小泉の人による作品です。
「好きです」
たった一言がこんなにも重い
「好きなんです」
重すぎて一人では耐えられない
「好きです、いつからか解らない程」
年下だから、という理由からでは無く、躊躇する
「付き合って下さい」
やっぱり、重いのだ。立場的にも心情的にも。
「駄目だったら未練を残させないでください」
、だけど────
『黒い長い髪に縛られる』という文章を教科書で見た気がする。
手元にはその教科書はないが、そのフレーズだけは覚えていた。
しかし、不思議な事にその教科書を後で探してもそのフレーズは見つからなかった。
仕方がないので自分で意味を考えてみた。
まず黒い長い髪、というのは女の何かだとは想像がつく。何かの隠喩だろう。縛られる…これはそのままの意味だな。
長い髪……黒い………ああ、今の俺の状態を表してないかこれ?
黒い長い髪は女の象徴。縛られるのは男の思い。つまり、男が女にぞっこんだと言う隠喩じゃないか?
はは、と苦笑いが漏れた。都合が良すぎだ。
こんなときにこんなフレーズが浮かぶなんて……神様は偶然がお好きらしい。
何故か?簡単さ
俺は『黒井』(先生の)長い髪に縛られているからさ。
「黒井先生。俺は……先生の理想に釣り合いませんか?」
そないな事ない、と言えたらどれだけ楽やろか。教師、生徒と言う関係を取っ払えばキョンはええ男や。それはみとめたるわ
けどな……
ウチは……教師なんやで?キョンは生徒なんやで?
「俺は、…望みがないなら切り捨てて下さい」
ああもう…そないな事できたら悩まんわ!!心中察しいや!!
生徒と先生の関係はあと二年足らずや。ならそれまで待てばええ……なんてことが言えるわけ無いわ…。恋しながら二年近くも生殺しなんてむごいわ。
ウチももう二十代とお別れする年や…こないなええ男とも出会いは望めん。
打算的と言えばそれまでや。けどウチはウチなりにキョンを好きなんや。でもウチら、生徒と教師なんやで。
…どないすればええんや?
キョンは黙っとるウチに痺れを切らしたのか、近寄ってきた。
目の前に立ち……そしてウチを抱きしめた。耳元でこんな事言うんや。
「先生が、俺を嫌いならそれでもいいんです。でも、このままだと、俺、駄目に、なって」
ポツポツとウチの肩にキョンの涙が降った。
「ウチは教師や。キョンと付き合ってるなんて公言出来へんで?更に年も大分、上や。男に好かれるなんて滅多にあらへんから付き合っても面白くあらへん…それでも付き合いたいんか」
返事の代わりにウチを抱く力が少し強くなった。
ウチは──────迷いながらも──────応えるようにキョンを抱き返した。こないにマジな男の顔されたらウチ、断れへんやん……。
肩に降った雨はあがり、代わりにキョンはウチと目を合わせた。
唇を重ね、ウチはキョンと付き合いを始めた。
「ふぅ……」
授業中だと言うのに顔の火照りが収まらない。どうしよう。
¨あのとき¨の事を思い出すだけで口元がにやけ、眉が寄り、恥ずかしさに悶えるのだ。
(恥ずかしかったッス……)
それは一昨日まで遡る─────────
私は知られてはいないが同人作家です。丁度いいネタが思い浮かび狂喜乱舞した所、紙が切れていたのを思い出して駅前の文房具屋に行ったのです。
ここなら私がいてもオタクだとはバレない上に、品揃えも結構良いのです。
原稿用紙60枚3セットとコピック、ペン先、インク、と色々買い込み、私は幸せだったッス。
ところで私は少しばかりあがり症の気がありまして……少し気の高ぶった私は信号を見落としたッス…そのとき!!
プァッ!!!!と私はそのクラクションで正気に戻ったッス。
「危ねぇ!!何やってんだ!!」
と私の襟首を掴み、歩道に戻してくれたのはキョン先輩でしたッス。
吊り橋効果って奴ッスか?
私の心臓はバクバクで、顔は真っ赤。キョン先輩の胸元に後頭部をもたらせながら見上げた顔はなんとも格好良かったッス。
「田村。少しは周りに注意を払うようにしろよな?」
「は、はいッス…」
「自分で立てるな?気をつけて帰れな」
「はい……ッス」
そう言ってキョン先輩は私の肩を掴んでまっすぐ立たせました。
「じゃあな」
私は漫画でももう無いようなそんな展開で………惚れちゃったッス…。
その日の夜、キョン先輩の後ろの席の人である泉先輩に探りを入れてみると「ひよりん?キョンキョンを好きになるのは茨の道ダゼ?」と言われました。
彼女が居るかどうかを聞きたかっただけなんッスが…と、そのとき、私の脳裏には(泉先輩もキョン先輩のこと好きなんッスかね?)と半ば確信めいた女の感が働いたッス。
「とりあえずキョンキョンは止めといったほうがイインダヨ!!」
「グリーンダヨ!!…そうですか?まぁ、別にいいですが」
まぁ、これは嘘ッス。心苦しくはありますが、相手が泉先輩でも遠慮してちゃあ幸せは掴めないッスもん。
「じゃあまた明日ッスー」
「バイバーイ」
プッ
とりあえず今はキョン先輩はフリーっぽいッスね。
回想終わり。
我ながらベタベタでベタベタなベタベタの恋の落ち方ッスね。
「……」
に、しても恋とはここまで人を変えるのか。普段目にするものでさえ色が変わって見えるッスー…あ、授業終わってた。
一日の授業が終わったが特に記憶に残っていない。一日がキョン先輩を考えていただけで終わってしまった。これではまるで
「漫画じゃないッスか」
本当にどうしようか。顔の熱さが収まらなくて皆にバレてるんじゃないかと恐れるくらい私は恋する乙女ッス。
ああ──恋に恋した私に戻りたいッスー。
などと完全に周りが見えていない。しかし、周りが見えていないのは視覚的にでは無く、客観視出来ない、という意味だ。視覚的には問題ない私は見つけてしまった。
屋上に誰かを待つ様子のキョン先輩。そこにきた黒井先生。抱き付く先輩。抱き返す先生。キスをした二人。
「…………え?」
夕日の照らす二人は銀幕に映る俳優のように似合っていた。
…そう思った自分が恨めしかった。
「こんばんは、お兄さん」
「ん?あぁ、ミヨキチか。こんばんは」
夜中だというのに制服姿のお兄さんに会いました。
「なんでこんな夜中にこんな所にいるんだ?親が心配するぞ?」
「大丈夫です。私は塾だったんです…お兄さんは?」
「俺は…ちょっと友達と遊びすぎてな」
「ああ、成る程。だから制服だったんですね」
嘘ですね。殆ど嘘です。私は知ってます。お兄さんが何をしていたか。ついさっきの出来事でしたから。
私は私が言った通りに塾の帰りでした。嘘を吐くような人じゃありませんしね。その帰りにお兄さんを見かけたんですね。
ただ、お兄さんはマンションの出口から出る所でしたが。少し見ているとお兄さんは顔を上げてどこかを見ました。私は視力はいい方ですから普通に目線を追います。
そこには金髪の女がいました。ワイシャツ一枚です。ブラもしてません。卑猥です。お兄さんはあんな女に惹かれたのですか?どこがいいのですか?私の体より少しグラマラスなだけですよ?
少し落ち着きましょうか。いえ、私は冷静です。まずどんな関係かさえ知らないのです。邪推は止めましょう。大体お兄さんは鈍い。鈍すぎます。だから彼女なんて出来るはずが無いでしょう?あ、でも私が婿にもらいますから安心してください。妹さんが義妹になるけど。
見ているとあの女は投げキッスをしました。あきれます。何年前の人間ですか?昭和を通り越して大正か明治の人間でしょう?お婆さんじゃないですか。駄目ですよ?お兄さん。私みたいに若い方がいいですよね?
まさかとは思いますがあれと付き合ってるんですか?全く、人生観を損ねちゃいますよ?年寄りよりも若い方がいいのは真理ですよね。もう!!お兄さん?なんで照れくさそうに頭を掻いてるんですか?
もう、見てられない。あんなデレデレした顔は未来の私だけに見して下さい。あんなお婆さんに見せないでいいです。
そして私は、お兄さんに声をかけました。勿論、あの女が引っ込んだのも確認しましたよ?
……………………………………………………………………………………………………………………………………。
何故だろ。
薔薇色の世界は消えて灰色になっちゃった。
……………………………………………………………………………………………………………………………………。
キョン先輩にかけられた恋の魔法が解けたから?
違う。
私は未だに思えば体が熱くなる。
昨日はあれほどまでに描きたかった漫画は既に色褪せた。この黒い感情は世界から色を奪う。
なんだろうか。私は無意識にトーンカッターを手に取っていた。
なんで?スッ
なんなんだろう?ガリッ
初めて。ガガッ
失恋?シュッ───
わからない。カッ
どうすれば治るかな。ベキッ!
痛っ。
刃先が無茶な力に耐えかね、私の指を浅く切った。静脈の血は黒い。動脈は鮮やかな赤なのに。黒い?黒井………先生?
あぁ、わかった。いす取りゲームッスね?椅子はキョン先輩の隣。限定一個。どかせば私の番ですよね。あぁ、なる程。キョン先輩が黒井先生を拒否すれば自然に開くじゃないですか。
「あは…………………ははは……………………はははははははははははははははは!!!!!」
「………………………………………………………あは」
「なぁ、キョン……」
あぁ…メッチャ今ウチの顔赤いんやろな…恥ずかしいわ。
「はい?」
なのにコイツときたら平然とした顔しとる。…ウチが告白されたんやからウチは堂々としているはずなんやが…。
「その………な、今日から三連休やな」
……男慣れしとらんのをこんな後悔したことあらへんで。
「はい」
もしかしてコイツ天然か?
「その、…」
キョロキョロと辺りを見回すウチはさぞかし不審にみえるやろな。
よし、誰もいない。
「今日、ウチに泊まり来い」
耳元で囁いたウチの言葉にキョンの顔が真っ赤に染まった。
ただいま。
「おかえりー!!キョン君!!」
家に帰ると奥から妹が飛び出してきた。なにやら上機嫌だな。
妹は満面の笑みだ。普段は俺が帰るだけではこんな顔はしない。と、いうことはなにかあったな。
三連休だし旅行の計画でも起てたのかもしれない。まぁ、そうなったら3日間先生の家に居てみるのもいいかもしれないな。
そんなことを考えていると妹が「ねーねーねーキョン君」
…いい加減に俺を兄と呼んでくれ。オマエもうすぐ中学生だぞ?他人なのにお兄さんと呼ぶミヨキチを見習ってみろ。
「お兄さん、こんにちは」
そうそう。こんな風に……え?
驚いた俺の顔を見て妹が太陽よりも明るい笑顔でこう言った。
「ミヨキチが泊まりに来ました!」
茫然としていた俺にミヨキチは礼儀正しくお辞儀をして、
「短い間ながらも、お世話になります」
と言った。……そんなミヨキチは不承の妹と同い年とは思えない程大人びていた。
「…………………………………………………………はぁ」
なんとも爛れた性生活ッスね。でも先輩?世の中には盗聴とかこわーい事する人が居るッスよ?
私は一見携帯電話に見える受信機をポケットに押し込み、イヤホンを外した。
秋葉はいくら一般化が進んだと言っても裏はまだまだ裏ッス。平気で盗聴機を売る店は普通にあるし、その改造をしてくれる店もあったッス。
キョン先輩のブレザー。あの肩パットの部分は固くても気付かれないッスからあそこに仕込ませて貰ったッス。
不用心ですよ?キョン先輩。
あ、駄目。駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目……私の腕が震えるッス。尋常じゃありません。落ち着くッス。落ち着くッス。
「は、はは」
ポケットに入っているフリスクを取り出せたッス。中身は別モノっすけど。コレも秋葉で買ったッス。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ…………………ゴクン。
大丈夫ッス。私は大丈夫ッス。名前は田村ひより。髪が長い。みなみちゃんにゆたかちゃん。少しヤキモチ妬かせるのが好きなキョン先輩。大丈夫。私は冷静ッス……あ。
忘れてたッス。女狐。雌犬。教師のくせに生徒を食べる女郎蜘蛛。黒井ななこ。私って馬鹿ッスね。一番重要なのに。
「……ハハ……………………………ハ……………………ハハハ……………………………ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
よーし、落ち着いたッス。あんな女には負けないッス。私の席なんスから勝てますよ。
早めに帰って今日の準備するッスよ。
………こんなドキドキする気持ちは何年ぶりだろうか?サンタを信じていた頃の夜更かし?宇宙の果てを想像したときか?自転車のブレーキが壊れて轢かれそうになったときか?
否、この高揚感は全くの別物だ。
今から一週間も遡れば今の俺がこんな状況だなんて信じられまい。今でさえ夢心地なのだから。
俺は自転車を走らせる。少し残暑の収まった街は冷ややかな風をはらんでいて、その風が火照る体に気持ちよく、シャツ一枚にでもなりたい気分だ。
既に日は暮れて、街は光に溢れ出している。決して街の中心ではないが、郊外でもない所に"それ"はある。
ふぅ……
熱い息を吐き出して部屋を見上げる。その部屋の住人は窓を開け、微笑みながらこちらを見下ろしていた。
「キョン!!はよ上がり!!」
俺の恋人。
「あははは…なんか恥ずかしいモンあるわな」
頭をポリポリと掻きながら俺を部屋に上げる先生。部屋の中は思っていたよりも質素だった。
……意外と物が無いんですね?
「教師なめんな。二十四時間常に残業みたいなもんやで?テスト作って採点して日誌書いて教頭の愚痴聞いて予習してプリント作って毎日ヘトヘトになるまで働きづくめや!!やってられるほうがおかしんや!!」
何やら触れてはいけない部位だったらしい。正直そこまで真面目ではない生徒に属する俺には耳が少し痛い。
グッと先生が俺の肩を掴み、引き寄せる。
「ただし、それは息抜きが無ければの話やで?」
体重を少し預けられた。俺の姿勢は自然と後ろに反っていく。
既に俺と先生の顔の距離は残り少ない。段々とゼロに近づくに連れ、体重を俺にかけられる。薄くリップの引かれた唇に目を惹かれた。
「とりゃ」
うおっ!?
ドスン!!と下の住人には迷惑そうな音を響かせ俺を下にして二人はベットに倒れ込んだ。
「このベット……二人引っ付かんと寝れへんな」
……引っ付いて寝ればいいでしょう。
互いに紅潮した顔を見合わせ、どちらとも無く引き寄せる。化粧っ気の無い先生だが、近くで見ても十代に引けを取らないほど肌はきめ細かい。
艶やかで水気のある唇は、俺のカサついた唇で傷ついてしまいそうな程だ。そして触れ合っている肌の熱さが現実だと意識させる。…二人分の鼓動が重なるのがわかる。
「自分。目、閉じるのがマナーやで?」
そのまま直行しようとしたら殴られました。
「ふ、ふいんき……ちゃう、雰囲気ってのがあるやろ!!」
はだけた胸元を隠しながら真っ赤な顔で怒る先生。けど俺は雰囲気十分だったと思います。…怒ってる姿さえ可愛く見える俺はたぶんダメダメだと思う。
「と、とりあえず夕食まだやろ?食べよか!!」
あはは、と笑ってはいるが性欲真っ盛りの俺の目は危険そうに見えたのだろうか?少し警戒している。…まぁ、まだ時間はあるさ。気長に待とうか。
Two hours later………
既に時計は11:00を指していた。夕飯を食べた後俺達はバラエティーを見たり、ゲームしたりしていた……が、正直限界が近づいている。
サアァァァァァァァ
耳を澄ませなくとも聴こえるシャワーの滴り。あの扉の向こうは[以下二十行禁則事項]だろう。
音が止む。ドアが開き、パジャマ姿に濡れた髪の先生が………………
「キョンも入りや。バスタオルは二段目……キョン?目が怖いで?」
すいません。いただきます。
「ちょっと待てい!!!シャワー浴び」
後で大丈夫!!
「せ、せめて………電気///」
あぁもう…可愛すぎる。駄目だ。………惚れたという点を除いても可愛い。
言われた通りに電気を消し、俺はシャツを脱ぎ捨てた。
スゥ……スゥ………
私は隣にいる妹さんの眠りを確認します。瞼を開けて、眼球運動を確認。…焦点の合ってない瞳がゆらゆらと動いています。間違い無く寝てます。
極力音をたてずにドアを開け、耳を澄ませます。─────────────────、良し。誰も起きていません。やはり睡眠薬は利いているようです。本当はお兄さんに使う予定だったんですよ?通販で高かったんですから。
ペタペタペタと裸足とフローリングの床の摩擦する音だけがします。私はまず玄関に向かい、私のサンダルを取りました。次に一階のトイレの窓を開けてそこから外に出ます。一番見つかりにくいからです。不審者に見られてはぶち壊しです。
よいしょ。
私の体は同年代に比べてグラマラスではあるものの、子供の骨格ですから細いです。でもお兄さん好みの体型になりますから。どんなリクエストも喜んで受けますから。あんな婆さんに童貞(たぶんですが)を捧げないでください。
私は腰にささった物を確認すると、急いで雌犬の家へと向かいました。
走るのは得意なんです。
んー…………やっぱいらない物は置いておくべきッスね。
教員名簿でもう住所はみつけたッス。どうやって席をどいてもらうかを考えると……今日だけじゃ無理ッスね。
……一つ前の女なんてどうでもいいッスよね。
でも、阻止はしたい……ならこれだけで十分ッス。
ガスは十分ッス。
弾は合金ッス。
アルミ缶なら余裕ッス。
…………あれ?また震えてきたッス。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ………ゴクン。
最近サイクルが早いッス。
そういえば生理も遅れてるッス。
……キョン先輩の子供産めないッスか?
でも他人には取られたく無いッス。
大丈夫ッス。先輩は優しいッスから。
そろそろ行くッス。頑張るッス。
雌犬の家の前につきました。まだ明かりはついてます。だからと言って情事が無いとは言えませんが。
汗をかいたせいか、普段纏めている髪が鬱陶しく感じます。いつも通りゴムで纏めればよかった。
髪を手櫛で後ろに流して、腰のスタンガンを動作確認します。あくまで護身用で買ってもらったものです。変な事には使いません。
パチン
動きます。
えっと……私の感が正しければ………あった。お兄さんの自転車です。やっぱり雌犬の家でした。
キキィ……
自転車のブレーキ音がしました。住人でしょうか?
女の人です……多分十代だと思いますが、少しやつれています。隈が出来て、顔色も悪く、口も少し半開き。なにより、こんな時間なのに制服を着ています。
少し長めの髪とメガネの特徴的な人です。……なぜここに止まったのでしょうか?ここの住人…ですかね?まぁ、そんなことは些細な事です。私はあの部屋の監視を続けます。
「フーッンフッフッフー」
今の私はハイテンションッスよ。自作の鼻歌がすらすら風に乗って出てくるッス。
やまーをこーえーゆこぉーよくちぶえふきつーつー。懐かしいッス。小学校のときのことはよく思い出せるッスね。
そう言えば最近5日ほど寝てなかったッス。薬があるからだいじょーぶー。
キョン先輩を想うだけで燃えるこの心は無敵ッス。
……そういえば私なんでキョン先輩が好きになったんてすかね?それすら思い出せないほど前から好きだったんッスね。やるなぁ、あたし。
そう、これは試練ッス。私がキョン先輩を好きだってのは知っているッスから。乗り越えた幸せは見えるッス。
やっとついたッス。………なんかパジャマ姿の女の子が居るッスよ?絵に描いたような美少女ッス………私もああいうバディがあれば簡単に振り向かせられたかもしれないッスね。
えーと先生の部屋は、ひーふーみー…の、ひとふた…あぁ、まだ電気がついてるッスね。
……隣りの女の子も心なしか同じ所見てるッスか?キョン先輩?まさかこんな子にまで権利与えたんスか?さすがに私も良心が咎めますよ…。
まぁ、気にせずにあの部屋見張るッス。
フッ
「「……………………………」」
「えい」パン!!
「よい…しょっ!!」ブン
ガシャン!!
俺たちは固まった。端から見れば変な光景だろうか。半裸の俺が女を押し倒している途中であらぬ方向を二人揃って見ているのだから。
「な、なんや…?」
窓は丁度ベッドの反対側にあったのでこちらには破片は飛んでこなかった。しかし床にはまばらながらもガラスが散乱しているので裸足で窓に近寄るのは危険だ。
「キョン…?」
ちょっと待ってください、落ち着いて。下には降りないで。破片で怪我しますから。
…まずは冷静になれ。どうにかして窓に近づいて犯人の顔を確認するんだ。何か使える物は?…あった。
俺はベッドの掛け布団を床に投げ、足場を作った。コレで窓に近づけ…
「危ないっ!!キョン!!」
ブンッ!!と俺の頭を拳大の石が通り抜けた。ゴンッとバウンドする音が響いた。
…………マジか?こんなの頭に当たってたら死ねるぞ?
背筋を冷たい衝撃が走ったが、女の前という場所が俺のプライドを掻き立てる。…上等だ。
布団を無理矢理動かしてベランダに行き、窓の外を覗いた。
外は暗闇を照らす街灯…アスファルトに舗装された道…植えられた樹……人影はどこにも見えなかった。
ウチらはこの有り様では寝ることも出来ないので別々に別れた。
ウチらはとりあえず服を着て、財布などの貴重品を持って外に出た。
「キョン、ウチ、大丈夫かいな…?」
アカン、今頃震え来たわ。なんなんや…?明らかにウチらを狙ってたやろ……何故や?なんかウチ、恨みでも買うたか?
そんなウチをキョンは引き寄せて抱きしめた。
「大丈夫です。何かあったら俺を頼って下さい。俺は……先生を、守ります」
ウチを抱き締めるキョンの体温は熱く、優しかった。…ありがとな、キョン。……でも震える肩が隠せてへんで。ウチは大人やで?ガキに守られて安心してちゃあ、面子あらへんよ。
…ウチが、守ったる。
ああもう。なんなんですかあの人?エアガンですか?あれで窓ガラスを割ったらしいですが…異常な威力ですね。私の投げた石が危なくお兄さんに当たる危険ができちゃったじゃないですか。
私はガラス割るために投げたのに傷害致死とかなったら大変じゃないですか。はぁ……暑い。走って私はお兄さんの家に帰っています。
もしかしたらお兄さんが自転車で家に帰るかもしれないのです。それより速く帰らなければいけません。
ふぅふう。運動でかく健康な汗は気持ちいいですね。熱い熱いです。やっと着きました。トイレの窓を開けて中にはいります。タオルを借りて少し濡らし、汗を拭きます。
すっきり。
さて、一時しのぎではありますが問題は片づいたのです。後のことは後で考えましょうか。
妹さんの布団にはいります。あぁ、眠い。疲れました。
「おやすみなさい」
なんなんすか?
やっぱりあの子もキョン先輩を狙ってたんスね?私と同じ行動してたってことはあの子も何かしらしてキョン先輩の行動を知ったって事スから。
自転車を走らせるッス。風は気持ちいいスが、気持ちは晴れないッス。まだ全てが終わった訳では無いんスから。
……でもあれだけの被害でもこの三連休は家には帰らないッスよね?……なら、もうすぐで全て終わらせられます。
ああもう、登校するのが楽しみッスよ。こんなに待ち遠しいッス。
黒井先生?生徒に手を出すのは駄目ですよね?
「あは…………」
あはは。
あはははは。
こんな気持ちは初めてッス。
楽しい。
自転車を漕ぐ足にも力が入るッス。
結末の予想出来る未来はこんなに楽しい。予想通りの展開になるッスね。
「あははははははははははははははははははは」
乾いた笑い声は夜の街を不気味に駆け抜けていく。
「……一年の田村ひより、やな。こんなもの送りつけて何のつもりや?」
カラン、と足元にCDを落とす。
「わかりませんか?………キョン先輩と別れて下さいって言う言外のメッセージッスよ?」
このCDにはウチとキョンの会話が録音され、いくつものウチとキョンの写真が収められていた。こんなものが例えば校長なりに送られれば余裕でクビやな。
「データはこれだけやないんやろ?さっさと消しや」
ウチは田村に詰め寄る。
「何故です?私にはそんな必要が無いッスよ?」
「ウチの窓割ったのはアンタやろ?警察突き出すか?」
「証拠なんてあるんスか?」
「クビ覚悟ならいくらでも方法あるわ」
「そしたら先生は無職ですね。あはっ。気楽に生きられそうですね?」
「キョンに危害加えるような奴は退治したるで?」
胸元を掴みあげ、睨みを利かせた。これで少しはビビるやろ、というウチの考えは甘かった。
「は、あははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!その顔ですよ!!私はその顔が見たかったんスよ!!!!!!!!!!!あははははははははははははははは!!!!!!!」
ビビるどころか笑い声あげよった。
「なんや。なにがそんなおもろいんや。…ウチに聞かせてくれんか」
この行動にはむしろウチが毒気を抜かれた。
「あはははははははははははは!!!!!…………必要無いですからね。はははははははははははは!!!」
「そうかい…なら用ないわ。じゃあな」
なんだか気持ち悪い。スッキリとしない。…何なんだろうか?何故田村はウチをここに呼んだんや…?
「一つだけ。教えるッスよ」
「なんや」
足を止め、田村に向き直る。
「怒っていた顔……嫉妬深さが溢れて醜い顔、でしたよ」
はは、と再び笑った。
「…そうかい。じゃあな」
ウチは階段を下り、二度と振り返らなかった。
ははははははははははははと笑う声だけは耳にこびりついていた。
まず、私は登校すると黒井先生の靴箱に私の纏めた画像と音声を入れたCDを投げ込み、手紙も入れるッス。放課後、屋上に来てください。と書いて。
「は…ははは!!」
予想以上ッスよ。いいッスね!
これで私の計画は終わるッスよ。これで……あの女は終わりッス。
私はあの女から心理的に死角になっていた場所にあるデジカメを回収する。動画は撮れるが音声は録れない少し前のタイプだ。
安い、という理由もあったが、音声が録れないというのが一番の理由だ。
「んー……良く撮れてるッス」
本当に醜い顔ッス。後は…
メキッ!!と顔に自分の拳をめり込ませた。
すぐに腫れてきたッス。これで準備完了。
では、黒井先生さようなら。
「あははは!!!!!!!!」
バラエティ番組も終わり、風呂に入り、あとは寝るだけ、という時間に電話がかかってきた。
「先輩……会えますか?」
今にも消え去りそうな声が電話の向こうから聞こえた。
田村……か?どうした?
俺は布団から起き上がり、携帯の会話に集中した。
「会いたいッス……」
会いたい、だけじゃなにが何だかわからん。どうしたんだ?
何やら切実そうな声だ。生返事してはいけない雰囲気だ。………何かあったのだろうか。
「公園で………待ってるッス」
おい!?田村!?待て!!何があっ………プッ──────
何だ?……………何か、嫌な予感がする。虫の知らせって奴だ。
俺はジーパンを穿き、ジャケットを羽織って外に出た。
「田村っ!?」
あ、先輩が来たッス。ここが一番大事な局面ッスから気合い入れるッス。
「どうしたんだ……その頬?」
さっき確認したら紫色に鬱血してたっすね。
「先輩は……黒井先生と付き合っているッスか?」
先輩は顔を強張らせながらも、肯定しました。
「なんで知ってるんだ?」
「屋上でキスしたのを見たッス……」
何だかしまった、といった表情ッスね?まぁ、いいッス。些細な事ッスよ。
「私……キョン先輩が好きなんです」
「は?」
「それがどうしてか……先生が知ったんです。
放課後、屋上に呼ばれて…殴られたッス………でも、信じられないッスよね?」
「…………あぁ、そう簡単にはな」
「最初、なんかおかしい、と思って…………デジカメでなにかあったときの証拠として撮っておこう、と思ったッス。……古いから声は出ないッスけど」
私は先輩にデジカメを渡した。勿論、私が笑った場面は消してある。ちなみに殴ったシーンなどはないから、私はその時は脚でカメラを隠した。
「…………」
キョン先輩は絶句してるッス。
流石に自分の恋人がこんなことしてたら信じられないッスよね。
「先輩……私は、先輩の彼女になれないッスか?」
「………………俺は、」
凄まじい動揺が顔に表れた先輩。
そこに漬け込み、私は先輩にしだれかかりました。
「田村?」
「今だけでも……先輩の彼女で居させてください」
私は、強引に唇を奪ったッス。
ハァッハァッ……
どうやら……主賓が来たッスね?
動揺する先輩は気付かないみたいッスが、私には聴こえたッス。あの女が自滅するために。
「キョンッ!!!」
「?!」
あの女が眼にしたのは私と先輩のキスシーン。あらあら?だいぶお怒りッスね。
ツカツカツカと此方に歩み寄り、
「何しとるんや!!!!!!!」
と、私を殴りつけました。
「先生!?何してるんですか!?」
キョン先輩は動揺の極みです。
「痛い…………」
これも利用して先輩にすがります。ホントに痛いですよ?
「こん、の……」
「止めて下さい!!!なんで殴るんですか!!」
ホントですよね。あぁ、嫉妬に狂う女は醜いですね。
「は、ははははははひはははは!!!!」
やった!!やったッス!!!勝ちました!!!!説明!?しますよ!!
か弱い私は黒井先生に殴られて縮こまってました!!それをキョン先輩が止めました!!私の話に信憑性がでたので、疑いますよ!!あははは!!!
そ、れ、で!!とりあえず、キョン先輩は落ち着くために私たちを止めました!!なにやら不信感の拭えない先輩は一度一人で考えたい、と言って帰りました!!以上!!
え?なんでそれで勝ちになるか?私は被害者ですよ?あちらは加害者。それは揺るぎないッス。データは全て消したし、CDは二度目の読み込みをすると全て消える仕組みッスから消えるッス。
何を言っても先生は独り相撲になるッス。被害者の面を真っ直ぐ押し出せば簡単ッス。
キョン先輩の隣に座れて、邪魔者まで消える!!みんな思い通りに運びすぎて怖いッスよ!!
はははははははははは!!!!!!!!!
「ははははははひはははは!!!!」
さて、ここからは私が主役ですね。ありがとうございます。正直、手駒の無い私にはどうしても先生?を除くことはできなかったので。
えーと、田村さん?あなたの出番は終わり。ありがとうございました。足繁く調べて後を付けたかいがありました。そろそろ、と後ろから近づく私に有頂天な田村さんは気づかないようですね。えい?
バヂンッ!!!
さすがスタンガン。一発で寝ちゃいました。さて、あとはお兄さんの所に急ぎましょうか。
「……ミヨキチ?どうしたんだ?こんな夜中に」
「お兄さん…」
私は近づき、お兄さんに抱きつきました。
「可哀想です……傷つかなくていいのに傷ついて……でも、もう大丈夫ですから」
「ミヨキチ……?何が」
「私が、一生側にいますから。安心して私に寄り添っててください」
バヂンッ!!!!!!!!!!
私はわざわざ遠い名門の中学に通うことにしました。そのためにすでに物件を選んでいました。そこにお兄さんと同棲です。
反抗したらスタンガン。これだけで結構言うこと聞くんですよ?
春がきました。
春がきました。
春がきました。
春がきました。
私は高校生です。どうです?似合うでしょうか?
「とても…似合います」
私は16歳になったから結婚もできます。ジャーン!!婚姻届!!これで晴れて夫婦ですよ?嬉しいですね?
「はい」
今日は素晴らしい日です!!今日も一日がんばりましょう!!
無垢な信頼心は、罪の源泉なりや
──────人間失格
そんな言葉があります。つまり疑ってかかれってことですかね?
大丈夫ですよ。ちゃんと『首輪』つけてますから。
行ってきます。
黒井先生→ひよりを暴行。退職。
ひより→キョンを取られたと誤解。ななこに例の銃で襲撃。退学。現在仮釈放中。
THE END