――intermezzo:神社の裏手
「今回の時間振動の原因はなんだったんでしょうか? 未来に問い合わせても『規定事項』としか返ってこなくて……」
「ええ。それと、何故僕たちは――八ヶ月後の記憶を持ったまま過去へと飛んできたのでしょうか? 長門さん、ご説明願えますか?」
「涼宮ハルヒは彼に対して好意と呼べる感情を抱いている」
「ええ、それはわかります」
「しかし、涼宮ハルヒは恋に対して臆病だった。それ故に、常に彼を巡る競争に参加することはなく、彼を得ることができなかった」
「そ、それで常に時間断層ができていたのですか? でも、それならキョン君にそれを伝えればよかったんじゃないでしょうか?」
「朝比奈さんの言う通りです。その方が手間も少なく、安全だったように思いますね」
「それでは意味がない。彼女が臆病なままでは、自分の中の理想と現実の較差に悩み、いずれは同じ道へとたどりつく。とても危険な賭けだったが、私たちは涼宮ハルヒが起こす情報フレアを制御するしかなかった」
「成程。これはどうあっても避けられない事態だったといことですか」
「『規定事項』というのはそういうことだったんですね」
「そう」
「そのようなことなら仕方ありませんが、もう死ぬことは遠慮したいですね。あれはそう、何ともいえない嫌な経験でした……」
「あ……あははは……と、ところで、涼宮さんはなにをしたんですか? 世界を八か月も巻き戻すなんて、私たちの常識の範囲外です」
「そうですね。僕たちがあの時――半年後の未来を持ったまま過去に戻ったというのはどういうわけでしょうか?」
「うまく言語化できない。情報伝達に齟齬が発生する可能性がある」
「だから、そういうのは正確に原理をつたえるのじゃなくて、イメージでいいんじゃないのかしら? 長門さん」
「おや……確か、朝倉さんでしたよね。初めまして……でしょうか。古泉です」
「あ、朝比奈でしゅこんにちは!」
「初めまして。で、長門さん、私から説明してもいい?」
「構わない」
「それじゃあ時間平面のイメージで説明するわね。例えば、高層ビルのフロアをそれぞれ時間平面とするわ。階を登れば未来へ、降りれば過去へ行く。いいかしら?」
「は、はい」
「あなたたちの時間移動方法は……例えるならエレベータね。使用者は自分の好きな階へと移動することができる」
「あー、なるほどです」
「それで、今回涼宮さんがやったことは、時間平面そのものを壊すことね。ビルで言うなら、彼女は床をぶち抜いたのよ」
「ふむ、例えばビルの二十階に居て、そこから床を五枚破ったらその場所は十五階になる。そういうことですか?」
「その通りよ。もちろん、涼宮さんと同じフロアにあったもの全ては一緒に下に落ちることになるわ」
「なるほど。僕たちの記憶が存在していることの理由はだいたいイメージできました」
「そんな……時間平面をに穴をこじ開けるのさえものすごいエネルギーが必要なのに、それを消滅させるなんて滅茶苦茶です! そもそも、過去と未来が混じりあったらどんなことになるか……」
「その処理が大変だったのよねー。世界の整合性を保つためとはいえ、それを改変するのは大変だったわ。一般人が未来の記憶を持つなんて許されないものね。……長門さんにはいい予行演習になってでしょうけれどね?」
「これで未来は開けた。涼宮ハルヒは成長し、スタートラインに立った。この戦いがどのような結末を迎えようとも涼宮ハルヒが絶望することはない。……これでわたしもスタートラインに立てる」
「おやおや」
「え、えええええ!?」
「長門さん、そんなこと考えてたんだ? ……そうね。有機生命体の恋愛感情の概念を学ぶのに丁度いい機会だわ。あたしも立候補しようかしら?」
「――ターミネートモード。パーソナルネーム朝倉涼子を敵性と判定。当該対象の有機連結情報の解除を申――」
「冗談だから! 長門さんストップ! 申請しないでお願い!」
「あなたはあの時、ダミーでなく本物の彼を使った」
「あれは……万一偽物だと涼宮さんに気付かれたら失敗じゃない! そうするしかなかったのよ!」
「あ、あははは……」
「さて、そろそろ涼宮さんが到着するころですね」
「あ、そろそろ着替えて準備しないと」
「それじゃ、あたしは消えるわね」
「……そう」
「あれ、参加していかれないのですか? 朝倉さん」
「あたし、今カナダに居る事になってるのよ。こっちに帰ってくるのは……そうね。年末にしようかしら? 彼を巡る戦いを見物するって言うのも面白そうだしね。長門さん、いいでしょ?」
「……そう」
「それじゃ、あたしはこれで。次に会うときは……そうね。カナダでのお土産でも持ってくるわね」
「……さて、では行きましょうか、朝比奈さん、長門さん」
――fine
バスから降り、神社の石段をかけのぼった。時計を見る。十五分ジャスト。遅刻にはちがいないけれど、何とか間に合ったわ。有希もみくるちゃんもきちんと衣装に着替えているわね。古泉君は……あ、こっちに気付いて手を振ってきた。あたしも振り返す。
――キョンは? あたしは周りを見回した。
「へー、それで? キョン君はどんな役をやるの?」
「ああ、俺は出ない。裏方全般だ」
「残念だねーお姉ちゃん。キョンくんなら主役間違いないって言ってたのにー」
「うるっさいわねつかさ! いらんこと言うんじゃないわよ!」
「えーと、かがみさん? 地が出てますよ?」
「みゆきもうるさい! ……あ」
「ほうほうキョンキョンは裏方かー。編集とかもするのかい?」
「……ああ、どうせ俺にお鉢が回ってくるんだろうな。もう諦めたさ」
「ならあたしが手伝おうか? 編集作業には慣れてるヨ?」
「そりゃ助かる。もしもの時は頼んだ」
へえ……キョンって結構もてるんだ? 昨日までは気付かなかったけれど……なんで今日になってそんなことに気付いたのかしら?
「ちょっとこなた、あんたのそれってアニメの名場面を編集する技術でしょ?」
「そうだけど? まあいーじゃんいーじゃん。芸は身を助くって言うんダーヨ?」
「……このシュールな映像集に名場面があるかどうかすら疑わしいな」
……なんだろう。こんな光景、昨日まででもさんざん見ているのに、なんか落ち着かないわ。今まで余裕だったものが急に焦りにかわったみたい。
「だいじょぶだいじょぶ。お姉さんに任せなさいヨ!」
「ちょっとあんたなにひっついてんのよ!」
「つか泉、お前年上かよ?」
苛々がとまらないわ。何よキョンったら。嫌がってる振りして鼻の下伸ばしてるじゃない。――負けないんだから。
私は息を大きく吸いこんだ。これは戦いの始まりよ。絶対に悔いは残さないんだから!
「この馬鹿キョン! 撮影始めるわよ!!」
―了―
最終更新:2007年07月28日 20:07