明日を取り戻すんだ! 第1章 はろーわーるど編

それは、ある秋の日。

「遅いわよ、キョン」

いつもの喫茶に俺は着いて。

「それじゃあ、今日の班分けのクジを引くわよ」

いつも通りの日が始まることを疑いもしなかった。

「じゃあ、いつも通りお昼に一旦駅前に集合ね!」

「また、後でね。キョンキョン」
「……」
「じゃあ、キョンくん。また後で」
「それでは、皆さん。またお昼に」
「つかさ。二人きりだからって、あんまりはしゃいで古泉君に迷惑かけるんじゃないわよ」
「もぉ~、お姉ちゃん! 余計な心配しないでよ!」
「何だか、少し照れてしまいますね」

そうして俺は皆と別れて、ハルヒと共に歩き出して――

 

――気がついたら、砂漠のド真ん中にハルヒと一緒にいた。

「……ねぇ、キョン。コレ、何がどーなってるのかしら?」
「そんなもん、俺に分かるわけがないだろ……」
ハルヒと一緒にいることで、大概の不思議な事態には慣れたと思っていたが……これには流石に参った。
ハルヒと一緒に街中を歩いていて、何の前兆もなく、こんなところに放り出されていた。

ハルヒにはああ言ったが、実は全くの予想が立たないというわけではない。
コンピューター研の部長の時と同じように異次元空間か何かだとは思うんだが。
しかし、あの時は、見渡す限りの地面は完全に平坦で、何だか良く分からん黄土色の靄が
空中を漂っているという全く現実離れした場所だったが、今回は本当に砂漠だ。
砂漠といっても一般的な日本人が想像するような、周り一面全てが砂で覆い尽くされて
ペンペン草の一つも生えないような、いわゆる砂砂漠ではなく、熱や乾燥に強い背の低い
植物が所々に点々と生えていて、地面は砂というには粒の大き過ぎる礫に覆われた
礫砂漠というやつだ。さっきハルヒが、真面目にそんな解説をしていた。
だが、今の状況でははっきり言って砂漠の種類などどうでも良い。
問題なのは、ここが妙に現実感を持っていることだ。

 

「……ハァ、ハァ……それにしても……暑いわね……」
ハルヒはこの状況に最初こそ、やれ宇宙人の仕業だ、やれ異世界に迷い込んだのだと
はしゃぎまわっていたが、しばらくすると、この暑さにやられてそんな元気は失われたらしい。
「……それにしても……ホントにここは何処なのかしらね……」
「……だから……そんなもん、俺が知るわけないだろ……」
だが、元気がないのは俺も同じだった。気温は恐らく40度を超えて、太陽は
空の一番高いところで翳りなく照り、だらだらと汗を掻いて、パンツ一丁に
なりたいくらい暑苦しかった。まあ、俺にも恥じらいというものがあるので
そんなことはしなかったが。だが、それ以上に深刻なのは、喉の渇きだ。
俺とハルヒは街を歩いている途中で自販機で買ったペットボトルのウーロン茶と
スポーツ飲料をそれぞれに持っていたが、そんなものすぐに飲み干してしまった。
このままではいずれ俺たちのどちらかが熱中症で倒れてしまってもおかしくはないだろう。

だがしかし、そんな心配はどうにか杞憂に終わりそうだった。小さくはあるが明らかに
人の手によるものであろう建物が、あてどなく歩き回っていた俺たちの目に入ってきたのだ。

 

一時間ほどの後、俺たちは廃墟と化した街の中の井戸で喉を潤していた。

俺たちが砂漠を歩いていて発見した建物は実はとても巨大な壁だった。それも古代中国で
街の周りを囲んでいるような、いわゆる城壁というヤツだ。俺も伊達にK○EIから
出ている三国志シリーズをやり込んでいるわけではないので、この辺の知識はあった。

俺たちが先ず最初に驚いたのは、城壁の門が完膚なきまでに破壊されていたことだった。
元々門の一部であっただろう木片が散乱し、瓦礫として乱雑に積みあがっていた。
何となく不安を覚えながら、街の中に踏み込むと、人の気配が全くしなかった。
何年も前に廃墟となったのだろう、人の営みの痕跡すら全く感じさせない街並み。
民家の中に踏み込んでみれば、ただ埃だけが降り積もっていて、人がいなくなってから
過ぎ去った時間だけを感じさせた。恐らく大きな争いでもあったのだろう、そこかしこに
点々と存在する家などの建物の瓦礫が俺たちをさらに不安にさせた。

しばらく街中を探索すると、俺たちは井戸を見つけた。争いによるとばっちりを受けずに
完全な状態で残っていたそれを見つけたときは俺もハルヒも、競ってそちらへ急いだ。
涸れているかもという不安はあったが、しっかりと水は健在だったことに感謝しつつ
俺たちは渇き切った喉を潤すべく水を汲み上げた。

 

「ぷはぁ! 生き返るわぁ」
そんな風に豪快に水を飲み干したハルヒを見ながら、ようやく物事を考える余裕の出来た
俺は今回のことについて思いを巡らせた。こんなことが出来そうなのは長門の
お仲間くらいだと思われるが、まさか朝倉のときのように俺に何かしようというんじゃないだろうな?
いや、待て、それだとハルヒを一緒に巻き込んでいるのがおかしいし、第一、今まで
向こうからの接触がないのもおかしい。そう、誰かがこの世界を作ったのだとしても
その目的とやらが全く見えないのだ。

と、あれこれ考え込んでいたところに、突如として角の方からジャリッという物音
というよりは誰かの足音が聞こえたのだった。

「誰だ!?」
「誰よ!?」
そういいながら振り返ると
「あれ~? その声はもしかして、キョンキョンとハルにゃん?」
足音のした方から、そんな聞き覚えのある、というか数時間前に聞いたばかりの声と
共に角から姿を現したのは、先程分かれたばかりの泉こなただった。

 

だが、しかし。
「いや~。久しぶりだネ、二人とも」
そう言いながら近寄ってくるこなたの格好は。
「ちょ、ちょっと、こなた。その格好どうしたの?」
そう、こなたは数時間前に会ったときの服装と違い、なんと革の鎧を着込んでいた。
それも80年代のファンタジー系のアニメにありがちな通称ビキニアーマーのように
コスプレ然としたものではなく、指輪○語などの正統派ファンタジーにでも出てきそうな
歴戦の勇士が着るような、守るべき場所を守ることが出来そうなしっかりとした
こなたの小さい体にしっかりと合わせて作られたよくなめした革で出来ている鎧だ。
さらには、腰に長剣まで佩いていやがる。

「まぁまぁ。その疑問や他の疑問には後で答えるからサ。先に一つだけ聞かせて欲しいんだけど」
一体何だ? と視線で問い掛けると
「ハルにゃんたちがここに来たのはいつ?」
どういう意図のある質問なのだろうか? そういえばさっきもたった数時間ぶりに
会ったはずなのに久しぶりとか言ってたな。
「ついさっきよ」
「ああ、そういう意味の質問じゃなくてネ」
「あなたたちがこの世界にやってきたのは何時のことかという意味で聞いている」
唐突に響いた慣れ親しんだ長門の声。だがしかし、声はすれども姿は見えず。
俺とハルヒはキョロキョロと辺りを見回したが、一向にその姿を見つけることが出来ず。
「私はここ」
ありえないことに、こなたの左肩の辺りから聞こえてきた声に応えてそちらの方を見ると
なんと、そこには三頭身くらいに可愛くデフォルメされた上に拳くらいの大きさとなり
ご丁寧にも背中に二対のファンタジーではありがちな妖精の羽のようなものをつけた
長門がいたのだった。

 

一体全体、何が起きればそんなに体が縮むことがありうるのか?
こなたの鎧ならコスプレということで片付けることも出来たが、この妖精のような
というより妖精そのものである長門の姿はどうしたというのか。
「その疑問は当然。しかし、まずは私達の質問に対して答えて欲しい」
どうやら、思わず声に出ていたらしい。この長戸に姿を見て流石に驚き
呆然としていたハルヒが口を開いて
「え、えーと、正確には分からないけど大体、二、三時間前くらいよ。それがそんなに
重要なことなの? それより有希、そんなに小さくなっちゃって色々と大丈夫なの?」
「うーん、やっぱり、それくらいかあ。となると最初から全部説明しなきゃならないかな?」
「説明は私がする」
ハルヒによる答えを聞いて二人はそれぞれ、そう言った。

「あなたたちにも分かるだろうけれど、この世界は我々のいた世界とは全く別の世界。
簡単に言えば実世界の本や娯楽媒体に出てくるようなファンタジーに似た性質を持った
世界。私達がこのような姿をしているのもそれが遠因」
それから始まった長門の説明は、主にこの世界がどのような性質を持っているか
ということに重きを置いた説明であったが、要約して言えば、最初に長門が言ったとおり
ゲームだのマンガだの小説だので出てくるようなファンタジー世界であるという
説明だったのでここでは省こうと思う。

ようやく終わった長門の長い説明を聞き終えて、俺たちは少し疲れながらも
「ところで、長門たちは何でそんなに詳しくこの世界について知ってるんだ」
と質問をした。

 

「簡単なことだヨ」
長門が説明している間はずっと黙っていたこなたがこの質問に対して答えてきた。
「わたしとながもんがこの世界に来たのは、もう六ヶ月も前のことなんだヨ」
六ヶ月? 俺たちが最後に会ったのは二、三時間くらい前の話だろ?
「キョンキョンやハルにゃんにとってはそうなんだろうけどネ。どうもわたしたちの
いた世界を離れたのは皆同じくらいの時間なんだけど」
そう言ってこなたは、俺にとっては今日である日付の昼前の時間を挙げてから
「だけどこっちの世界に着いた時間は皆バラバラなんだヨ。わたしとながもんは
同時に着いたみたいだけどネ」
「皆? 皆ってことは他の誰かに会ったのか?」
「ん、えーっと、わたしたちは古泉くんとつかさに会ったヨ。小泉くんたちは
鶴屋さんに会ったとか言ってたかな?」
何故だか、微妙に歯切れ悪く答えたこなたは
「ともかく、その六ヶ月の間でこの世界に関する知識を身につけたわけだヨ、キョンキョン」
と、言葉を切った。
「ところで、会ったときにも聞いたが、こなたと長門は何でそんな格好をしてるんだ?」
「それがね!」
突如として、目を輝かせ、鼻息を荒げながらこなたは答えた。
「この世界に他の世界から来た人には職業というか役割というか何と言うかが必ず
与えられてるらしいんだ。わたしの場合はそれが戦士で、ながもんは妖精だったんだヨ!
それでもって、どうも役割に応じた力みたいなものが着くんだよ! そのおかげでわたしも
今じゃ立派な戦士なんだよ! まるでネトゲみたいで、オタク魂に火が点くってもんなんだヨ!」
何故か聞けば聞くほどこの世界がゲームやマンガに登場するような世界に思えてくる。

 

ハルヒは何事かを考え込んでいるような顔をしている。
一つ聞けば十の疑問が浮かんでくるような長門とこなたの説明で、俺のハルヒに比べれば
許容量が大分少ない頭は混乱しまくりだったが、一つだけ絶対に聞かなければならない
質問が思い浮かんだので聞くことにした。
「元の世界に戻る方法はないのか?」
「んー、あるにはあるんだけどネ」
「“門”と呼称される装置が存在する」
「“門”?」
鸚鵡返しに俺が聞き返すと
「別の世界へと移動することを可能とする装置」
「ただ、ネ。それを持ってるヤツが問題なのサ」
一体どんなヤツが持っていると問題になるってんだ?
「それは魔王と呼称される存在。この世界の人類の大敵」
「魔王? 魔王ってあのRPGとかでよく出てくるあの魔王で合ってるのか?」
「そう」
何だか、いよいよゲームじみてきたな……。
「他に質問はあるかな?」
「いや、疑問はいろいろとあるが、今、聞いてもきっと頭が破裂するだろうからな。
どうしても聞きたいことが出来たら、その都度聞くことにするさ」
「なるほど。じゃあ、その都度答えていくことにするネ。
それじゃあ、そろそろ向こうにキャンプを張ってあるから、そっち行こうか」

思えば、この時、あの不思議なことが大好きで、宇宙人、未来人、超能力者、異世界人に
会いたいと公言してはばからないハルヒが妙に静かだったことに俺は疑問を
持つべきだったのかもしれない。だが、この時の俺は、知ったこと、そして次々と
浮かび上がる疑問で頭が一杯でハルヒのことなんか気にしている余裕は全く無かったのだ。

 

キャンプのある方へと移動しながら、俺はこなたと会話を交わしていた。
「そういえば、その役割だっけか? それはやっぱり俺にもあるのか?どうしたらそれが分かる?」
「うん、たぶん、やっぱりあるんじゃないかな? 占い師の人に聞けば分かるヨ」
「占い師って……。ところで、ここは何で廃墟になっているんだ?」
「何でも、三年くらい前にネ、魔王の軍勢に滅ぼされたんだって」
「魔王の軍勢って……じゃあ、この辺はその軍勢とやらがいて危険地域だったりしないのか?」
「んー。魔物と人間は価値観が違うからネ。魔物は街を滅ぼしてもそこに居座り続けたり
しないんだヨ。だからこの辺りも、突如魔物に襲われることはあっても、凄く危険って
ことはないんだヨ。でも、まあ、魔王の城に割りと近い地域だから、魔物にバッタリと
遭遇する可能性は少しは高いから、そういう意味では危険、かな?」
「ところで、何でこんな廃墟にこなたや長門はいるんだ?」
「えーっと、実はわたしたち、今フランク王国ってとこに雇われてるんだけど」
「フランク王国? それって5世紀ごろのヨーロッパに存在した国と同じ名前じゃない?」
突如として、今まで黙り切っていたハルヒが話に口を挟んできた。
「そう。この世界には、実世界に存在した国家や地域、都市と同一の名称を持つ国家や
地域、都市が、かなりの数、存在している」
「ふーん、なるほど」
何がなるほどなのかは分からないがそう言ってハルヒは再び何か考えながら黙りこくってしまった。
「……そういや、古泉たちと会ったって言ってたな。他には誰か来てないのか?」
「ながもんが言うにはたぶん、ハルにゃんやわたしたちと近しい人たちは大体こっちの
世界に来てるだろうってサ。」
「なるほど。じゃあ……」

 

俺が古泉たちはどうしているのか聞こうとしたときだった。突如としてこなたの眼つきが
鋭くなり、発している雰囲気が限りなく真面目なものとなった。
「キョンキョン、ちょっと下がって」
「……どうしたんだ?」
「魔物が来たんだヨ。出来ればハルにゃんと一緒に隠れていて。ただ、あんまり離れないでネ」
「……大丈夫なのか?」
こなたはこちらを向いてニヤッと笑って
「大丈夫だヨ。わたしの役割が戦士だってところ見せてあげるヨ」
「それに、わたしもいる」
長門がこなたの肩からふわっと、文字通り飛び上がりつつ言う。

俺がハルヒを連れて建物の中に身を隠しながら、見るとこなたは慣れた手つきで鞘から
長剣を抜きつつ、まるで歴戦の戦士が取るような堂に入った構えを取っていた。

その頃には俺の耳にも、その魔物とやらが立てているだろう足音が届いていた……。

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最終更新:2007年10月04日 06:05
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