泉どなた
◆Hc5WLMHH4E氏の作品です。
スッキリとした青空には、綿を毟り取ったような雲が流れていた。
その雲の隙間を縫うようにして、灰色の月が半分だけ顔を出している。
日本では、月の上にはウサギが住んでいるとされているようだが、
今この部室においても、一羽のウサギが俺の目の前に座っている。
「誰が寂しがり屋だ!」
「何も言って無いだろ」
俺からウサギだと言われただけで、寂しがり屋だということまでを連想して、
すぐに鋭いツッコミを入れてくるとは、流石いつもこなたの相手をしているかがみだけの事はある。
しかし、それでは自分が寂しがり屋だと認めているようなものではないだろうか。
「こなたが言うには、同じクラスになれなくて寂しそうだったらしいな」
「そ、それは…そうだけど……」
口を尖らせたかがみは、やはり寂しげに俯いてしまった。
何だか嫌なことを思い出させてしまったようで、可哀想に思えてきた。
「まぁいいじゃないか、違うクラスでもこうしてSOS団として一緒に居られるんだから」
「別にもう気にしてないから平気だって」
そう言った割には、かがみは押し黙ってしまい、月を見上げて頬杖を付いた。
物思いに耽るかがみを前にして、俺はますます申し訳ない気持ちになってしまった。
何か話しかけようとするも話題が見つからずにいると、かがみがボンヤリと呟いた。
「あそこに居るウサギも寂しいのかな」
「え?」
「短すぎるよね、三年間ってさ」
俺の頭の中には、かがみに返してあげられる言葉はどこにも見当たらなかった。
寂しげに月を眺めるかがみの横顔を見つめることしか、俺に出来ることは何も無い。
かがみはやがて小さく溜息を付いた後、勤めて明るく振舞うように微笑んだ。
「もう、キョン君の所為で何だか変な感じになっちゃったじゃない」
その瞳が少し潤んでいるように見えたが、気のせいなのだろうか。
かがみの笑顔の中に、どこかセンチメンタルな感情が見え隠れしているようにも思える。
それが尚更かがみの心情を表していて、俺は無意識に拳を握りしめていた。
「上手く言えないが、高校生活が終わっただけで俺達の絆が無くなるわけないじゃないか。
俺達だって地球と月に負けないくらい強い引力で繋がってるんだからな」
「……随分と似合わない台詞を言うじゃない」
かがみは口に手を当て、小馬鹿にするようにクスクスと笑った。
それはいつも目にするかがみの笑顔で、その身体の動きに合わせて、
彼女のトレードマークであるツインテールがヒラヒラと揺れ動いていた。
ようやく普段どおりのかがみに戻ってくれたようだ。
「何だか喉渇いちゃった。 ねぇ、ジュース買いに行かない?」
スックと立ち上がり、小走りでドアへと向かったかがみを追う。
ドアノブに手を掛けたかがみは急に動きを止め、俺は危うくぶつかりそうになった。
「どうした?」
「……ありがと」
振り返ったかがみの顔は、やはりいつもどおりの可愛い笑顔だった。
ただ、涙は確認できなかったが、その瞳はウサギのように赤くなっていた。
空には月が浮かんでいる。