九月一日、始業式後のホームルーム前の休み時間。
「キョン!」
と声がしたと思うといきなり俺は襟首を掴まれ引っ張られた。
「なんだ」
「聞いた?転校生よ転校生!それも五人も。怪しいと思わない?」
新しいおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせるハルヒ。
「そんな事ない。実際に古泉だって転校してきたけど何も無かっただろ」
「古泉君だって今でも十分怪しいわよ」
お前は夏に大変お世話になった奴に対してそんな目で見てたのか。失礼なやつだ。
「これはもう誘うしかないわね!」
「何にだ」
すると、ハルヒは机を壊れるのではないかと思うぐらい強く叩き、
「決まってるじゃない!SOS団によ。四人とも勧誘しないとね」
お前は人の人権について今一度勉強しなおせ。それは恐らく勧誘ではなく恐喝だ。
そう思い言うべきかかどうか迷っている内に担任である岡部がやってきた。もちろん、その隣には柊もいた。
「あら、女の子じゃない。結構かわいい子じゃないの」
「因みに言っとくが残りの三人も女子だぞ」
「何でそんなこと知ってるのよ?」
「風の噂だ」
そう言うとハルヒは「あっそう」とだけ言って再び注目を柊に戻した。心なしか、さっきより目が輝いている。
岡部からの紹介と自己紹介を終えると柊は俺の隣、ハルヒの斜め前のこれまた都合よく空いている席に着いた。そういやここ、誰もいなかったのか。
「ねえねえ。ちょっといいかしら?柊さんだったわよね」
早速ハルヒが交渉に乗り出した。少し身を乗り出し、ありったけの笑顔を振りまいている。これだけ見れば、可愛いやつなんだがな。
「ええ。あなたが涼宮さん?」
「あら、確かにそうだけど何で知ってるの?」
「キョン君から聞いたのよ」
一瞬、教室が凍りつくような感じがした。
谷口は「何でキョンの事知ってんだ?」と言いたそうな顔をしているし、ハルヒもなにか不満そうな顔をしている。
「何でキョンの事知ってるの」
と谷口が思ってそうな事をそのまま口にし、俺の方を睨みつけるハルヒ。
「昨日散歩してたら神社に着いてな、そこで偶然出会ったってわけだ」
と答えると「あっそ」と言って視線をすぐさま柊に戻す。
あんまり興味が無いんなら尋ねてくるなよ。
「なら話が早いじゃない。柊さん。SOS団に入らない?」
「んー。そのSOS団てのも興味あるんだけど」
あるのか。入るのは規定事項なのだろうが、是非とも必死に足掻いてくれ。
「実際にどんなことをする団なの?」
「良い事を聞いてくれたわね」
そう言うとハルヒはふんぞり返り、かがみの方を見ながら、
「SOS団は宇宙人、未来人、超能力者、異世界人を探し出して一緒に遊んだりする団よ。ちなみに『SOS団』の正式名称は『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』だから」
当たり前のリアクションなのだが、柊は少し引いた。と思ったのだが一瞬のうちに表情を変え、
「そ、そうなんだ。でもおもしろそうね。私も入ろうかしら?」
と答える。本心なのだろうか。それとも規定事項だから誰かに言わされてるのだろうか。
「決まりね。なら早速今日も活動はあるから。キョン。放課後部室へ案内してあげて。私は用事あるから」
そう言ったあと、授業開始のチャイムが鳴る。授業中はハルヒは寝っぱなしだった事に対し柊は、
「涼宮さんって、いつもこうなの?」
と尋ねてきた。俺は「ああ」といった後、「これで成績が良いから困る」と付け足しておいた。
柊は「ふうん」と言った後机に突っ伏していたハルヒを再び見た後、黒板の板書に戻った。
その日の昼休み。柊が女子に質問攻めされているのを見ながら俺は谷口と国木田と昼食を食べていた。
「おい、キョン。どう言う事だ?」
箸先を俺のほうに向けながらそう言う谷口。
「何がだ」
「何が、じゃねーよ。お前なんで即席、俺の美的ランキングAプラスの柊の事を知ってたんだ?この俺でも今日初めて知ったのに」
そんな事言われても、俺だって昨日古泉によって知らされたわけだし、どうも言い訳のしようがないな。
それ以前に、今日転校してきた人を早速ランキング付けするとは、呆れてものも言えん。
「さあな。散歩してたら偶然会って喋った。それだけの事だ」
「ほう」
俺のその言葉にも谷口はまだ納得していないらしい。
「でも不思議に思わないか、この時期に転校生なんて」
お前もハルヒと同じ事を言っているぞ。別に不思議でも何でもない。親の事情とか、そんなんだろ。
「あんなやつと一緒にするなよ。……涼宮はいないよな。そうかもしれないが、もっと別の所に疑問があるんだよ」
「どんな所?」
そう言うと国木田は卵焼きを二つに分け、ちぎれた片方を口に含む。
「転校生が来るのなら、もう少し早く情報が回るんじゃないかと思ってな。今日の今日まで俺に情報が回らなかったというのはおかしいだろ」
「そうかなあ」
谷口の情報網がどれだけ凄いのかは知らないが、昨日転校が決まったのだから情報が行くはずもないだろう。
いや、少なからずこの違和感に気づいたと言うことは谷口も少なからずハルヒに影響されている所があるということか。この違和感に気付かれても困るので俺は、
「知らん」
とだけ答えた。その後谷口の会話の矛先は俺と柊の関係に向けられ、谷口は執拗に質問攻めをしてきた。
具体的には、「何で昨日会ってんだ」や「どんな話をしたんだ」と言った本当にくだらない質問ばかりだったが。
俺はその質問に対しても軽く流す程度に答えると、ようやく飽きたのか目線を弁当に戻し、箸を再び動かし始めた。
終わりのHRを終え、放課後になるとハルヒは即行で鞄を持ち、教室を出て行った。
教室に取り残された俺と柊は仕方がないので部室へ行く事にした。
「そういえばSOS団って他に三人ぐらいいるんだったっけ?」
部室までの道のり、二人で肩を並べ歩いていると柊が質問をしてきた。流石に黙りっぱなしでは気が重いのだろう。
「ああ。二年生の朝比奈さんと一年の長門と古泉を含めた五人だったんだ。今まではな」
「今までは?私が入るから六人って事?」
「いや、恐らく合計で九人になると思うぞ」
「もしかして、涼宮さん他の一年生も誘う気なの?」
驚いた様子で尋ねる柊。
「多分な。柊の妹もだ」
「そうなんだ。まあ人数は多いほうがいいけど」
そう言った後、柊は前に向いていた目線を俺のほうに向け、
「それと、これからは私のことはかがみって呼んでよね」
「断る」
俺は即答した。いくら意気投合したとはいえ、流石に昨日知り合ったばかりの人を下の名前で呼ぶのは抵抗があるのは普通だろう。異性なら尚更だ。
「遠慮しなくていいのよ。柊だと私なのかつかさなのか区別が付きにくいじゃない」
それも一理あるが、それでも遠慮しがちになるものだ。「柊」と「柊妹」と呼ぶのはかわいそうだろうがな。
「それに涼宮さんのことはハルヒって呼んで私はかがみじゃ無理なの?私だってあんたのことキョンって呼んでるんだし、いいじゃない」
俺は呼んで欲しいとはいってないのだが。そう言おうとも思ったがどうせ無駄だろうと俺は観念し、
「それじゃ、そう呼ばせてもらうよ。かがみ」
と言った。
「そうそう」
俺の言葉に対し、かがみは俺に向かってそう言って笑顔を見せた。
部室のドアをノックする。返事が無い。どうやら来ているのはまだ長門だけらしい。
「入るぞ」
そう言いながら部室のドアを開けると案の定、長門がいつもの場所で座って本を黙々と読んでいた。
長門は視線を一瞬こっちに向け、かがみの方を見た後、再び本へ視線を戻した。
「紹介する。あいつが長門」
かがみの方を向きそう言った後、長門の方を向き、
「長門、こちらが新しくSOS団に入ることになった柊だ。よろしく頼む」
と言った。かがみは長門の方を見て、
「私は柊かがみ。よろしくね、長門さん」
と笑顔を向け長門に自己紹介をする。長門は本を読むのを一時中断し、視線をかがみの方に向けて、
「長門有希」
とだけ述べて再び本へと視線を落とした。
「あいつはああいうやつなんだ。まあ、許してやってくれ」
「いいわよ、それぐらい。それより、他の人は来てないの?」
辺りを見回しながら尋ねるかがみ。
「どうやらまだらしい。まあそこに座って待っててくれ」
そう言った後、初めてこのままじゃイスが不足すると言う事に気が付いた。
今から四人分のイスでも持ってこようかとも思ったが、いきなり初対面の人と、ましてや長門とかがみが二人きりとなるのは居心地が悪いだろう、と思いイスを取りに行くのを諦め、俺もイスに腰をかけた。
と、俺が座った直後にドアが壊れそうになるぐらい強い力で開けられた。
俺とかがみはビクッと肩を震わせる。長門は相変わらず無反応だった。こいつはマグニチュード八ぐらいの地震が来ても平気で立っていられるんだろうな。
「じゃじゃじゃじゃーん。三人とも連れてきたわよ!」
ハルヒは百万ワットの笑顔で俺たちに叫んだ。
柊も流石の苦笑い、長門は無表情、俺は溜息。さて、どれが一番正しい反応なのだろうか。誰か教えてくれ。
「さあさあ。入った入った」
廊下の外に恐らくいる残りの転校生、三人に入るように促すハルヒ。
ハルヒに促され、三人がゾロゾロと部室へと入り、ハルヒの横へと並んでいく。
一人ずつ、俺的な第一印象から言わせて貰おうか。
まず一人目。青いロングヘアーで左目元に泣き黒子がある。背丈も小さく、制服を着てないと本当に高校生かわからないぐらいである。そして逆にランドセルを背負っていれば確実に小学生と間違えるであろうというほどだ。
次に二人目。柊の妹だろう。神社の時にも見た事はあるのだが特徴としては、かがみと同じ髪の色をしている。そして髪の長さは、長門より長いがショートカットで頭にはハルヒのしているようなカチューシャをしている。昨日のかがみの話曰く天然らしいが。
最後に三人目。髪は薄桃色で泉よりは短いがこれもロングヘアー。眼鏡をかけており、こんな事を言うのもなんなのだが……朝比奈さんに負けず劣らずのボディを持っている。顔は朝比奈さんと正反対で、博学でしっかり者のような顔立ちをしている。眼鏡効果だろうか。
「おい、ハルヒ。ちゃんと了承は得たんだろうな?」
「あったりまえよ。一応見学って形でここに連れて来たんだから」
そう言うとハルヒはいつもの団長席に行き座った。
「今日はとりあえず『見学』っていう名目でここまで連れて来たけど、いずれは必ず入部させてやるわ」
ハルヒはそう言ってドアを閉め、団長席へと座った。
「あ、お姉ちゃんだ」
さっき説明した柊妹がかがみに向かって言った。
「やっぱり来たのね。あ、そうそう私ここに入ることにしたから」
いきなりのかがみの入団発言に妹も驚いたらしく、「ええっ。本当なの?」と聞き返した。まあ俺も驚いたわけだし、当然の反応か。
「本当よ。どうせならあんたも入っちゃいなさいよ。面白そうよ?」
「うーん。お姉ちゃんがそう言うなら……入ろうかな?」
おいおいそんな簡単に決めていいのか。これもハルヒの望んだ事なのだからこうなる事はわかっていたのだが……。
「いいのか?他に入りたい部活とか無いのか?」
一応聞いておく。尋ねた瞬間、ハルヒが俺の方を睨んできたのは気づかなかったことにしよう。
「あ、あなたは昨日の。大丈夫だよ。運動って苦手だから運動部には入ろうとは思ってなかったし、それに、お姉ちゃんが入るって言うなら私も……なーんて」
やはりどことなく妹の面影がある。
「それに、宇宙人や未来人を探すなんておもしろそうだしね」
「じゃあよろしく頼むよ。柊」
「うん、よろしくね」
笑顔を見せる柊妹。何というか、朝比奈さんとは違うベクトルの可愛らしさだ。
「あの……私たちは蚊帳の外なのでしょうか?」
三人目に紹介した、桃色の髪の女性が訊いてきた。ちなみに青い髪の少女はちゃっかりイスに座って辺りを見回している。
「ああ、すいません。ええと……」
「あ、名前がまだでした。高良です。高良みゆきです」
「俺の名前は」
「キョンよ!」
自己紹介をしようとするとハルヒが俺の言葉を遮ってきた。
「……まあそう呼んでください。高良さん、あなたも入りたい部活とかないんですか?」
なぜか敬語表現になってしまう。彼女のオーラがそうさせているのだろうか。
「はい。私も恥ずかしながら運動はあまり得意ではありませんので、かといって文化部にしようかと思っていたところに涼宮さんが声を掛けてくださって、涼宮さんのご厚意は無碍には出来ませんので、私も是非入団させてもらいます」
その言葉を聴いた瞬間ハルヒは嬉しそうな顔をし立ち上がった。
「これで二人は確定ね。さあどうするの?こなたちゃんは」
「うおっ、やっぱり来たか……」
やっぱりってなんだ。
「いやサ、別に入るのはいいんだけど、ゴールデンタイムのアニメとかには間に合うのかナ?」
どうやらこの糸目少女、こなたさんとやらはアニメが好きらしい。
「別に間に合うわよ。そんなに遅くまで残る部活じゃないし。見たいのが早めにあったらその日だけは特別に早めに帰ることを許してあげてもいいわよ」
「そうなの?ならいいよー。私も入団する」
そんな単純でいいのか?と言うよりか、入団の判断の基準が「アニメに間に合うかどうか」で決めていいのか。
結局、いつの間にか四人の入団が受理される事となってしまった。