笑うときは目も口も同時に動くんです」
ばれてしまったか、それにしても凄い洞察力だ。今度この人に古泉の笑顔でも判別してもらおうか。
「ご尤もです。本当はちょっと考え事をしてたら、ふとここに着いたんでお祈りごとをしていただけです」
今度は笑顔を見せず尤もらしい嘘をついた。これには彼女も納得したらしく、
「そうですか。悩んでる時は一人で抱え込まずに、誰かに話す事で解決する時もあるんですよ」
といって微笑んでくれた。
とはいっても俺の悩みは多分あなたの事なんです。とは言えるはずもなく。
いきなり「あなたは異世界人ですか?」と聞ける馬鹿がどこにいるだろうか。聞けるのは谷口ぐらいだろう。
「見たところ、高校生ですよね?どこの高校の生徒ですか?北高では見ませんけど……」
とりあえず遠まわしにそこらへんから聞いておくのが妥当だろう、と思い質問を投げかけた。
「あっ、私最近この辺に越してきたばかりで、今度その北高に転校する事になったんです」
ビンゴだ。やはり彼女は『異世界人』なんだろう。
「そうなんですか。ちなみに、何年何組かとかわかります?」
ハルヒの望んだ異世界人なら恐らくは……。
「えっと、確か……一年五組だったはずです」
思ったとおりだ。
「奇遇ですね。実は俺も一年五組なんですよ」
俺がそう答えると、彼女は驚いた様子で、
「そうなんですか?あっ、私の名前はかがみ。柊かがみです」
と自己紹介を始めた。
「俺の名前は……まぁ、みんなキョンって呼んでるからキョンって呼んでください」
「それじゃ、お互いフランクに行きましょう。えーと、じゃあキョン君?ちょっと五組の事についていろいろ教えてよ」
俺はその問いに了承し、社の近くにあったベンチに腰をかけいろいろな話をした。
五組には元々朝倉涼子という才色兼備な人物がいたが、諸事情でカナダへ行った事。谷口や国木田といったクラスメイトの事。担任であるハンドボール馬鹿の岡部の事。
そしてSOS団の事と天上天下、唯我独尊でありSOS団団長である涼宮ハルヒの事も。その他は俺の家の事とか、余談ばかりだったけどな。
「おもしろそうなクラスね」
とは柊の言葉。そして俺も柊からいろいろな事を聞いた。柊の家族構成は父母と姉二人、双子の妹一人の六人家族である事。ちなみに妹さんは一年六組らしい。これも何かの縁か、長門と同じクラスだ。
そして、入学手続きをするときに聞いたらしいが二学期に同じく入学する子が二人いるそうだ。憶測だがその二人も異世界人なのだろう。
柊姉以外の三人は一年六組。何か意図があるような気がして不安だな。
そういった話をしているうちに、俺と柊は意外に気が合い、いつの間にか意気投合していた。二人とも妹を持ってるからだろうか?
そんな話をしているうちに空が暗闇に包まれていて、ちょうど一段落ついたころに、柊の妹が柊を呼びに来た。
暗がりでよく見えなかったが、髪の毛は短かったように思う。
「じゃあ、明日学校で会いましょう」
と同じような事を長門に言われたような言葉を柊は残して帰っていった。
柊の姿が見えなくなった後、再び神社の方を見て俺ももう帰った方が良いなと思い、帰路につくことにした。
最終更新:2010年12月19日 17:49