「気に入っていただけましたか?」
「え?う、うん」
わたしはずっと曲を聞いてる古泉君の横顔を見ていようと思ったのに、いつの間にかバンドの演奏と観客が一緒になって歌うライブに夢中になっていた。終わらないで欲しいとまで思った程だった。
「いやあ、なかなか分かってくれる人は少なくて寂しかったんですよ」
古泉君といるだけでいろんな事がどんどん変わっていく気がする。だいせーこーの振り付けとかは楽しいからよく古泉君と一緒にするけど、共通の趣味なんて無かったし、たくさん話したりメールしてたのに、古泉君が好きな物なんて今まで知らなかった。それに比べて自分の好きな物の話なんていつもしてるのに。
もっといっぱい話をしないと、これじゃあわたし本当にフラれる自己中女フラグが立っちゃう。ああだからフラグとかそういう言葉はもういいから!ああ!
そうだ、このバンドのDVDもっと見たいな。探しに行こう。お姉ちゃん達と鉢合わせになるのは困るけど。
「音楽のコーナーは上の階の一番奥の棚ですからね」
「うん、ありがとう」
うわぁ、一番遠い所を往復してきたんだ古泉君。全然気付かなかった。
「無粋なお二人さんですね」
「ぬおあ!」
「うわわ!」
口づけタイムは終わっていた(いや、終わるまでコイツが待っていたのかもしれん)が、案の定古泉は俺達の存在に気付いていた。
「信用の無さは僕の落ち度ですね。大変申し訳無く思いますよ」
なんとばつの悪い気分だことか。
「だ、誰もあんたの事信用してないなんて言ってないじゃない!ま、まあいまんとこの行動は及第点をあげるわ」
母さんその受け答えはどうかと思うぞ。
「いやすまん。俺たちは早々にずらかるから好きに楽しんでく」「好きに楽しむな!」
いきなりかがみが言葉を被せて来る。そんなに古泉を睨まんでも大丈夫だ。
「大丈夫ですよ。あなたのご機嫌を損ねる様な事は致しません」
かがみの視線を平気で受け止めて安全宣言をするが、どうも俺としては納得いかない。そりゃあなんだ、やっぱりこいつはつかさの気持に答える気は無いってことじゃないのか。
「ではつかささんが戻ってしまうので」
古泉は踵を反して部屋から出て行こうとする。言いたい事を言ってやりたいが、こいつの境遇を考えると二の足を踏んでしまう。
「待ちなさいよ古泉」
かがみが急に立ち上がり、古泉のプーマと思われる高級そうなポロシャツ襟を掴んだ。
「あんたつかさの事なんとも思っていないわけ?」
嗚呼かがみに一番気付いて欲しくなかったところを。
「それはなかなかに答えにくい質問です」
怯む事なく古泉は言葉を返した。
「答えにくい?ふざけんな!もう一度訊くけど」
「かがみ。落ち着いてくれ」
察しのいいかがみはすぐ分かってくれた。かがみは素直に手を離した。
「ごめん」
「いえ、許していただきたいのは僕の方です」
それだけ言い残して、古泉は俺達の部屋を出て行った。
「あいつに関してはゲームが下手以外何にも知らないし追求する気もないけど…、翌日急にカナダ行くって蒸発したりしないでしょうね?あんたにも言える事よ。
普段は忘れてるけど、あたし高校入って最初に友達になったのが朝倉だったから分かるのよ。あの子家族の話とかまるで誰かが用意した
テンプレ読んでるみたいだったし、なんかおかしかったのよ。その事思い出すと不安で仕方なくなるのよ」
小さな声でかがみがつぶやく。確かな事は何も言えんが、十分あり得る。あいつがどこから来たかなんて事も俺は知らないし、質問しても無駄な事も分かっている。古泉の奴は事が全て終わったら、ここに残る可能性は低いと言っていたが、最大限努力するという言葉は引き出した。だがそれじゃあ足りないぜ。あの馬鹿野郎、必ず残るって言ってくれ。
「まあ、その、万が一そういう事があったってな、日本人で日本語喋ってやがるんだから実家が最北端だろうが最南端だろうが大して遠くに行くわけでもないだろ。俺達の街に戻って来れないわけじゃないはずだぜ。親が海外行くってんなら、残るっていう選択肢だってあるしな」
「安易な考えね」
俺の内心の吐露はきれいさっぱり否定された。だが、否定した本人の顔は笑っていた。
「自分がなんであいつに対していらっと来たか分かったわ」
「ああ、俺も分かった…まあ、分かった気がする」
かがみは中途半端に被った帽子を無理矢理引っ張って脱いだ。後ろで団子状にしていた髪の毛がほどけて広がる。
「多分正解だから自信持ちなって」
ああ。そうだな。
「飲み物取って来るけど何がいい?キョンは漫画持って来て。フルメタコミックミッションの方全巻宜しく!」
「はいはい。ジンジャーエール頼む」
かがみの不安はつかさへの保護欲が第一だが、それよりも腹立たしいのは古泉ののらりくらりとかわす態度だ。
この際だからかがみには話しておくが、古泉はつかさに惚れている。相思相愛ってやつだ。あいつは女に免疫が無いわけじゃなさそうだが、部室に来ればまずはゲームの相手につかさを探しているし、駅までの道すがら最近は殆どつかさと難解な天然同士のようなトークを繰り返しているんだからな。
つまりいつもヘラヘラしてるホモ疑惑つきの馬鹿たれがいつまでも心の貞操帯を外さないのであれば、間違いなくつかさが深く傷つく。古泉はそれに気付いているんだろうか。
つかさは2本程のDVDを携えて戻ってきた。先ほどのバンドのライブDVDとプロモDVDだ。
何故そんなに詳しく分かるかと言えば、
「な…あ…が…え…!?」
「いやぁ、思いも寄らない展開です」
心底困り果てたような顔で古泉がぼやく。
かがみの計画的暴走には俺も賛成だった。いきなり隣の部屋に漫画持参で入り、我が物顔で居座るとは古泉も思わなかっただろうに。
しかも俺はどさっと股を広げて座り、かがみは俺の膝を枕にして横向きにソファに寝そべってフルメタを読んでいる。
「遅かったじゃない。もしかしてあたし達の事探し回ってたんじゃない?」
つかさの真っ青な顔が図星を物語る。言うまでも無いが一日の始まりからばれていた。きっと律儀に棚の角を曲がる度に俺達の姿が無いか確認しつつここまで戻ってきたんだろうな。
みるみるつかさの顔色が真っ赤に変わっていく。
「何つっ立ってるのよ。座ればいいじゃない」
「え…うん。うあ…」
まあなんと見え透いてあほらしい作成だことかと思うが、ソファは俺とかがみで占領し尽くされており、古泉の隣にわずかな隙間があるだけだ。
「お、お姉ちゃん足どけてよ」
あんまりな状況に対処しきれない人間の必死かつ抑揚が少々欠如した声で、精一杯抗議するつかさの健気な発言も、姉には全く効きやしない。
「早く座りなさいよ!座ったら出て行くから」
つかさにしてはかなりむっとした顔で姉を少し睨みすえたが古泉が壁ぎりぎりまでつめて促してきたので、つかさは誰とも目を合わせず、遠慮がちに古泉の隣に座り込んだ。
可愛い。おっとりした子が困り顔になると本当に可愛いな。そんなに肩を縮めないでいいんだぞ全く。
自分の膝が古泉の膝に触れているのがかなり気になるらしくもじもじしている。挙句かがみの足を強引にどけようと古泉と反対方向に体をシフトしようとすると、かがみは急に体を起こし、つかさを抱きしめた。
血液型別の性格ってのが本当だったら、かがみも結構B型の性格が色濃く出ている部分がたくさん見え隠れする。一時のテンションであんまり突飛な行動は謹んでいただきたいところなんだが。
「え?ええ?」
つかさは当然狼狽する。
「よし、あともう一歩だつかさ」
俺はもう自分たちの持ってきた物を抱えてドアを出ようとしていた。つかさが古泉の隣に座ったら本当に自分たちの部屋へ去るつもりだったのだ。まあ、かがみのこの突飛な行動は俺も予想外だったがな。
「え、ちょ、お姉ちゃん!」
かがみはずいずいと古泉の方へつかさを押し始めた。ブルドーザー作戦まで追加されましたか。
「それ!」
「わあ!」
「おっと!」
そういう事ですか。
「そのまま動くな!」
つかさを突き飛ばし、受け止めた古泉に一喝するとはなんという強引な。
かがみ満足気な顔をしてから、つかさの持参したDVDをプレーヤーに突っ込んで再生する。ああ、なんかこういうすっごく強引かつ滅茶苦茶演出行為をする輩を俺はもう一人知っているっていうかそいつに人生を狂わされているというか…。
まあ、そんな事はどうでもいい。当初と随分方向性が変わってしまったが、俺達は結局古泉の心情を無視し、つかさの恋路を優先させたと、そういうわけだ。お節介王選手権審査員特別賞モンだな。優勝するほど手を施したりはせん。
どうしてこんな事になっちゃったんだろう。古泉君の両腕はわたしのお腹の前で組まれて、わたしの両手もその上に自然と重なってる。古泉君の方はどうなんだろう。お姉ちゃんに動くなって言われたから動かないだけなんだと思うけど、それでもいいからこのままでいたい。
古泉君の顔を少し見てみたいけど無理。古泉君のほうがずっとわたしの顔を見てるから。一瞬だけすごく困った顔をしてるのが見えた。ずっとずっとこのままでいるにはどうしたらいいかなんてもう分かってる。分かってるけど勇気が出ない。出ないよ。
「つかささん、暑くは無いですか?」
「え?う、うん!こ、古泉君は、お、重たくない?」
「ええ、軽くて離したら飛んでいってしまいそうな気もするくらいですよ」
古泉君が少し手を緩めたので、わたしは反射的に古泉君の腕をぐっと掴んでしまった。
「少し、わがままを聞いてもらってよろしいですか?」
なんだろう?今日はずっとわたしのわがままばっかりだったからちょっと嬉しいな。
「わ、わ!」
わたしが頷いたと同時に、古泉君はわたしの体を軽々持ち上げて膝に乗せてくれた。わたしの背中が古泉君にべったりとくっついてる!
「本当の事を言うとですね、こういう風にしたかったんですよ。その、つかささんと」
「え・・・え?」
心臓が破れそうなくらいに鳴りだしてきた。古泉君はわたしの事を本当にそんな風に思ってくれてるの?それとも今の雰囲気に流されちゃってるだけ?それとも全部夢なのかな。馬鹿みたいに夢だと思うのはやめよう。古泉君の手が震えてる。古泉君ももしかして緊張してるの?じゃあ、わたしの方がしっかりしないと駄目だよね。
「こ、古泉君、あ、あのね」
「なんでしょう?でもわがままついでに先に僕の話を聞いてくれますか?」
うわあ、駄目だよ。それは駄目。わたしせっかく勇気だしたのに!ああ、もう口が動かない!
「あなたが好きです。つかささん」
え?今、あ、そうだ、わたしが言おうとしてたことを言ってくれてるんだ。良かった。なんだ、勇気を出す必要なんてなかった。はあ、心臓止まるかと思った。
「あの、返事をお聞かせ願いますか?」
返事?なんの返事だろ?
「もう一度言うのは更に勇気が必要なもので、思い出していただければ嬉しいのですが」
え?古泉君の言った言葉は全部聞き逃してないし忘れてないのに。ええと、『わがままついでに先に僕の話を聞いてくれますか』だよね。それから、『あなたが好きです。つかささん』だけだと思う。返事って、ええと、何のだろう?
でも良かった。古泉君はわたしの事好きなんだ。すごく嬉しいな。って!?
「あ!ええと、ごめん!ええと、気づかなかったわけじゃないの!あの、うーん、その」
恥ずかしい!死んじゃいたい!ええと、言わなきゃいけないのは、ええと、なんて答えればいいか分からない!そうだ、さっき自分が言おうとしたセリフを言えばいいんだ。
「こ、古泉君、わたし、古泉君が…が…」
口が動かない。どうしよう。今日はずっとどうしようばっかり言ってる。もうこんな自分嫌だ。でも体は動くから、古泉君に伝わる事をすれば。
「つ、つかささん!?」
痛かった。口の中に血の味がしてる。古泉君の唇は大丈夫みたいで良かった。
「大丈夫ですかつかささん、口から血が出てますよ」
体もあんまりうまく動かなかった。だけど頑張って古泉君のほうに振り向いて、キスしようとしたんだけど、思いっきり歯と歯が当たった音がしてすごく痛い。すかさずティッシュで血を拭いてくれる古泉君にすごく申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、次の瞬間どうでも良くなった。
古泉君が口でわたしの口から出ている血を拭き取ってくれたから。
真昼間の強い日差しが、エアコンの効いた室内から出てきた俺達を強襲した。
俺とかがみはまあ、店員に変に思われつつも、全ての顛末を見ていた。というよりも、あんまりな事態がガラス張りの扉の先で起きていたために、通る客に覗かれんように延々30分ほど立ちっ放しだったのだ。
ちょっと疲れたし、俺もかがみも下手な映画を見るよりも感動していた。なんせマジだったからな。言葉を話したら涙が浮かんできちまいそうだ。それはかがみも一緒らしく、ずっと俺の腕に顔を押し付けている。そりゃまあ、妹を取られたような喪失感も織り交ざってるんだろうから、かがみは良く耐えてると思う。もう少し落ち着くまで漫画喫茶の個室にいるほうが良かったんだろうが、急に所在無い気分になったのでそれはできなかった。
だから俺たちは映画館へと向かっていた。暗ければ少しはまあ、ごまかせるだろうに。
学校が始まってから、かがみの奴は渡り廊下から中庭を眺めている事が多くなった。その横には俺もいるわけだが。
「なあ、あいつらっていつ起きてるんだろうな」
寄り添って眠っている訳じゃないが、昼休みになると、つかさと、ちょっとずれた位置で古泉が木によりかかって眠っていた。あんな体勢で良く眠れるもんだ。
あの夏の日から、つかさは週に二回は古泉に会っていた様だが、たまに見かけても大体この二人は昼寝をしていた。
公園で、自分の家の神社の裏側で、そして漫画喫茶で。本当にまあ、よく眠りこけてる姿ばっかりだ。本当に似合いのカップルというのか、可愛い二人組だ。
恋人なのか兄妹なのか分からないのような付き合い方もあるんだろうか。あるんだろうな。目の前にそれを証明する奴がいるんだからな。俺にはちょっと真似ができない。
だが、学校が始まってからは少々面倒だ。こいつらが5時限目に間に合うためには、俺とかがみが叩き起こしに行かなきゃならん。
「ふう、そろそろ予鈴が鳴るぜ」
古泉にチョップをかましてやる。
「ふあ…あと5分」
「やかましい!起きなさいよ!」
「あと、ほんとに、5分」
毎日がこんな具合だ。卒業するまでこんな具合で毎日が過ぎれば良いのにな。
完
最終更新:2007年11月29日 22:41