ドアがノックされる音と同時に古泉が入ってくる。
「おや?今日はやけに賑やかですね」
そう言って笑顔を振りまく古泉。新しく入ってきたこなたさん以外の三人が見とれている。なんというか腹立たしいね。逆になんでこなたさんが興味を持たないのが不思議なのだが。
「こちらの四人が新しく入った人たちだ。えっと、柊姉妹に高良さんとこなたさんだ」
「えっ、私だけ下の名前ですか。……ってそういえば苗字言ってなかったネ。泉だよ。覚えといてネ」
「だ、そうだ」
すると古泉は再び笑顔を向け、
「そうですか。僕は古泉一樹です。何卒、よろしくお願いします」
と自己紹介をする。すると、次は俺の方に視線をやり、
「ちょっと外へ同行ねがえますか?そちら方のイスを用意しなくてはいけませんので」
と言ってきた。
「ああ。俺も丁度、そう思ってたところだよ」
そう言って俺と古泉は部室を後にした。
「あの四人が例の人たちのようですね」
俺と古泉は部室を出てイスがある会議室までの途中、例の人物たちについての会話を始める。
「そうそう、勝手ながら彼女達の家族構成を調べさせてもらいました。どうやら全員住民票も持っているようです。それと、彼女達の両親、又は親類も異世界から来た、異世界人であることがわかりました」
ちょっと待て。そうなると結構な量の異世界人がいることになるんじゃないのか。
「その心配はありません。どうやら、彼女たちの祖父母以降の人たちは既に亡くなっている、という設定になっているようです」
相変わらずの爽やか笑顔の古泉。そう言うところは用意周到なんだな、ハルヒは。
「で、今異世界人は何人いるんだ?」
「残念ですが機関でもまだしっかりとした数字は分かっておりません。ただ言える事は彼女達の親類以外にも異世界人がいると言う事です」
かがみたち以外の異世界人?それもハルヒが望んだことなのか。
「それはどうか分かりかねます。ですが、存在しているのも事実です」
それにしても、そんなものどうやって調べたんだ。
「実はですね、異世界にも僕達のような機関が存在しているんです」
「何でそんなことが分かるんだ」
「大規模な情報爆発の後、異世界側の機関から閉鎖空間を通じてコンタクトがありました。そこで経緯を話したわけです」
待て。何で異世界とこの世界が閉鎖空間で通じているんだ。前にお前に連れてもらった時はそんなことなかったはずだが。
「涼宮さんが情報爆発を起こしたからでしょう。涼宮さんが情報爆発を起こした際に、彼女たち異世界人は閉鎖空間を通じて異世界からこちらの世界に来た、――来させられたのではないかと」
「なら、いつでも異世界に行ったり来たり出来るようになったのか?」
だったら話が早い。かがみたちをその閉鎖空間へ連れて行って返してやれば良いじゃないか。
だが、俺の安堵とは反対に、古泉は深刻な表情を浮かべて言った。
「いえ、それは不可能です。実際に閉鎖空間内でこちらの世界と異世界を行ったり来たり出来ると言うわけではありません。情報爆発が起きたときはこの世界と異世界は行き来できましたが、今閉鎖空間が発生しても無理かと。ですので、しばらくは彼女達を帰そうとするのは無理な事かと」
なら仕方が無いな。
「それに、涼宮さんが望んだものをわざわざ消すなんて事は僕には到底できませんよ。あなたは子供が嬉しそうに持っている玩具を取り上げるなんて事ができますか?そんなことをしたら子供は泣き喚きますよ。尤も、涼宮さんの場合、玩具を手に入れたと言う自覚がありませんが」
それもそうだが。ハルヒを子ども扱いするのはどうかと思うぞ。実際そんなもんだが。
「すいません。とりあえず、今はこれだけ伝えておきます。わかり次第、随時伝えますので」
「そうしてくれるのは嬉しいが、厄介事はもう懲り懲りだよ」
「あなたはもう、涼宮さんに選ばれた時点で厄介ごとだと思いますが」
……正論だ。
「でしょう。それと、あなたにやってほしい事があるんです。一つはいち早く彼女たちと涼宮さんを仲良くさせる事。これに関してはあなたはあまり関与する必要はないでしょうが。それと、もうひとつは今日赴任してきた黒井先生に会ってきてほしいんです」
黒井先生……。ああ、今日赴任してきた明るい感じの先生か。
「黒井先生が来た理由は先生が妊娠休暇のための代理と言う名目になってますが、あの先生も立派な異世界人ですので」
「そうだったのか。で、会って何を話したらいいんだ?」
「特にはありませんが、一応あなたも顔見知り程度になっておいた方が得かと思いまして」
俺は動かしていた足を止め、古泉のほうを見る。
「何で顔見知りになる必要があるんだ。俺が顔見知りになっても何も得はないだろう」
「いえ、本質としては異世界人を近くに置いておいた方が観察しやすいと思ったので。これは長門さん側も同じ考えです」
なるほどな。
「だったら、お前が接触した方がいいだろう。何で俺が接触する必要がある」
「僕は既にコンタクトをとっています。ですが、黒井先生の僕に対する印象はあまり良くないようでして」
確かに、ああ言ったフレンドリーな先生にとっては、お前みたいにヘラヘラと笑顔を浮かべて、誰に対しても敬語を並べるようなはあまり好きになれないだろうな。
「仰るとおりです。ですので、あなたがコンタクトを取ってSOS団に彼女を少し近づけておいて欲しいのです」
そう言うことなら分からんでもないが。
「……分かったよ」
俺はそうとだけ言って、止めていた足を再び部室へと動かした。
「感謝します」
古泉もそう言った後足を動かした。
ドアをノックし、「はーい」と言う朝比奈さんの可愛らしいエンジェルボイスが聞こえ、部室へ入ると端から見ると華やかな女子七人が各々やりたいことをやっていた。
ハルヒは団長席でパソコンをいじっているし、長門もいつもどおり本を読んでいる。朝比奈さんもメイド服に着替えていて皆にお茶を入れ終えたのか、今は柊姉妹と高良との四人でトランプをやっている。それにしても、朝比奈さんも素早く馴染めたものだ。
と言うか、柊たちの湯呑みはどう見ても俺たちの湯呑みだよな。泉はというと俺の席で堂々と寝てやがるし。こいつはなかなかのつわものだな。そして何故か手元には携帯電話が散乱してある。どうやらカメラ機能を使ったらしいが、学校に携帯の持ち込みは原則禁止だぞ。覚えておくようにな。
ちなみに、どんな写真を撮ったのかと気になり、携帯を持つと一瞬朝比奈さんがビクッとして「ふえっ」と言った。なるほど、朝比奈さんを撮ってたわけか。俺はデータフォルダを見たい気持ちを抑えて携帯電話を元の位置に戻した。
すると朝比奈さんは思い出したかのように、トランプを一旦中断して俺と古泉の方へ寄ってきた。
「すいません。キョン君と古泉君の湯のみ、かがみさんたちに使ってしまったんですけど、よかったでしょうか?」
確かにそれぞれの湯飲みを見るとかがみが俺のを、つかさは古泉の、泉は長門で、高良が朝比奈さんの湯のみを使っている。ハルヒはハルヒのままらしい。
「ええ、構いませんよ」
古泉はそう言うと、四つ分のイスを置き、新しい自分の席に着いた。
俺の席は泉が絶賛使用中なので丁度良いと思い、部室を出ようとした。
「ちょっと、何処に行くのよ」
ドアを開けた瞬間、ハルヒに呼び止められる。
「職員室だ」
そう答えると、ハルヒは不服そうに、
「何で今から職員室に行く必要があるのよ」
と尋ねてくる。
「実はな、昨日やった世界史のプリントをなくしちまってな。代わりを貰いに行くんだよ」
もちろん嘘だ。世界史のプリントはしっかりと滅多に使うことのない俺の勉強机の上に置いてある。
「ふうん。ならいいわ」
そう言ってハルヒは再びパソコンへと目を戻した。そして、部室を出ようとした瞬間、
「私も行く」
といきなり俺の席で寝ていた奴が言い出した。その泉の発言に対して、最初は男女の二人でというのには抵抗があったのだが、今思えば部室に来るのにもかがみと二人だった為、言い訳は出来ないと思い結局一緒に行く事になった。
部室から職員室までは旧校舎から今使っている本校舎まで移動しなければならないので時間がかかる。その間二人で会話をしていた。
「何でまた急についてくるなんて言ったんだ?」
「いやサ、世界史担当の黒井先生は、私たち六組の代理の担任だからキョンキョン一人より良いかと思って。それに私もちょっと気になることがあるしネ」
キョンキョンってのは一体なんだ。
「それはキョンキョンのあだ名だヨ。こっちの方が面白いじゃん」
俺は今の名前で充分面白いと思うがな。別にキョンという文字の羅列がもう一つ増えただけで別にどうする事もないが。
職員室へ入り、先生を呼び出し職員室前の廊下で話をすることにした。
「おお、なんやなんや。男女二人揃って、何や恋の悩みか?」
なぜか先生ニッコニコ。着任式での印象どおり、フランクな人らしい。
「いや、誤解しないでくださいよ」
「違いますヨ、先生」
俺と泉は口をそろえて否定した。
「なんや違うんかいな。で、何の用や?」
「実は夏休みの宿題だった世界史のプリントをなくしちゃって、新しいのをもらえませんか」
すると先生はハァと溜息を吐き、
「なんやそんなことかいな。宿題のプリントなんか無くすもんとちゃうで」
と言って職員室に戻った後、プリントを一枚持って戻ってきた。
「ほれ、これやろ」
八重歯を見せながら、そう言う先生。
「はい、ありがとうございます」
俺がそう言うと、先生は今度は泉に視線を変え、
「それで、泉はただの付き添いか?」
と尋ねてきた。そういえば泉は泉で用があるといっていたが。
「先生ってネトゲとかやってたりします?」
真面目な顔でそう尋ねる泉。先生はと言うと、少し考え込んだ後、
「何でそんな事訊くんや?」
と質問を質問で返した。
確かに、いくらフランクな人でも、今日見知ったばかりなのに、いきなり「ネットゲームをしていますか」などと尋ねられると、誰でもその真意は知りたくなるものだ。
「先生の下の名前って、ななこですよネ」
俺はそのことを初めて知ったが。というか、先生の質問に答えろよ。いや、先生も質問に答えていないのか。
「おう。そうやけど、それがどないしたんや?」
相変わらず八重歯をちらつかせながら喋る先生。泉は小さな声で、
「nanakon……」
と呟いた。すると先生はピクッと少し反応を見せ、
「何で、それを?」
とさぞ不思議そうに泉を見る。
おい、泉。そのナナコンってのは何なんだ。気になるのだが。
「んーこれはね、先生のキャラクター名だヨ」
キャラクター?さっき言ってたネットゲームのことか。
「そーいう事」
糸目になりながら俺のほうを見上げ、返事する泉。
「そうか……konakonaか」
先程から手をあごに当て、考え込んでいた先生が呟いた。
「せいかーい」
先生の方を指差し、そう言う泉。
ナナコンが先生なら、コナコナは泉のキャラクターの名前という事か。
「そうそう。私と先生は同じネトゲをしてて、結構仲がいいんだよネ」
そうだったのか。それにしても、泉はまだしも、先生がネットゲームをやってたなんて意外だな。
「ウチかて普通の人間や。暇を持て余すことぐらいあるわ」
「未婚ですしネ」
「うるさい」
ふと先生の指を見ると、確かに婚約指輪をつけていない。
泉はそこを見て未婚だと言ったのだろうか。それとも、あらかじめ聞いていたのだろうか。前者だったとしたら、凄い洞察力だが。泉といいかがみといい、異世界人は洞察力が鋭いのだろうか。
そんなことを考えながら先生と泉の会話に口を挟まず、聞きに徹していると泉と先生は相変わらずネットゲームの話で盛り上っているようだった。
俺が先生と接触を図りに来たつもりだったのだが、俺よりも泉のほうが親しくなっている。でもSOS団にとって身近な存在にする、と言った点では結果オーライなのだろう。
泉ももう少し先生と話しておきたいだろうが、これ以上遅れると我らが団長様が虫の居所を悪くされるので、仕方なく泉と先生の会話に割って入り、泉に部室に戻るように説得し、部室へ帰る事とした。
「明日提出やからな。しっかり出すんやで」
去り際に先生がこう言った事に対して、俺はこの人はいい先生なんだなと思った。
帰り道の途中、泉に何故先生がネットゲームをしているのと思ったのか尋ねると、昨日いつも通りネットゲームに勤しんでいると黒井先生のキャラクターから先生として高校に赴任することが決まった。と言う報告が伝えられたそうだ。
そして、今日着任式で黒井先生の名前を知ってキャラクターの名前と被る所があった為、尋ねてみたらしい。
ちなみに、「赴任祝いと言う事でゲーム内でプレゼントを上げたんだよネ」とも笑いながら言っていた。
「助かりました。これで僕も長門さんも観察が楽になります」
後日の昼休み。古泉は俺から上手くコンタクトを取れた事を聞いて胸をなでおろすように言った。実際、親しくなったのは泉だが。
俺は格別何かをしたわけでもないのだが、報酬として今紙コップのコーヒーを奢って貰っている。何か悪い気がするな。
「感謝なら泉に言ってくれ。俺は何もしとらんし、奢るなら泉に奢れ」
「いずれそうさせてもらいます。それに、これぐらいの出費は構いません。あなたでしょうが泉さんでしょうが、SOS団の近くに置く、と言う事が大事ですから」
「……私も感謝する」
古泉の隣で一緒に話を聞いていた長門が俺に感謝の言葉を述べている。
普段の言葉数が少ない長門に感謝の言葉を述べてもらうと頼み込んだ甲斐があるってものだ。くどいようだが、実質、親しくなったのは泉だが。
ところで、今の俺は気になる事があるのだが、
「おい、古泉」
「なんでしょうか?」
上手く黒井先生と接触が取れたからだろうか、古泉のスマイルはいつもの三割増しである。
「こっちの閉鎖空間と異世界の閉鎖空間が繋がってあいつらが来たってことは、向こうにもハルヒのような『神』がいるわけだな」
俺の質問に対して相変わらず古泉は笑顔を浮かべて答えた。
「ええ、仰るとおりです。……その方が誰なのか、気になるのですか」
まあな、と言わんばかりに無言で古泉に視線をやる。
古泉はしばらく悩んでいるような表情を見せた後、
「今はまだお教えすることはできません。ですが、いずれ知る時がくるでしょう。それまで我慢してください」
「何故今じゃ駄目なんだ」
「機関の方からまだそのことに関しては何の指示も受けていませんから。安心してください。必ず知ることです。それが早いか、遅いかの問題だけです」
早いか遅いかだと早めに知っておいたほうが気が楽なわけだし、早く聞きたかったのだが、これ以上の詮索は時間の無駄だと思い、俺は視線の先を変えた。
「まあいいだろ。次は長門だ」
古泉の隣にいた長門へと視線をやる。長門も俺のほうをじっと見つめ、視線を逸らそうとしない。
「異世界にお前みたいな宇宙人はいるのか?詳しくは聞かん。いるかいないかだけで良い、答えてくれ」
こちらもまたしばらくの沈黙が続く。
「……いる」
「わかった。それだけ分かれば十分だ」
「そんなことを聞いて、どうするんですか?」
古泉が不思議そうに俺に問い質してきた。
「異世界にもハルヒのような存在がいるんだろ?だったら、今回のハルヒの情報爆発に関することは異世界のハルヒはどう思ってるのかと思ってな」
「恐らく気付いていないのでしょう。涼宮さんの力で異世界の涼宮さんの記憶も改ざんされたのではないでしょうか?」
「そうなんだろうな」
そう言うと俺はコーヒーを口に運ぶ。
「それと、今回の件ですが、機関側は干渉すると言う結論に出ました。以前にも言いましたが、彼女から玩具を取り上げることは出来ませんので」
真剣な顔をして古泉は言った。
機関側も干渉、宇宙人側も情報操作はしない、となると頼れるのは朝比奈さんだけになるな。
「おや、あなたはあの人たちを元の世界に返したいのですか」
「返したいんじゃない、返すしかないんだ」
「そうですか。僕個人の意見としては、SOS団が賑やかになって嬉しい限りですが」
ただでさえ一般人の百倍近くうるさい奴がいるのに、これ以上うるさくなったら俺の鼓膜が持たん。
「いいじゃないですか、それはそれで。異世界側の機関もとりあえずは様子を見る、と言ってますしもう暫くはこのままでいいでしょう」
「……そうだな」
俺はそう言ってコーヒーを一気に飲み干した。