その日の帰り道、ちょっとしたハプニングがあった後、外はまだ明るい中俺は家に着き、玄関の門を開けようとした瞬間、後ろから声がした。
振り返ってみると、いつかの機関主催の孤島ミステリーにメイド役として参加していた森さんが今時のオフィスレディの様な格好で立っていた。
「お久しぶりです」
俺が振り向いたのを確認して、笑顔でお辞儀する森さん。
「こちらこそ、あの時はありがとうございました。ところで何か用ですか」
「はい。現在、閉鎖空間が発生しているのです」
閉鎖空間が?何故今、このタイミングでなんだ。
「別にハルヒは機嫌が悪くなかったはずだが……」
「仰るとおりです。古泉からの報告ですと、買い物時でも涼宮さんの機嫌が損なわれることはなかったようです。ですが、実際に閉鎖空間は発生しました。原因は私たちには分っているのですが、今ここで説明するよりも閉鎖空間へ行って話を受けてもらったほうが良いと思われますので、是非ついて来て貰いたいのです」
どうして閉鎖空間が出来たのか、俺も気にはなるので森さんと一緒に行く事とした。
だが何故この場ではなく閉鎖空間へ行かないといけないのだろうか。俺はそんな疑問を口に出さず心の中で留めておいた。
車の中、俺と森さんは後部座席に座り、話をした。
「今回の閉鎖空間の発生場所は学校です」
学校……と言うと恐らく北高の事なのだろう。
「キョンさんには閉鎖空間に入った後あなた達が拠点とする部室へと行って欲しいのです」
「部室に行くと何かあるんですか?」
「それは行ってからのお楽しみです。きっと驚くと思いますよ」
笑顔でそう言う森さん。
「普段からいろんなことで驚かされてますから。ちょっとやそっとじゃ驚きませんよ」
そう言うと、森さんはクスッと笑い、
「そうですね」
と言った。
「そう言えば古泉はどうしたんです」
俺と機関が接触する時は、必ずと言っていいほど古泉がいるはずなのだが、今日はいないことを不思議に思い、俺は尋ねた。
「古泉は今日は別件で不在です。……私じゃ不満でしたか?」
少し俯いて話す森さん。
「そ、そんな事ないですよ。寧ろ古泉より森さんの方が良いです」
そう森さんに言うと、顔を上げ、
「冗談ですよ。からかってすいません」
と笑顔で言った。俺はホッと溜息をつき、苦笑いをする。
「古泉より私のほうが良いと言ってくれてありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ」
お世辞なんかじゃなく、実際の所古泉より森さんの方がいいのは事実だ。だが森さんじゃ高校生の役は難しかったんだろうな。惜しい限りだ。
「さて、着きましたよ」
車が止まり、ドアが開く。外へ出るとまだ明るく、運動部の爽やかな声も聞こえるし、吹奏楽部のトランペットの音色も聞こえてくる。
この光景を見たら、こんな所に閉鎖空間なんて出来てるはずがない、そんな感じだった。
「では、私の手を握って目を瞑ってください」
そう言って俺に手を差し出す森さん。俺は森さんの手を握り、目を瞑った。
その後、俺と森さんは二、三歩歩き閉鎖空間へと入った。
「もう目を開けてくださって結構ですよ」
目を開けるとその閉鎖空間はいつもと違った雰囲気だった。
二回しか行った事はないが、普段の閉鎖空間は辺りは灰色になっているはずなのだが、今回の閉鎖空間は辺りが青っぽくなっている。
ちょうど、ハルヒのストレスが原因で出る、神人のような色をしていた。
ここは本当にハルヒが作り出した空間なのか、そんな疑問が浮かぶほど違和感のある空間だった。
「先程にも言った通りキョンさんは部室に行って下さい。私はここで待機していますので」
どうやら森さんは行かないらしい。何故だろうか。
深く考える間もなく俺は森さんに感謝の意を述べ、部室へと歩き出した。
神人に会いたくないし、こんな空間には長いこと居たくもないので、俺の足取りは結構早かった。
朝比奈さんがいるわけでもないのでノックをせずに部室のドアを開ける。
すると団長席に俺が見たことのある『異世界人』が腕組みし、足を組んで座っていた。
「おー、ようやく来たか。えらい遅かったな」
いつもの口調で八重歯を見せながら喋る。
「あなただったんですか、黒井先生」
そう。団長席に座っていたのは黒井先生だったのだ。何故異世界人である先生が閉鎖空間にいるんだ。いるって事は誰かが連れてきたってことなのか。
「まあキョンの考えとう事は大体分かる。何でウチがこんな所におるか、そんなところやろ」
図星だったので俺は何も言わずに先生を見ていた。すると先生は徐に立ち上がり、
「何でここにおるんやと思う?選択問題やからどれか一つ選ぶんやで」
そう言って俺のほうに近づいてくる。
「その一、古泉に連れてこられた。その二、いつの間にか迷い込んでしまった」
そこまで言って、俺の目の前で立ち止まり、
「その三、自らの意思でここへきた」
笑顔を止め、真顔になって俺のほうを見る先生。
「……三で」
そう答えると再び先生は笑顔になり、
「正解や」
と言って、再び窓の方へと歩いていった。
自らの意思でここに来たと言う事は、一人でここに入れると言う事なのか。だとしたら、黒井先生は一体何者なんだ。ただの異世界人では無いということか。
「次のキョンの疑問はこうやろ。何でここに自らの意思で来た、いや来れたのか」
窓際まで行った後、こちらを振り返りそう言う先生。この人は読心術でも持ってるんじゃないだろうか。
「答えは単純。ウチには自覚があるからや。……異世界人やというな」
黒井先生は異世界人としての自覚がある?どういうことだ。
「あんま理解出来てないっぽいな。お前は古泉たちから何処まで聞いたんや?」
俺は泉たちや黒井先生が異世界人であること、そして異世界にもハルヒのような存在がいることなど、知ってる事は全て言った。
「ほう、そこまでは聞いとんか。で異世界での涼宮は誰かは聞いてないねんな」
「はい」
そう答えると、先生はしばらく腕を組み考え込んだ後、
「……せやな。どうせならもう知っといたほうがええかもせんな」
と言って、俺の目をじっと見つめてきた。
「涼宮のような存在がウチらの世界におるっちゅうことはや。他にどんな存在がおるか、わかるか?」
ハルヒがいる世界に存在するもの。ハルヒによって創造された、宇宙人、未来人、超能力者って事か。その全ての存在も、古泉や長門によって肯定されたから間違いないだろう。
「ウチは涼宮が望んだ部類の中では超能力者に該当する」
なるほど、だからここにも自らの意思でこれたという事か。
「まあそういうこっちゃ。ちなみに、ウチにとってはこの閉鎖空間が普通なんやけど、涼宮の出す閉鎖空間は全体的に灰色っぽい感じらしいな」
黒井先生にとっては普通の閉鎖空間?つまり先生はこの空間を見慣れているということか。
「この空間は、異世界のハルヒが作った空間なんですか」
「おう、その通りや。あんたらの世界に出来た空間とはいえ、この空間で力を使えるのはあんたらの言う、異世界の機関に属していた超能力者だけや。だから古泉とかはこの空間では力を使うことの出来へん、キョンと同じ一般人に値するんや」
そう言って黒井先生は手から青い光を出し、自身が超能力者であることを証明してくれている。どうやら異世界の超能力者は赤ではなく青になるらしい。
「じゃあ先生達の世界でのハルヒ、神は一体誰なんですか」
俺の知っている中の誰かなのか、それともまだ出会ったことの無い異世界人なのか。
「……泉や」
先生は手から青い光を出すのを止めた。
泉が神と言う事に関して、俺はそれほど驚かなかった。それに泉が神と言うのなら今回、閉鎖空間が起きた理由もなんとなく理解できるものだ。
「この空間が出来たのは、帰りの出来事が原因なんですか」
「まあその通りやな」
さっきちょっとしたハプニングが起きたと言ったが、それは実は泉の肩に鳥の糞が落ちてきた事である。泉はうろたえ、走り回り、ハルヒやかがみはそれを見て笑うと言った、よくあるのかどうかわからない一般的な光景なわけだが、喰らった本人としては実に不愉快な出来事であっただろう。俺も内心同情していた。
「本来なら、この閉鎖空間はもうちょっと大きなものになってるはずやねんけどな」
先生は外を見ながら言った。
「泉はスポーツ万能なくせにインドア派やねん。何でかっちゅうたら、まあゲームが好きなんもあるけど、あいつは汚れることをあんま好まへんねん。汗掻くとか、そう言うしんどい事とかが嫌いなタチやねんな。だから鳥の糞なんて肩にかかったらお前らのとこで言う神人もようさん出てもおかしなかってんけどな」
だったら何故この程度の大きさで収まってるんだろうか。
「それはキョンにあるんやで」
……俺に?何故?
「お前らと一緒に遊んだからや」
「俺や長門と一緒に遊んだらなんかなるんですか?」
俺がそう尋ねると先生は溜息を一つ吐き、
「鈍感や、とは聞いとったけど予想以上かもせんなあ」
と言った。俺だって好きで鈍感になったんじゃないんです。
「こんな事勝手に言うんも泉に失礼やねんけど……お前はな、泉に選ばれた人間なんや」
真面目な顔をしてそう言う先生。その視線はえらくマジで、どうやら冗談で無いらしい。
「ウチら超能力者側から言うとあんまり泉を刺激して欲しくないんやわ。ま、今は閉鎖空間の処理だけやから別にええんやけど」
「ハルヒみたいに世界改変とかは起きないんですか?」
「変わることは変わるけど、変わるんはウチらの世界であってこっちの世界ではないからな。キョンにも今のウチにも関係ないっちゅーこっちゃ。ま、帰ってみたらウチらの
世界がボロボロになっとった、とかやったらそん時はそん時やけどな」
高笑いをしながらそう言う先生。遠まわしにも、泉を刺激をするなという意思がヒシヒシと伝わってきた。
「ちなみに、古泉たちにもこのことを話したら快く了承してくれたけどな。柊たちには流石に言えへんかったけど」
そんなことを言われたら俺が了承していないみたいで一人悪者のようじゃないか。
「わかりましたよ。けど言うべき所はしっかり言わせてもらいますよ」
実際、ハルヒに対してもそうだしな。
「そう言ってくれると助かるわ。泉もあんな趣味もっとるけど、ちゃんと良識はもっとるから、言いたいときはビシッと言って大丈夫やで」
そう言って八重歯を見せる先生。あんな趣味と言ってるが、先生もネットゲームをやってる辺り同類なんじゃないのだろうか?
「ああ、あれは泉の気を惹きつける為にやっとるんやで」
俺に疑問に答える先生。
「まあ楽しんでるのは否定はせんけど、ウチの世界の時もネトゲやってウチと観察対象である泉をなるべく近い存在としておいといたんや。古泉もSOS団の一員として涼宮に近づいとるんと同じようなもんやわな」
古泉の場合、ハルヒが無理矢理誘った感じだった気もするが、確かに、生徒と教師ではいくらフレンドリーな先生でも少しは隔たりができるものか。それを無くす為にネットゲームを通じて仲良くなるとは超能力者も大変だな。
「普通、隔たりは出来るもんや。それをウチは生徒と先生といった縦の関係からなるべく横の関係になるように努力しとるっちゅー訳や。苦労が分ってくれて嬉しいわ」
と言いながら高笑いする先生。
「かがみやつかさも何か特別な人間なんですか?」
高笑いする先生にそう尋ねる。
「いいや、あいつらは何でも無いただの一般人や。言うならあいつらも泉に選ばれた存在、鍵っちゅー訳やけどな」
つまり、俺と同じような存在と言うわけか。
「だとしたら何で俺もまた選ばれた人間になったんです?かがみたちだけじゃ駄目なんですか」
そう尋ねると、先生は呆れた様子で溜息を吐き、
「本間にわかってないんか?」
と尋ね返された。
「わかってません」
「……ここまで来ると泉がかわいそうやな。まあいいそこは自分で考えとき」
どうやら俺は先生に見捨てられたらしい。
「そう言うわけや無い。女の子の気持ちを察するのは男の子の役目やで。……まあ未婚のウチが言えた口じゃないけどな」
嘲笑しながら自虐をする先生。
女の子の気持ちを察するのが男の子の役目、か。ハルヒの気持ちも考えなくてはならないし、泉の気持ちも考えなければいけないのか。大変だな。
「そういえば、先生以外の超能力者はいないんですか?」
ふと唐突に思い出し、先生に尋ねる。今は神人は出てないが、出てきたらこの前の古泉の戦い方を見る限りでは一人では厳しいと思うのだが。
「ああ、他にもおることはおるで。ウチと一緒に記憶を持ったままの超能力者が何人かな。ただ別の場所で待機しとるし、今のウチらの話は全く聞こえてへん」
どうやら他にもいるらしい。でも中々神人が出てくるのが遅い気もするが。
「そうや。ウチらの神様はえらいマイペースでな。こうやって閉鎖空間が出来てから神人が出るまでの間が結構長かったり、早かったりと様々やねんな」
そんな話をしているといきなり雷が落ちたかのように外が光った。ただ、不可解な事にその光の色は赤色だった。
俺は先生のいる窓際へと走る。外を見てみると、学校のグランドで赤い色の神人が蠢いていた。超能力者が赤から青になった分、神人が青から赤になったのか。
「なんや、今日はこのタイミングかいな。ほんまに神出鬼没なやっちゃ」
そう言うと先生は体から青い光を発光させ、やがて丸い球体へとなっていく。そして球体のまま神人へと向かって行った。その戦いをしばらく見ているとどうやら超能力者は三人いるのだろう、青い球が三つほどあるのが見えた。
ある程度経つと赤い神人は倒れこみ、やがて姿を消滅させた。すると青い球体が俺の許へ集まり、やがて人型へと姿を戻していった。
「紹介しとこか。この二人がウチと同じ機関に属してる超能力者や」
「始めまして、成実ゆいです。ゆいねーさんって呼んでね」
手を振りながらそう挨拶する成実さん。何というかテンションが高いな。
「ちなみに、私はこなたの従姉にあたるんだよ。よろしくね。ちなみに職業は警察官だよ」
こんなハイテンションな警察官が居て良いのだろうか。いや、気にしないでおこう。
それにしても泉の従姉か。言われれば何処と無く面影があるな。
「僕は白石みのるです。えっと、光陽園学院の一年生です。よろしくお願いします。元の世界では泉たちとは同級生だったんです」
何処と無く谷口に似ている気がするのだが、谷口とは違って礼儀正しい良い人らしい。
「こちらこそよろしくお願いします」
俺はそう言ってお辞儀をする。
「さて、挨拶も終わったことやし、そろそろやな」
先生がそう言って空を見上げると先生の思惑通り空が卵の殻が割れるようにひび割れていく。古泉に連れてこられたとき同様、スペクタクルなものだった。色が違う分、少し新鮮だったしな。
「どうでしたか?驚きました?」
帰り道、こっちの世界の機関の車で送ってもらっている時、隣に居た森さんが俺に尋ねた。
「ええ、驚きましたけど……こんなのいつもの事に比べれば大した事ありませんよ」
そう言うと森さんは「ふふっ」と笑い、
「それもそうかもしれませんね」
と言った。
「そういえば森さんは泉が特別な存在である事とか全部知ってたんですよね?」
「ええ」
「だったらなんで連れて行く必要があったんですか?」
口頭で説明したらよかったんじゃないだろうか、そう思う。
「それもそうなんですが、実際に行って頂いて事の大きさを分かってもらったほうがよろしいかと思いまして」
事の大きさってのは俺が二人の神から選ばれたことがどれほどの事なのかと言う事だろう。
「それに聞くより、見たほうがいいかと思いましたので」
確かにその通りだ。反論の余地がありません。
すると森さんは母親のような母性本能あふれる顔になり、
「二人の神から選ばれるということは、大変なことだと思います。疲れたりしましたら、いつでも頼ってくださって結構ですよ。私でできる事でしたらなんでもしますから」
と言って再び笑顔になった。俺もつられて笑みを浮かべる。
俺の家に着き、車を出る。外に出ると既に暗くなっており、親はともかく妹が心配してると思い、急いで家の門を開けた。