1
4月……
高校を卒業した俺たちは、晴れて大学生となった。
あまり感動というものを顔や態度に出さない低温体質な俺も、折々の節目やら新しい環境での生活には、
まあそれなりに胸躍らせたり、期待するものもあるわけだ。
ましてや、高2までの俺の成績では到底、合格など覚束なかったであろう第一志望の大学に、見事現役で
合格したのである。嬉しくないわけがなかろう。
心厳かな気持ちで入学式に臨み、学科のオリエンテーションなんぞにも参加し、各種サークルの勧誘合戦
にも巻き込まれながら、俺の大学生活はスタートした。
そして今日は、夜から学科主催の新歓コンパとやらがあるらしい。
大学のクラスってのは便宜的なもので、始終顔を合わせるわけではないから、友人関係を作るにはこんな
イベントは外せないだろう。乗り損ねて、同じ学科に友人どころか知り合いも居ない、なんて事態は
避けたいからな。
一昔前までは大学に入ったら、未成年であっても酒もタバコも公認なんて風潮が一般的だったようだが、
今のご時世はいろいろと煩いらしく、学内の施設で、お茶会のような感じで顔合わせをするらしい。
……ま、酒では前に痛い目に遭っているしな。今後嗜むとしても、きちんと飲み方ってヤツを覚えて、
節度をもって楽しめるようにしたいものだ。
それよりも何よりも、人間関係を広げるのが先決だろう。俺も友人は欲しいしな。
2
「へー、○○君(キョンの本名)って陵桜学園なんだー。じゃ結構、私と近いんだね」
『仏頂面でとっつきにくそう』というのが、俺の周囲の人間が、俺に対して持つ第一印象のようで、それは
少しく俺にも自覚がある。
……となると、人から話しかけられるのを待たず、自分から話しかけようと、俺は隣の席に座った女の子に
珍しく自分の方から話しかけたのだが、これが結果として良かったようだ。
平沢唯、という人懐っこそうな笑みを浮かべたその女の子は、偶然にも同じ埼玉県下の桜が丘高校出身で、
出身中学もすぐ隣という、まさに一種のご近所さんだったのだ。
初対面同士、共通の話題ってのがあると、話というのは進みやすい。
「へー、平沢ってギター弾けるのか、意外だな」
「失礼なー! って、やっぱりそういう風には見えないのかな、えへへ」
「でも楽器って面白いよな。俺も高校の文化祭でバンドやるってんで、ベースをちょっとやったことが
あるんだけど……」
「えー、すごい、○○君ベース弾けるんだ!」
「いや、付け焼刃だから、そんなに上手くはないぞ。今はもうまともに弾けるかどうか……」
平沢が高校で軽音楽部に入っていた、という話題から、こんなお喋りを楽しんでいると、
「唯ー、おまえさっそく男漁りかー。私も混ぜろー! とりゃー!」
とけたたましく割り込んできたヤツがいる。
「み……峰岸?」
「りっちゃん、おいーっす!」
「おいーっす。あと、誰だよ峰岸って?」
……知り合いだ。気にしないでくれ。
「あー、私は田井中律。こいつと同じトコ出身だ」
……あー、お前が田井中か。今、平沢と話してたところだ。軽音部でドラムやってたんだってな。
「ねーねー、りっちゃん。○○君ってベース弾けるんだってー」
「おー、そんじゃ私ら3人いれば演奏できるじゃん」
「澪ちゃんとムギちゃんは別の大学に行っちゃったし、あずにゃんは今年受験だし……」
「少なくとも今年はメンバー揃わないよなぁ。腕鈍りそうだし、新しくメンツ集めてやるのもいいかもな」
「せっかく大学に来たんだから、○○く……じゃなくて男の子とも仲良くなりたいし……」
おいおい、勝手に話を進めるなよ。でも……音楽か。
これを機に、何か新しいことをはじめてみるのも良いかも知れないな。
そんなことを思いつつ、平沢と田井中のやりとりに相槌を入れていると、突然話を止めた田井中が、俺の
顔をじっと見つめている。
「どうした、俺の顔に何か付いてるか?」
「いや……実はさっきから、ちょーっと気になってたんだけどさ……」
そう言って首をかしげる田井中。なぜか一緒に平沢も首をかしげているのが、何か可笑しい。
「私どっかで、アンタと会った事ないか?」
……スマン、それは何のネタの前フリだ?
「りっちゃん……それって思いっきりベタやなー」
「つーか、唯もこいつの顔、どっかで見覚えないか?」
「ベタのベタ子さんー♪」
ああ、そりゃきっとアレだ田井中。たまたま高校が近かったなんてことが分かったモンだから、
ついついそんな気がして、アカの他人の顔を俺のと間違えたんだろうよ。
何せ当方、どこにでもある平凡顔だからな。
それに、お前ら女の子たちがよく行くようなところと、俺みたいな野郎との行動圏が重なるとは思えん。
「でもなあ……お前のその顔、妙に見覚えがある気がすんだよな。なんか変なトコで会ったのかな?」
変なトコってどこだよ。俺はそんな変なところには出入りせんぞ。
苦笑しつつ田井中の相手をしていると、そこにまたやかましいのが一人、割り込んできた。
「おおキョンや。私の見ている前で、他の女の子を口説くとはいい度胸だネ」
3
「わー、かわいー、ちっちゃーい。きみ何年生?」
「中学生?」
……いやいや、中学生がこんな所にいるはずないだろ。こいつもれっきとした、俺たちと同じ新入生だ。
「中学生とは失礼なー。泉こなたですヨ。こっちのキョンとは同じ高校出身ですヨ」
いやいやこなた、小学生に間違えられなかっただけ良かったと思え。それよりもお前、来てたんだな。
入学早々、アニメ研究会とかいうサークルに入り浸りで、こっちの方にはこないと思ってたが。
「いやいや、キョンは放し飼いにしておくと、すぐ女の子にちょっかい出すからネ。心配で心配で……」
誤解されるような言い方はやめてくれ! あと、初対面の人の前で、俺の妙なあだ名を広めるな。
俺だって、苗字や名前を普通に呼ばれる生活が送りたいんだ。ささやかな望みをぶち壊すな!
「それは叶わぬ夢ですヨ。どうせ伏字なんだし、読みにくいからキョンでいいじゃん、一生」
「ええっと、その……"キョン"ってのは、○○君のこと?」
「あんたらお互い名前呼び捨てかい。随分親しいんだな……って、まさかおまえら?」
……どうやら俺は大学でも、周囲の人間からはキョンと呼ばれる運命らしい。
え、まだそれは分からないだろうって。いや……このパターンだと必ずそうなるのさ。
「あー、キョンとやら、ちょっと待っててね。おいっ、唯、ちょっとこっちに来い!」
カチューシャの女の子が、キョンと話してた子を引っ張っていく。ふふ、大成功だネ。
4
「唯ー、おまえ彼女持ちの男に声掛けてどうすんだよ!」
「えー、でも結構カッコいいし、優しそうだしー、それにお友達からなら……」
「私ら大学デビュー組が、彼女持ちの男を落とせるかっての!」
「りっちゃん、いきなり彼氏なんてハードル高いよー、まずはお友達からだよ」
「おまえに言ってんだよ! それに、キョンだっけ、私の見るところ、あいつは間違いなく……
ロ リ コ ン だぞ!」
ちょ……いきなりなんてこと言うのさ! このオデコ!
「あの彼女みりゃ分かるだろ! キョンってのはそういう趣味のヤツなんだ! きっと変態だぞ!」
5
ちょっと待て、なんか平沢たちの間で、妙な話になってんぞ!
「ロリコンならぬロリキョンですか。これでもう、キョンのトコには女の子は近づいてこなくなるネ」
勘弁してくれ。近づいてこなくなるどころか、今後周りから避けられるじゃねえか。
「まー、お灸を据えるのもほどほどにしますかネ。おーい、キミたち、私はキョンの彼女じゃないヨ。
キョンには別の大学に行っている可愛い彼女が居るしネ」
「え? そうなの?」
「な……なんだよ、だったら最初からそう言えよな。私てっきり……」
「キョン、話ついでに2人に、キョンが売約済みっていう証拠見せたげなヨ。
携帯の待ち受け、みゆきさんの写真でしょ」
「みゆきちゃんって言うんだー。見る見るー、キョン君の彼女」
「私は人の持ちものなんかに興味ねー……けど、いちおー見ておくか」
とまあ、ちょいとばかし紛らわしい展開となったが、皆の衆。
俺は今、高良みゆきと付き合っている。
6
涼宮ハルヒ、泉こなた、柊かがみ、柊つかさ、そして高良みゆき。
俺のことを好きだと言ってくれた5人の女の子。
正直、迷った。誰を彼女にするのか。
これまでの俺なら、曖昧なまま逃げを打とうとしただろうが、真剣に俺にぶつかってきたこいつらに
俺も真剣に応えなければならない。それが出来ないなら、恋愛なんかする資格はない。
断わっておくが、みゆき以外の4人は、彼女として考えたらどうしてもダメだった、というわけではない。
ただ俺自身、このことを機に自分を変えたいと思っていたからなのだろう。同じように自分を変えようと
頑張って、俺に真剣に向かい合ってくれたみゆきの事が、どうしても頭から離れなかったのだ。
人一倍引っ込み思案でなかなか自分が出せなくて……だけどしっかりしていて、かと思うと意外と
おっちょこちょいで可愛らしいところがあったり。そして、一番最後まで、俺が名前で呼ぶことが
出来なかった女の子。
これからもお互い、支えあいながら変わって生きたい。みゆきの側に居たいし、側にいて欲しい。
SOS団の卒業旅行、みんなの前でみゆきに告白するとき、こんなことを口走った記憶がある。
この後、告白を聞いたみゆきがいきなり泣き出してしまって、いろいろ大変だったのもいい思い出だ。
7
「そっか……それがアンタの決めたことで、みゆきがキョンを受け入れるなら、あたしは何も言わないわ。
キョン、みゆきを大事にするのよ。ホント、アンタには過ぎた彼女だわ!
みゆき、こいつがイヤになったら、いつでも捨てていいわよ」
思いのほか真っ当な言葉で祝福してくれたハルヒ。
ありがとうな。お前の配慮が無かったら、今日のこの日はまず無かっただろう。
「おめでとう……くれぐれも、浮気はダメ」
例のごとく簡潔な意見をありがとうよ、長門。肝に銘じておくよ。
「信用できない……ケダモノ……」
俺の人格を否定する言葉が聞こえた気がするのは、気のせいだろうか。気のせいだ。そうに違いない。
「みゆきか……私は薄々、そうじゃないかって思ってたわ。思えばキョン君、みゆきの誕生会のあの
件から、その徴候ありありだったもんね。
悔しいけど仕方ない……かな。2人とも、仲良くするのよ。あとキョン君……みゆきを泣かせるような
真似したらぶっ飛ばすからね!」
言われてみれば、かがみの言う通りの気がする。その気もない相手に下着をプレゼントという芸当は
なかなか出来ないからな。意外とあの行動が、俺の本心を如実に表していたのかもしれん。
「キョン、やっぱり決め手はおっぱいなんだネ」
こなた……頼むから、こういう時くらい素直に祝福してくれ。そう言おうとして、俺は言葉を止めた。
「……そう言わなきゃやり切れない、私の気持ちも察しておくれヨ」
すまん、そんな悲しそうな顔をされたら、俺には何も言えん。
「みゆきさん、キョンの監視は任せておいてヨ。変な虫が付かないよう、私がしっかり見ててあげるから。
キョン……どうしても浮気がしたいなら、私としようネ」
「こ・な・た!」
かがみの一喝に、おお怖、と首をすくめておどけるこなた。やっぱりお前はそうしてる方がお前らしいよ。
「キョン君……本当に、私でいいんですか?」
ようやく落ち着きを取り戻して、それでも涙目のみゆきが俺を見上げる。
みゆきでいいんじゃない。
俺は、みゆきがいいんだ。
「はい……私も、キョン君がいい……です。キョン君じゃなきゃ……ダメです」
その後のやり取り?
覚えてない。覚えてないといったら覚えてない!
8
「……」
「……」
キョンの携帯の待ち受け画面を覗いたまま固まっている2人。
いんやー、キミたちが今、何を考えてるのか私にはよく分かりますヨ、ふふふ。
「な、そろそろ携帯返してもらっていいか。人の彼女の写真なんか、見てて面白くもないだろ」
2人がプルプル震え出しているのもなんのその、暢気なキョン。さあ、そろそろ来るかなー
「こ……」
「こ……なんだ、田井中?」
「こいつはやっぱり私らの敵だー! このおっぱい星人めー!」
「……やっぱり大きい方が好きなんだね。ちょっと見損なっちゃったよキョン君!」
いきなり大声を上げた2人に反応して、周囲の目が一気にこちらに集まる。
「おまえら、いきなり何を言ってやがんだ!」
面食らったキョンの叫び声に、周囲から思わず笑いの声が起きる。
良かったネキョン、入学早々、学科の人気者ですナ。
さっそく周囲の学生からなにやら話しかけられてるキョンを尻目にニヤニヤしてると、田井中さんに
声を掛けられた。
「えーと、その、泉、だったっけ」
そだよ。さっき名乗ったじゃん。
「泉も私らの同志だ!」
「おー!」
……こっちもさっそく友達ゲット。楽しい大学生活になりそうだネ。
9
「古泉君、有希、これからもよろしくね」
「よろしく」
……こちらこそよろしくお願いします、涼宮さん、長門さん。
「今年の陵桜からは東大合格者が5人! うち2人は浪人で、現役合格者3人はSOS団が独占!
なかなかの快挙ね! SOS団を敵視してたアホ教師たちも、これで少しは認識を改めたでしょ!」
そうですね。それに我々だけじゃなく、団員はみんな第一志望の大学に合格しましたし、これはなかなかの
ものではないでしょうか。
「ま、団長のあたしと副団長の古泉君、エースの有希がすすんで範を示したから、団員にも自覚が
出来たのね。ま、一部団員に問題行動のあったヤツがいたけど……きちんと結果出したんだからまあ、
不問にしましょう!」
先頭を歩きながら胸を張る涼宮さん。失恋の痛みもまだ癒えていないでしょうに……本当に気丈と言うか、
意地っ張り、ですね。
「古泉一樹……」
涼宮さんを見やっていた僕に、長門さんが突然声をかけてきました。
「これからがチャンス……頑張って……」
チャンス……ですか?
「貴方は今まで、自分の気持ちを押し殺して、涼宮ハルヒと彼の中を取り持とうと努力してきた。
それにもかかわらず彼は、涼宮ハルヒではなく、高良みゆきを選んだ。
事が決した以上、貴方はもう彼を気にする必要も、縛られる必要もないはず。
貴方は涼宮ハルヒの一番の理解者。貴方は自分の想いを、もう形にしても良いはず」
ありがとうございます。長門さん。
でも僕は、今の状態の涼宮さんに対して、事を起こす気はありません。
僕にも男としてのプライドがあります。失恋した心の痛みに付け込むようなことはしたくないのです。
涼宮さんが望む限り、僕は彼女の側に居続けます。
居続けた所で、必ずしも想いが通じるかどうかは分かりません。
ただ、いつかきっと、彼女の心を捉えてみせます。
彼に……逃した魚は大きかった、ということを、いずれ思い知らせてあげたい気もしますしね。
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大学に入ってちょっと心配だったのが、果たして友達が出来るか、ということだったりする。
でも、案ずるより生むがなんとやら。知り合うきっかけなんて些細なものでオッケーだ。
学部のガイダンスで、隣に座った子が筆記用具を持ち合わせていなかったので、貸してあげたのを
きっかけに私は、彼女 ― 秋山澪さんを学食に誘って、一緒にランチをとりながらおしゃべりをした。
聞けば彼女も、ここの大学に知り合いが居なくて、馴染めるかどうか不安だったみたい。
「へえ、秋山さんって、高校時代は軽音楽部でベースやってたんだ」
「うん。最初は文芸部に入るつもりだったんだけど、律……友達に無理矢理、廃部寸前の軽音部に
入れられちゃって」
あはは、それは災難だったわね。でも私も、部活入った経緯、似たような感じだったわよ。
友達の伝手で、半強制的に引っ張られちゃってね。
「ええと、柊さんは高校時代、何部だったの?」
……さて、何と答えるべきか。SOS団という集団を、第三者に分かるように説明するのはなかなか難しい。
とりあえず、宇宙人がどうたらたの、異世界人がなんやらという話は省いて説明したけど、なんか……
ただのお遊びサークルみたいな印象を持たれたかな?
「なんか高校の部活というより、大学のサークルに近いですよね。ふふ、楽しそう。
絶海の孤島に行ったり、雪山に行ったり、文化祭で映画を作ったり、文芸誌を出したり……」
良かった、なんとか変な先入観を持たれなくて済んだみたい。
「でも、男の子が2人で、女の子が7人って凄いですね……その……やっぱりそういう所だと……」
ん? 何か聞きたいことがあるなら、遠慮なく聞いて。
「その、れ、恋愛とか……カップルとか出来たりして、人間関係、大変じゃないですか?」
大変……だったかもしれないわね。楽しかったけど。
私の好きだった人は、結局……私の友達とくっついちゃったしね。
……このことを懐かしんで話せるようになるのには、まだちょっと、時間がかかるみたい。
「ごめん……余計なこと、聞いたね。私……女子高出身で、男の人も苦手で……そういうのって
なかったから……」
気にしない気にしない。もう、過ぎたことだしね。
大学生活はこれからじゃない。頑張って、私らもいい相手、見つけようね!
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「朝比奈せんぱーい」
……うふふ、お久しぶりです、つかさちゃん。
「陵桜から今年、ここ受けたのって私だけみたいで不安だったんですけど、朝比奈先輩がいてくれて
助かりました。あと、えっと……いろいろと大学のこと、教えてもらったり、相談に乗ってもらって
ありがとうございました」
どういたしまして。つかさちゃんは食品科だっけ。私、児童科だから、食品科の専門科目のことなんかは
あまり相談には乗れないけど、教養科目や共通科目のことなら分かるから、遠慮なく聞いてね。
「はい、あの……さっそくなんですけど……」
鞄からシラバスや履修登録票を、あたふたしながら取り出そうとするつかさちゃん。やっぱりこの子、
端から見ていると放っておけませんよね。
なんだかんだ言って世話好きな彼とは、相性は良かったと思うんだけどなあ。
まあ……もしかすると、妹ちゃんと重なってしまって、その気になれなかったのかもしれませんけど。
「つかさちゃん……もう、大丈夫?」
余計なこととは知りつつも、どうしてもやっぱり気になるのがキョン君との件。
ダメだと思いつつ、つかさちゃんを見ていると、思わず口に出てしまいました。
「大丈夫です」
思いの他、気丈につかさちゃんは答えました。
「卒業旅行から帰った後、ちょっと落ち込んで夜、泣いちゃったりしましたけど……でも……」
「でも?」
「キョン君の告白を聞いたゆきちゃんが……とても嬉しそうな顔をして笑ってたから……これで
良かったんだって……そう考えたら、悲しいのがどっかに飛んでいっちゃいました」
つかさちゃんは本当にいい子ですよね。
キョン君、こんないい子を袖にして、後で後悔してもお姉さんは知りませんよ。
長門さんの話によれば、涼宮さんの様子も至って平穏みたいです。
いろいろありましたけど、結局、これで良かったと思います。
今だから言ってしまいますが、涼宮さんとキョン君が結ばれることは、規定事項ではありません。
涼宮さんは、私たちのいる未来と、現在のこことを繋ぐ、とある技術の発明者として歴史上にその名を
残すことになる人ですが、その技術の発見、確立と、涼宮さんがキョン君と一緒になることには何の
因果関係もありません。
ただ、キョン君とのことが後を引く形で、涼宮さんの人生に深く関わると、未来の先行きが怪しくなる
危険性があります。私の任務は、そのような事態を予見し、古泉君や長門さんたちと協力して、可能な
限り、その回避を図ることでした。
涼宮さんとキョン君を、結びつけるのが目的ではありませんでした。
私たちの目的は、これでおそらく果たせたと思います。
そして涼宮さんの力は、おそらく近いうちに消失します。
そうすれば私たちも、お役御免となるでしょう。
キョン君と一緒にならなかった涼宮さんは、この後、どんな人生を歩むのでしょうか。
結婚にも家庭にも目をくれず、研究者としての人生を全うすることになるのでしょうか。
ふふ、詳しいことは<禁則事項>です。
ただ一言……古泉君。
長門さんの言うように頑張ってみる価値は、あるかもしれませんよ、分かりませんけど。
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人生は何が起こるかわからないね、本当に。
でもまあ、こうなってしまったものは仕方がない。前向きに受け入れることにしなくてはね。
心乱されまいと懸命に勉学に励んだつもりだったけど、私の心は、私が思っている以上に弱かったらしい。
東大を第一志望としていた私は、センター試験で思ったほど点が取れず、当初の目標を大幅に修正せざる
を得なかった。
「あのスケコマシの彼のせいなのですね! 私が呪い殺してやるです!」
橘さんはひどく殺気立っていたけど、これは私の精神力の至らなさが問題であって、そんなことをして
貰うには及ばないよ。
ただ、志望校を変更するにしても、今からでは二次試験の対策が十分に取れない。
しばらく考えた末、私は二次試験に小論文を課している西日本の某国立大学を受験し、どうにかそこに
合格した。
当初の目的からはかなり下がってしまったけど、ここも国立大学では名門に数えられる1つだ。
それに、今の私は、首都圏の大学に通う気にはなれなかったし、過干渉な両親の下からも離れたかった。
両親の説得は大変だったが、いつもらしからぬ娘の強情さに手を焼き、結局は首を縦に振ってくれた。
……知己も無く、何のしがらみもないところで、私は大学生活を送ることに決めたのだ。
そのはずだったのだけど、ね。
「佐々木さん、私は来年、佐々木さんと同じ大学を受験します! 待っていてくださいね!」
どうしてなかなか、縁やしがらみというのは、なかなか切れないものなのだね。
キョン、キミの決め台詞を貸してもらうよ。
やれやれ、だ。
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「待ったか、みゆき」
「いえ、私も着いたのは、10分くらい前ですから、気にしないで下さい」
みゆきと俺の通っている大学は近く、最寄り駅は僅か一駅違いだ。時間を合わせれば、割と簡単に
会うことが出来る。
平日昼間のデートなんて、まさに大学生の特権だ。
ただ、みゆきは医学部だ。1年のうちは教養科目が多いからいいものの、学年がすすめばびっしりと
専門科目や実習科目が入って、こうした平日のデートも難しくなるだろう。
だからこうして、時間があるうちにきっちりと楽しんでおくのさ。
「あのですね、キョン君……」
どうした、みゆき。
「実は来週の週末、父が久々に海外出張から戻ってくるんです。それでですね……その、父が是非一度、
キョン君に会ってご挨拶がしたい、ということなので、来週の土曜か日曜、家の方に来ていただけない
でしょうか?」
それはつまり、いわゆる一つの、彼女のお父さんにご対面……というやつか。
「ウチのみゆきに手を出したのは貴様か!」
なんて言われて、一発殴られたりしてな。
「大丈夫です。父はそんな事したりしません。母がとてもキョン君を褒めるので、キョン君に悪い
印象はもっていないと思います」
……期待して会ってみたらこの程度の男で、落胆させるなんて事にならなきゃいいがな。
ま、彼女を持てば誰しも一度は通る道か。みゆきの言葉を信じて、ご拝謁を賜ることに致しましょうか。
それはそうと、さ、この後どこに行こうか、みゆき。
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さて。
キョンとみゆきがデートを楽しんでいるとき、東京田園調布の高良家では、一家の女主であるゆかりが、
一家の主である夫と、国際電話でこのようなことを話していた。
「うふふ、みゆきがそうと決めた以上、なるべく早く手を打っておく必要があるでしょう。
先方はご長男なわけですし、早めに話を通しておく方が良いに決まってます。
しっかり彼から言質を取ってくださいね、あなたが……みゆきの幸せのためです。
よろしくお願いしますね」
キョンとみゆきの未来は如何に。
完
最終更新:2010年04月25日 22:19