空には入道雲が浮かんでいる

泉どなた ◆Hc5WLMHH4E氏の作品です。

青いキャンバスの上には、白くて巨大な入道雲が描かれていた。
真下に聳える山々に落ちた雲影は、その大きさをより鮮明にみせている。

さすがは入道と冠されているだけあって、とても重量感があり、
あれがただの水滴の塊なのだとは到底思えないほどである。
その存在感は、まさに神々しいという表現がピタリと当てはまり、
下界に棲む愚かでちっぽけな人間達の慌しさなどは気にも留めず、
少しずつ少しずつ形を変化させながら、その巨体を風に任せている。

「わたあめとか生クリームみたいで美味しそうだね」

片や神々しさで片や美味しさと、性格の違いによるものが大きいのだろうが、
二人の間でこうも感じるイメージが違うとは、非常に驚くと同時に、
自分の夢の無さというか、ひどく現実的なところに多少の劣等感を抱いてしまう。

「そういえば、つかさは料理が得意だったな」
「好きなんだけど、得意かどうかはちょっと……」

つかさは自信なさげに首を傾げながら、照れ笑いを浮かべている。
雲がお菓子に見えるという感性にピッタリの、実につかさらしい反応だ。
ハルヒやこなたといった、常に音量MAXの騒がしい奴等と接していると、
つかさのようにおっとりとした、今の空模様に似た性格の人間と話をすると、
高級ホテルのフカフカのベッドに寝転がったかのような深い安らぎを感じる。

「お嫁さんにするのなら、つかさみたいな人がいいだろうな」
「え!? そ、そうかなぁ」
「料理も出来て、性格も素直だし」
「なんか照れちゃうね……えへへ」

顔をほんのりと赤く染めたつかさは、恥ずかしげに頭を摩っては微笑んでいる。
その後、数秒間の沈黙が続き、やがて雲が太陽を覆い隠して辺りが薄暗くなった。

「私も……あっ」

つかさが何かを言いかけたが、再び顔を覗かせた太陽の光に遮られてしまった。
小さく息を吐き、少し残念そうに下を向いて、つかさはそれ以上何も言わなかった。
二人しか居ない文芸部室には、小鳥のさえずりと風の音だけが聞こえている。
のんびりとした景色に、いつもより時間の進み方が遅いような気がした。

「キョン君」
「ん?」

俺が聞き返すと、つかさは暫く俺の顔を見つめ返した後、
目を細めて薄く微笑み、首を小さく左右に振った。

「うぅん、なんでもない」
「……そうか」

実を言うと、つかさと二人きりで長い時間を過ごすというのは初めてのことで、
それまでは三人以上で雑談をしている際に、殆ど間接的に言葉を交わす程度だった。
そんなつかさと同じ時間を過ごしてみて、彼女の新たな一面を垣間見た気がした。
彼女に対し、今までふわふわとしたイメージを持っていた俺なのだが、
窓の外を眺めるその瞳は空と同じくらい透き通っていて、彼女の心は今何を思っているのか、
その眼差しは真剣そのものといった様相で、俺の心を掴んで離さなかった。

今となっては知りようがないし、むやみに聞き出さないほうが良いのかもしれないが、
もし入道雲に邪魔されていなければ、彼女は俺に何を伝えていたのだろう。
聞かなくて良かったのか悪かったのか、それは俺にも、多分つかさにも分からない。

空には入道雲が浮かんでいる。



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最終更新:2011年01月23日 18:49
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