ミ××チとの遭遇

53-58氏

「でね、それが臭くってね」
「……それは困る」
「あはは、しょうがない気もするけどねぇ」
「ソレはそんなに臭うものでスカ?」

何がそんなに臭うのかは知らないけど、ゆたか、みなみ、ひより、パティの1年生ズは連れ立って外出していました。
週末は全員揃って予定がないとのことだったので、ウインドウショッピングにでも洒落込もうと申し合わせたのです。
ゆたかは動物モノのアイテムを見るたび「かわいい」と歓声を上げ、
みなみは吟味するように黙々と立ち読み、
ひよりは洋菓子好きという意外な一面(失礼な!)を見せて、
パティは18日の禁曜日な店に突入しようとしてひより(わかる者)に涙ながらに止められたり、
このように趣味嗜好が異なる4人でも、相性は良いらしくそれなりに楽しい時間を過ごしていました。

「あ」そんな折、彼女らは知り合いの上級生を発見。「あれ、キョン先輩じゃない?」
不思議なことに本名は誰も知らないけれど、その個性的……悪く言えば変てこな愛称は誰もがみんな知っている。
ただし、涼宮ハルヒ及びSOS団とのバリューセットで。逆に彼単体での噂はほとんど聞かない。
あまり行動的でないせいか、他人の影に隠れてしまう――『オマケ』として見られることが多い人物なのです。
美男美女の揃うSOS団の中で、キョンは良くも悪くも『普通』の容姿であることが影響しているのかもしれません。

……とは言っても、彼女らにとっての彼は、単なる『涼宮のオマケ』ではなかったりしまして。
詳しく語るのは野暮というものなので省きますが、まあほどほどに好意を持っていることだけ記しておきましょう。
そんな彼女たちだから、誰ともなくキョンに声をかけようと近づいていったのですが――
「人を待たせてるんで、またな」

二言三言交わすと、キョンは遺憾な表情で謝りながら去っていきました。
そそくさと小走りになる背中を、彼女たちは視線で追う。
「こいず」げふん、と咳払いするひより。「涼宮先輩かな?」
危うく自身の妄想劇場を公開するところだった……油断は禁物、とひよりは肝に銘じます。
「でも、SOS団の集まりって土曜日だけでしょ? こなたお姉ちゃんから聞いたよ」
「別の人……?」
SOS団外にも谷口や国木田という友人がいるし、確か妹がいるとも言っていた。
しかし、彼女らはキョンの交友関係にそれほど明るいわけでもなく……。

「ディテクティブ、でスネ」

ギラリと光る、青い瞳。
パティが唐突に放った一言は、他3名の表情を今にも風呂から飛び出して「ユーレカ」と叫んで回りそうなものに変えました。
ディテクティブ――即ち、探偵。
「気になったらすぐリサーチ。ニホンではソレが許されマース」
いや、それはフィクションの世界だけで、現実でやったら色々と問題が出たりするのですが……。
「し、知り合いだからいいよね?」
「異議なし」
「フフ……漫画以外で燃えるのは久しぶりっスね」
世の中には、乙女を盲目にする精神病が存在する。

お約束に漏れず、待ち合わせで後手に回ったのはやはりキョンのようです。
平謝りしている様子からそれがわかる。その相手に、少女たちの視線が集中していました。
「女の人だね」「うん」「仲良さそうじゃないっスか」「ガールフレンドでスカ?」
トーテムポールのように、壁から顔を覗かせる4人。これは怪しい。
が、当の本人たちにとっては自分たちの外聞など意に介している場合ではない。
キョンと談笑する女性は、細身で清楚な印象を与える外見と立ち振る舞いをしていました。

「『悪い悪い、待ったか?』」
「『ええ。ベリーベリー待たされた気分ヨ』」

ひよりとパティが勝手に吹き替えを始める。あくまで想像なのだが、真剣に聞き入るゆたかとみなみ。

「『せっかちな奴だな』」
「『早くあなたに会いたかったんだもノ』」
「『恥ずかしいこと言うなよ……それじゃ、そろそろ行こうか』」
「『どこへテイクしてくれるのカシラ?』」
「『まずは……そうだな、』ケーキバイキングにでも」
「ソレはヒヨリの行きたいとこデース!」

ひよりが妄想の世界に片足を突っ込みかけたので、即席アフレコは中断を余儀なくされた。
後半の暴走はともかく内容は事実に基づいており、よってキョンと謎の女性は移動を開始します。
「い、いっちゃうよ?」
「私たちも……」
団子になった隠密行動は逆に目だってしょうがないのだが、ツッコむ者はいない。
熱中すると周りが見えなくなるものである。

「『どう、似合うかな?』」
「『ああ、似合うと思うぞ』」

2人は洋服店に訪れ、4人はそれを遠巻きに見ている状況です。
吹き替えはパティに代わり、ゆたかが女性役でお送りしています。キョン役にはひよりが続投。
「でも……似合うとしか言わなそう」
みなみのぽつりと漏らした一言は、キョンの人となりを如実に表していました。
不必要に人を傷つけることを好まない人物なのだ。「似合わない」と言うキョンなど、彼女らには想像できない。
「似合ってなくても、似合うと言いそうでスネー」
ひよりはそのタイミングを見逃さなかった。

「『でも、君は本当に何でも似合うから助かるぜ』」

「……っ!」
悶える3人。ひよりもしてやったり、と悦に入った表情をしています。
「田村さん……不意打ちはナシだよぉ」
「へっへっへ、まだまだ序の口よ。先輩にメロメロな君らが、これからもっと悶えるセリフを――」
「そんなセリフがナチュラルに出るほど、ヒヨリはキョンで妄想してるのでスネ」
「うっ……」
見事に、墓穴を掘った。
「『ひより可愛いよひより』」(※こなたの影響です)
「『ひより、自信を持って……君は可愛い』」
「『ヒヨリ、コスプレしてみナイカ? 可愛いから大丈夫だって』」
やめてー、と紅潮してしおらしくなるひより。皆で笑い合っている中、ふとみなみが、
「本当に、そんな会話をしているのかも……」
その言葉をきっかけに、現実にチクリと胸を痛ませる。
キョンと談笑する女性は、本当に楽しそうで、無垢な笑顔を見せていた。

それから2人はぶらぶらと店のひやかしを続けて、やがてこぢんまりとした喫茶店に寄る。
まるでどこぞの雑誌のデートプランをそのまま参考にしたかのような道筋です。
4人も潜入を試みたが、店内のオシャレ具合に憚られた……しかし、
「私ら女の子! 何故にオシャレを恐れることがあろうか!」
墓穴の件からやや暴走気味のひよりが先導して、突入が決行されたのです。

店のイメージどおりに、客層は若い女性が中心で、ちらほらとカップルも見受けられる。
それ故に、少女たちの追う2人も自然に溶け込んでいた。もはやカップルにしか見えなくなってくる。
向かい合って座る2人を、店員が微笑ましいそうに対応していました。
それほどお似合い、ということだろうか?
「やっぱり、恋人なのかな……」
ゆたかが呟くも、半信半疑といった様子。それは彼女ら全員に言えることです。
恋人同士というには、模範的なデートコースを辿っているあたり、どうにもぎこちない気がする。
「まあ……判断する根拠ないんだけどね。私らみんな経験ないし」
真実ではあるが、ひよりの一言はパーティ全体に改心の一撃を与えた……ひより自身にも。
「し、しょうがないよね?」
「仕方ない」
「うんうん、仕方ない仕方ない!」
「シカタナイ、はニホンのユニークなワードでス。アメリカ人にそんな概念はナッシング」
英単語を頻発している割には「概念」なんて難しい日本語も混じっているあたり、底知れぬものがあるが、
とりあえずパティも同様の気持ちを表現したがっているようでした。

仕方ないのが誰のせいなのかは、誰も口に出さなかったけど。

胸中にもやもやした何かを抱えながら、4人は店を出ました。
もう尾行はやめにしよう……これ以上続けても、マイナスにしかならない気がしていたから。
「はあ……」
誰からともなく漏れ出た溜息は瞬く間に感染し、暗い空気を――

「どうしたんだ、溜息なんかついて」

暗い空気が、一発で振り払われた。はっとして振り返ると、そこにはしかめっ面のキョンが。
「せ、先輩!? どうして……!?」
「そりゃ俺のセリフなんだが。お前ら、今日ずっとつけてきてたろ?」
うっ、と視線を逸らす女子4名。
「いやー、まさか気づかれていたとは……なんともはやっス」
「田村、お前の差し金か?」
「そんなに私が疑わしいんスか!?」
「正直お前以外に心当たりが……いたな、もう1人」
戦線離脱を図るパティの首根っこを掴まえて、
「お前かマーティン」
「……ホワッツ? パードン? ワタシ、ニホンゴワカラナイアルヨ」
「なぜ中国人が混じる!?」
「ごめんなさい先輩! きっかけはパティちゃんだけど、私たちみんなで決めたことなんです」
「……ゆたかの言う通りです。ごめんなさい」
そこそこに信頼を置く2人の言葉を受け、ふうと息を吐き出すキョン。
「別に怒ってるわけじゃない。ただ、何だってわざわざ尾行なんてしたのか気になってな」
「それは……」ちらり、と今まで放置されていた人物に目を向ける。
謎の可憐な女性は4人にとって聞き慣れないキョンの本名を呼び、
「紹介していただけませんか?」
……ちょっとだけ、強張った表情で言った。

「初めまして」
キョンを通して名を告げて、恭しく頭を下げる女性。それに恐縮する1年生組ですが、
「ズバーリ、アナタはキョンのなんでスカ?」
このときばかりは、パティの遠慮のなさをいつも以上に羨ましく思ったという。
キョンは呆気にとられた顔になり、説明しにくいのかしばらく唸っていたが、

「……何に見えます?」

少しだけ頬を染めながら、当の女性は微笑んだ。
キョンが何やらつっこみかけたが、触発された1年生たちの猛攻にかき消された。

「小早川ゆたかです。キョン先輩にお姫様抱っこしてもらったことあります!」
「岩崎みなみです。先輩とは一緒に夕飯の買い物をしたことがあります」
「田村ひよりっス。キョン先輩の身体にはお世話になってます」
「パトリシア=マーティン、デース。キョンのお茶をエブリタイム淹れてマスよ」

「以上、高校の後輩たちだがどうして揃いも揃って誤解を招くようなことを言うかなッ!?」
しかしその誤解を狙っている――とまでは感づかないのがキョンクオリティ。
もっとも、そこまで鋭かったらこんな状況を生み出すこともなかったんですけどね。

「みなみちゃん、そんな新婚さんみたいなこと……」
「田村さん、過激……」
「パティ隊長! いつも茶を淹れるなんて熟練の嫁さんじゃないスか!」
「ユタカ、羨ましいデース。ワタシだとハードでスカラ、身長的に考えて」

「仲間割れが起きましたよ、お兄さん」
「わかった。とりあえず、俺に喋らせてくれ」

――仕切り直しまして。

「小早川。それはお前が具合悪くて動けないと言うから、仕方なくだな――あ、いや、嫌だったわけじゃないけど」
(仕方なく……ですか?)
「岩崎のは、お一人様限定特売の戦力になってやっただけだ」
(……“だけ”……)
「田村! 俺はお前に体を預けたことなんてないだろ、その捏造は本当にまずいから!」
(すんません、妄想の産物です……)
「マーティンが茶を淹れてくれるのはバイト先でだけだろ、しかも客と店員として」
(ワザと毎回ワタシが接客してるんデスけどネ)

キョンが全員のフラグを軒並み折ったところで、一息つく。
連れの紹介がうやむやになってしまっているのに気づき、改めて女性にスピーチを促す。

「彼女はミヨキチ、もとい吉村美代子」
「改めまして……吉村美代子、小学6年生です」

(お、おっきい! 私、小学生より小さいの……?)
(…………ぺたぺた)
(ぐあッ! 無垢な笑顔が……腐った私には眩しすぎるッ……!)
(オーウ……これが話に聞く大和撫子……絶滅していなかったのでスネ)

未知との遭遇は、いつも衝撃的である。

ここからはずっとミヨキチのターン!
……………………………………………かと思いきや。

「つまり、妹の友達であって俺とは直接の関係はないんだ」

キョンの言葉に、若干むくれるミヨキチ。その幼い仕草に、やはりお年頃であることがわかります。
約一名、わかってない男がいるわけですが。
「本当は3人で出かけるはずだったんだが、妹が急に具合悪いと言い出してな。仕方なく俺とミヨキチだけで……」
――それは、妹さんが気を利かせたのだと思います。
真相に行き当たったものの、藪を突く気はさらさらない1年生ズでした。
そして、すぐさま理解する。
この吉村美代子さんも、キョンに手を焼かされている1人に過ぎないのだと。

「で、でも……それってデートですよね」

年上としての情か、ゆたかが藪を突く、というよりは助け舟を出します。
それに対するキョンの返答は、彼女らの常識を覆すような内容だった。



「デート? ぶらぶらして喫茶店に入っただけだろ。どこがデートだ?」



その場の女性陣全員にとって、更なる未知との遭遇であったとかないとか。

その後、なし崩し的に行動を共にすることになり、キョン抜きで会話する機会もあった。
やはりというか、ミヨキチはキョンに惚れているらしく、女性陣に奇妙な親近感を芽生えさせました。
彼女は恋敵同士とは思えないほど和やかな時間を過ごし、それは解散するまで続いたのでした。

吉村美代子との出会いは、彼女らにとって、未知との遭遇に違いなかったが、
蓋を開けてみれば――なんということのない、どこにでもいる恋する乙女だったのです。

むしろ、本当に理解できないのは――


「でね、本当に鈍くってね」
「……それは鈍すぎる」
「まあ、ある意味安心ではあるけど。鈍すぎるのもよろしくないねぇ」
「ニホンの殿方はみんな鈍いのでスカ?」


その日以来、少女たちの固有名詞を伏せた会話に、『臭い』の他にも『鈍い』が加わった。
とはいっても、「何がそんなに鈍いんだ?」と訊くのはただ1人しかいなかったが。

「やれやれ、だ」

あんたが一番やれやれです―――――ナレーション:白石みのる

<終>

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最終更新:2007年10月07日 10:47
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