ここ最近は俺たちハルヒの本当の姿を知るものが気を使う必要も無く、ハルヒは機嫌がいいように感じた。まあ俺は言うほど気を使っては無いが。泉たちも時々はハルヒの傍若無人ぶりに振り回されながらも、なんだかこの状況を楽しんでいるらしく、ハルヒとも仲良くなっている。
特にハルヒと泉はお互いが神であるからか分らないが、お互い気が合っており、よく朝比奈さんにちょっかいをかけている。悪友と言うやつか。
部室の空気も以前と比べ明るくなった、そんな気がする。
はずだったのだが、この部室を軸とする環境は山の天候のように変わりやすく、後に一変することになろうとは、少なくとも今の俺は思っていなかった。
翌日。俺は別に行く気満々というわけでは無かったのだが、無意識のうちに足を部室へと運んでいた。この癖は卒業しても抜けないんじゃないだろうか。末恐ろしい。
部室のドアをノックをすると「はあい、どうぞ」との愛くるしいエンジェルボイスが聞こえたので俺はドアノブに手を回し遠慮なくドアを開けた。部室にはメイド服を着て、急須にお湯を淹れている朝比奈さんと、指定席で本を読んでいる長門が居た。
「あ、キョン君。こんにちは」
最上級のスマイルを放ちながら俺に挨拶をする朝比奈さん。長門は相変わらずの無言な。
「こんにちは」
「今お茶淹れますね」
そう言ってトテトテと俺のほうへと歩き、湯飲みにお茶を淹れる朝比奈さん。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
朝比奈さんの淹れたてのお茶を冷ますのは勿体無いので、俺は早速口へと運ぶ。すると少し緊張した面持ちで何かを期待してるようにこっちを見ていたので、
「美味しいですよ」
と言うと朝比奈さんは頬が少し緩み、「ありがとうございます」と言って自分の席へと戻っていった。
「やふー」
バンというドアの音と共に泉がドアを開けやってきた。ドアぐらい静かに開けろよ。ハルヒといい泉といいこのままだとドアが三年も持たんぞ。
そう思い泉のほうを見ると、泉の姿に違和感を覚えた。泉はポニーテールになっていたのだ。窓から来る風にその長い髪をなびかせながら自分の席へと着く泉。それにしてもこいつのポニーテールは結構似合ってるな。
「どうしたのキョンキョン?」
俺のほうを覗き込むように見る泉。どうやら泉のポニーテールに見とれていた所為で上の空状態になっていたらしい。
「いや、何でもない。その髪型どうしたんだ?」
「これ?いやー別に意味は無いけどなんとなくネ」
どうやら本当に他意はないらしい。俺がポニーテール萌えだと言うこともハルヒ以外は知らないはずだからな。
「似合ってる?」
「ああ、似合ってるぞ」
とだけ答えると泉は、
「ちぇー、キョンキョン素っ気無い」
と言って少しいじけた。似合ってるのは似合ってるのだが、実際口にするのは恥ずかしいんだよ。そこの所わかってくれ。
「そういえば、つかさたちはどうしたんだ?」
「つかさとかがみは家の行事がなんかあるんだって。みゆきさんも用事があるからこれないってさ」
と言うことは今日は五人になるのか。最近ずっと大所帯だっただけに五人だと部室が広く感じるかもな。その後も俺はしばらく泉と一緒にオセロをしたりしていると、ガチャリと丁寧にドアが開いた。
「どうも、こんにちは」
ドアのほうを軽く見ると古泉が相変わらずの笑顔で挨拶をした。
「こんにちは、古泉君」
古泉が来たことに気づいた朝比奈さんは席を立ち、お茶を淹れに行く。
「あっ、おはよー、古泉君」
今はもう昼だぞ。こんにちはじゃないのか。
「細かい事は気にしなくていいんだヨ。はい、次キョンキョンだヨ」
白色の盤石を置き、黒色を白色へと変えていく泉。
「おや、泉さん。今日は髪型を変えたんですね」
朝比奈さんに淹れてもらったお茶を片手に俺と泉の対戦を見ている古泉がふと言った。
「うん、何となくネ。似合ってるかナ?」
「ええ、それはもう。とても良く似合ってますよ。少なくとも僕が今まで見た中では一番です」
良くそんな真顔でそんな賛美が送れるものだ。
「ありがと。キョンキョンとは大違いだよ」
俺の方をチラッと見る泉。
「馬鹿言え。言える方がおかしいんだ」
「おや、あなたの言動も充分賛美の言葉は多いと思いますが」
含み笑いをしながら俺の方を見る古泉。何だこいつは、俺に恨みでもあるのか。
「そんな事ないぞ。断じてな」
「そだヨ。キョンキョン、私のポニーテールに対して似合ってる、としか言ってくれなかったんだもん」
頬に風船を作り拗ねた表情を作る泉。
こいつはそんなに俺に褒めて欲しかったのだろうか。そう思い、俺は席を立ち泉の許へと行った。
「どうしたの?」
じっと不思議そうに俺を見つめる泉。
「さっきは悪かったな。お前のポニーテール。反則的なまでに似合ってるぞ」
そう言って俺は泉の頭を軽く撫でる。
「んっ、ど、どうしたのさ急に」
顔を赤くさせそう尋ねる泉。
「褒めて欲しかったんじゃないのか」
泉の頭は予想以上に撫で心地が良く、今もまだ撫で続けている。
「いや……そりゃ褒めて欲しかったけどサ」
泉が何かを言おうとした直後、ガチャリ、と本日三度目のドアが開く音が聞こえた。
俺と泉は一斉にドアのほうを向く。するとそこには俺と泉のほうをジッと見つめるハルヒが立っていた。俺はとっさに泉の頭から手を離す。
「あら、あんたたちそんな関係だったの」
今のハルヒはどうやら機嫌が悪いらしく、静かにその一言だけ述べて団長席のほうへと歩いていった。はて、教室ではそんなに機嫌は悪くなかったはずだが。
「続けていいわよ。あたしのことは気にせずに」
「違うよハルにゃん。私たちはそんな関係じゃないから」
「そうだ。全くの誤解だ」
俺と泉は口をそろえて否定をする。
「じゃあ何であんたはこなたの頭を撫でてたのよ?」
ここで俺の言葉は詰まる。なんて説明したら良いんだ?ポニーテールを褒めてたから、か?いや、そんな理由だったら俺がハルヒの立場でも納得行かないだろう。納得はせずとも、「こいつバカじゃないの?」といった目で見るに違いない。
言葉を詰まらせた俺を見てハルヒは、
「ほら、理由が無いんじゃない」
と言ってパソコンの電源を点け、いつものようにネットサーフィンをし始めた。
その日の団活はここ最近からは想像も出来ないほど、重苦しく、逃げ出したいほどだった。ただ気になるのは、古泉がバイトに行かなかった事だ。閉鎖空間は発生していな
いのだろうか。
その日の夜。俺は誰かの声により安眠を奪われた。
「起きなさいって、キョン」
まだ眠たいのを我慢し、俺は重いまぶたを開けると目の前にハルヒの顔があった。
「うおっ」
「きゃっ」
思わず飛び起きてしまい、ハルヒを驚かせてしまう。辺りを見回すと、そこは学校であの時と同じく、空は灰色に包まれていた。
ただ少し違うのはその灰色の中にも少し水色っぽい色が混じっていた事だ。
「ここ、学校よね?」
立ち上がりスカートに付いた土を叩きながらハルヒは言った。
「夜家で寝てたと思ったら急に目が覚めて、気が付いたら学校だったのよ。そして隣にはあんた。全く、分けわかんないわよ」
分けが分からないのはこっちだって同じだ。いや、ハルヒの機嫌が悪かったのは分かるが。
それに、これはやはりハルヒの閉鎖空間と考えていいんだろう。少し水色がかっているのが気にはなるが。
「外には……出られないんでしょうね」
校門の方を見ながらハルヒは言った。やはりあいつも以前の時と同じものだと思っているのだろう。
「ここにいても埒があかん。部室へ行くぞ」
「あんた驚かないのね」
「まあな。慣れてるさ」
そう言って俺とハルヒは部室へと向かって行った。
部室へ着く。当然だが誰もいない。俺は朝比奈さんがいつも居る場所へと歩き、急須を取り出しお茶を淹れた。
「あたし辺りを見てくるわ。もしかしたら何かあるかもしれない」
何も無いと分かっていながらも動かなくては気に入らない性質なのだろう。ハルヒはそう言って部室を飛び出した。
さてと、そろそろ来る頃合だろう。俺はそう思い部室の窓を開け、窓際までやってきた。すると予想通り赤く光る球体が俺の目の前に現れた。
「こんばんは。いえ、もしかしたらおはようございますかもしれませんね」
笑いながらその赤い球体はやがて人のかたちへと姿を現す。
「そんなことはどうでもいい。またハルヒの仕業か」
「ええ、そのようです。今回の閉鎖空間は、結構あなたにとっても都合のいい閉鎖空間なのかもしれませんよ」
俺にとって良い閉鎖空間だと?世界が崩壊するのに何で俺にとって好都合なんだ。
「いえ、どうやら今回の閉鎖空間は世界を作りかえるためのものではありません。世界の情報を一部分改変するだけです」
改変だと?世界崩壊とどう違うって言うんだ。
「それはウチが説明したろ」
何処からともなく声が聞こえる。俺は後ろにとっさに振り向くとそこには今度は青く光る球体が浮いていた。
「黒井先生ですか?」
「おう、その通りや。よう分ったな」
青い球体は黒井先生の姿へと変わって行った。先生の場合喋り方が特徴的だから姿を変えなくても分かるが。
「いまウチらの世界にはお前と涼宮、そして泉たちのお前らで言う異世界人もおらへん」
つまり泉たちもこの世界にいるって事になるのか?
「いえ、それは違います。この空間にはやはりあなたと涼宮さんしか居ませんよ」
先生が喋ったと思ったら次は古泉が話し出す。
「だったら泉たちはどこへ行ったんだ。元の世界に帰ったのか」
俺がそう尋ねると古泉は黙って黒井先生の方を目配せする。俺もその視線につられて、黒井先生のほうを見た。
「そう、それがこの閉鎖空間の狙いやねんけどな。涼宮は泉たちを元の世界に戻そうとしとるんや」
「ハルヒが泉たちを元の世界に帰そうとしているだと?あいつはもう異世界人に用はなくなったということか?」
「それは違うと思います。涼宮さんは泉さんたちにこの世界から居なくなって欲しいと思っているのです」
「何故居なくなってほしいと思うんだ。異世界人を望んだのはあいつなのに、それは勝手過ぎるだろう」
俺がそう言うと黒井先生はなにやら溜息を吐く素振りを見せ、
「お前、ホンマに分かってないんかいな。この前にも言うたやろ。何で涼宮と泉がお前を選んだんか、ってのを考えとけってな」
そりゃ考えましたよ。けど分からなかったんですから仕方が無いんです。
「考えましたけど、いまいち分かりませんでした」
「……古泉。お前もうちょっとコイツに人の気持ちを汲み取れるように訓練したりや」
古泉は手を振る仕草をして、
「いえ、彼は色んな所の感情の機微には敏感なのですが、いささかそういった事に関しては鈍感でして」
なんだそれ。褒めてるのか、褒めてないのかどっちなんだ。
「半々と言った所でしょうか。それより時間がありません。今、泉さんたちはこの世界とも異世界とも閉鎖空間ともいえない中立的な空間でいわゆる待機状態に入っています。もちろん、意識はありません。この閉鎖空間が無くなると同時に泉さんたちもこの世界から姿を消すことになるのでしょう。あなたが涼宮さんを説得して泉さんたちをこの世界に留めさせるか、このまま閉鎖空間が崩壊するのを待って泉さんたちを元の世界へ帰すか、それはあなたの意思にかかっています。もっとも、あなたは泉さんたちが帰るのを望んでいたようですし、このまま何もしないでいるのが得策、と言った所でしょうか」
そんなつもりは無いのだろうが嫌みったらしく言っているように聞こえる古泉を俺は黙って古泉の見つめる。ほんの一瞬、部室内で静寂が生じた。
「そろそろ時間です。最後に、お二方から伝言を預かっております。朝比奈さんからは『今回は私にできる事は何もありませんが頑張ってください』と。長門さんからは『パソコンの電源をつけるように』です」
段々と古泉の光が小さくなっていく。黒井先生の方はまだ何とか保っているらしい。
「僕としてはやはりあなたたちが帰ってくることが一番大事ですので。朝目覚めた時、世界が改変されていないことを願います」
そう言って古泉は姿を消した。世界が改変されていないことを願う、か。遠まわしに泉たちを帰すなといっているようなものじゃないか。
「お、そろそろウチもやな」
しばらくすると黒井先生も人型から元の球体へと戻っていった。
「どうして先生は泉たちと一緒にいないんですか?」
「なに、簡単なこっちゃ。涼宮はウチを異世界人と意識してへんからや」
それは泉たちも同じことでは無いのだろうか。
「つまりや、泉たちは涼宮が自らの意思で、専ら無意識やけどな、それで連れてきたんや。けどウチは涼宮の意思ではなく、自分の意思で来たからな。戻るんも自分の意思でもどれっちゅーわけや。ま、尤も戻り方は知らんのやけどな」
自嘲的にそう言う先生。
「ウチもこの世界での生活を楽しんでるわけやし、それは泉たちも同じはずやからな。元の世界戻ったら記憶は改変されるんやろうけど、お前らは記憶に残ると思うで。それでいいんかどうか自分で考えてみ」
そういった後、小さくなって言った先生の姿が完全に消えていった。
俺は泉たちが来てからのこの数日間、より非日常的となったこの現実を俺は楽しめているのだろうか?
いや、こんな自問自答、するだけ野暮ってものだ。結論は既に出ているはずだ。
そんなことよりもまずはパソコンを点けなければ。俺は即座に団長席へと座り、パソコンの電源を点けた。
電源が入る音がしてから数秒は何の反応も無かったが、やがて黒一色だった画面に無機質の文字が綴られた。
YUKI.N>みえてる?
以前と同じように俺はキーボードに手を置いた。
『ああ』
YUKI.N>まだ完全には泉こなたたちは私たちのいる空間から隔離されたわけではない。でもそれも時間の問題。
『やっぱりハルヒを説得させるしかないのか』
YUKI.N>そう。今、涼宮ハルヒは泉こなたたちに元の世界に戻って欲しいと願った。そのため、今回の出来事が起きた。
『どうやって説得させたらいいんだ』
YUKI.N>それはあなた次第。
やはり、と言った所だろうか。
少しの間、カーソルだけが点滅した状態になったあと、
YUKI.N>情報統合思念体は今回の件に関して指示は出していない。だけど、私という個体は泉こなたたちの帰還を望んでいる。尤も、あなたがそれを望まないのならあなたの意思を尊重する。
少しずつ、文字がかすれていく。
YUKI.N>beauty again
その言葉が打ち出された後、パソコンの画面はもとのデスクトップへと変わっていった。
これだけヒントを貰ったんだ、後は俺がやるしかない。けどその前に肝心なハルヒがいないと何も始まりっこないがな。
神人が出る前にかたをつけたいのだが、ハルヒを探しにいっていたちごっこになればそれこそ時間の無駄だ。
仕方なく俺はハルヒが帰ってくるのを団長席に座りながら待つことにした。
しばらくぬるくなってしまったお茶を飲みながらハルヒを待っていると、いつもの通り、とは違い至って普通にドアが開けられた。
「……何も無かったわ。全く、どうなってるのよ」
ぶつぶつと文句を言いながら俺の方へと近づき俺に席を立つように命令した後団長席へと座るハルヒ。俺はいつもの席へと戻り、例の話をすることとした。
「なあ、ハルヒ」
「なによ」
無愛想な態度で言うハルヒ。
「泉たちの事、どう思ってる」
「なによ藪から棒に」
「いいだろ、たまにはこんな話も」
俺の方を一瞥した後、イスを半回転させ窓際へと向き、
「……別に、何とも思ってないわよ」
多分、いや絶対に嘘だ。伊達にハルヒのお守りはさせられてないんでな。こいつの態度である程度はこいつの気持ちは汲み取れるつもりだ。
「嘘つけ。最初はあんなに興味津々だったのに、もう興味はないってか」
「そう言うわけじゃないわよ!」
少し声を張り上げるハルヒ。
「……あいつらがいなくなっても、どうも思わないのか」
「そりゃ悲しいわよ。けど、どうしてもっていう理由なら仕方ないとも思うけどね」
「そうか」
とだけ言った後、会話が途絶えた。
俺は自分のお茶を一飲みし、無くなったのを確認しお茶を淹れようと立ち上がると、
「悲しいのはあんたのほうが上でしょ。あれだけこなたと仲良かったんだし」
急須を取ろうとした手を止める。いや、止まった。
……そうか、そう言うことか。そう言うことなら長門のヒントも、朝比奈さん(大)の助言も合点が行く。
「まあ悲しいのは事実だが、お前ほどじゃないだろうよ」
「どうかしら、結構な仲だったじゃないの」
「そうだな。まああいつのポニーテールは似合ってたし」
「……ほらね」
俺は急須を取る手を元に戻し、そっぽを向くハルヒの許へと歩いていった。
ハルヒが望んだのは何だ。ただの異世界人か。いや違う。それなら遅くても古泉と同時期に登場するはずだ。それなら何故遅れてやってきた。その方がミステリアス性が増すからか。それもあるかもしれない。けどそれも違う。だったら何だ。何を望んだんだ。
ハルヒが望んだのは友達だ。表面上のではない、腹を割って話せるほどの友達だ。確かに異世界人も望んではいた。だから異世界人として現れたのだろうが、だが恐らく、俺や長門、朝比奈さんや古泉と接している内に中学の時には無かった、友達が欲しい、という感情が湧いたのだろう。だったら既存のクラスメイトとかと友達になればいいじゃないか、とも一瞬思ったが、ハルヒの悪態を知っていて今さら友達になろうなんて思う奴は専らいるわけがない、とハルヒも思ってるんだ。それにハルヒの方こそ自分からクラスメイトに話しかける性格でもない。今さらキャラを変えてクラスの輪に混じっているハルヒなんざ、俺は見たくもないし想像したくもない。
ならばどうやって友達を増やす。単に人と接する口実があればいいのだ。古泉の時見たく、『転校生だから』という名目で人を部室へと連行し、SOS団に入れる。そうして接している内に友達として仲良くなっていく。友達というものは狙ってなるものではなく、自然となっていくもの。そのきっかけが重要なのであって、それがハルヒにとってSOS団という繋がりなのだ。
次は何故せっかく作った友達を消そうとしたか、だ。恐らくハルヒは嫉妬したのだろう。泉たちが来た分、俺にしては子守の相手が増えたようなものであって、今までハルヒにだけ使っていた労力が、今度は泉たちにも分散された。それにここ最近、泉が神と知ってからは泉の機嫌を損ねまいと泉の方にばかり気がいっていたからな。機嫌を損ねない為にも全く相手にしなかったわけでもないのだが、相手にする事が減っていたため、嫉妬へと繋がったのだろう。
俺も家族に妹が出来た時、兄としてしっかりしないと、という気持ちと両親が妹のばかり相手にしていた為、嫉妬していたことを覚えている。要はその感じなのだ。
だから、ハルヒは構って欲しいというストレスを溜め、トドメに俺が泉のポニーテールを褒めてる所を見て、今回の様な事になった。俺の推測ではそうだ。
だったら、俺はハルヒに一つ教えればいいだけだ。俺が当時、親に教えて貰った事を。
「泉のも似合ってたけど、やっぱりお前の方が反則的に似合ってるんだよな。ポニーテール」
長女はハルヒなんだって事をな。
「なっ、何言ってるのよ……ッ!」
ハルヒの振り向き様に無理矢理唇を重ね合わせる。以前と同じく、目は瞑っている。
その瞬間、またしても以前と同じように無重力化に放り出され、ズドンと体が横に倒れる感覚に襲われた。
目を開けると見慣れた天井、着慣れた部屋着、使い古したベッド。全てがあった。どうやら戻ってこれたらしい。前のような恥ずかしさは、今は持ち合わせていない。そんな感傷に浸る余裕は無いのだ。重要なのは、泉たち異世界人の安否だ。
俺は立ち上がり即座に携帯電話を握り締め、ダイヤルを押そうとする。が、その直前で俺の手は止まった。
一体誰に掛けたらいいんだ。泉か、かがみか。……困った時は長門だ。俺は止まっていた手を再び動かし携帯番号を押した。
『……』
この無言の返事は長門なのだろう。
「泉は、かがみたちはいるのか?」
少し噛みそうになりながらそう尋ねる。
『大丈夫。泉こなた、柊かがみを含む異世界人全員の生存が確認された』
それはつまり……。
『全員無事』
俺はホッと胸を撫で下ろす。そして落ち着きを取り戻しベッドに腰掛けた。
「それじゃあ世界は昨日までと同じなんだな」
『そういうことになる。あなたには感謝している』
相変わらず無機質な声で喋る長門。だが何処と無く温もりを感じた。
「どう言うことだ。お前のところの親玉は今回に関しては何にも言わなかったんだろ」
『私という個体自信が泉こなたたちに戻ってきてもらうことを望んでいた』
なるほど。長門にも人間らしい感情が成長してきているということだな。
「そうか。今日はもう遅いし、詳しいことは明日、学校で話すよ。夜中にすまなかったな」
『問題ない』
「それじゃあな。おやすみ」
『……おやすみなさい』
長門のその言葉を聴いて俺は電話を切り、布団へともぐりこんだ。
結局、その後は夢の中での出来事に煩悶し続けたせいで、一睡も出来ず、寝不足のまま登校する事となった。やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
寝れなかった為、少し早めに学校へ行くと、これまた俺よりも早めにハルヒが席へと着いていた。無論、後ろで短い髪を懸命に結っている。
「よう。早いな」
俺はそう言って鞄を掛け、席へ着く。
「全然眠れなかったのよ。おかげでこんなに早く着ちゃったわ」
「良い事じゃないか」
相変わらずハルヒは窓の方を眺めたままで、
「どこが。こんな所に来たって放課後以外は楽しみなんか無いわよ。昼から来てもいいくらいだわ」
その言葉を聴いて俺は思わず笑みを浮かべる。どうやら、SOS団の事は、泉たちの事は思っていてくれているらしい。
「ところでハルヒ」
「何よ」
ムスッとした表情で視線を窓の外から俺へと変えるハルヒ。そんなハルヒに俺は一言だけ微笑みながら言った。
「似合ってるぞ」