その日の放課後、俺はいつも通りに部室へと向かった。
愛おしい朝比奈さんの生着替えをうっかり目撃してしまわないように、部室のドアをノックする。
「はぁい」
と愛くるしい声がしたので、ドアを開け、中へ入る。
するとそこにはいつもの朝比奈さんではなく、朝比奈さん(大)がそこにいた。
「久し振り、になるのかな」
窓際に佇みそう言う朝比奈さん(大)。深窓の令嬢とは今の彼女の為にある言葉なのだろう。
朝比奈さん(大)と会うのは三年前の七夕以来だ。実際、感覚的には今年の七夕なのだが。
「そう、なりますかね」
それにしても、何故朝比奈さん(大)がここにいるんだ。また何か重大なことでも起きたのだろうか。
「今回も、キョン君に大事な用があってここにきました」
流れからすると、異世界人のことなのだろうか。
「たとえどんな事があっても、絶対涼宮さんを見捨てないであげて下さい」
そう言いながら俺の目をじっとみる朝比奈さん(大)。
ハルヒを見捨てない、か。そんなもの、見限れるものならとっくに見限っているのだがな。見限れないのが俺の性なのだろう。いや、少し違うのかもしれない。
「朝比奈さん」
「なんですか?」
「未来では並行世界があることが確証されたとか言ってましたけど、行き来はできるのですか?」
「えっと、結論から言えば未来の技術で出来なくはないです。でも、禁止されています」
「そうですか」
かがみたちを未来の技術で何とかならないものかとも思ったが、そうは上手くいかないらしい。
「ふふっ、やっぱりかがみさん達のことが心配ですか?」
全てを知っているかのようにそう言う朝比奈さん(大)。
「ええ、まあ」
実際、あいつらは被害者なわけだし、何とかしてやらないといけないのは当然だろう。しかし、あいつらには被害者だと言う自覚は専ら無いわけで、それに朝比奈さんたちの素性も言えるわけもないので、今の俺にはどうすることも出来ないのだが。
「それなら心配ありません。詳しくは『禁則事項』ですが涼宮さんが何の為に望んだのか、本当に異世界人に会いたいがためだけに望んだのか、よく考えてくださいね」
ハルヒが何の為に異世界人を望んだのか。
異世界人に会いたい。もしそんな願いで呼んだのなら、異世界人はもっと早い段階で現れているはず。なのに何故今なのか。本当にただ会いたいがために望んだのか。いや、違うとしたら何の為に……。
「涼宮さんが望んだ真意がわかった時、キョン君の考え方は変わるはずよ」
ハルヒの真意……か。
「朝比奈さんは既に分かっている、と言う事なんですか」
すると朝比奈さん(大)はニッコリと笑い、
「ええ。でも私もキョン君に教えてもらって、初めて理解できたの。だからキョン君、あなたが考えないと意味が無いの。これがこの時間平面の規定事項だから」
「俺が一番最初に理解した、そう言うことですか」
「そうなるわね」
そういった後、朝比奈さん(大)はチラリと時計を見た後、
「そろそろ皆が来る時間ね。それじゃあ私はこれで」
「待ってください」
俺は少し声を張り上げると朝比奈さん(大)は動きを止めた。
「異世界にも未来人はいるんですか?」
そう尋ねると朝比奈さんは輝きのスマイルを放ち、
「いますよ。誰か、は禁則になりますけど」
と言った。すると朝比奈さんは俺に後ろを向くように指示をし、俺はそれに従う。
ふと、両肩に朝比奈さん(大)の手が置かれ、
「同じ過ちには同じ対処法を、ね」
と耳元でささやかれた。正直、くすぐったいです。
その言葉がささやかれた後、肩に乗っていた温もりが消えたため、振り向くとそこには既に朝比奈さん(大)の姿は無かった。
窓の方へ行きしばらく空に眺めていると、ドアの開く音がした。再び前を向くと、そこには長門と朝比奈さん(小)の姿があった。
「あっ、こんにちは、キョン君」
そういいながら軽く会釈をする朝比奈さん。
「……」
何も言わずにいつもの席に座り、鞄から本を取り出し栞をしていた部分から読み始める長門。
「こんにちは」
「あの、それじゃあ着替えるんで」
「わかりました」
そう言って、俺は部室を出た。
ハルヒの望んでいること、か。今回は中々に難しそうな気がするな。
外を走る運動部員を見ながらそう思った。
朝比奈さん(大)の忠告を受けてから数日が経った。
今のところ、ハルヒが気分を害することもなく、何の事件も無く、泉たち異世界人もクラスやSOS団にも上手く馴染めているらしく、ここしばらくは平凡な日常を過ごしていた。
これが、嵐の前の静けさでないことをただ願うだけだ。
「キョンキョーン」
放課後、掃除を済ませた後部室へ向かおうとすると、後ろから声がした。呼んでいる人物は見当付いているのだが念のため振り向いてみると、念の必要は無く、予想通りに泉が手をブンブン振り回して俺のほうを見ていた。
俺が振り向いたのを確認すると、泉は小走りでやってきて、
「今から部室に行くんでしょ?一緒に行こうヨ」
と言ってきたので、俺と泉は一緒に部室へ行くこととなった。
「キョンキョンってさ」
二人で歩いていると、ポツリと泉が呟いた。
「ハルにゃんと付き合ってるの?」
「断じてない」
即答する。事実、そんな事は無いのだから。
「本当に?皆言ってるヨ?」
「そんなことは知らん。俺自身がそう言ってんだから付き合ってないんだろうよ」
すると泉は糸状になっていた目を見開かせる。
「それじゃあ、他に彼女とかいないの?」
「いないな」
泉は再び糸目に戻し、
「駄目だネ。もっと高校生らしく恋愛しなヨ、若者」
見た目たらよっぽど泉のほうが幼いんだがな。
「そう言う泉はしているのか?」
そう尋ねると泉は下を俯きながら、
「私?……私ならしてるヨ」
と言った。転校してまだ間もないのに、もう惚れた奴がいるなんて、結構凄いものだな。
「誰か、とか聞かないの?」
俯いていた視線を俺の方へ向け、俺の目をじっと見つめる泉。
「聞かないさ。それに言いたくないだろう」
そう言うと泉は顔を前に向け、
「まあ、ね」
とだけ言った。
部室をノックするも、返事がない。
つまりは長門がいるのだろうと思いドアを開けると、見事予想通りに長門がいつもの椅子に座り本を読んでいた。
長門は一瞬だけこっちを見ると、再び視線を本に戻した。これが、あいつの挨拶なのだ。
俺は長門に軽く挨拶をして自分の席へ座った。泉は長門に対して何の挨拶もせず席に着いた。クラスが同じわけだから挨拶する必要もないわけだ。
それにしても俺と泉は遅れてきたのに何故長門以外のメンバーがいないんだ。
「なあ長門。ハルヒたちはどうしたんだ」
そう尋ねると、長門は顔を上げ、
「涼宮ハルヒたちは今買い物に行っている」
「買い物って何を買いに行ったの?」
今度は泉が質問した。
「……あなたたちの湯呑み」
そういえばまだ泉たちの湯呑みが無かったな。その買出しに皆付いて行ったのか。
「……そう」
だったら泉も連れて行けば良いのに。掃除だったからとはいえ、買う本人を連れて行かないなんて本末転倒な気もするが。
「まあ私は飲めたら何でも良いから、別にどうでも良いんだけどネ」
そう言って泉は鞄の中を漁り始めた。泉が鞄から取り出したのは携帯ゲーム機である。こいつ、こんなもの持って来てやがったのか。
「いやあ、どうしてもやりたくなっちゃってネ」
ゲーム中毒者になっているんじゃないかと言う俺の心配をよそに、泉はゲームの電源を入れゲームをプレイし始めた。
三人しか部室におらず、長門は読書、泉はゲームと二人ともやりたい事をしており、ハルヒたちが帰ってくるまでこのまま二人の動向を観察し続けるのも別に悪くは無いが
長門はともかく、泉に変なやつだと誤解されたくも無い為、俺は一人、机に顔を伏せあの破天荒な団長に対抗するスタミナを蓄えようとした。
が、授業の時はとてつもなく眠たいくせに、いざすることが無く寝れるとなると、何故か中々眠れなくなるものだ。『精神と時の部屋』に入っているような感覚で、俺は机
に突っ伏せたまま時が過ぎるのを待っていた。
三十分ぐらい過ぎたかと思われた時、俺の肩が二度、優しく叩かれた。
顔を上げ、振り向いてみると、泉がゲーム機をもってこっちを見ていた。
……何故かゲーム機が二台に増えている。
「どうした」
と目をこすりながら尋ねる。すると泉は糸目のまま、
「ゲームしようよ」
と言ってきた。
俺自身、ようやく眠れそうになってきたのだが、この誘いを特に断る理由もないため、渋々承諾した。
すると泉はよっぽど一人でやるのに飽きていたのか、目を輝かせ俺に片方のゲーム機を渡してゲームの仕方を口頭で説明した。
あまり言っている事はよく分からなかったが、恐らくシューティングゲームなのだろう。だったら習うより慣れろ、だ。俺はゲームをある程度プレイし、どうにか操作方法を覚え、泉との勝負に臨んだ。
……のだが、いざ通信をすると行われたのは協力プレイだった。泉曰く、
「対戦プレイだとキョンキョンがつまらなくなるだろうからネ」
との事だ。それほど泉は自信があるのだろうか。自意識過剰なんじゃないだろうかとか思っていた俺はその言葉の真意をゲームの中で嫌と言うほど痛感した。
とにかく、やたら強い。相手の攻撃をとっさにかわし、ヒットアンドアウェイの要領で、確実に相手に攻撃を当てている。
俺はと言うと、攻撃すれば相手に攻撃を喰らい、体力が無くなってこればひたすら逃げ惑うと言った、足を引っ張ってばっかりだった。
だがゲームは楽しんでやるもので、俺も泉もそんなことは気にせず、笑顔で楽しそうにやっていた。
それにしてもハルヒたちは帰ってくるのが遅いな、など思いながら時計を見ると、ふと長門と目が合った。本を読むのを止め、その瞬きを忘れたつぶらな瞳で俺たちのほうを見ていた。
もしかして、長門もこれをやりたいんじゃないだろうか。俺はそう思った。
「長門、お前もやりたいのか」
俺は長門の前に行き、そう尋ねた。
長門は俺をじっと見つめたあと、無言で縦に頷いた。
「だったら、俺のを貸してやるよ。っても泉のだが。やり方は泉に聞いてくれ」
「そう言うことだったら心配ないヨ」
俺と長門の間に割ってはいる泉。
「実はゲーム機を四つ持ってきているんだヨ」
そう言って泉は自分の鞄を再び漁り残り二つゲーム機がある事を確認した後、片方のゲーム機を鞄の中に再び入れた。何で四つも持っているのかと尋ねると、
「私はお父さんの影響でゲームとかやり始めたんだよネ。だからこれもお父さんのものだヨ。お父さんは強いんだけど、お母さんはこういうのに疎くてさ、三人でやってもい
つもお母さんが足引っ張るんだよネ」
と言っていた。
「いやあ、実際の所三人でやりたかったんだけど、有希っこはこういうのに興味なさそうだから誘わないでいたんだヨ」
俺も長門がこういうのに興味を持つとは思わなかったな。宇宙人といえど、娯楽は必要なのかもしれない。ずっとハルヒの観察だけでは疲れるだけだからな。
泉が長門にやり方を教えている間、俺はそんな事を考えながら部室の外を眺めていた。しばらくしてやり方を学んだ長門を含んだ三人で協力プレイを行っていた。
一つ言おう、この中で一番足を引っ張っているのは俺だった。泉はともかく、長門は先ほどまでAボタンやBボタンすら分らなかったのに、今となっては泉に負けないほど、いやそれ以上となっている。宇宙人というスペックはこんなところで発揮していいのだろうか。
「おお、有希っこ強いネ」
泉も長門の成長ぶりに目を細めている。何でこんなに強いのかとか不思議に思わないのは何でだろうね。気にしてくれないほうが俺としても気が楽で良いのだが。
そんなこんなで俺たち三人はハルヒたちが帰ってくるまでずっとゲームに没頭していた。
そしてハルヒたちはと言うと、夕暮れ過ぎに帰ってきて結局そのまま今日は解散ということとなった。誰も、長門がゲームをしているのを不思議がらなかったのは何でだろ
うか。それほど長門も普通の女の子として見られているということか。
なんとなく長門の保護者のような気持ちで何だか少し嬉しく思えたね。
最終更新:2011年02月02日 21:57