part29-620さんの作品です。
ども、皆さん初めまして。田村ひよりって言います。
誰に向かって話してるんだ……とかいうツッコミは無しでお願いします。
さて、わたしは世間一般でいう「おたく」という人種です。……だからって現実捨ててるわけじゃないッスよ。
二次元が好きだからしょうがないんです。そこに理由なんて無いんです。
そんな訳で色気もクソも無い高校生活を送っていたわけなのですが、
先日、一目惚れをしてしまいました。
自分でもびっくりッスよ?
お昼休みです。
いつもなら、友人達と談笑したり、絵を描いたりしているのだが。
今わたしは、三年生の教室の前にいます。
何故こんな所にいるのかというと、それはもちろん、情報収集のためッスよ。
「あのー……泉先輩、今日は折り入ってお願いがあるんスが・・・」
「ほほう、何かな? 申してみよ。」
という訳で、現在このクラスの泉先輩に、ご協力をお願いしている最中であります。
泉先輩とはオタク仲間で、気兼ねなく趣味の話が出来る、数少ない知り合いだったりするんスが、それはまあ置いといて。
「えー……実はその、気になる人がいて、たぶん先輩と同じクラスだと思うんスが・・・」
うわ、改めて口にすると恥ずかしいな。
「……………………」
「……………………」
沈黙。
「な、なんだってー!!」
「ちょ、声大きいですから、先輩!」
そんなに驚くことッスか……
……最初に自分でもびっくりって言った気もするけど。
「いや、まあお約束かと。」
そんな迷惑なお約束はスルーしてください。お願いですから。
泉先輩は少し考えるような仕草をした後、何か意味深な笑みを浮かべています。
ちょっとわざとらしいッスよ、先輩。
「ふむ・・・皆まで言うな、ひよりんよ。可愛い後輩のため、一肌脱いでやろうじゃないかい!」
おお、さすがは泉先輩。
こういう所は結構察しがいいんですよね、先輩は。
たまに余計なところまで察してしまうのが困り物なんスけど。
この人、誰かをからかうのが大好きだからなあ……。
「で、誰なのかな? ひよりんのハートを射止めたナイスガイは。」
「ナイスガイって……えーと、一緒にいた人からは「キョン」って呼ばれてたと思うんスが……」
「……………………」
「……………………」
……あれ?なんでここで沈黙?
そりゃ変な呼ばれ方だなあ、とは思ったけども、別に放送コードに引っかかるような単語でもないし。
「……おーい、先輩? どうかしましたかー?」
わたしが問いかけると、ようやくこちらに視線を戻す先輩。
あの、なんだか目が泳いでいるのですが。
それにしても、凍りついた顔ってこんな顔なんスね。初めて見ました。
泉先輩は様々な表情を二周りほど見せた後、一度大袈裟に咳払いをしてから、こう一言。
「ダメダヨ♪」
「いきなり全否定!?」
なんでやねん。
「いや、なんと言うかね。止めといたほうがいいよ。伝染るヨ。」
何が!?
そんな露骨に目を逸らしながら言われても納得できるはずないじゃないですか。
というか、何故にいきなりそんな非協力的な態度に!?
「だからあれだよ。後悔するよ? 取り返しの付かないことになるヨ?」
だから何が!?
……って、思わず同じツッコミを二度してしまったじゃないですか。
というか、先輩、その……キョン先輩(仮称)と知り合いなんスか?
「あー……いやまあそうなんだけどネ。えーとね、キョンキョンはね・・・」
キョンキョン?
随分親しげな呼び方ッスね……じゃなくて。
ひょっとしてアレですか。そういうオチなんですか。
「いやいや、少なくとも今は彼女はいないよ、キョンキョンは。」
そうなんスか?
あれ、でもそれじゃあ何で……
「・・・何やってんだ、泉。その子は後輩か?」
「おわああぁ!?」
「うおっ、どうした!?」
突然背後からかけられた声に、必要以上に驚いてしまったのはしょうがないと思う。
なぜなら、いつの間にか私の後ろに立っていた人物に、私は見覚えがあったのです。
もう皆さんお解かりだと思うんですが、その人は紛れも無く、キョン先輩(仮称)だったのです。
「お、おうキョンキョン。そだよ。私の知り合いの子だヨ。」
泉先輩も少し慌てつつ、なんとか応対しているようで。
……やばい。本人を目の前にしたら、緊張してきた……
「そうか。俺は・・・まあ、もうキョンでいいや。よろしくな。」
「た、田村ひよりッス!よろしくお願いしますッス!」
どうやら(仮称)は取っても問題ないようです。じゃなくて。
落ち着け私。深呼吸だ。ひっひっふー。って、違う違う。
落ち着け、素数を数えるんだ。1,3,5,7,9……じゃなくて、11,13,15……
ああもう、誰か助けて。
「ひよりんはねー、絵がすごくうまんだよー。」
って、一人でそんなことをしているうちに、先輩たちは話に花を咲かせているようです……って、ん?
これはひょっとしてわたしを紹介してくれているのでしょうか。
……流石ッス先輩。もう一生付いていきます。
「自作の同人誌とか描いてるんだもん。」
「へー、そりゃ本格的だなあ。」
……って、先輩ー?
あんまりその方向に話を膨らませすぎると危険なんじゃ……?
「へー・・・。例えばどんなの描いてるんだ?」
「そりゃーもちろんボーイズr・・・」
「ほあああぁぁぁっ!?」
ストップ! ストーップ!
何考えてるんスか先輩。
どう考えても一番言っちゃいけないワードじゃないですか。
わざとですか? 違うッスよね? 違いますよね?
頼みますよ先輩。信じてるんですからね、一応。
「・・・今あまり聞きたくない言葉が聞こえたような気がするんだが・・・」
気のせいです。空耳です。目の錯覚です。
というか、ちゃんと意味が分かるんですねキョン先輩。
まあ、泉先輩の知り合いならしょうがないような気もしますが。
「そしてこれが例のブツでございます~。」
と、言いつつ、鞄から何かの本を取り出す泉先輩。
あれあれー?
なんだか見覚えがあるよー?
などと惚けている暇も無いので簡潔にご説明しましょう。
今、泉先輩が手にしているのは、わたしのノートです。
ただのノートなら問題ないのですが、残念ながらそうではありません。
授業中の暇なときや、休憩時間、急にネタが思い浮かんだ際、それを描き止めるノートでございます。
つまり、あれには私の妄想がびっしりと。
……あれ、もしかしてヤバい?
などとわたしが一人で脳内解説をしている間に、ノートをキョン先輩に渡す泉先輩。
「ちょ、それはマズいッス!」
本当にマズい。
初めて会ったときからドン引きなどされるわけにはいかない。
なんとしても阻止しなければ……っ!?
「ふふふ……そうはさせないよ~、ひよりん……」
いつの間にかわたしの後ろに回りこんでいた泉先輩が、邪悪な笑みと共に羽交い絞めしてくる。謀ったな! シャア!
とにかく、マズい。必死にもがいて振りほどこうとする。
しかし、運動神経優秀な格闘技経験者とただの腐女子ではどう考えても勝負になりません本当にありがとうございました。
キョン先輩は、ノートとわたしたちを交互に何度か見比べた結果、
「…………じゃあ、ちょっとだけ。」
と、わたしの妄想の塊を開く。
ああ、何故ですか。そこは普通遠慮するところじゃないんですか。違いますか。
マズい。最悪の事態だ。
どうする? 見られてしまったからには、どうにかして言い訳をしないと……
何が描いてあった? 少なくともBLは無かったと思うけど……
百合は……大丈夫。あれならまだ大丈夫なはず。……たぶん。
ああそれより、友達をモデルに描いたのはどうしよう。
泉先輩の知り合いなら、小早川さんと知り合いでもおかしくないし……
友達をネタにするような女だと思われたら…………
マズい。超が付くほどマズい。
日頃友達を腐った目で見てることの罰が当たったのか。
なんてこったい。皆さん今まで本当にすみませんでした。
ひょっとしたら、もうこの時点で変とか気持ち悪いとか思われるのだろうか。
だとしたら、わたしの初恋は塵と化すのだろうか。
ああ、これだから三次元は。
「へえ、ホントに結構上手いんだな。今度俺も描いてくれよ。」
へ?
「あ、いや、別に嫌ならいいんだが。」
「そ、そうじゃなくて、変だとか思わないんスか?」
慌てて問いかける。
「いや、別に変とは思わんぞ。泉みたいな奴もいることだし、誰かに迷惑かけてないならいいんじゃないか?」
「は、はあ……」
誰かをネタにするのは迷惑なんだろうか……やっぱりもっと自重するべきか。
「まあ、俺はそういうのはよく分からんが・・・。っと、じゃあ、また今度な。」
「は、はい!」
こ、これは・・・よかった、んですよね?
……よ、よかった…緊張した……
……さて、
「泉先輩、覚悟はいいッスか……」
「あ……」
この人、このままこっそり帰るつもりだったな……
「いやさ、私は最初からキョンキョンなら大丈夫だと分かってたから、やったんだよ。うん。」
目が泳いでますよ先輩。
今度何か奢ってくださいね。
「うぐぅ……バイト代が……」
自業自得です。
「それにしても、キョンキョンか……うーむ、困ったもんだねえ。」
何がッスか?
「また倍率が跳ね上がるよ。」
へ? それはどういう……
「じゃ、またねー。」
そのまま足早に駆けて行く先輩。
……逃げられた。絶対。
いやまあ、こんなことしてる場合じゃないんですけどね。今回は結果オーライだし、よしとしますか。
とりあえず足りない画材があったから買いに行かないと……
そしたらすぐ家に帰って作業開始ッスね。
何を描くかって? そんなの決まってるじゃないッスか。
作品の感想はこちらにどうぞ