交わる心

part42-144◆ugIb3.rlZc氏の作品です。

秋の日差しが気持ちいい昼下がり。
俺は不覚にも腹の虫を黙らせてくれる必須アイテム、即ち弁当を忘れてしまい、購買へと向かって廊下を歩いていた。
まぁ、持ってきたとしても一定確率で発生する『ドキドキ、かっぱらいタイム』で失っていたかもしれんがな。

団長様が俺に文句を言っていたところを見ると、どうやら今日は俺の弁当頼りだったらしい……
プリプリと怒るハルヒを見て思ったね。怒る位なら自分で用意する概念を持て、と。

すると、どうにも後ろから騒がしい音が聞こえてきた。騒音の元凶を視認しようと後ろを振り向けば、人の壁が左右に別れていく光景が映る。
何なんだ?

「どいてどいて、どいてってヴぁ!!」

聞き覚えのある声が人垣の向こうから聞こえたかと思えば、チラッとその姿が目に入った。

「…ん?日下部か?」

どうやら、同じクラスの日下部みさおのようだ。


この人波の中を軽快に走ってくる日下部に、「やれやれ…元気だな」と心の中で感想を述べつつ、俺も避難の準備を始めようとした…が…

すぐ近くまで日下部は接近しており、俺の両脇には既に回避行動に移っている生徒が固まっていて…
この幅の狭い廊下は完全に袋小路と化していた――

「うぉ!?キョン邪魔…っ!」

日下部の叫びも虚しく……そのまま、廊下の向こうから全力疾走してきた日下部と運悪く衝突してしまい、俺と日下部は盛大にすっ転んだ。

「つつ…気をつけろよ日下部…」

言ったところで気付いた。俺の目の前に広がっている光景に…

「いてて…お前こそ気をつけろよキョ…」

文句を言いかけて、日下部の口が止まる。
恐らく日下部も気付いたのだろう。俺が傾注している先…とゆうより、俺の居る場所に……

俺は日下部に向かい合った状態で倒れている。
日下部はどうやら尻餅をついている。

果たして、俺の眼前曖昧10cmに見える物は何か?敢えて言おう……パラダイスだとーー


この純白の物体Xが何なのか?これは考えるまでもないだろう。
ただ……ヒラヒラした物が頭に乗っている事と、視界の両脇に肌色の物体が映っている事から考えて……参ったねこりゃ。

どうやら俺は、日下部のスカートに頭を突っ込んでいる様です――

「…ってぇ!冷静に状況判断してる場合じゃねぇ!!」
「う、うひゃあっ!?」

俺が叫んだのがいけなかったのか、日下部は悲鳴を上げ、下着を隠そうとスカートを押さえにかかった。
…だが、それは更に状況を悪化させる結果となった模様。

「…おぅぶっ!」

スカートごと頭を押さえられ、俺は逃げ出そうにも逃げられない!景色は白で彩られ、鼻先が楽園に触れそうになる!
マズい!流石にそれはアウトだ!


……人間、必死になると体の形状すら変えられるのかもしれんな。
俺はガサガサと床に這わせていた腕を、肩の関節が壊れんばかりに虚空へ突き出し、日下部の手を掴もうとした――

――が、その瞬間、俺の掌が掴んでいた物は全くの別物だった。
この柔らかい感触…思考を巡らせてるわずかな間、何度か握り返してしまったこの物体は……

「うぁ…ひゃうう…」

日下部の可愛らしい声が俺の耳に届くと同時に理解した…この物体の正体に……
それと同時に俺は神速で手を放し、日下部の手から押さえる力が無くなった為、速攻でパラダイスから抜け出した。

果たして、俺の目に映ったのは耳まで赤くさせ、スカートを押さえていた腕で胸を隠す日下部の姿だった。

拝啓、母上様……
どうやら俺は友人であるおにゃのこの胸を揉ん…触ってしまった様です――

周りに居る生徒達は静まり返り、事の行く末を見守ってるみたいだ。正直、居たたまれないです……

その重い空気の中、最初に動いたのは日下部だった。日下部は顔を俯かせたまま静かに立ち上がると、小走りでその場から去ってしまった……
野次馬達もぞろぞろと俺の視界から消え去り、ポツンと俺だけが取り残された。


その後、購買など行ける気力も無い俺は、ふらふらと教室まで戻った。
教室に入ってすぐに日下部の姿を確認する。日下部は机に突っ伏し、心配して声を掛けるかがみ達をも無視している様だった……
俺が戻ってきた事に気付いたかがみに話し掛けられる。

「ねぇ、何があったか知らない?ずっとあの調子なのよ…」

知ってるも何も、事の張本人はこの俺だ。本気で日下部を心配しているかがみに先程の事態を説明する――

「…事故とは言え、最悪の行動ね」

ものっそい睨まれた。
全くその通りだからな…返す言葉も無い。あろうことか、嫁入り前の女性の心を傷つけてしまったのだ……本当に申し訳ない……


「分かってるなら良いけど…落ち着いたら、ちゃんと謝りなさいよ?」
「当然だ。どんな事でもしてやるつもりだからな」

それが俺に出来る精一杯の償いだ。本当に、犯罪者扱いされてもおかしくない事だったからな…
同級生にセクハラ…洒落にならんぞ。


昼休みの残りの時間を、日下部への謝罪の言葉を考える為に使おうと思ってた俺に、やかましい奴が話し掛けてきた。空気を読んでくれ。

「キョン、お前は何て奴なんだ…」
「唐突に何だ谷口。俺は忙しいんだ、後にしろ」

もう、お前が何なのかと…せめて頭の中で文脈をまとめてから話し始めてくれ。
俺は頬杖をついたまま、聞き流すつもりで適当にあしらった。あしらおうとした…

「お前、どこぞの女子に襲いかかったんだって?」

……何ディスって?襲いかかった?俺が?んな馬鹿な……
この馬鹿にどこから聞いたのかと突き止めようとしたが、ふと気付いた…日下部との事だと。

「誇張した話を信じるな馬鹿者」

キッパリと一蹴してやる事にする。しかし、「誇張だと言うなら、似たような事があったんだな?」と、無駄に興味を示してくる谷口……
お前は何なんだ。

どうやら、あの現場に居た奴が言い触らしてる様だな……
これがハルヒの耳にでも入ったら――考えたくもないね。


しかし、谷口の話しを聞いて安心した気持ちでもある。どこぞの女子……と言うことは、恐らく日下部の事だとは伝わっていないのだろう。
俺のことが断定されているのは……実に忌々しい事だが俺のことは学校中に知れ渡っているからな。あの団に所属している所為で嫌でも目立つ……

俺の事は何とでも言わせておけば良いし、俺自身も気にしない。日下部に迷惑が掛かる事さえなければ…な。

まぁ、それは置いといてだ。さてどうするか…俺から話し掛けて、日下部は答えてくれるだろうか?
俺は未だに顔を伏せたままの日下部を一瞥し、視線を宙に泳がせる。

…うじうじしてても仕様がない。俺は決心し、かがみに頼んでみる事にした。
峰岸と昼飯を食べていたかがみに話しを持ちかける。

「かがみ…すまないが、日下部に放課後教室に残ってて貰えないか頼めないか?」
「…二人だけで話すの?私も付き合おうか?」

「大丈夫だ」とかがみの提案を断り、席に戻った俺は再び謝罪の言葉を模索する。


――午後の授業が終わり、HRも終えた教室は帰り仕度を始めているクラスメート達で賑わっていた。
俺は後ろでいそいそと仕度をしている団長様に、今日は行けない事を伝える。もちろん団長様は眉を吊り上げて睨んでくる。
「何言ってんのよ!」と顔だけで表現出来るハルヒに、

「スマン、今日だけは行けないんだ……本当にスマン」

俺は心から謝罪の意を述べ急いで教室の外へ出る。その途中でかがみに目配せをし、了解を得た。


――グラウンドからは野球部の声が盛んに聞こえ、俺はボールの行く末を目で追いかける。
かがみからメールが届き、日下部の了承を得た事を知った俺はしばらくトイレで時間を潰し、今まさに教室へ向かっている途中だ。

窓から注がれる光は赤く俺を照らし、同時に時刻を知らせている。急がないと帰るのが遅くなるか…
日下部の為にも早く教室へ向かおうと、俺の足は自然と速まる――


教室に入ると窓の方へ体を向け、机に座っている日下部の姿が確認できた。日下部が待っててくれた事に安堵しながら、その後ろ姿に声を掛ける。

「待たせてスマン…」

そう言って近寄ろうとした…が、

「そこで話してくれるかな?」

日下部に制止された。やはり、俺は嫌われたのか……当たり前の事に落胆しつつもその場に踏み止まり、散々考えた謝罪の言葉を伝える事にした。

「すまなかった」

直球に一言だけ……どんな言葉で飾ったところで、本心が伝わらなければ意味は無い。俺はこの六文字に全てを込めた。
日下部は窓を向いたまま、「そんだけか?」と素っ気なく聞き返してくる。

「言い訳をしても意味は無いからな。俺はお前が望む償いをしたい……それだけは伝えておく」
「そっか…」

日下部がそう呟き、そのまま沈黙が続く……何かを思案しているのだろうか?それとも、俺の言葉を待っているのか?

人の心など分からない……だからこそ、俺は彼女の出方を待つ――


何十分経っただろうか……いや、現実には一分にも満たないだろう。だが、俺にはそれほど遅く感じられた。

「な、なぁ、キョン?」

唐突に話し掛けてきた日下部の声は、何だか躊躇しているような声色だった。俺は解放感を感じながら「なんだ?」と、あくまで冷静に応える。

「私が望む償いをしたいって…何でも言う事を聞いてくれるのか?」
「ああ、お前の気が済むなら何でもする」

俺が質問に答えると、そこで初めて俺の方へ顔を向けてくれた。するとどうだ?彼女の表情は笑顔とも呼べる程晴れやかじゃないか。
俺は戸惑ったね。怒っていると信じて疑わなかった彼女が、この俺に微笑みかけてくれてるのだから。

「じゃあさ……名前で呼んでくれるかな?」
「…名前?」
「柊のことは名前で呼んでるだろ?私のことも名前で呼んでくれよ」

うーむ、意味が分からない……これは許されてると受け取って良いのだろうか?


俺が唸っていると、彼女は座っていた机を降りて俺に近寄ってきた。そして、

「名前は?」
「……みさお?」

俺が彼女の名前を呼ぶと、ニィーっと唇の両端を持ち上げて笑顔になった。チャーミングな八重歯が覗いて、不覚にも胸が高鳴る……
ああ、そうか……何故あれほどまでに悩んだのか……
友達とは言え、何故あれほど必死に思案していたのか……今、分かったよ。

―俺はみさおが好きなんだ―

だから嫌われたくなかった、信用を失いたくなかったのだ。
まったく…俺は自分に正直になる事に時間がかかり過ぎているな。
自嘲染みた考察に耽っている俺に、更に言葉を掛けてくれるみさお。

「それじゃ、もう一つ……よっく聞いとけよ?」

みさおは深呼吸を数回繰り返すと、俺を真っ直ぐ見据えて、

「多分、キョンは私が怒ってるとでも思ってただろ?」
「違うのか?」
「うん…怖かったんだ……好きな人にあんな事しちまって……」


好き?俺の耳は腐ったのか?好きな人って聞こえたんだが……
俺は呆けたまま、彼女の話しを黙って聞く。

「私の所為であんな事になっちまってさ……キョンに迷惑掛けて、避けられのが怖かった……現に、妙な噂が立っちまってるし」

あー…あれか。だが、あながち間違いでもない気がするがな。
彼女は両の手を胸の前で握り締めながら話しを続ける……

「私がパニックにならなければ笑って済んだ筈だったのに……えと、だから、謝るのは私の方なんだよ……」

彼女の頬は紅潮し、瞳は僅かに潤んでいる……その表情が堪らなく可愛くて、俺は抱き締めたい衝動に駆られてしまった――

「ごめ…っ!」
「もういい、お前が怒ってないなら十分だ……」

抱き締める事で「ごめん」の一言を遮る。
俺は嫌われていない……それどころか好意を持たれていた。この事実に、謝罪の言葉は不要だろ?

「キョン……こんな私で良かったら、付き合って欲しい……」
「それがもう一つの望みか?」


コクリと頷く彼女を見て思ったね。これで付き合わないのは頭がバグってる奴だろう。
しかし彼女はふと気付いた様に、消え入りそうな声で呟いた。

「あ、でも……キョンは償いの為に私の望みを聞いてくれるんだろ?私が悪いんだから、これ以上聞いて貰うのは……」

やれやれ……目尻に涙を溜めながら何を言ってるのかね、この子は?その上目遣いは反則だろう?

「それなら俺からの頼みだ。みさお……俺と付き合ってくれないか?」
「……っ!お、おぅ!!」

満面の笑みになると同時に、彼女の瞳に溜まっていた涙が零れ落ちる……
俺は見惚れていたね。完全に参ってた。
衝動を抑えきれず唇を重ねる……柔らかく優しい、触れるだけの稚拙なキス……

「……ふ…っん」

唇を離した後も、強く抱き締める……放したくない。ずっとこのままでいてもいい。それほど俺は参っているのさ。

潤んだままの瞳に俺が映っていて、ようやく俺は顔が緩みっぱなしな事に気付いた。だらしないな本当に……


――流石に空が暗くなり始めていた為、名残惜しいが帰宅に向かう事にした。
グラウンドに居る運動部も整備を始め、帰る準備をしている。他の部活動をしていた生徒が校門から出て行く姿もチラホラ見えていた。

SOS団はどうだろうか?時間的には長門が本を閉じてる頃合いだろうな。
さて、俺はどうしたもんかね……俺と言うよりこいつだな。

「スー…スー…ミュー……」

しばらく抱き締めたまま幸せを感じていると、急にフラついたかと思えば寝息を立てていたみさお。器用ですよねー。
こいつも相当重圧を感じてたのかもしれんな……実のところ、俺も不安に押し潰されそうだった所為で、心も体もクタクタだっぜ。

とりあえず手近な席には座らせたものの、まったく覚醒しそうにない……背負って家まで送るしかないか。

「やれやれ…」

警戒心ゼロで可愛らしく寝息を立てている彼女の顔を見ていたい気もするが、いい加減に帰らないと家の人も心配するだろうしな。
よっこらしょういち…俺はみさおを背負い、教室を後にした――


ハルヒ達に出会さず無事に学校外へ出た俺は、重さの感じられない荷物を揺らしながら届け先まで歩を進める。

秋にもなれば夜風も涼しくなってきている……風邪をひいたりしないだろうな?などと、背中でぐーすか寝ている奴を心配してやる。
…俺?俺は風邪をひいても問題無いし、何より背負っている彼女の暖かさで寒さなど微塵も感じないね。
これは惚けだと?でもそんなの関係ねぇ!

――みさおの家付近まで来ると、空は完全に夕焼けから夜闇へと変わってしまっていた。
今更だが、このまま家の人に引き渡して大丈夫か?何かしらの追求は覚悟した方が良いよな……まぁ、今日なったばかりとは言え、堂々と彼氏だと名乗ればいいか。

無駄な独白を続けていると、目の前にみさおの家が見えてきた。前に来たのはいつだったか……
玄関まで行き、インターホンを鳴らす。母親らしき人の声が通話口から聞こえ、俺は現状を知らせた。

「お嬢さんを連れて来ました」
『はぁ…』


簡潔に「学校で寝てしまったので送らせてもらった」と伝えると、家の人に出迎えられた。恐らくみさおの兄だろう。
背負っていたみさおを「後はお願いします」とお兄さんへ引き渡す。これでも起きないこいつは大物だな。
お兄さんと互いに挨拶し、俺は踵を返して帰路に向かう。


やれやれ…今日は驚きの連続だった…良い意味でだけどな。
あんなハプニングがキッカケとなり付き合う事になるなんて……世の中分からんものだ。そう、誰が予想出来ただろうか?出来る訳がない。

夜道で一人、今日の事を振り返りながら、俺は心の中で誓う……
あいつを泣かせるのは今日を最後にしておこう…大切にしていこう、と……

柄にも無い事を考えながら自宅にのんびり向かっていると、ブーブーとポケットが振動する。携帯がメールを受けた事を知らせているのだ。
誰だ?人が浸っているところを邪魔するのは……文句を唱えつつ画面を見た途端、俺の脳が先走って走馬灯を見せやがった――

from.ハルヒ
『妙な噂を聞いたんだけど?明日は覚悟しておきなさい!』

終わったか……泣かせないと誓ったばかりなんだがな……明日が俺の命日の様です。本当にありがとうございました。

…などとふざけてる場合じゃないな。言い訳を考えなければならない。まったく…誰に聞いたんだか……
まぁ、悩むのは後回しだ。今は家に帰る事が先決だろう。俺も親に心配を掛ける訳にはいかんしな。
しかし、明日からは色んな意味で大変になりそうだっぜ…願わくば……

―俺に平穏な日々を―

ーENDー

一方その頃、とある男がとある場所で大変な事になっていた。

「ふんもっふ!誰か僕を助けて下さ…」
「ガッシ!ボカッ!」
「ギャ!グッワ!」

ーBAD ENDー

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最終更新:2007年09月12日 02:49
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