肉の玉ラプソディ

さて―昼休みである。
多くの生徒たちにとっては教室や食堂で持参の弁当や学食に舌鼓を打ったり、
友人達との他愛もない団欒に花を咲かせたりする憩いの時間なのだが、どうやら
我がSOS団が誇る傲岸不遜な暴走特急様にとってはそうでも無かったらしく、
昼休みが始まるやいなや何処かにスッ飛んでいっちまった。
何をそんなに急いでいたのか知らんがここ最近の昼休みは弁当を取られたり食う暇も無くSOS団に拉致られたりと、
ハルヒに振り回されっぱなしだった。なので久しぶりに一人静かにのんびりと昼食をとろうと思い、包みを外し
ちょうど弁当箱のフタを開けたとしたその瞬間。

「おーいキョン、一緒に飯食おうぜー」

思わぬ人物から声が掛かった。

「ん?日下部か?柊や峰岸はどうしたんだ?」
「それがさー、聞いてくれよぅ。柊はチビッ子のところに行っちゃってあやのは用事があるとかでどっか行っちゃってさぁ。
付き合い悪いよなー。よっこらしょと。」

成る程。それで一人寂しげにランチタイムを過ごそうとしていた俺に白羽の矢が立ったって訳だ。
こっちとしては一人で食べる気満々だったんだが日下部がそんなことは知るはずもなく、
俺の返事も聞かずにさっさとハルヒの席に座ると、ルンルンという擬音が聞こえてきそうな程
上機嫌で弁当の包みを解き始めた。やれやれ、どうも俺の周りにはいわゆる自分勝手なおニャのこが多いらしいな。
まぁどうしても一人で食べなければならん理由があるわけでも無し。
俺は椅子ごと身体を180度回転させ、ハルヒの机に弁当を置いて丁度良い焼き加減の卵焼きに箸をのばすと、
日下部もさぞ幸せそうな表情でミートボールに箸をのばしていた。そういえばミートボールが大好物だと前に言っていた気がする。
はにかんだ口元から覗く八重歯が何とも言えず愛らしい。

「あ~ん、んぐっ、もぐもぐもぐ。ごくん。えへへ」

このミートボールを美味そうに食べる選手権でブッちぎり優勝できそうな程幸せそうに咀嚼する姿を見れば
肉玉に加工されてしまった動物さん達の魂も浮かばれるってモンだろう。

そんな下らないことを考えながら無邪気に笑う日下部を微笑ましく思いつつ、二つめの卵焼きをじっくりと味わう。
日下部は二個三個と瞬く間に大好物の肉団子を口の中に放り込んでいく。好きな物は最初に全部食べるタイプらしいな。
アッという間に最後のミートボールに箸をのばすと、素早く口元に箸を運んでいったその刹那

「あ~っ…!」

落としおったわ。正に青天の霹靂。ツルッと箸から滑り落ちた肉汁タップリのお宝は机の端を転がると、無情にも地べたに激突し、
瞬く間に肉団子から砂団子にクラスチェンジしてしまった。こんな場所では三秒ルールもへったくれも無い。ご愁傷様。
しかしネガティブな転職もあったもんだな。水で洗っても精々泥団子にトランスフォームするのが関の山だろう。
この世でもっともミートボールを愛する元気娘を前に戦士は突然の戦力外通知を叩きつけられてしまった訳だ。何という悲劇。桑田も真っ青さ。
そんなわけのわからんコトを一瞬で頭に浮かべていると、元肉団子現砂団子が日下部によって床から掬い上げられた。
おや、ちょっとイヤな予感がしますよ…
まさか…

「みゅうぅ~~…大好物のみぃとぼぉるがあぁ…あぅ…また落としちゃったー」

(まさか食うつもりじゃないだろうな…)

またってことは前にも落としたのか。コイツ結構マヌケかもしれん。まぁどうでもいいが。
前に谷口が床に落としたソースカツを何食わぬ顔でそのまま口に放り込んだ時のことを思い出す。
いや、これもどうでもいい。まさかこの俺の眼前におわす少女は使命半ばにして倒れた食品戦士に慈悲の手を差し伸べるつもりか?
流石にそれはマズいって。いやマジで。谷口の大馬鹿野郎が人間の理性に反したケダモノのような行動に走っても俺には全く関係ない。
だが谷口のようなケダモノと違い、俺たち人類には理性という素晴らしいものがあってだな。
しかも日下部はちょっとおバカさんでボーイッシュなところがあるといっても花も恥じらう乙女には違いない。一度地べたに落としたものを
口の中に入れるなんておニャのこがやっちゃいけない事ランキングの上位に食い込むだろう。

(早まるな日下部!お前にはプライドってモンがないのかっ!!)

そんなバカまっしぐらな事を考える俺は急いで日下部に向き直って…不覚にもちょっと…いや、かなりドキッとしてしまった。
目尻に涙を浮かべた日下部が俺に縋るような視線をっ…!コレは効く!いや、効き過ぎる!!このままでは萌え尽きて萌えないゴミになってしまう!
なんとゆうか介護欲をそそられるというか護ってやりたくなるというかイジメたくなるというか何とも形容しがたいのだが
唯一つだけ言えることがあるっ!それは………

「いくら物欲しそうな目をしても俺のミートボールはやらんぞ」
「ぇぇぇぇぇぇぇぇえ!ケチー、良いジャねーかよー!1個か2個か3個か4個くらいー!」
「4個だったら俺のミートボール全部だろうが!食い盛り全開の男の子にとって肉がどれだけ重要か分からんとは言わせないぞ!」
「そんなこと言うなってヴぁ!なぁ、頼むよー!1個、1個で良いからー!キョンー、キョンー、キョンキョンキョンー!」
「連呼してもダメなもんはダメだ!あっこら!勝手に取ろうとするな!」
「たーのーむーよー!」

ぐぅ!何というミートボールに掛ける執念!いや情熱というべきか!だが負けん!今日の俺の弁当にある肉っ気はミートボールのみ。
もしも血に飢えた吸血鬼の如き今の日下部に気を許し、一つでもミートボールを与えれば瞬く間に全てヤツの腹に消えてしまうだろう。
そんなことになれば俺の満たされぬ欲求が暴走し、午後の授業での集中力に支障をきたすことは自明の理!火を見るより明らか!
日下部、お前がどんな手を使ってこようとも俺の決意は…


「キョンのミートボールが欲しいんだよー!」


簡単に砕け散った。げに恐ろしきは思春期男子のエロパワー。今の一言だけで日下部が俺のミートボール(無論自前だ)を
美味しそうに頬張る姿が頭に浮かんでしまったわけだ。やれやれ、何考えてんだろうね俺は。
セットでソーセージもどうだとか言ってる場合じゃないだろ頭の中の俺よ。これじゃ谷口のケダモノ野郎と変わらないじゃないか。
どうやら俺は妄想に捕らわれ本来の闘い方を忘れていたようだ。メビu…じゃなくて俺!冷静さを取り戻せ!
と、またもや訳のわからんことを考えていると…

「たのむよぉ…」

俺が帰ってきた。普段とは正反対のしおらしい日下部を見たらすっかり毒気(エロ気ともいう)を抜かれてしまった。
うーむ…いざ冷静になると日下部で勝手にエロ妄想をしてしまった負い目から真に自分勝手な罪滅ぼしだが本当に俺のミートボールをあげたくなってきた。
エロい意味じゃないぞ。マジで。ただいたいけな少女を自分の脳内で勝手に辱めるような愚物よりも真にミートボールを愛する少女の血肉になったほうが
肉の玉に加工されてしまった動物達も浮かばれる…御託は良いとしてまぁ単純に俺が日下部にミートボールをあげたくなっただけだ

「わかった。わかったからそんな顔すんなって。可愛い顔が台無しだぞ(これはこれでそそるモノがあるが)ほれ、ミートボールやるから」
「ふぇっ?……う、うん。有難う」
「ん?何か微妙な反応だな。嬉しくないのか?」
「そっそんことねーって!うん!ありがたくいただくぞ!」

何か様子が変だったような気がしたが、そんなことは無かったぜ!さぁこいヤマ…何故だか知らんが今日の俺のテンションは異常だな…自重しろ俺。
気を取り直して野菜炒めを頬張りつつ、嬉しそうにミートボールを口の中に放り込む日下部を見る。しっかしホントに嬉しそうに食べるもんだ…
あげがいがあったってもんだな。心なしかさっき食べてた時よりも嬉しそうに見えるな。今の日下部を見ればどんなヤツでも顔がふやけてしまうだろう。
ご多分に漏れず俺もその一人だ。やれやれ、多分今の俺の顔には気味の悪いニヤケ面が張り付いていることだろう。
なんだか恥ずかしくなってきたのでそれを誤魔化すかのように日下部に話しかける。

「美味いか?俺のミートボールは?」

勿論エロい意味じゃない。

「…不味いわけないだろ。キョンがくれたミートボールなんだから」
「何だって?よく聞こえなかったぞ?」
「なーんーでーもーなーいー!美味しい美味しい美味しい!モグモグモグ、ゴックン」
「おいコラ!折角やったんだからもっと味わって食えよ!」


ホントこいつは人の気を知りもしないでサラリと可愛いとか言ってくるんだかんな。
心臓に悪いぜ…ったく。大体好きなやつからもらった大好物が不味いわけないじゃん。
わかってないなー、この鈍感王はよー。

…………………今度はキョンのミートボールをソーセージとセットで………とか………

「あーあーあーあーあー!何考えてんだ私はー!」
「うわっなにいきなり暴れてんだよお前は!」




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最終更新:2007年09月10日 22:31
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