空には何も浮かんでいない

泉どなた ◆Hc5WLMHH4E氏の作品です。

窓の外に目を向けると、白い雲も、羽ばたく鳥も、遥か彼方を飛ぶ飛行機も存在していなかった。
今日一日の仕事を終えて沈みかける太陽が、空一面をオレンジ色に染め上げていた。
世界の終わりはこんな空をしているのかもしれないと、妙に真剣に考えてしまう。

「……高良」
「はい?」

一人読書をしていた高良に向かってそっと呼びかけると、
読んでいた文庫本に栞を挟み、俺を見上げて微笑んでくれた。
正直なところ特に用事は無く、読みながら対応してくれて構わないのだが、
考えてみれば、それこそが高良の優しさ、人の良さを表しているのだ。
それも相まって、読書の邪魔をしてしまった自分が酷く無神経な奴に思えた。

「あぁ悪い、邪魔しちまったな」
「あ、いえ……私の方こそ、すみません」

何も悪い事をしていないというのに顔を曇らせて謝る高良。
これがもしハルヒだったら「邪魔スンナ!」と一喝されているところだな。
同じ人間でこうも違うとは、やはり育ちの差が一番大きいのだろう。

「何を読んでるんだ?」
「星新一という方の本です」

見せてくれたその本は、一見するとチープではあるものの、
極力無駄な表現を省いた、抽象的な絵が表紙の文庫本だった。
しかし難解で、この絵を見てもどのような話が書かれているのか分からない。

「実はショートショートと言って、数ページで収まる短編小説が数点収録されているんです。
この方は代表的なショートショート作家で、生涯で1000以上の作品を残しているんですよ」

本について語る高良は実に嬉しそうで、こちらまで同じ気持ちにさせられる。
いつもグチばかりを呟く俺は、もう少し彼女を見習ったほうがいいのかもしれない。

「一つの話しが短いので、読書が苦手だという方にも……あっ」

本の間から先程挟んだ栞が抜け、高良の右足付近に落ちた。
それを拾おうと、高良が即座に顔を下げたその時、
「ガンッ!」という大きな鈍い音が、部室内に響き渡った。

「だ、大丈夫か!」
「うぅ……は、はい」

机で強く頭を打った高良は、目に涙を浮かべ、何かを訴えかけるような眼差しで俺を見る。
痛みに耐える高良には悪いが、その姿は可愛らしく、ドキリとさせられた。
“父性”本能をくすぐられるというか、守ってあげたくなるというか、
とにかく頭を撫でて「痛いの痛いの飛んでけー」と言いたい欲求をなんとか抑えつつ、
高良の取りこぼした栞を取ってあげようと、机の下に屈みこんだ。
……俺が取ったその行動に、非常に大きな問題が孕んでいる事には気付かずに。

「おわッ!」
「へ? きゃー!」
「ス、スマン……痛ッ!」

本日二度目の衝撃音が響き渡ると同時に、俺の頭頂部に強烈な痛みが襲い掛かった。
高良の下着をバッチリと覗いてしまった罰にしては、それは余りに強過ぎて、
こんなことになるのなら、黙って眠っていればよかったと後悔してしまうほどだ。
頭を抑えつつ、やっとの思いで栞を掴み、机の下から這い出ると、
顔を真っ赤にした高良が、またも申し訳なさそうな顔で俺を見返していた。

空には何も浮かんでいない……が、俺の頭の上では星が回転している。



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最終更新:2011年01月23日 18:53
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