第11章 ハーレムタイムと2つの戦争 前編

1

「……キョン君、涼宮さんの告白、断わらなかったみたいですね」
携帯を切り、思わず一つ溜息をついた僕に、朝比奈さんが声をかけて来ました。
「お聞きの通りですよ。まあ、こうして閉鎖空間は消失し、大事に至らなかったわけですから、結果
的には良かったのでしょうが、今後の展開次第ではまた何があることでしょう。
本当に彼には困ったものです」
こういうところでくらい愚痴を言わせてください。
……普段言えませんからね。彼に直接言ったところで、真意を理解してくれるとも思えませんし。

ああ……今僕は、朝比奈さん、長門さんのお2人と一緒にファミレスにいます。今回の一件の報告と
情報交換を兼ねて、時間も時間ですから夕食でもとりながらお話しましょうと、僕が2人をお誘い
したのです。
閉鎖空間と神人が消滅したのは午後6時過ぎ。事後処理と報告を済ませたあと、携帯でお2人に連絡し、
ここに来て貰いました。いや、僕が個人的に呼び出したわけじゃありませんよ。涼宮さんの件に関して
僕たち3人は、有事の際の各組織の折衝役に選ばれているのです。
本来ならこういうことは大人の役目なのでしょうが、大人だと駆け引きやらメンツやら、色々と
難しいこともありますし、対象の近くに居る僕たち3人が、適役だろうということでこういうことに
なってます。
まあ、よほど急を要する深刻な事態でない限り、報告や情報交換は別に即日で行わなくても良いの
ですが、年末と言うことで年を跨ぎたくないという気持ちもありまして、連絡を差し上げたら、
「……ちょうど、今日の夕食は何にしようかなーって考えてた所なんです」
「作り置きのカレーを今日の昼に切らしている」
とお2人が仰ったので、上記のようなご提案をさせていただいたわけです。
ちょうど夕食時ということもあり、店内はそこそこ混み合ってます。長門さんが居ますから盗聴される
恐れはないでしょうが、周囲のお客さんの耳に触れると奇異な話もしますので個室をとりました。
ここのファミレスの経営元、機関の出資者の1つで、会議などにも時たま使われるので、機関専用の
個室が常に1つ確保されているのです。

「長門さん、今回はご協力ありがとうございました」
「問題ない、気にしないで」
ストローに口をつけながら答える長門さん。またメロンソーダですか、お好きですねえ。
「あと……朝比奈みくる」
「ひゃ……ひゃい!」
いきなりご自分の名前を呼ばれてびっくりする朝比奈さん。声が裏返っています。
やはり一度ついた苦手意識というのはなかなか抜けないものなのでしょうか。それにしても
可愛らしいしぐさです。彼が朝比奈さんを事あるたびに、「マイスゥイートエンジェル」と賞賛する
気持ちが、僕にもよく分かる気がしますよ。
「あなたに教えてもらった言葉。今日、彼にあった時、最後に言ってみた。
……貴女の言う通り、彼は少し意気消沈していたようだった」
「ふふっ。言っちゃいましたか。でもキョン君には、それくらいでちょうど良いんです」
「なぜか少しすっきりした、ありがとう」
おやおや、随分と仲のおよろしいことで。蚊帳の外の僕は少し寂しいですが、こんなお話が出来る
くらい、お2人が親密になられたようでなによりです。
ところで彼に何と仰ったのですか、長門さん。
「……スケベ」


2

それを聞いた古泉君がいきなり笑い出したので、私はびっくりしてしまいました。
古泉君っていつも笑顔を浮かべている割に、声を出して笑っている印象がほとんどありません。
実際、私も彼が笑っているところを見たことがありませんし……何かツボにでも嵌ってしまったの
でしょうか。
「いや……いきなり済みません。それを長門さんに……言われた時の彼の顔を想像したら、つい……」
まだすこし肩を震わせながら、ようやく古泉君が顔を起こしました。
「しかしまた朝比奈さん、なんで長門さんにそのようなことを教えたのですか?」
それが……今日、長門さんがそちらに行かれる前に、私のところに電話をかけてきてですね……
「別に、言わなくていい」
長門さんがそう異議を唱えたところで、頼んでいたお料理が運ばれて来ました。まあ、冷めてしまい
ますから、食べながらお話を続けましょう。
今回の件でですね、キョン君のことを考えると、なにやらもやもやとするみたいで、これはどうした
ことなのか、と聞かれまして、それで……
「朝比奈みくるのいう『もやもや』という感情が、私の言わんとしている事と一致しているかどうかは
分からない。思考に正体不明のノイズが混じり、情報処理速度の遅滞を招いている、というのが
正確なところ」
「おそらくは、朝比奈さん言うところの『もやもや』という感情は、長門さん言うところの『ノイズ』
と当たらずと言えども遠からず、だと思いますが、厳密には……」
お2人とも、話の腰を折らないでくださいっ! 
それでてすね、それなら今日、キョン君に会って要件を伝えたら、最後に挨拶代わりに一言「スケベ」
って言ってあげれば、きっとすっきりしますよ、って教えてあげたんです。ふふっ。


3

いやはや、朝比奈さんも見かけによらず、結構言うものですね。先ほど、事あるたびに彼女を賞賛する
彼の気持ちが分かると言いましたが、保留させていただきたい気分ですよ。

「本当は別の言葉を教えてあげようかと思ったんですけど……キョン君、涼宮さんと会って……その、
万が一涼宮さんを振る事が出来なくて、告白されてなし崩しにそういう場面になった時に……ええっと
……ショックでおち……なんでもないです、その……ですね、<禁則事項>が勃……機能しなくなった
ら、涼宮さんが怒ってまずいことになるかな、と思ったので止めました」

まあ、意気消沈して自分の行いを省みて、それで涼宮さんをハーレムに入れることを断念してくれる、
ということも考えられるのですが、あらゆる事態を想定すると、確かにお仕置きはその程度が妥当
でしょう。
……あと、公然と口にするのも憚られるような言葉が聞こえかけた気がしましたけど、それは
ともかく朝比奈さん、長門さんになんて言葉を教えようとしたのですか?
「けだもの……です」

……思いとどまってくれたのは正解のような気がします。
長門さんがあの目をして、口からその言葉を一言発したら、さぞかし彼は意気消沈したでしょうね。
個人的には彼には少し、自分の愚かさを噛み締めて欲しい気がするのですが、お灸がきつ過ぎるのも
考え物です。それにおそらく今晩辺り、彼は我に帰って悶々とすることになるでしょうから。
「あの、古泉君、やっぱり今日は久々の閉鎖空間で疲れてますか? 私ほとんど役に立てなくて……」
いやいや、そちらからの情報は、後々役に立ちますし、閉鎖空間での神人退治は僕らの職分ですから、
お気になさらないで下さい。
まあ……肉体的なことはともかく、精神的には疲れもするというものです。
きっちり涼宮さんを諦めさせてください、とお願いしたのに、彼は聞く耳を持たないばかりか、話を
ややこしくしてしまうのですからね。
ただ……彼の今回の行動については、それを是としたいという気持ちもあるんです。一方ではね。
彼には、文句だけしか言いませんでしたが。
「それって……どういうことです?」
「私も聞きたい」

「彼はこれまで、自分から積極的に、自分に好意を寄せている女性たちと関わろうとはしてきません
でした。泉さんにせよ、柊かがみさん、つかささん姉妹にせよ、高良さんにせよ、あちらからの
強烈なアプローチでようやく、自覚するという有様です。
中学時代の失恋が、よほど堪えていたのでしょう」
「それって、佐々木さんのことですよ、ね。そういえば古泉君、キョン君の予備校の冬期講習で
佐々木さんと会ったって……」
ええっと、その話は後でしましょう。続けさせてください。
「それが今回、涼宮さんに対しては、彼自ら、泉さんたち4人の争奪戦に割り込むようにそそのか……
いや、言ったそうです。今まで女性側のアプローチでしか動かなかった彼が、主体的に涼宮さんを
誘ったのです。結果的にどうなるにせよ、おそらく、世界改変の危機はこれで回避できるのでは
ないか……僕はそんな気がします」
「涼宮さん、もしかしたら自分の気持ちを告白するだけで、諦める気でいたのかもしれませんね。
古泉君のいうように、涼宮さんにとってみれば、これで良かったのかもしれません」
「状況から考えて、彼が涼宮ハルヒを選択する確率は、他の4人を選ぶ確率よりは相当低いと
思われる。それでも?」
それでも……ですよ。
人間は諦めるにしても、それなりの理由をつけないと踏ん切りがつかない事があるのです。


4

「……閉鎖空間が展開している間も、時空変動はほとんど感知されてません」
「規模が大きかった割には、時空への影響はほとんどなかったということは、涼宮さんの精神は
それなりに安定してはいるみたいですね。以前ならば事態の収拾で大事になったでしょうが」
「涼宮ハルヒには、今回の件が現実であるという意識が終始あった。
それゆえに無秩序な力の発散が抑えられたと考えられるが、そのため今回はいつものように、
夢の中の出来事で済ませるというわけにはいかなくなった」
ええっと、一応公務ですので、内輪の話ばかりじゃなくてきちんとお仕事 ― 情報交換もして
います。といっても、私の方から提示できる情報は今回、あまり多くありません。
まあ、時空絡みの件は問題が起きるととても厄介なことになりますし、事態を収拾する権限は私には
ありませんから、どちらにせよあまり、役には立てないんですけどね。
時空変動の観測結果を伝えた後は、ひたすらお2人の話を聞いています。
「長門さん、閉鎖空間の正確な消失時刻を教えてください。僕もおおよその時間は確認して
いるのですが、上に正確な時刻を報告しないといけないものでして」
「本日18時12分33秒、彼が涼宮ハルヒの腹部に精液を射出し終えると同時に消失」
なっ……長門さぁん。情報はもうちょっとオブラートに包んでくださぁい!
あとキョン君! 膣外射精なんていけないと思います! タイミング間違って中に出しちゃったり
したらどうするんですかっ! 男の人は気持ちいいだけかもしれないけど、女の子は大変なんですよ!
「ええっと、朝比奈さん……憤りはよく分かるのですが、僕も一応男ですので、そのようなことを
目の前で公然と言われても、どう反応していいものか、いささか困るのですが……」
「報告の原則は事実を正確に。貴女は、過剰反応しすぎ」
そんなことはありませぇん。えっちなのはいけないと思います!

いやはや、彼の件でいささか、心がささくれ立っていましたが、こうして長門さんや朝比奈さんを
見ていると、少し和んできますから不思議なものです。彼も泉さんたちに囲まれて、こんな気持ちを
味わっているのでしょうか。だとすると、ハーレムというのも、悪くないものかもしれませんね。
別にこんなところで、彼に共感したくはないのですが。
「ホントにキョン君はエッチです。ちょっと見損なっちゃいました。長門さんもそう思いますよね!」
「社会通念上、不特定多数の異性と性的関係を持つことは、良くないことであるといわれている」
「その通りです!」
「しかし現実を見ると、不特定多数の異性、もしくは同性との性的関係を持つ人は少なくない」
「わっ……私は同性の方は全然分かりませんっ! それに現実がどうでもいけないと思います!」
……朝比奈さん、今貴女、一瞬僕の方を見ましたよね? やっぱり貴女も誤解しているんですね。
「別に彼の方から彼女たちにそのような関係を強要したわけではなく、関係の始まりは女性側の
主体的意思によるもの。また、どのような行為を是とするかについても、ほぼ女性側に全権が
委ねられている状態であり、双方の合意も取れている。要は……女の尻に敷かれている状態」
「長門さんは……キョン君の味方なんですか?」
「でも貴女の反応は女性としては当然。彼はスケベ、けだもの」
……いやはや、キョン氏。貴方このお2人には、随分と嫌われてしまったようですよ。
済みません。今の長門さんの言葉で、僕も少しすっきりしました。


5

「キョン君……アンタ私らが帰った後、ハルヒに呼び出されて、学校でしたんだってね。
ハルヒの奴がキョン君のこと好きなのは、薄々気づいてたし、ハルヒの争奪戦乱入は予想してたけど、
迫られたからってさっそくやることないじゃない、それも校内で……けだもの!」
怒りのあまりか、名前も名乗らずにいきなり本題に入るかがみ。ハルヒの真似はお勧め出来んぞ。
それにしても……あいつどこまで喋ったんだ。
学校でしたのは紛れもない事実だが、問題は「どこまで」したのかを知っているかどうかだ。
「ハルヒの奴、さっそくお前らに電話したわけか」
「そうよ。『あたしもキョン争奪戦に参加する。あんたらみたいな色ボケ娘にキョンは渡さないわ』
って宣戦布告されたわ。なにが色ボケよ、人の事言えないじゃない!」
……かがみたちは果たして、ハルヒと俺がどこまでやったのかを知っているのだろうか。どう話題を
切り出すか思案する俺の耳に、かがみの悪魔の一言が突き刺さった。

「キョン君、保健室でハルヒに迫られて、最後までしたんだってね。
『あたし、キョンに処女あげたわよ。あんたらみたいに中途半端な覚悟なんかしてないわ』って
言われた」

……ハルヒはしっかり明言してました。まあ、奴の性格を考えれば分かることだが。
「ハルヒは『言わないでおこうかと思ったけど、黙ってポイント稼いで口を拭っているみたいで
フェアじゃないからはっきり言っとくわ』って言ってた」
「そうか……」
ハルヒとしたことを後悔なんぞしてないが、やはり面と向かって言われると、罪悪感を感じざるを
得ない。ハルヒの「はじめての相手はキョンじゃないと一生後悔しそう」という強烈なアプローチに
揺さぶられてハルヒを抱いたが、あの場面はもう少し、クールになるべきだったのか。
いや、でもあそこでハルヒに応えなかったら、閉鎖空間が消失したかどうか……などと状況のせいに
するのは良くない。
こなたたち4人が自制しているのだから、やはりあそこでは、我慢してハルヒを諭すべきだったのだ。
「ま、とにかくハルヒの参戦で、ちょっといろいろ方針を変えなきゃならないから、5人で近々話を
してみる……近々って言っても、明日の予定だけど。大晦日だし、5人とも初詣にウチに来るって
言ってるから」
「……俺も行こう」
「キョン君は来ないで。ハルヒと私ら4人だけで話したいし」
拒絶されてしまった。当事者としては、事情説明だけでもしておきたいのだが。
「それは後で……ね」
おまえらが自制してるのを知ってて、ハルヒに流されたのは悪かった。みんな怒ってるだろ。
「怒ってるわよ。自分の好きな男が、他の女を抱いたって聞いて怒らない奴がいるわけないでしょ!
でも……キョン君、声聞いただけでも私らに悪かったって凹んでるのが分かるし、それに……」
それに?
「キョン君がどれだけスケベなのか、身をもってよく知ってるから」
なっ……思わず絶句した俺に、かがみが畳み掛ける。
「こうなった以上、それ相応のことは覚悟しておきなさい。
年明け3日、冬期講習の最終ターム初日に話すわ。センターも近いし、あまりごちゃごちゃすると
あれだからシンプルにね!
それじゃ、良・い・お・年・を!」

勝負は年明けか。ハルヒに参戦しろといった手前、わだかまりが起きないように俺が事態を収拾
しなけりゃならんな。それに、ハルヒも加えた上で、あらためてきちんと5人の気持ちに向き合わ
なきゃならない。
前にこなたから、押し付けるように借りさせられたアニメのDVDで、主人公が2人の女の間を
ふらふらした挙句、最期はめった刺しにされた上、刺した女も、もう一方の女に殺されるという、
何とも陰惨な結末の作品を、それと知らず見てしまったことがあるが(なんで俺にこんなモンを見せた
とこなたに聞いたら、キョンだからこそ見るべきだと思って、と返されて憮然としたが、今になると
こなたの言わんとした事が少し分かるのが癪だ)、まさか年明け3日、出会い頭にばっさり殺られたりは
しないだろうか。
いやはや、良いお年どころの話じゃないな。

それにしても……ハルヒの奴、可愛かったな。あたしも女だってことを身体で分からせてやる、と
息巻いていたが、見事に身体で理解させられてしまった。
前々からプロポーションが抜群なのは承知していたが、あんなに抱きごこちが良いとは……それに加え
なにせ普段の態度がアレなだけに、いざその場になると、しおらしく、必死な表情を見せるハルヒを
見たら、そのギャップで興奮して、色々といきり立ってしまった。
こなたたち4人を相手にしたとき、興奮するのもこのギャップのなせる業なのだろう。それまで気の
置ける異性の友人として接してきたのが、いきなり「女」になって、否応なくそれを意識させられる
のだからな。
……って、俺、女性経験3人目にしてはじめて、処女を抱いたわけか。
今年の夏休み前までは童貞だったのに、随分変わっちまったよな、俺。
大変な事態になっているくせに、こんな埒もないことを普通に考えてしまうのだから、男という奴は
現金だ。
とにかく、年が明ければセンター試験があるわけで、かがみがさっき言ってた様に、あまり今回の
一件の余韻をズルズルと引きずるのは、精神衛生上よろしくない。
年明け3日、5人ときちんと話をして……と新年に向けての決意表明をしていると、いきなり、
「キョンくーん、ご飯出来たってー」
と、ノックもせず妹の奴が入ってきやがった。驚いたぞ。
おまえも、もう中学生なんだから、ちったあマナーというものを身につけなさい。部屋に入る前は
ノックだろ。
「いいじゃーん、そんなのー」
頬を膨らませて、ベッドの上で横になってる俺に、ぽふっと抱きついてきた我が妹は、次の瞬間、
デカい声でとんでもないことをほざきやがった。
「キョンくんの服、ハルにゃんの匂いがするー。えっちー」
……妹の言葉に、これほど動揺する日が来ようとは思わなんだ。おまえどんな鼻してんだよ。


6

新年早々、こんなに驚かされた記憶はない。
年明け3日、冬期講習の最終ターム初日、昼休みに例のメンバーで昼食をとろうと席に着いた途端、
やにわに立ち上がった涼宮さんが、こんな一言を口にしたのだ。
「あたし、キョンに病気うつされたの。だから責任とって貰うことにしたから」

そんなに長い付き合いではないにせよ、冬期講習中は毎日昼食を共にして話をしていたし、なにせ
彼女は私と違って本当によく喋る人なので、涼宮さんの性格やものの考え方の基本は(キョンからも
話は聞いていたし)、私も大方理解出来たつもりだったけれど、流石にこんな発言を堂々とされると、
やっぱりこの人はちょっと頭がおか……いやいや、その予測不能な言動振りに、まともに付き合わ
されてきたキョンの苦労がしのばれるよ。
橘さんなんて、口をぽかんと空けたまま固まっているしね。まあ、当然の反応だと思うけど。
気になるのはその他の人たちの反応だ。別に驚くでもなく、半ば苦笑しているのには呆れてしまった。
君たちも2人の友人ならば、何か一言、怒るなり諭すなりするべきではないのかな。
「いやまあ……これは怒る、諭すという性質の問題ではありませんしね」
古泉君。君はもう少し良識のある人だと思っていたけど、こんな時にも平然と我関せずを貫くのかい。
女性陣からなぜか一言もないみたいだけど……親友が女性に性病をうつしたなどという話を聞いて
しまった以上、黙っているというわけにはいかないだろう。キョン、僕から一言良いかな?
……病気をうつしたということは、その、涼宮さんとそういう行為をしたということで、まずは
それから問題にすべきなのだろうけど、まずは……

「ハルヒ。佐々木さん、完全に誤解してるみたいよ……ってか、アンタ、誤解されること分かって
そんな言い方してんでしょ。やめなさいよ」

かがみさんの一言で、私は自分が、とんでもない誤解をしていたらしいと知ることになった。


7

ハルにゃんも人が悪いネ。
ま、言ったからには必ずやるだろうとは思ってたケド、いきなり一発目にもってくるとはね。
今の話のフリで、明らかに冷静さを失ってたみたいだしね、ササッキー。
古泉君の反応が冷静で意外だったけど、ま……ハルにゃんの気持ちは、彼も知ってるんだろうネ。

去年の大晦日、合格祈願の初詣という名目で、私たち5人は鷲宮神社に集まった。お参りもそこそこ、
かがみの部屋にあがった私たちは、さっそく話し合いの場を持ったのだった。
具体的に色々と話をしたんだけど、私ら4人、ハルにゃんがキョンのことを好きなのは薄々気づいて
いたので、結果としてハルにゃんのキョン争奪戦参加議決案は、無事可決されちゃいました。
……で、その場で、佐々木さんのことも話題になったんだよネ。
ハルにゃん曰く、

「これはあくまで予想だけど、佐々木さんとキョン、中学時代に何かあったんじゃないかって気が
するの。
昨日キョンにも言ったんだけど……キョンの鈍さって、持って生まれた性質じゃない気がするのよ。
女の子からどれだけ好意を示されても、それをまともに受け取らないように努力しているようにしか
私には思えないの。
問題はその演技があまりにも堂に入ってて、意識してやっているようにはとても見えないことね。
なにか過去に、恋愛絡みでトラブルがあって、それがトラウマになっているんじゃないかと思う」

「その相手が佐々木さんかもしれない、と涼宮さんは仰りたいのですか?」
「さすがみゆき。察しが良いわね」
……うーん、それはどっかなハルにゃん? 確かにササッキーもハルにゃんみたいに、恋愛は精神病の
一種だの幻想だのって言ってたけど、嘘バレバレなハルにゃんと違って、ササッキーはマジでそう
思ってるように私には聞こえたけどネ。
「嘘じゃないわよ。あたし、キョンに病気うつされたんだから仕方ないじゃない!」
「はいはい……いい加減素直になりなさいよね、まったく!」
ま、ツンデレ同士、屈折してて素直じゃないのが持ち味ってことで仲良くしなヨ。2人とも。
「私はハルヒみたいに屈折してないわよ!」
はいはい。んで、もしハルにゃんの読み通りだとすると、キョンがササッキーに振られたってことに
なるよね。それは間違いないのかな。
「キョン君の方から、女の子をふっちゃうってのは、無いような気がするな」
私もそう思うヨつかさ。でもまあ、今ここで話してることも仮定でしかないけどネ。
「だからね、年明け3日の講習の時、あたし、キョン争奪戦の参戦宣言をするわ」
佐々木さんを牽制して反応を見たいんだネ、ハルにゃん。
「佐々木さんのあの持論が本当に彼女の本心なのか。私たち5人がキョン君の彼女に立候補している
ことを知って、佐々木さんがどんな反応をするか、その2つを両方確かめたいんですね」
ま、今こうして、恋愛否定論者のハルにゃんが割り込んできた以上、佐々木さんだって同じ行動に
出ないという保障はないわけだからネ。でも、これ以上参加者増やすと、色々厄介なことに……
「……宣言した後、あたしが佐々木さん本人にストレートに聞いてやるわよ。
佐々木さんも、もしかしてキョンのこと好きじゃないの? ってね」
揺さぶっておいて、正攻法で攻めるんだネ。さすがハルにゃんは策士だ。でもそれだと多分、
ササッキーは……なんでもない。
ま、何だよネ、ハルにゃんはさすが、あっさりキョンを陥落させただけのことはあるよ。
「なによ、恨んでるわけ?」
「当たり前でしょうが! 私ら全員、最後までやらないって約束してんのに抜け駆けして!」
「あたしをハブにして作った約束なんて無効よ! それにさ、あんたら……」
私たち4人の顔を見渡して、すこし真面目な表情になったハルにゃんがこう言った。

「勝負がつくまで、最後の一線は許さないってあんたたちの考え、前に貞操観念がきちんとしてるって
褒めたけど、あれ、撤回。
だいたい貞操観念がしっかりしてるなら、勝負がつくまで身体には指一本触れさせない、キスもダメ、
というくらい徹底すべきだと思うし、ね。
キョンとあんたらのしてること、はっきり言ってエロ過ぎよ。最後までやらないって変な足枷かけてる
せいで、かえって行為自体が過激にエスカレートしてるわ。それにね……」
一言区切って、いつもみたいに慌しく湯飲みからお茶を飲み干して、唇を湿すとハルにゃんは続けた。

「最後までしないことの本当の理由、貞操観念とか道徳とか、そんなんじゃないでしょ、あんたら!
争奪戦に負けても、最後までしてないって事実を慰めにして、そこに逃げる気で居たんでしょ。
あんたら4人とも、覚悟が中途半端なのよ!
争奪戦って形で争うことにした以上、負けたら傷つくのは当たり前でしょうが!
その事実から目を逸らして、敗者同士で傷舐めあって慰めあう気? あたしはそんな事しないわよ!
身体張るって決めたら、中途半端なこともしない。ただでさえ……不利なんだから。
……あんたら4人で決めたルールを破った言い訳にしか聞こえない、って思ってるでしょ。
ま、事ここに至るまで素直になれなかったあたしが、偉そうに言えた義理じゃないことも分かってる。
でもこれが、あたしの本心だから!」

私もかがみもつかさもみゆきさんも、ハルにゃんのこの指摘には、言葉が出なかった。
実際言われてみると、確かにその通りだしネ。私たちは最期の審判が怖かったんだ。
勝負がついたら、キョンとくっ付いた人を素直に祝福して諦める気で居たけど、もし自分が諦める
立場になったとき、保険を掛けておきたいって気があったのは、事実。
ハルにゃんの方が、確かに勇気あるよね。
私らも方針を変更した方がいいみたいだ。


8

「そうか……貴女たち5人とも、キョンのことが好きで……それで……」
勘違いに気が付いて赤面した佐々木さんに、してやったりという表情のハルヒが、今の発言の真意を
説明した。となれば当然、ハルヒがキョン君を好きってことだけではなく、私たち4人もキョン君が
好きで、彼女の座を争っている、ということも、佐々木さんに話すことになる。
「だから病気をうつされた……と。はは、これは思わず不覚を取ってしまったね」
バツが悪そうに笑う佐々木さん。私たちがキョン君を取り合う仲だという事実にも、あまり動揺して
いるようには見えない。ハルヒ、やっぱりアンタの勘、外れじゃないの?
「キョン、今の話は事実なのかな。そんな艶聞、僕は寡聞にして知らなかったよ」
「事実だよ。告白されてな、真剣に考えてる」
「そうか……」
キョン君の返事を聞いて考えこんでいる佐々木さんに、ハルヒは今回の核心となる一言を叩き込んだ。

「佐々木さんはキョンのこと、そういう対象として意識したことある?
中学のとき、随分仲、良かったみたいだし。もしかしたら佐々木さんも罹患経験があるのかと思って」
「おいハルヒ。おまえ、佐々木にそんなことで突っかかるなよ。佐々木、ハルヒの言うことは……」
「いいえ、私も是非聞きたいです。佐々木さん、キョンさんのこと好きだったんですか?」
橘さんの声が、キョン君の異議申し立てを遮った。キョン君、何でちょっと慌てているんだろ。

「私は今まで、涼宮さんがかかったような病気にかかったことはないわね。キョンとの事も同様よ。
警戒する必要はないわ」
「そっか、それならいいわ。変なこと聞いてごめんね」

あっさり引き下がった割に涼しげな表情のハルヒを見て、私はハルヒの行動の真意に気づいた。
ハルヒは最初から、佐々木さんの恋愛に関する持論が本心かどうかなんて事を追及する気はなかった。
……ハルヒの目的は、キョン君の目の前で佐々木さんから言質をとって、争奪戦に参加させないように
することだったんだ。
屁理屈で宗旨替えしたハルヒと違って、今日この場でこんな形で「決断」を迫られて、佐々木さんが
参戦を即答できるはずがない。

サプライズ発言から一転、佐々木さんの答えでこの話題はおしまい。
若干の動揺を残しつつ、ランチタイムは続いている。キョンは佐々木さんから、事の経緯について
なにやら質問攻めにあっていて、ハルヒがなにやらそれに合いの手を入れている。
……ハルヒ、やっぱあんた、敵にすると手ごわい女だわ。

こうして年明けと共に、受験戦争とキョン君争奪戦、2つの戦争が始まったのだった。

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最終更新:2010年04月25日 22:06
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