「またファミレスに」

泉どなた◆Hc5WLMHH4E氏の作品

「はぁ」

たとえば一人暮らしをする家に帰ってきた時。
たとえばお風呂から上がって、頭にタオルを巻いた状態で部屋に戻った時。
テレビを消して部屋がシーンと静まり返った時や、そろそろ寝ようとベッドに入った時。
それが僅かな時間であったとしても、たった一人きりになった時、決まって私は、
着信もメール受信も無く、マナーモードにする必要も、着信メロディや着うたを登録する必要も無く、
もっと言えば月々契約金を払ってまで所有する必要の無い携帯電話の画面を見ては、深い溜息を付く。
見たところで誰からも連絡が無いことくらい分かりきっているのに、
衣服と擦れてか、携帯が振動したような気がした時には急いで取り出して、
いつもと変わらぬ待ち受け画面が映し出されると、そっと閉じてポケットへ戻す。
そんな風に何度も何度も期待を裏切られ、とうとう私は携帯電話を携帯しなくなった。
それでも一週間くらいは、もしかしたら日中に連絡が入っていたかもしれないと、
帰宅すると急いで靴を脱いで、早々とテーブルの上に置いた携帯をチェックしていた。
だけど、それも無駄なんだということに気付かされて以来、私にとって携帯電話を開くことは、
自分がいかに孤独で、価値の無い人間なのかを痛感するだけの行為に過ぎなかった。
その液晶画面は、柊かがみという人間の真実の姿、暗い影の部分を映し出す鏡でしかなかった。

気付いた時には自分の姉妹とも疎遠になり、どんな顔をしていたのかすら忘れてしまった。
それだけじゃなく、こなたも、ハルヒも、みゆきも、朝比奈さんも、みんな忘れてしまった。
あんなに楽しかった日常がこんなに簡単に消えてしまうなんて信じられなかったし、なにより信じたくなかった。
どうしても現実を受け入れることが出来なかった。


こんな状況にもう慣れてしまったとはいえ、5.1億平方キロメートルという広い世界に
自分の居場所が何処にも無いような気がして、出来ることならこの世から音も無く消えてしまいたいと、
暗い部屋の片隅で一人身を縮めては、耳を塞ぎ目を瞑り、外界と自分とを遮断することもある。
そしていつの間にか眠ってしまった私は、必ず同じ夢……楽しかった高校時代の夢を見る。
夢の中の私はずっと笑顔で、息をする暇も無いほど友達と楽しく会話をしていて、
家に帰ってベッドに入って、こんな日が永遠に続きますように……そう願いながら目を瞑ったところで、夢から覚める。
それがいつも真夜中のことで、夢の中と違って現実があまりに暗すぎて、同じようにベッドに入ると、
込み上げる感情を抑えきれず、枕に顔を押し付けて、ベッドのシーツを掴んで大声で泣き叫んでしまう。
だから私の枕はいつも涙で濡れてヒンヤリと冷たく、シーツは両端が皺くちゃになっていた。

このころの私はもう限界に近づいていたんだと思う。
大学のこと、アルバイトのこと、将来のこと、他人のこと、自分のこと。
その全てがどうだっていい、どうなろうと知ったことではなかった。
巨大隕石でも、天変地異でも、核戦争でも、マヤの予言でも何でもいい、
宇宙人でも、未来人でも、異世界人でも、超能力者でも誰でもいいから、
私にとって何の価値もないこの世界を滅亡へと導いて欲しかった。
そうすれば過去に縋る必要も、未来に絶望する必要も無いのだから。

私の心は荒みきっていて、大学に進学し、みんなと離れてしまってから、
心の底から笑ったことなんてただの一度も無かった。
笑ってもぎこちないだけの“カタコトな笑顔”になってしまうだけだった。 

そんな諦めを通り越してどうでもよくなった私の人生に、ようやく変化の兆しが見えてきた。
一生抜けることは無いと思っていた暗く長いトンネルの先に光が見え、
燃え盛る太陽の下、荒れ果てた大地にオアシスの蜃気楼が出現した。


それはいつものように泣き寝入りから覚め、目が充血し瞼が赤く腫れた朝のこと。

テレビによると、今日はお洗濯日和な天気で、私の運勢は最下位らしい。
簡単な朝食と簡単な身支度を終え、外へ飛び出す。
予報どおり太陽の光りが燦燦と降り注ぎ、電線にとまった二羽のスズメが会話していた。
今日は大学もバイトも休みで、必ずしなければならないことなどは何も無い。
だけど家に一人で居ると嫌なことばかりを考えて、悲しくなってしまうから、
最近はこうして、何も用事が無くても無理やり外出するよう心がけている。
大抵は電車に乗って、大きな本屋にまで足を運んで本を読み耽るくらいだけど、
それでも空想世界に没頭する間だけは、ほんの少しだけ気が紛れる。
もちろん本を閉じれば楽しいことなど何一つ無い現実世界へ引き戻され、
全く正反対な二つの世界を行き来する反動から、余計に辛く感じることもある。
それでも一切の外出を控えて殻に閉じ篭ってしまうよりは良いと思うし、
何より“自己保存本能に反する行為”が頭を過ぎることが無かった。
既にこの世に未練は無いけど、その選択肢だけは避けなければならない気がした。
だから今日もこうして駅までやって来ては、そこから本屋までの道のりを俯き気味に歩いている。

「キャッ! ごめんなさい!」

斜め下を向いたまま歩いていると、当然誰かに接触する可能性が高くなる。
私は前方から歩いてきた小太りのおばさんにぶつかってしまった。
挙句の果てに肩から外れた鞄の中から、昨日出し忘れたレポートや、財布、
マスクと化粧品を入れたポーチなどが飛び出し、半径1m以内に散らばった。
おばさんはブツブツと小声で文句を言いながら、こちらにジト目を向けて去っていき、
両膝を付いて落ちた物を拾う私を、道行く人が迷惑そうに避けていく。

駅の周辺は人でごった返していて、誰もが忙しそうな顔をして早足で歩いている。
自分の不注意で物を落とした人の為に、わざわざ足を止めて親切心を働かせるほど
善の塊だというような人や、暇を持て余した人などは何処にも居なかった。
そんなのは当然だと思っていた私は、目の前にハンカチが差し出されても、
それが私の物で、誰かが拾ってくれたんだということに気付くまでに随分と時間が掛かってしまい、
ボケッとした表情のまま、ジッとその手を見つめていた。

「ありがとうござ……あっ!」

無言で差し出されたハンカチから手、そして手から腕へと目線を上げ、
その顔を確認した私は、相手が無言だった理由が分かり、ハンカチを受け取りながら、
小柄なポーカーフェイスの女の子へ改めてお礼の言葉を述べた。

「ありがとう、長門さん」

私のハンカチを拾ってくれたのは、高校の時の同級生、長門有希さんだった。
だけど私はこの期に及んで、まさかこんなところで出会うはずが無いと、
本人を目の前にしても、もしかしたら人違いじゃないかとさえ思ってしまった。
ようやく実感がわいてきたのは、何も言わずに立ち去ろうとする彼女を何とか引きとめ、
半ば強引に連れて行った近くのファミレスで、テーブル席に向かい合わせに座った頃だった。

そのファミレスは休日だというのに客の入りがイマイチで、空いた席がわりと沢山あった。
店員の数もそう多くはなく、外に比べて時間が遅く流れているような感覚がした。
私達が座ったのは禁煙席で、入り口から見て一番奥のテーブル。
とりあえず「コーヒーで良い?」と尋ねるとコクリと頷いてくれたので、ホットコーヒーを二つ頼んだ。
コーヒーが運ばれてくるまでの間と、運ばれてきて、湯気を昇らせるマグカップの中に砂糖とミルクを入れる間、
二人ともただただ無言で、何も知らない人からすれば険悪なムードに見えたかもしれない。
でも長門さんは元からこういう感じで、それを知っているからこそ、別に気まずいとは思わなかった。

「長門さん」

とはいえ流石にこのまま黙っているわけにもいかず、この状況を打破する為、彼女に呼びかけてみた。
久しぶりに会ったわけだし、最初は近況などといった当たり障りの無い話題がいいのかも。

「……ゆき」
「へ?」
「私の名前……有希でいい」

長門さん改め有希はやっぱり無表情で、その透き通った瞳に吸い込まれそうになる。
昔は同じSOS団の一員として殆ど毎日顔を合わせていたけど、
多分こうして二人きりになるのは初めてのことだった。
苗字で呼んでいたことからも分かるように、少し距離のあった私達二人が、
今この瞬間に、ぐっと近づくことが出来たような気がする。
私が勝手にそう思い込んでいるだけで、一方的な考えなのかもしれないけれど。

「有希は今何してるの?」
「……何も」
「大学は?」

有希は無言で首を横に振ると、両手で持ったコーヒーカップを傾け、喉を動かした。
私も有希の真似をするかのように、コーヒーを一口飲む。
お互いがカップをテーブルに置いた後、有希は小さな声で語りだした。

「私は生み出されてから今まで、一部メガネの再構成の制限を除いて、
 ステータスの変更は一切行っていない。 時間の経過はあっても、
 私は貴方と今日再会するまでの間、何も変わっていない。
 だから貴方に言うことは何も無い。 それより、貴方について聞かせて欲しい」
「え、私?」

表情をまったく変えることなく、淡々とした口調で述べた後、
驚いてそう尋ねる私を前に、有希の首が今度は縦に振られた。
私のことを聞いたところで面白いことなんて何も無いのに……それでもいいのかな?
そう思った私の心の声が聞こえたのか、有希はもう一度頷いてみせた。

「えっと……私は今大学に行ってて、それで、その……」

こういう風に自分のことを他人に話す機会が極端に少なくなったのが原因なのか、
私は言いたいことを上手く言葉にすることが出来なかった。
また大学のこと以外で、特に話せるような内容が少ないということに気付かされた。
そんな私の面白くも何ともない話を、有希はただ黙って聞いてくれる。
元々おとなしい性格だからなのかもしれないけど、私はそれが嬉しかった。
それなのに、私の近況はというとネガティブの塊でしかなく、
話をする内に気持ちが落ち込んでしまい、声も小さくなってしまった。

「最近は、携帯に誰からの着信も無いから、携帯してないのよ。
 オカシイわよね、何の為の携帯電話なんだか……あはは……はは」

文句一つ言わない有希につい甘えてしまって、気が付けば愚痴ばかりが飛び出していた。
自虐的な笑いを通り越して、ただ空しく憐れなだけでしかないのは分かっていたけど、
私に残されているのは自分の不幸を笑うことだけだった。 もう笑わずにはいられなかった。
何もかもを笑い飛ばして、すっかり忘れてしまいたかった。

そんな私の乾ききった惨めな笑い声は、有希によって遮られることになる。

「……え?」

人形のように白い手が私の頭上までやってきて、そのまま頭に乗せられた。
キョトンとした顔で有希を見返していると、同じく人形のように変化の無い表情のまま、有希は私の頭を撫でてくれた。
言葉は無けれど、私のことを慰めてくれているようで、その手はとても暖かかった。
私の心に何か袋のようなものがあって、その中に辛いこととか悲しいこととか、
嫌なことを詰め込んでいたとしたら、有希の温もりを感じたこの瞬間に、それら全てが放たれた。

「有希……うぅ…有希ぃ……」

私は迷子になった子供のように、泣き喚くことしか出来なかった。
ここが公の場であり、いくら客が少ないとはいえ、周りから変な目で見られることに構っている余裕なんて無い。
これまで心の奥に押さえ込んできた感情が一気に放出され、涙が止め処なく流れた。
その間も有希はずっと私の頭を撫でてくれて、何度も何度も『ありがとう』と言おうとしたのに、
防ぎようの無い嗚咽としゃっくりの所為で言葉にならなかった。


一生分だと言えるほど涙を流し、ようやく落ち着きを取り戻すことが出来た頃には、
舌を火傷するくらい熱かったコーヒーはすっかり冷えきって、ここへ来た時よりも空席の数が増えていた。

「ありがとう……もう平気」

私がそう言うまで、有希は何も言わずにずっと頭を撫で続けてくれた。
泣き疲れはしたけど、私の心は雨上がりの空のようにハレ晴レとしている。
こんなにスッキリとした清涼感に満たされたのはしばらくぶりで、もう一生味わえないと思っていた。
ましてやそれを与えてくれたのが有希だなんて、まったく予想していなかった。

「あっそうだ、時間大丈夫?」

壁に掛かった時計を見てみると、分針が一周半くらい回っていた。
私が勝手に連れてきて、勝手に愚痴りだして、勝手に泣きじゃくって……。
有希にしてみればこれほど迷惑な話はない。

「ゴメンね、久しぶりに会えたってのに……」
「気にする必要は無い」
「そっか、ありがとう……さ、もう出よっか?」

「またお越しください」という店員の声と、自動ドアに取り付けられた、
客の出入りを知らせる鈴の音色を聞きながら、有希と共にファミレスを出る。
2、3歩進んだあたりで有希は急に立ち止まり、片手に持った分厚い本を開いた。
そして挟んであった栞を取り出すと、そこにスラスラと何かを書きはじめた。
どこまで読んでいたのか分からなくなってしまうのに……良かったのかな?

「ど、どうしたの?」

一体何を書いているのか気になって覗き込もうとすると、ちょうど書き終えた有希に栞を渡された。
そこに記されてあったのは、有希のものだと思わしきメールアドレスだった。

「これ、有希の?」
「……そう」
「わかった、帰ってからメールするわね」

私がそう言うや否や、有希は小さく頷いて、またトテトテと歩き出した。
ただ方向が私とは反対で、家に帰るのかまだ行くところがあるのか、とにかく私とはお別れみたい。
何となく名残惜しかったけど、これ以上私に付き合せるのも悪いし、
この栞のおかげでいつでも連絡できるようになったんだから、今生の別れではない。
今日は色々詰まった一日だったし、私も家に帰ってゆっくり過ごそう。

「今日はありがとう!」

少し小さくなった背中に向かって言葉を掛けるも、特に何のリアクションも無かった。
でもきっと有希の耳には届いているはずだし、気持ちも伝わってくれたはず。
しばらく後姿を見つめていると、ちょうど信号待ちに差し掛かったところで、
有希は一度だけこちらを振り返り、私の姿を確認したのか、すぐにまた背中を向けた。
さっきまであんなに泣いていたものだから、私のことを心配してくれたのかな?
そんな有希の心遣いに、私は今すぐにでも彼女の元に駆け寄って、抱き付きたい衝動に駆られた。
信号が青になって歩き始めたからそうしなかったけど、未だに信号が変わっていなかったなら、実行に移していたかもしれない。

有希はあまり感情を表に出すような性格ではなく、むしろまったく出さないと言ってもいい。
でもその突起の少ない彼女の心を読み取ることが出来るようになれば、彼女の魅力にすぐにでも気付くことが出来る。
とは言っても、他人の心の中を透視するなんてテレパシー染みたことが出来るわけが無い。
だから有希を見て「ロボットのように感情の無い奴だ」と、人は言うかもしれない。
正直高校生の頃は、私も有希に対してそれに近い印象を持っていた。
話しかけても「……そう」なんて一言で終わってしまうし、本から目を離すこともない。
まさに打てど響かぬといった様子で、ただ部室の隅のパイプ椅子に座って本を読んでいる姿を見て、
私だって「あまり他人に興味が無い人なのかな?」なんて勝手に思っていた。

だけど今の私には、その無機質な表情の裏側にある彼女の優しさがよく見える。
他人に興味を持っていなかったなら、私を慰めてくれるわけがない。
でも有希は間違いなく私を慰めるために頭を撫でてくれた。
それが自惚れでは無いと断言できるほど有希の手は暖かかく、感情を持たぬ金属の塊などではなかった。
こうして今日有希に再会することが出来たこと、また有希への誤解を解くことが出来たこと、
それは私にとってすごく喜ばしいことで、本当に……本当に良かったと思う。


少しずつではあるけれど、あれから私の生活が変わっていった。

たとえば一人暮らしをする家に帰ってきた時。
たとえばお風呂から上がって、頭にタオルを巻いた状態で部屋に戻った時。
テレビを消して部屋がシーンと静まり返った時や、そろそろ寝ようとベッドに入った時。
どんな時であろうと、携帯を肌身離さず持つようになった。
それは外出時であっても同じことで、やっと私の携帯も携帯電話らしくなってきた。
でもたまに今までの感覚で、テーブルの上に置いたまま出掛けてしまい、
家に帰り着いて急いで確認するなんてことも多々ある。
そんな時、案外連絡は来ていないもので、いつもの待ち受け画面しか表示されない。
でも、だからといって今までのように落ち込んでしまうことも無くなった。
あまり神経質にならずに、ありのままの自分を受け入れることが出来るようになった。

『またファミレスに』

そのきっかけをくれた一通のEメール。
彼女が私に送ってくれた一番最初のメールは今も保護扱いにしてある。
たった一行で、絵文字や顔文字も一切使用していない簡素な文章だけど、
落ち込んだときや辛いことがあったときに見返したりと、私にとってそれは既にお守りの域にまで達している。
この言葉のおかげで、私と一緒にファミレスに行きたいと言ってくれる人が居るんだって、
こんな私でも必要としてくれる人が居るんだって、そう思えるようになった。

彼女のメールにあったように、その後私達は「注文の少ない料理店」で待ち合わせをするようになり、
いつしかそれが二人の間での恒例行事となっていた。
もちろんお店の正式名称は「注文の……」ではなく、いつも休日だというのに客が少なく、
空席が目立つことから私が勝手にそう呼んでいるだけで、実際はただのファミレス。

いつも私が先に待ち合わせ時刻の約五分前に到着して、しばらく待っていると、
電波受信式の腕時計の時間ピッタリになって、有希が私の前に現れる。

「23秒のロス」
「いいわよ、そのくらい」

私達が座るテーブルは、あの日と同じ禁煙席の一番奥。
苦い思い出と素敵な思い出の二つを味わうことが出来る特別な席。
注文するのはもちろんホットコーヒーで、居酒屋でお酒を酌み交わすサラリーマンのように、
二人の話を肴にして、ミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲む。
とは言うものの、有希は自分から話をするような子ではなく、
ほとんど私が一方的に話して、有希は専ら聞き役に徹するのがいつものパターンだった。

「かがみ」
「え、なに?」

だけどその日は珍しく有希から話しかけてきた。
多分ここに来るようになって……いや、出会ってから今までのことを考えても、
有希が話しかけてきたことを起点として会話するのは、多分初めてだと思う。

「貴方にとって良い知らせがある」
「良い知らせ? 今朝の運勢はあまり良い内容じゃなかったけど」
「……泉こなた」
「え?」

有希の口から発せられたのは、私にとって特別な存在だった人の名で、とても懐かしい響きだった。
でも疎遠になってから一度も連絡が無かったし、私も何だか怖くて連絡出来なかった。
このままじゃいけないと、思い切ってメールした頃にはもう遅く、
アドレスを変えてしまったのか、Mailer Daemonから返信が来る始末。

「彼女が貴方とのコンタクトを要請している」
「ホ、ホント!?」

あまりの驚きに、思わず身を乗り出し、声が裏返ってしまった。
それほど有希の口からこなたの名前が出てくるとは思っていなかったし、
まさかそのこなたが私と連絡を取りたがっているなんて、
ずっと待ち望んでいたことが現実になるなんて、にわかに信じられなかった。

「……許可を」
「もちろん、良いに決まってるじゃない!」
「伝えておく」

次回ここへ来るときには、こなたが増えていることを願おう。
今度は二人の前で泣くことになるかもしれないけど、その時は頭を撫でてもらおうかしら。
それともこなたは、子供のように泣きじゃくる私を見て笑ってしまうのかな?

今でも鮮明に蘇ってくるSOS団の思い出。
部室に入ればメイド服姿の朝比奈さんが微笑みかけてくれて、
古泉君とキョン君が真剣な眼差しで、見たことも無いボードゲームを挟んで座る。
そんな静かすぎる部室で、ハルヒは頬杖を付いて、退屈そうにパソコンの画面を見つめる。

何かネタを仕入れてきた時には、目を輝かせて一人盛り上がるハルヒと、
やれやれと気だるそうに溜息を付きながら肩を落とすキョン君が対照的で、
また、誰から見ても分かるほどキョン君のことを特別視しているのに、
どうしても素直になれなくてヤキモキしているハルヒを見るのが楽しかった。

休みの日になれば、駅前で待ち合わせて不思議探索を行う。
いつもキョン君が一番最後にやってきては、罰として朝食を奢らされ、
食べ終えた後のクジ引きでは、キョン君とペアになれなかったハルヒが、
あからさまに不機嫌そうな顔を浮かべたことに他の誰もが気が付いていたというのに、
キョン君だけは気付いていないようで、財布の中身ばかりを気にしていたっけ。

今思い返せば楽しかったことばかりで、喧嘩したことだってあったはずなのに、
何があったって、最後に残るのはやっぱりみんなの笑顔だった。
月日が経ち、みんな離れ離れになって、もう遠い思い出になってしまったけど、
いつの日にかまた、私と有希が再会できたように、SOS団が揃うと信じている。
その時にはまたみんなで集まって、クジを引いて、不思議探索に出かけよう。

トンネルの先にある光が強くなり、蜃気楼ではない本物のオアシスが見えた気がした。


また……またファミレスに

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最終更新:2010年07月25日 01:22
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