part46-179◆ugIb3.rlZc氏の作品です。
無と有の狭間で思考だけが駆け巡る。
あの日の情景、あの時の感覚……私の中で後悔の念だけが瞬き消えゆく。考えても無駄なのにね。
先走った行動で消えてしまった個体情報……なのに何故? 何故思考は消えてくれないの?
真っ暗な景色の中で一人ぼっち……消したい、何も考えたくない。
…罰なのかな?功を焦り過ぎた私への重すぎる懺悔の時間……
ああ、また無意味な考えが浮かんでくる…助けて……
「迷子なの?」
誰かの声が聞こえた瞬間、暗闇の中に光が差し込んだ。優しく包み込む光と声……これだけで救われた様な気がした――
――ふと目が覚める。手に伝わる柔らかなベッドの感触、耳に伝わる小鳥の囀り……ああ、朝か。
私は夢を見た。不思議な夢……いや違う、夢などではない。
私は何故ここに居る?消えた筈の体を頭で認識し、頬を抓る。
「あいた……痛い?」
何故痛みがある?我々に痛覚の概念など存在しないのに。
何故私はココに戻ってきているの?私は消えた。あの日に消された。
…この疑問を解くには少々不安が残るが、彼女に聞くより他は無いだろう。
私はすぐさま着替えを済ませ、玄関の扉を開け放つ。日差しが降り注ぎ、私は目を細めた……この感覚も懐かしいわね。
…などと感傷に浸っている場合じゃない。
エレベーターに乗り、彼女の部屋のある階を目指す。時間を考えれば、まだ部屋で待機している筈だ。
目的の部屋に辿り着き、少し肺に空気を入れて吐き出す。
何を緊張してるのかしら?彼女なら気づいているだろう……今更戸惑ったところで解決などしない。
意を決して私はチャイムを鳴らした。
十秒も経たない内に扉が開き、その向こうに私を消した時と同じ、無機質な瞳の彼女が現れた。
一瞬背筋が強張り、私は喉を鳴らす。
…そして彼女は小さな口を開き、こう言った。
「うっせーろ」
………えー…?
「…冗談。貴女の疑問に答える。入って」
「あ、うん…」
こ、こんな冗談を言う人だったかしら?
私は別の意味で戦々恐々しながら部屋へ入る。テーブルがぽつんと置かれているリビングに通され、テーブルを挟んで彼女と見つめ合った。
…空気が重い、正直逃げ出したい。そんな事を考えていると、不意に彼女が語り始めた。
「貴女の情報が再び構成されたのは、ある思念の力。情報統合思念体とは無関係な存在」
彼らではない?彼らの力をなくして私を構成する事が可能なの?
疑問を告げる前に割り込まれる。
「彼らの力を介してない貴女の体は有機生命体と変わりない。私は何も関与してない。好きにするがよい」
…かなり尊大な言い方ね。彼女の中で何が起こったのかしら?
「私にも友達が出来た。彼女の影響」
心の中を読まれた!?
…いや、今更驚く事でもないわね。驚くべきなのは彼女に友達が出来た事…よね?実に興味深いわ。
私はふと思いつき、彼女に提案をした。頼める立場ではない事は分かっている……それでも、普通の人間として生きてゆくには必要な事だ。
「長門さん、お願いがあるの」
「理解している。彼らは貴女の存在に興味を示し、私に協力する様に指示をした」
手回しが良いわね…観察する立場だった私が、まさか観察される側になるなんて……皮肉なものね。
長門さんと共にマンションを出た私は、懐かしい道のりを歩いている……そう、学校へと続く道だ。
清々しい天気に私は高揚感を感じている。こんな気分は初めてね。
学校に近づくに連れ、生徒の姿が多くなってきた。中には私を覚えている人も居るのか、私に視線を向けたまま呆けている姿が視認出来る。
更に気分が良くなった私は、隣で黙々と歩いている長門さんの手を引き、学校へ向かう足を速める――
校門へ着くと後ろから誰かを呼ぶ声が聞こえ、振り向いた先に小柄な青い髪をした女子生徒が駆け寄ってくる姿が見えた。
「おーい、ながもんやー」
なが…もん?まさか長門さんの事?私達の方…正確には長門さんの元へ近づいている彼女を見れば、呼びかけてるのは隣で黙っている長門さんなのだろう。
しかし、ながもんか……可愛らしいあだ名が付いたものね?
「羨ましかろう」
「そうね…良い友達が出来たじゃない」
合流した青毛の女の子に自己紹介をする事にした。これから長い付き合いになるかもしれないもの。
「初めまして。長門さんと知り合いの朝倉涼子よ」
「……?ながもんにこんな友達が居たなんて知らなかたヨー」
「彼女は前に転校したが、再び転入してきた」
長門さんに説明をして貰い、目を細めた彼女は「なるほど、家庭の事情か」と納得した顔付きでうんうん首を縦に振ると、
「私は泉こなた!ながもんとは良い付き合いをさせて貰ってるヨー」
小さな手をにゅっと出し握手を求めてきた。 なんだか可愛らしい子ね…
私は「先に行く」と仲睦まじい二人に別れを告げ、校舎へ入った。職員室で手順を踏まなければならない。
――職員室で担任だった岡部先生と短い話しをした私は、前と同じ教室に向かっている。皆どんな顔をするかしら?喜んでくれるかな……
そんな淡い期待をしながら、教室に着いた私は思い出していた……彼の存在を。
既に席に座っていた彼は私の姿を見るや否や、みるみる顔を強ばらせて叫んだ――
「眉、ちょっと太くなってないか?」
…んなわきゃない。と言うより私を見た第一声がそれなの?あの日の事は気にしてないの?いや、寧ろ話しを振ってよ!何だか微妙な空気じゃない!
…なんて動揺を悟られない様に、あくまで冷静に彼へ話し掛ける事にする。
「お久しぶりね、キョン君」
「俺は会いたくもなかったがな」
そうよ、これが本来の反応よね……あれ?何で安心してるのかしら?
…当たり前だと思ってた事が否定された感覚……それが引っ掛かったのね。
そう、これは目覚めた時から感じていた…私の中で人間としての感情が芽生えている。
それは頼る存在が居ないから。
私の行動を決めていた情報統合思念体の指示を仰げないから。
それだけでこれほど世界観が変わるのね……ただの人間も良いのかもしれない。
結果から言えば、クラス全体が歓迎してくれた。消される前に培った人望の賜物ね。
まぁ、キョン君は黙ったままだったし、観察対象だった涼宮さんは訝し気に眺めてるだけだったけど。
昼休みになると見知ったクラスメートが昼食に誘ってくれたが、私は丁重に断った。誰かに呼ばれた気がしたからだ。
導かれる様にやってきたのは屋上……いつもならここも生徒が昼食を食べながら談笑する場所だ。
だが、今日は私が一人ぽつんと居るだけ……何故ここに来たのだろう?まるで、私一人が隔離された様な場所に…
何をする訳でもなく、ただぼうっと立っているだけの私の耳に何かが聞こえた。
最初は風の音だと思う位の微かなものだった……それが段々とハッキリ聞こえ、人の声だと理解した刹那、私は真っ白な空間に移動していた――
この理解不能な状況にも関わらず、私は恐怖や不安は感じない。それどころか安心すら感じている。
この暖かさを私は知っている。暗闇の中で感じた光……
気づいたら涙が頬を伝っていた……悲しくなんてないのに……
「あら、どうしたの?悲しい事でもあったの?」
この声…頭上から聞こえる声は……暗闇でもがいていた私を救ってくれた、導いてくれた声だ。
誰なの?どこに居るの?
「あなたは誰?」
この声の主が私を再びこの世界に戻してくれた人なのだろう。ならば私は感謝しなくてはならない。名前を知りたい…心から礼を言いたいから……
すると突然光が瞬いたと思えば、人の姿をした何かが現れた。
「私は……単なるお節介なおばさんよ」
微笑を含んだ声と共に光が輪郭を象っていき、段々と姿がハッキリしてきた。
この人は……
「泉さん…?」
目の前に現れたのは長門さんの友達である泉こなたさん……じゃないわね。雰囲気がまるで違う。
私が認識を改めていると、そのまま本人が否定した。
「貴女の知っている子とは違うの。私はあの子の母親の泉かなた」
泉さんの母親…何故この人が私を?何の関わりも無い赤の他人の私を救ってくれたの?
それよりも、あの場所からどうやって……
「貴女が望んだから……私は少し背中を押しただけよ」
「私が望んだ?」
「そう、今でこそ貴女には何も特別な力は残っていない。だけど私が貴女を見つけた時には、まだ残っていた…分かる?」
つまり、私自身が私を構成した?そんな馬鹿な……本体からの力が途絶えた場所で私が力を使える筈がない。
眉を顰めている私に、かなたさんが優しく語りかけてくれた。
「私は道を教えてあげただけ……戻りたいと言う意志があったからこそ貴女はここに居るの」
性格……なのかしらね?彼女話しを鵜呑みにする事が出来ない私は更に追求する。
「あの狭間の空間にどうやって入り込んだの?ただの人間が…」
言いかけて口を噤む。彼女の存在を理解したからだ。
「私はこの世に存在しないの……状況的には貴女と同じね。向こうに行く事も、こちらに戻る事も出来ない」
寂しげに、それでも微笑みを絶やさない彼女は話しを続ける。
「でも、だからこそ私は貴女の助けを求める声に反応出来た……これは喜ぶべき事だと思うの。私にとっても、貴女にとっても」
そうだ、実際に私はこうやって再び存在出来ている。彼女が導いてくれたお陰だ。これ以上何を求める必要がある?
……ある、今度は私が彼女を導く番だ。
私は雑念を振り払い彼女に尋ねる。
「あなたがここに止まっているのは何故?心残りがあるからじゃない?」
私が質問すると、キョトンとした顔でまじまじ私を見つめる。
そしてフッと笑うと、穏やかな表情でこう言ってくれた。
「私の願いは……娘が幸せになってくれる事かしら」
これが母親か…子供の為に自分を犠牲にする……
以前までの私なら理解の出来ない事柄だったろう…だが、今は違う。彼女の気持ちが分かる。
だから私はその気持ちに応えたくて…
「なら、私が見守る。あなたの分まで私が傍に居る。だから…あなたは時々戻ってくるだけにしなさい」
頼れることを知って欲しかったとは言え、恩人に対して口調が強すぎた…
しかし、彼女は気にもとめずに微笑んでいる。瞳から涙を流しながら……
「そう…貴女を助けて良かった……ありがとう」
彼女はそう言うと、忽然と姿を消してしまった……導いてあげられたのかしら…?
彼女と対話している間中流れ続けていた涙は枯れる事なく……景色が屋上に戻っても、止まってはくれなかった……
彼女が居ないこの場で言ったところで今更だと思う……それでも、私は伝えられなかった言葉を呟く。
「…ありがとう」
――私がここに居られるのは、ある母親の愛情とその人が起こしてくれた奇跡のお陰。
だから私は誓った…彼女の大切な宝物を守ると。彼女を安心させると。
だから私はここに居る…彼女の大切な人と、その大切な人の宝物の隣に……
「長門さん、今日の晩ご飯どうする?」
「今日はこなたんと食べる」
「ながもんと一緒に食べるのは久しぶりだネー」
あだ名で呼び合う仲になっている彼女達を見ると、私まで穏やかな気分になる。
この笑顔と気持ちを大事にしたい…私も一緒に幸せを感じても良いよね?
「りょうにゃんも一緒に家においでやすー」
「私も良いの?」
「構わない」
「イインダヨー」
神様…この時間を奪わないでね?じゃないと、貴女の大切な人を奪っちゃうわよ?
「ぶぇっくしょん!」
「ハルヒー、恥じらいを持ちなさい」
「う、うるさいバカキョン!」
後ろから痴話喧嘩が聞こえるわね……こんな日常が…
―この穏やかな日々が続きますように―
ーENDー
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