第7章 乙女たちの邂逅 ― ハルヒと佐々木と4人娘

1

「……頼まれてた冬期講習のパンフレット、持って来たぜ」
「おー、サンキュ、キョン」
「キョン君、ありがとー」
12月も半ばを過ぎ、来週からはもう冬休みだ。ま、私ら受験生には休みなんかないに等しいけどね。
年明けたらすぐセンター試験だし、2月になれば私大や国公立の二次試験もはじまる。
予備校通いをしてない私ら4人も、本番前に、予備校の冬期講習を受けようと、キョン君に頼んで
キョン君が通っている予備校のパンフレットを持ってきてもらった。
志望校別の講座が充実しているし、テーマごとの単科講座があったり、本番前の最後のチェックを
効率的にしたいからね。
「あ……あと医歯薬系の受験生用のパンフはこれな、みゆき」
「ありがとうございます、キョン君」
受験本番前の、純粋に受験のためのイベント……この時点で私は、思いがけない出会いがあるなどとは
露ほども思っていなかった。


2

この時期になると、休み時間も勉強している人が多いし、お昼休みなんかも、そそくさと食事を
済ませて、参考書や問題集に取り組んでいる人が多い。
……ま、そんな空気などどこ吹く風、お喋りやらゲームに興じている人もいたりするけどネ。
んで、私らはというと、いつもなら昼休みは周囲の邪魔にならない程度の声でお喋りして過ごすん
だけど、今日は予備校の冬期講習のパンフを広げて、どの講座を取るのかあれこれと思案中。
「こなちゃんは英語の長文読解、どの講座にする?」
ん……私はあんま英語得意じゃないんで、ここいらの基礎クラスの講座かな。かがみは英語出来るから
やっばり難関クラスにするのかネ。
「ん……そうね。英作文の講座なんかも取りたいわね」
「ゆきちゃんは……って、うわー、医歯薬系の講座って、どれも難しそうだねー」
まー、医学部と法学部って、おのおの理系文系で一番難しい学部だからネ。
私らダメな子組は、ダメな子なりに頑張りましょうや、つかさ。
「そうだね、こなちゃん」
「あんたら、本番前に意気消沈してどうすんのよ。自分のことをダメな子なんて言うんじゃないの。
それにこなた、アンタキョン君と同じトコ受けるんでしょ。気合入れなさいよ!」
うー、キョンは3年になってから、かなり成績伸びてるみたいだから合格もムリじゃないかもしれない
けど私はなあ……
「お2人とも、模擬試験の成績、上がってきているじゃないですか。一緒に頑張りましょう」
そだね。ここを無事乗り越えて、またすがすがしい気持ちでキョンとラブホに行くことを夢見て、
いっちょ頑張りますかネ。
「ちょ……ここ一応学校だから、教室だから、そのテの話は自重しなさいよ!」
こんなちっこい声じゃ誰にも聞こえやしませんヨ。かがみんはナーバスだネ。


3

うわー、混むと思ったから朝10時の受付開始時間に間に合うように30分も前に来たのに、もうこんなに
並んでるよー、お姉ちゃん。
「ま、こんな時に考えることはみんな同じってことね」
「受付もパンク状態みたいですね」
「どれくらい待たされることやら……ま、待ってる間はダベって時間を潰していればいいんだけど」
列に陣取って、適当にお喋りをしていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「よ、おまえら、今日申し込みに来たのか」
キョン君? なんで土曜日のこんな朝早くにここにいるの?
「自習室で勉強中だ。いつもってわけじゃないけど、週末はたまにな。1階が騒がしかったんで、
ちょっと様子を見に出てきたら、お前らをみかけたんで」
「キョン君はもう、申し込み済ませたの?」
「昨日済ませたよ。で、おまえらはどの講座を取るんだ」
あ……キョン君もその講座なんだ。一緒だね……なんてことをお話していたら、そんな私たちに声を
かけて来た人が居てびっくり。
あの……どちらさまでしょうか?
「もしかと思ったらキョン、君か。そういえば君はここの予備校に通っていたんだったね。
顔を見るまですっかり失念していたよ」
キョン君のお友達? それにしても綺麗な人だなあ……やっぱりキョン君ってモテるんじゃない。
「佐々木か。こんなところで会うとは俺もびっくりしたぜ。お前も冬期講習の申し込みか?」
佐々木さんって言うんだ。随分親しそうだね、キョン君。
「キョンや、お話中悪いけど、どこのどなたさんなのか、私たちにも紹介してくれないかナ」
「キョン君のお友達なのかな?」
……やっぱりこなちゃんやお姉ちゃんも興味あるよね。女の子さんだし。


4

私はどうも妙なところで、見栄を張る癖がある。これは昔から重々自覚していることだけれど。
顔を見るまで失念していた、というのは真っ赤な嘘だ。
私はキョンがここの予備校に通っていることを知っていたから、ここの冬期講習を受けようと前から
決めていたのだ。まさか今日、キョンにばったり会えるとまでは思っていなかったけどね。
そして……まさかこの子達にもばったりと出くわすとは。運命というのは時として粋な計らいを
してくれるものだね。
「キョン。そちらのお嬢さん方が、僕のことを紹介して欲しいといっているのと同様、僕にもそちらの
お四方を紹介してくれないだろうか? 君の知己というのならば、きちんと挨拶して、ご面識を得て
おきたいからね」
まあ、私はそこにいる4人の子達に見覚えがあるわけだけど、既に私に見知られていることを
彼女たちが知るすべはないはず。公式上は、あくまで初対面ということになるからね。それらしく。
「……おお、ボクっ子ですか。キョンもなかなか守備範囲が広いネ。っていうか、リアルでは初めて
見たヨ」
「やめなさいよこなた、初対面の人に対して失礼よ」
いや、私の喋り方を聞いて、奇異に思う人は少なくないし、自分でも自覚しているから、気にしなくて
良いわよ。

「あー、こいつは男相手には女言葉を使わない奴でな。詳しいことは、興味があるなら本人に直に
聞いてくれ……中学時代の俺の友人で、佐々木だ。
で、佐々木。この4人は前にも話したと思うが、例のSOS団の団員でな。そこのちっこいのが泉こなた、
で、この2人が双子で、こっちが姉の柊かがみ、で、こっちが妹の柊つかさ。そしてつかさの隣に
いるのが高良みゆき、以上だ」
「前にも話したって……キョン君と佐々木さんって、しょっちゅう会ってるの?」
「甚だてきとーな紹介だネ。そこのちっこいのってのは何だヨキョン、悪かったね小さくてさ」
「いや、別に他意はないが気に触ったらスマン。それ以外の詳しいことについては、女同士で
あれこれと話してくれ」
やれやれ、いかにも君らしい紹介の仕方だねキョン。女性に対していま少し、配慮というかデリカシー
があってもいいんじゃないかな。妙にぶっきらぼうな所は、昔とちっとも変わらないね。
「ま、キョン君って基本、あんまり愛想良くないしね。やっぱり昔からそうなんだ」
「……悪かったな」
まあ、それでもこうして、理解して付き合ってくれる麗しい異性がいるのだから、そう嘆くことも
ないだろう、キョン。
「ねーねー、佐々木さんって高校はどこなの?」
「光陽園学院よ」
「すごーい、頭いいんだね」
なまじ進学校と呼ばれるところに通っていて、学校名を言うと必ずこの反応が帰ってくる。正直、
反応に困ることも多いのだけれど、この子 ― つかささんの様子を見ると、本当に無邪気で
別にムリしてお世辞を言っているわけではないみたい。
本当に、見た目の通り素直な子なのだろうね。
こんな子がキョンとあらぬ関係に……とは、ちょっと考えにくい。
やっぱり、彼女たちとは親しくなっておく必要がありそうだね。キョンとの関係も気になるし、
先にあらぬ場所で彼女たちとキョンを見かけた件についても、何か分かるかもしれないし。


5

「ねーねー、佐々木さんってもしかして、昔キョンと付き合ったりしてたのかナ?」
……中学時代の「友人」と聞いたときに、私も正直、キョン君との関係が本当に友達なのかどうか、
ちょっと引っかかったけど、流石はこなた……遠慮仮借なく、一番聞きたいことをストレートに口に
しやがった。
本来なら、初対面の人間にそんな事聞くのはやめなさいよ、とこなたを叱るところだけど、正直、
私もこれははっきりと聞きたい。やっぱり、自分の好きな男の子の、過去の恋愛経験って気になる
じゃない。まして、佐々木さんってすっごい美人だし、気にするなって言う方がムリ。
グッジョブこなた。今回だけは褒めてあげるわよ。
……と思ってつかさやみゆきを見ると、やっぱり異議を挟むでもなく、何かを期待するように、
佐々木さんとこなたを見つめている。
「……中学のときも散々周りから言われたよな、それ」
苦笑交じりのキョン君の言葉が、緊迫した「場」の中にポンと入ってきた。佐々木さんの口元も緩む。
「私とキョンはただの友人よ。キョンの言う通り、中学時代は散々、仲を疑われたけど……」
2人ともそう言うんじゃ、私らとしてはその言葉を信じるしかない。キョン君と佐々木さんの
様子を見ると、別に何かを隠しているようには見えないしね。
本当にキョン君のことを恋愛対象として見ていなかったのか、散々アピールしたのにキョン君が鈍くて
諦めざるを得なかったのか分からないけど、とりあえずは一安心ってことで良さそうね。
これが昔付き合っていて、実は今も密かに想っているとか、再会して昔の想いが再燃なんてことに
なったら目も当てられない。一応、注意しておいた方が良さそうね。


6

こなたの言葉を聞いたとき、ほんの少し動揺してしまったのは、やはり未だに少しは気にしているから
なのだろうか、それとも、彼女候補4人の前だったからなのだろうか。
まあ、今となっては、そんな感情を何食わぬ顔で隠すくらいの芸当は朝飯前だ。中学時代はこれを
周りのヤツから聞かれるたびに、内心ドキドキしていたのだがね。
昔俺が、佐々木を好きだったという事実を知っているのは、夏の温泉旅行でこの事を話した黒井先生と
ゆいさん、そして古泉の3人だけだ。
……え、古泉のヤツに何で喋ったのか、だって。
昔、ハルヒ絡みでちょっと口論になった時、いつものニヤケ面から一転、鬼の形相になった古泉に、
「何故貴方は涼宮さんのことを、1人の女性としてちゃんと見ようとしないんですか!」
と理不尽に詰め寄られて、俺もついカッとなっちまって思わず、
「俺の気持ちも知らずに勝手なことを抜かすな! 俺はな、恋愛感情を単なる気の迷いだなんて
平然と言うようなヤツなんぞと付き合いたくない!」
と怒鳴り返してしまったのが事の発端だ。
で、古泉のヤツに「貴方はもしや過去に何か、恋愛絡みのトラウマでもあるのですか」なんて
逆に心配されてしまい、結局、佐々木との事を全て喋る羽目になってしまった、という出来事が
あったからだ。
この頃は、ハルヒの奴が異常に荒れていて、連日、大量の閉鎖空間を作り出していた時期で、古泉も
肉体的・精神的にかなり追い詰められていた時期だったからな。
あのときの古泉の顔は、冗談抜きでマジで怖かった。普段が普段だけにな。
そんなことを思い返しながら、こなたたちとなにやら談笑する佐々木をぼけっと見ていた俺の耳に、
世にも恐ろしい、聞き覚えのある声が飛び込んできたとき、大の男が軽く飛び上がってしまったことを
誰が責められよう。

「……あんたたちも、ここの冬期講習受けるのね。思いがけないところでSOS団勢揃いじゃない!
やっぱり私たち団員は以心伝心なのね!」
黄色いカチューシャをなびかせた冬の嵐、SOS団団長、神様、涼宮ハルヒがそこにいた。
「いやはや皆さん、こうして揃ってお会いするのもお久しぶりですね」
ああ、ついでにイエスマンの腰巾着もそこにいた、と一応言っておこう。
「つれないですねぇ。久々の再会じゃないですか」
別に嬉しくもない。というか、顔が近いぞ、気持ち悪い、息を吹きかけるな、ついでに早く死ね。
「まあ、親愛の言葉とうけとっておきます。泉さんたちもお久しぶりです」


7

彼がここの予備校に通っているのは知っていましたから、当然、彼と顔を合わせる可能性は予期して
いたのですが、まさか、泉さんたちもいらっしゃるとは思いませんでした。ふふっ、この様子ですと、
お四方とは随分、親しい仲へとご進展されたようで、なによりです。
「それは皮肉で言っているのか、それとも本心か、古泉?」
……やれやれ、相変わらず素直じゃないですねえ、貴方は。困ったものです。
もう昔とは違うのです。貴方が涼宮さん以外の女性と仲良くされているからと言って、とやかく
言ったりはしませんよ。
昔なら、こんな場面に遭遇したら冷や汗モノだったのですが、涼宮さんの今の様子を見る限り、心配
することはなにもなさそうですしね。
「みんな、気合入れて勉強してる? 特にキョン、こなた、つかさ……あんたら3人はかなり
心配だから、わざわざみゆきとつかさを団長直々、お目付け役と家庭教師役に任命したのよ!
いい、浪人なんて許さないからね。SOS団全員、第一志望に現役合格よ!」
思わぬ形で、久々に団員が一堂に会したのがよほど嬉しいのでしょう。涼宮さんは満面の笑みを
浮かべています。
「ふふ、彼女が涼宮ハルヒさんか。キョン、君の言う通り、随分と威勢のいい人のようだね」
おやおや……よくよくここの面子を見ますと、見かけない方が一人いらっしゃるようですね。
そう、今キョン氏に話しかけた女性です。綺麗な方ですね。
よろしかったら我々にもご紹介いただけないでしょうか。
涼宮さんも今の声で、彼女に気づかれたようですしね。


8

「あー、ハルヒ、古泉、こいつは俺の中学時代の……」
「友人の佐々木です。涼宮ハルヒさんと、古泉一樹さんですね。お2人の事はキョンからよく伺って
ます、はじめまして」
……まあ、キョンにみなまで言わせる必要もないからね。言葉を引き取って挨拶をしておこう。
「よろしく、佐々木さん。で……キョンの奴からは具体的に何を『伺って』いるのかしら?
こいつのことだからどうせ、碌な事じゃないと思うけど」
「あるがままの事実を、脚色せずに話したに過ぎん。それで何か差し障りがあるなら自分のこれまでの
行いを大いに反省しろ」
そんなキョンの言葉を歯牙にもかけず、涼宮さんは話を続ける。
「まあ、この馬鹿が何を言ったのかは、後できっちり締め上げて吐かせるからいいとして……
佐々木さんってもしかして、昔キョンと付き合ってたの?」
キョンは彼女を「自分の言いたい事だけを喋り、聞きたいことだけを聞く人」と称していたけど、
その人物眼はあながち間違いではなさそうだね。まあ、腹の底が読めないタイプの人よりは、ずっと
付き合いやすそうだけど……例えば彼女の隣で、スマイルを浮かべている彼とかね。
「いや、私とキョンはただの友人よ。貴女が心配するような関係は何もないわ」
「別に心配なんかしてないわよ、キョンの恋愛遍歴なんか別に興味ないし……ま、愚問だったわね。
へタレキョンに、佐々木さんみたいな美人を射止めるような甲斐性なんかないだろうし」
……さて、それは本心なのかな、涼宮さん。あと、キョンを不当に貶すのも感心しないわね。
当然これは、私の心の中だけの言葉。こんなところで敢えて、角突き合わせる必要はないしね。

無事に冬期講習の手続を終え、お昼も近いということで、私たちは近くの喫茶店に場所を移した。
キョン君の中学時代の友達って、国木田君くらいとしか面識がないし、女の子っていうことも
あるから、ちょっと……気になるじゃない。
「光陽園学院って、私の中学の時の友達も1人行っているんだけど、ホントに勉強大変みたいね」
「そうね。授業の進度は速いし、文系でも理科や数学科目をきっちりやらされるしね」
「佐々木さんは第一志望は国立? 私立?」
「国立が第一志望ね。かがみさんは?」
「私は法学部志望で……首都圏の国公立で法学部持ってる所は限られてるし、どこも結構難しいし、
受けたいとは思うけど、センターの出来次第かな。一応、二次の対策はしてるけど」
どうも初対面の人との会話はやりずらい。お互い受験生なので、無難な話題というと、どうしても
こんな話になってしまう。趣味とか分からないし、キョン君との事は……なんとなく聞き辛い雰囲気が
ある。
「かがみさんたちは、キョンとはずいぶん親しいみたいね」
佐々木さんが前触れもなく、ふとキョン君の話題を振ってきたので、私は思わず身構えてしまった。
「キョンは君たちの中に、誰か意中の子がいるのかな」
さ……さあ、キョン君ってあれで結構モテるみたいだけど、誰が好きなのかは分からないわね。
佐々木さんはまさか、うすうす気づいていてプレッシャーをかけているのだろうか。
動揺しているところを見せたくないし、「かがみさんはキョンのことを好きなのか」と
面と向かって聞かれたくなくて、私は佐々木さんに思わず、こう切り返していた。
「佐々木さんってすごく綺麗だけど、今、彼氏とかいるのかな?」と。


9

「彼氏はいないわ……そもそも私、恋愛には興味はないの」
彼氏は居るかと問われて、こういう言葉を返すのは、まさに空気の読めない典型なのだろう。
居るか居ないかを聞かれているのだから、居るか居ないのかを答えれば済むことだしね。
ただ大抵の場合、いないと答えると、なぜ居ないのか、欲しくないのかと話が長くなるし、
その手の話に長々つき合わされるのは本意ではないので、私は彼氏の有無を問われたときには、
自分は恋愛には興味がないことまで、きちんと言うことにしている。
私の心を捉えた男性は……1人だけ、いた。けど気づかないフリをして誤魔化した。
今も目の前にいる。けど、それはもう昔のこと……
かがみさんは、この言葉を聞いてぽかんとしている。それはそうだろうね、大抵の人は呆気に
とられるか、奇を衒っているとまともに取り合わないか、取り付く島などなさそうだと撤退するかの
どれかだからね。
「ええっと……その、ごめんなさい」
いや、謝ることはないわ。私みたいな考え方をする方が少数派だしね。
「ほほう……するともしかして、佐々木さんは女の子が好きな人なのかナ」
……こなた、いつの間に聞き耳立てていやがった。ていうか、いきなり話に割り込んでくるな。
ついでに、変なこと聞くな。このアホ。
「いや、私は男女問わず、そもそも恋愛というものに興味がないの」
佐々木さんも律儀に、このバカの言う事に答えなくていいわよ。
「佐々木さんの言う通りね。恋愛なんてものはしょせん、精神病の一種、気の迷いに過ぎないわ!」
ほれ、また困ったのが1人乱入してきた。
「思わぬところで意気投合したわね。私もそう思うわ」
性格的に対極だと思いきや……もしかして佐々木さんって、ハルヒに匹敵するレベルの変人?
「ハルにゃん以外にも恋愛否定論者がいたとはネ。でもま、これ以上ライバルが増えないで済むのは
有難いよネ、正直」
こなたが耳元でボソッと囁いた。ま、ハルヒにしろ佐々木さんにしろ、まともに恋のライバルに
回られたら脅威だしね。中身はともかく、2人ともルックスはかなりのものだし。


10

佐々木さんがキョン君のことを、友人としか思っていないのはおそらく、その通りだと思います。
中学卒業後、今年になるまで会うことはおろか、連絡すら取っていなかったようですし、
お話を伺っていても、本心を偽っているようには聞こえませんでした。あくまでも私の印象ですが。
涼宮さんについては……正直、あれがご本心なのか、私自身は少し疑っています。
キョン君と涼宮さんの仲は、SOS団に入った頃の私には、随分と親しいように見えましたし。
「私にはよく分からないなあ……好きな男の子が居て、仲良くなりたいなあ、付き合いたいなあって
とても自然なことだと思うけどな」
つかささんが首を傾げています。
「でも、世の中にはいろんな考えの人が居るからね。恋愛に全く興味のない人からみたら、異性と
恋愛しろ、結婚しろって世間一般の価値観を押し付けられるのって、苦痛でしかないのかも
しれないわよ」
「私もササッキーの気持ち、ちょっとだけど分かるような気がするヨ。
何事もマイノリティーは大変だからネ。日々、世間様との戦いですよ」
「……こなた、今日会ったばかりの人に、変なあだ名つけるな!」
みなさんもそれぞれ、思うところがあるみたいです。
「佐々木のあれは奇を衒っているわけじゃないぜ。俺も初めてあの持論を聞かされたときは、正直
本気には取らなかったけど、付き合ってみてよく分かった」
キョン君、それってもしかして……昔、佐々木さんに告白して振られたとか、ですか。
「んなわけあるか」
やれやれと言いたげにキョン君が笑っています。こなたさんたちも、安心したのか肩でふうっと
息をつきました。
「あいつ、美人だろ。中学時代に何回も男から告白されてる。誰1人としてまともに相手に
されなかったがな。男相手には男言葉で喋るのも、相手に性を意識してもらいたくないのと、男に
妙な勘違いをさせないため、だそうだ」
「筋金入りね……ま、あんだけ可愛いと、狙う男も多いだろうし、大変ね」
いろいろとご苦労されているのですね。


11

キョンの奴、こなたたちと随分、親しくなったみたいじゃない。
話に興じるキョンを横目で見ながら、薄くなったオレンジジュースを啜る。
キョンとあの4人の間の空気は、傍目で見ても分かるほど変化している。キョンはあたしの我が儘に
文句を言いながらも、2年間付き合ってくれた。高校生活も終わりに近づいて、ようやく
「普通の高校生ライフ」を満喫出来ているのだろう。
ま、あたしみたいなのに付き合わされたせいで、女の子と縁のない高校生活を送る羽目になったなんて
恨まれちゃ敵わないからね。大学受験ってイベントを一緒に乗り越えれば、そこに恋愛感情が
生まれるなんてことも、もしかしたらあるかもしれない。それはあの5人次第だけどね。
それにしても……さっきは思わず、佐々木さんの言葉に同調しちゃったけど、アレって本当に
佐々木さんの本心なのかしらね。
……こんなことを思う理由は、あたしにはよく分かってる。それもイヤと言うほど。
あたし自身が、自分の心を偽っているからだ。
けど、上に立つ人間が、自分の信念をあっさりと変えたりすることは出来ないの!
今になってキョンに告白したところで、本気に取られるはずもないし、第一、キョンはあたしの
ことなんて、異性として意識すらしていない。
まあ、あたしもキョンに好かれるようなことをした覚えはないし、異性として見てもらえない事に
文句を言う筋合いなんてないんだけどね。
……ああ、止め止め! 辛気臭いのはイヤ。


12

佐々木さんと涼宮さん……そして泉さんたち、思わぬ邂逅ですね。
高校卒業まで、このまま穏やかな日が続くのかと思っていましたが……これはもしかすると、最後の
最後に何か、一波瀾あるかもしれませんね。
結局は彼がどのような結論を出すのか、というところに全てかかっているのでしょうが。
不肖古泉一樹、最期まで見届けさせていただきます。
「……今涼宮さんから聞いたんだけど、古泉君って東大受けるんだって?」
「ええ、まあ受かるかどうかは分かりませんが。出来る事ならいい環境で勉強したいですしね」
「古泉君なら大丈夫よ。なんてったって我がSOS団副団長、団の知恵袋だからね!」
知恵袋なんてとんでもない、僕のはしょせん、役に立たぬトリビアや薀蓄ですよ。
「佐々木さんはどう? 光陽園学院に通ってて、成績もいいみたいだし、十分合格圏内なんじゃ?」
まあ、今のところ、涼宮さんもそれなりに楽しんでいらっしゃるようですし、僕もムダに構えるのは
止しましょう。
ヒーローはここぞという時に登場すればいいのですし、ね。


13

……皆さん、さっきから私をのけ者にして、なんか盛り上がっているのです。
ここまで一緒に来た佐々木さんも、すっかり私のことなど忘れて、お話に夢中です。
どうせなら私もちゃんと紹介して欲しいのです。どうせこの先、碌に出番なんかないのでしょうから。
「ごめん、すっかり忘れていたよ。ええと、彼女は私の友人で、同じ高校に通っている橘京子さん」
もういいのです。どうせ私はおまけです。
「おお、ツインテールだネ。かがみん以外でしてる子初めて見たヨ。ついでにはじめまして」
……第一印象はまず髪型なんですか。しかも挨拶はついでですか。どうせ私は影が薄いんです。


14

今日は思わぬ収穫があった。気になる例の4人の子と直接、話すことが出来たのだ。
けど話していて、彼女たちとキョンとの関係がどの程度進んでいるものなのか、さしたることは
分からなかった。4人ともキョンに好意をもっているのはまず、間違いないと思うが。
君たち4人の中にキョンの意中の子はいるのか、とカマをかけてみたが、かがみさんに逆に
佐々木さんは彼氏が居るのかと切り返されてしまったし……あれは間違いなく、あれ以上の追及を
避けるためのものだろう。
あまりキョンとの仲を追及して、キョンに対する感情を彼女たちに悟られてしまうのもまずいと
考えると、あまり直截な物言いも出来ない。
ただ、彼女たちの印象からして、キョンとふしだらな関係にあるとは考え辛い。
4人とも基本的にはとても真面目な子だ。不純異性交遊をするような子にはとても見えない。
あの日に見たあれも私の勘違いで、集団デートの途中で、ホテル街を歩く程度の軽いおふざけを
していただけかもしれない。
いや、その可能性が高いと思う。当たらずと言えども遠からずというところだろう。

とはいえ、あのままキョンとの仲が進展すれば、いずれはあの中から、キョンの彼女になる子が
出てくるのだろう。
あと、涼宮さんのことも、正直気になる。
私は彼女のあの発言が、彼女の本心であるとは思えなかった。
なにか思うところがあるのか、キョンとの関係では一歩引いている様なそぶりを終始見せていたが、
あの4人と話しているキョンの顔を見て、一瞬だけど、寂しそうな表情をしていたのが忘れられない。

私にはまた、悩みが増えてしまった。

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最終更新:2010年04月25日 22:03
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