ららっく◆Q3Rf0rNBGY氏による作品です。
あたしは走る。
ただ、走る。
言葉も聞かずに走り続ける。
夕暮れの土手を制服のままで。
「ま、待て……日下、部……」
あたしの後ろから声を上げて追い掛けてくる奴が一人。
振り向いて確認しなくても誰だか分かる。
「お、追っ掛けてくんなってヴァ!」
「な……っ! ふざけんな……」
ハァハァと息を上げてそいつはあたしを追ってくる。
「な、なんで……。なんで追っ掛けてくるんだよー! キョンのバカー!!」
「と、とに、かく……止ま、れ」
……いい加減に諦めろよ。
あたしが逃げ出したんだからさ………。
「な……っ! ふざけんな……」
く……そっ、日下、部の……ヤツ、流石に、運動、部だけ……あって、足が速いな………。
こっち…は、全力だ、っての…に、よ。
「な、なんで……。なんで追っ掛けてくるんだよー! キョンのバカー!!」
なん、でだ……って? そん、な……分か、分かりきった事、を聞くな。
「と、とに、かく……止ま、れ」
この、まま……では、答えよう……が、ない。
なんで、こんな……こと、になっ、なっちまったん……だ?
……わかってるさ。
あれが、原因だ、って……事は。
話は1時間前に遡る。
本日のSOS団での活動を終えた俺は、教室に忘れ物をしたという名目でハルヒ達と別れ、教室へと向かって一階の廊下を歩いている。
途中、日の暮れ出したグラウンドが目に入り、夏もいよいよ終わりだな、なんて考えていると、その風景の中から俺に向けて手を振る人間がいる。
「うぉーい、キョーン」
しかも、あろう事か、俺の方へと猛然と走ってくるではないか。
「………どうした、日下部」
「うわ、せっかく来てやったのにその言い方はヒデーな」
「誰も来てくれ、と頼んでいないがな」
こいつの名前は日下部みさお。
一応、高校に入ってから二年連続で同じクラスであり、柊(姉)や峰岸に宿題を写さしてもらっているという同じ立場の仲間である。
「それで、どうしたんだ」
「へ?」
なんでそこで首を傾げる。
「あんなに走ってきたんだ。なんか用事でもあるんじゃないのか?」
「……そーいや、なんでだ? キョン、分かるか?」
何故俺に聞く。
「まぁ、いっか」
……いいのか。
「キョンは今帰りか?」
「まぁな」
「あたしもこれで終わりだから一緒に帰ろーゼ!」
「それは構わないが……」
「よっしゃー、それじゃ30分後に校門な?」
そう言い残し、日下部は来た時と同じ速さで俺の前から立ち去っていった。
……どうして俺の周りにはこう強引に事を進めるのが多いんだか。
まぁ、決まってしまったものは仕方がない。
しかし、日下部と二人で帰るというのも考えようによっては楽しそうだな。
「うぉっ、流石にはえーな」
どこらへんが流石なのかは分からないが、制服へ着替える必要のある日下部に比べれば速いに決まっている。
「まぁ、俺は忘れ物を取りに行っただけだしな」
「ふーん、まぁいいや。そんじゃ帰ろーぜ!」
日下部は俺の賛同も得ずに坂を下り始める。
こいつも本当に人の話を聞かない奴だな。
まぁ、ハルヒのお陰でそういう相手に慣れてしまってるのは喜ぶべき事なのかどうなのか判断に困るところではある。
「うぉーい、おせぇーぞー」
ま、この時間に関して言えば喜ぶべき事だろうな。
……楽しんでる自分がいるしな。
「そーいやさ」
「ん?」
「こーやってキョンと帰るのは初めてか?」
「そうだな。柊達と一緒に帰る事はあっても二人きりで帰るのは初めてだな」
………二人きり?
「へ、へ、変な事言うなよな、キョン!」
うぅー、相変わらず恥ずかしい事を平気で言うヤツだな。
「そうか?」
しかも自覚が無ぇんだもんな。
ホント……ずりぃよ。
「……ハァ」
思わず溜息が漏れる。
こいつを好きになったヤツは苦労するよな……。
……ホントにさ。
「なんだ、悩み事でもあるのか?」
「そりゃ……悩みの一つぐらいはあるってもんだぜ……」
「そうか、俺で良ければ相談に乗るぞ?」
そんなこと言われても、相談できるわけねぇってば……。
「……ハァ」
「人の顔を見て溜息をつくな」
「いいよなー、キョンは」
「なにがだ?」
「な、なんでもねーって」
そのくせに変な所で鋭いし……。
「うがーっ!」
「う、うおっ!! な、なんだ急に」
なんだなんだ!
なんであたしがこんな事で悩まなきゃ……
「大丈夫か?」
「あぁ、大丈――って、ぎにゃーっ!」
ち、近いよ、かかか顔が。きききキョン、キョンの顔が。
「……相変わらず騒がしいヤツだな」
だだ誰の所為だよっ!!
「……相変わらず騒がしいヤツだな」
まったく……、本当にハルヒに似て騒がしい奴だよ。
その騒がしさに悪意がないって所も似てるか。
……しかし、こいつの騒がしさは嫌いではないんだよな。
……それは何故かと考えてみれば……
俺は……つまり、日下部に対して……
「いやいやいやいや。まてまてまてまて」
「ぬぁっ! ど、どーした?」
「あ、あぁ。なんでもない。なんでもないぞ?」
ふぅ………。焦った。
しかし……俺は本当に日下部の事を……。
そう思いながら日下部に目を向けると心臓が熱くなる気がする。
「……」
「……」
会話が途切れちまった……。
うぅ……変にキョンの事を意識しちまうから話しようにもためらっちまうぜ……。
いや、こんな重苦しい雰囲気はあたしには似合わねー。
そうと決まれば何か話題は……
「なぁ……キョン」
「な、なんだ?」
「お前さ、好きな奴っているのか?」
だぁーーーっ!
いきなり何を聞いてるんだあたしはっ!
キョンの好きな奴の事なんて知りたく……ないわけじゃねーけどさ。
ほら、キョンだってポカーンとして……
「……気になる奴ならいるが、正直分からないな」
「………分からないって何がだ?」
「そうだな……『気になる』の意味か。
この『気になる』というものが恋愛感情に起因するものなのかどうか分からないといったところだ」
「……そ、そう考えてるって事は、その……そいつの事……好きって事なんじゃねーのか?」
「―――そうなのか?」
「た、たぶんだけどな?」
キョン……好きな奴いるのか……。
そう……だよな……。
あたしみたいな男っぽい女なんか…………って、なんであたしがこんな事気にして――――そっか。
あたしもキョンの事……本当に好きなんだ。
「え?」
「ど、どうした、キョン?」
「………日下部、お前、今、何て言った?」
な、何を言ったって………あ……れ……?
「なぁ………キョン……。あたし、何て言った?」
「………聞き間違いでなければ、『あたしもキョンの事本当にs――」
「なぁーーーっ!!
キ、キ、キ、キョン? きききき聞きまち、聞き間違いだだだだだぜ?
えとえと、ほら、そう『あたしも今日の小手は本郷の突き』って……アハハ……」
「……本郷って誰だよ」
「アハ………ハ」
「……」
「……」
「……なぁ、くさかb」
キョンがあたしの名前を呼び終わる前に、あたしは逃げ出していた。
恐かった。
あたしは臆病者だ。
キョンへの気持ちに気付いてしまったから。
キョンの口から拒絶されるのが恐かった。
キョンには気になる相手がいる。
拒絶されるぐらいなら―――キョンの事を好きになりたくなかった。
なのに―――
「ま、待て……日下、部……」
「お、追っ掛けてくんなってヴァ!」
「な……っ! ふざけんな……」
「な、なんで……。なんで追っ掛けてくるんだよー! キョンのバカー!!」
「と、とに、かく……止ま、れ」
正直な話、日下部の口からあんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「だか……ら、なんで、逃げ……逃げるんだよ、日下部!」
しかも、あいつ、勘違いしてるだろ。
俺の気になる奴ってのは、他でもない――ってやばいな。足がふらついてきた。くそっ、日頃の運動不足が祟ったか。
忌ま忌ましい。あぁ忌ま忌ましい、忌ま忌ましいぞ、日頃の俺。
「待て……止まれ、……止まれって、……っ…みさお!!」
お……止まった?
って……俺が止まれな……………
「だか……ら、なんで、逃げ……逃げるんだよ、日下部!」
なんで逃げるって……拒絶されるのが恐いからじゃねーか……。
って、流石にあたしもバテてきたな……。
まぁ、部活後に全力疾走すればこうなるのは分かってたけど……止まれば、キョンに捕まっちまうし……
「待て……止まれ、……止まれって、……っ…みさお!!」
「!」
それにどんな力があったのかは分からない。
けど、キョンが名前を――みさおと呼んだ声で足はぴたりと止ま……って、
「だぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「にゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
勢い止まらず、日下部に激突した俺は河原へと転げ落ちていく。
勿論、日下部も巻き込んで、だ。
「つ……、だ、大丈夫か、日下部」
しかし、俺はその腕にしっかりと日下部を捕まえている。
「い、生きてるぜぃ……」
よかった。大きな怪我はないようだ。
「? ……日下部?」
「なんで追っ掛けて来たんだよ……」
日下部の瞳は涙が溢れつつある。
「……それは、簡単な事だ」
「うぅ……」
なんだ、その…絶望を受け入れるような眼差しは。
「いいか、日下部。
好きな奴を追い掛けるのに理由なんているか」
「………ふぇ?」
あれ、いま、キョンの奴何て言った?
「だから、さっきの『気になる奴』ってのはお前だ、日下部」
あ……
「そんで、お前を追い掛けててはっきりわかった」
あ、あ……
「俺が好きな奴はお前だってな」
「キョン……」
気付けばあたしは力いっぱいキョンを抱きしめていた。
「キョン……あたしも……あたしも、キョンのこと…すk―――ムグッ」
!!!!!(////)
「―――っぷぅ。さっき聞いたぞ、それ」
「キ、キキキョン! いいいい今のって……」
「―――所謂キスってヤツだな」
「えへへー」
「………やけにご機嫌だな、みさお」
「そりゃそうにきまってるぜ! ……だって、その……キョンと……」(////)
キス………したんだもんな。
ご機嫌にならない方が変ってやつだぜ!
「そう………だな。まぁ、なんだ。これからもよろしくな、みさお」
「おぅ! ずーっと一緒だからな!」
~Epilogue~
サンタクロースの存在を信じるか否かと問われたら信じるとしか言えないだろう。
なぜなら、
「よーし、準備オッケーだぜ!」
なんていうサンタクロースが隣にいるからだ。
因みに俺はトナカイスーツの着用を義務付けられた。
「……盛り上がっている所悪いんだが、着替える必要は無いだろう。
娘の部屋にプレゼントを置いてくるだけなんだから」
「何事も形からって言うだろー?
まぁ、ともかくサクッと置いてくるぜ!」
サンタが手にするプレゼントは例の如くポケ〇ンアンバー。
ホント、ロングランだよな、これ。
「さて、と」
サンタクロース―――妻を子供部屋へと見送り、リビングのソファーに腰を下ろす。
「まったく、何をやるにも楽しそうだな、みさおは」
みさおと結婚してからあいつは何時も笑いっぱなしだ。
娘と遊んでるときなんてどっちが子供か分からないしな。
………まぁ、いいか。
今の俺にとっては娘とみさおの笑顔が最大の活力なんだからな。
―――余談ではあるが、この日をもって娘がサンタクロースの存在を信じなくなったというのは悲しむべき事なのだろうか―――
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最終更新:2007年09月10日 22:32