二年前のバレンタイン

※この作品は「涼宮ハルヒの分裂」のネタバレとなりますのでご注意下さい



「ねぇキョンキョン。キョンキョンってさ、バレンタインデーにチョコもらったことってあるの?」

夏も終わり少しづつ過ごしやすくなってきた今日この頃。せっかく涼しくなってきた事だし惰眠を貪ろうかと考えていた昼休み。俺の後ろの席に鎮座している小学六年生の平均身長にも満たないのではないかと思われる女が話し掛けてきた。
話の内容はバレンタインなどという菓子業界の画策によって確立した『女性が好意を持つ異性に対しチョコレートを渡す』という実に珍妙不可思議なイベントがあり、『女の子からチョコレートを貰う』というシチュエーションが世の男達を魅了してやまない日であるが、しかし結局俺のような一般人の場合は母親からしか貰えず大いに凹む公算が高い忌まわしき日についてであった。
何故今の時期にこんなわけの分からんことをいい始めたのだろうと思いつつも一応話し掛けられているんだし返事ぐらいはしてやろうと考え「何だ。いきなりそんな季節はずれの事をいうなんて昼飯に悪いもんでも食ったのか?」といってやったところ

「いや~今後の参考にしたくってネ」

などという返事が返ってきた。今後の参考などといわれても先述したとおり俺はバレンタインに何ももらえない負け組みの部類に入る人間であり、こいつの役には到底立てそうに無い。
それにしてもこいつがこの類のことをいい始めるなんて気になる相手でも出来たんだろうか。だとしたらいいことだ、こいつは色恋沙汰には今まで全く興味を示さなかったからな。
どんな相手かは知らんがこいつを健全な道へ少しでも戻してくれた事に感謝すべきだろうな。
とにかく参考にしたいってんなら古泉のやつに聞いた方が俺なんかよりよっぽど役に立つことを教えてくれるだろうよ。
あいつはそういうのを如才なくこなせそうな感じだしな。まったく忌ま忌ましいことこの上ない

「何言ってんのキョンキョン。キョンキョンももらった事あるでしょ?」

ハルヒたちのことか? あれは同じ部活のメンバーとしてのただの義理チョコだろう。わざわざ義理である事を何度も強調してたんだし

「ハルにゃんたちも報われないね……。でも私が言ってるのはそれじゃなくてもっと前のことだよ」

もっと前……? ハルヒたちより前と言うとつまり中学以前と言う事になる。まず小学校入学以前のことは覚えた無いので除外。
次に小学校時代だがこれも特にバレンタインにいい思い出と言うのは無かった気がする。せいぜい義理がいくつかもらえた程度だったろう。

「違う違う。もっと後だヨ」

後と言うと中学時代だな。中学時代というと……ああそうかやっと思い出した。そういや中三の時佐々木から貰ったな

「それは酷いんじゃないのキョンキョン。いくらなんでもチョコ貰った女の子の事を忘れるなんて……」

「そういわれても忘れてたもんはしょうがないだろう。大体佐々木から貰ったチョコってのも義理チョコだぞ」

「だめだこいつ……早く何とかしないと」

何を意味不明なことを言ってるんだ。それで確かに貰ってはいるが佐々木がどうかしたのか?

「いや~その佐々木さんとのことを聞かせてほしいと思ってネ」

何故言わなきゃならないんだ。俺は昔の事を語る趣味は無いぞ
というかこいつは何故俺の過去を知ってるんだろうか
まぁどうせハルヒか古泉辺りが話したんだろう。まったくなんて奴らだ

「い~じゃんかケチ~」

「誰がケチだ誰が」

「ケチ~ケチ~」

全くこいつはハルヒと同じで一度言い出したら聞かないからな……
しょうがない、少しだけ話してやるか









――――――卒業も間近になったその日、もうすぐ別れの時が来るこの教室を感慨深く眺めつつ、HRが始まるまでの時間を俺は机に突っ伏して過ごしていた。

「おはようキョン。君はどうやらいつも通りのようだね」

「よう」

先ほどまで女子たちと会話していた佐々木が話しかけてきた。
おっと佐々木についての説明がまだだったな。こいつは俺のクラスメイトであり近しい友人の一人だ。
女なのに何故か男に対してだけは男言葉で話すと言う変わり者で、相性が良いのか俺とつるんでる事が多い奴だ。俺としてもこいつとつるんで悪い気はしないな
しかしいつも通りって何のことだ?

「キョン……君は今日が何月何日か覚えているかい?」

佐々木が何かに呆れたように今日の日付を聞いてくる。
「今日は2月14日だったはずだが……ああそうか」

「やっとわかったかい? 今日は一般的な男子生徒にとってはどうしても意識せざるをえない日だと思っていたが君はその範疇に収まらない人間なのかな?」

「よしてくれ。俺はそこら辺に吐いて捨てるほどにありきたりなただの男子中学生だ」

「くっくっ言ってみただけさ。僕も君が普遍的であり中庸な人物である事を疑った事はないよ。ただ僕にとっては吐いて捨てるほどに凡庸な人間ではないと思うがね」

と独特の笑いをふくんだ顔で佐々木が俺への考察を述べている。
そういや佐々木によると俺はエンターテインメント症候群とかいうやつに罹ってるんだったな。それじゃあ確かに普通じゃないのかも知れんな

「確かにその事もそうだが……まあいいだろう。それにしても君は今日が何の日か本当に分からなかったのかい? 先ほども言ったとおりまともな感性を持っている男性であれば忘れる事はまずない日であると思うのだが」

「悪かったな、俺はそういうのは始めから諦めることにしてるんだよ。ハナから期待しなければもらえなかったとしても悲しさはこないし、もらえた時は嬉しさが増すからな。」

「全く君は中学生とは思えないほどに老成しているね。あるいは悟っているのかも知れないな」

「そう褒めるなよ、俺はただ事実を客観的に判断した結果このほぼ間違いないであろう結論に達しただけだ。」

「褒めてなどいないさ。ただ頭でそう考え意識しないようにしても、凡百な者にとってはどうしても無意識下に残ってしまうであろう観念を打ち消してしまう君のその脳細胞は感嘆に値するのかもしれないね」

佐々木はそういうが俺はただ諦めが早いだけの話だ。俺は別に意識的だの無意識だのを考えているわけじゃないさ









「それからどうなったの?」

「特に何も無かったさ。変わらぬ日常を過ごしたに過ぎん」

「嘘だネ。キョンキョンは昔塾に行ってたんでしょ? ならその塾の後になんかあったに決まってるヨ」

なんでこいつはこういうときにだけこんなに勘がいいんだ。それに塾の件まで知ってるってのは一体どういうことだ?
それを知っててこいつにいいそうな奴は古泉辺りか。あの野郎覚えてろよ
とにかくしらばっくれててもしょうがなさそうだ。俺には話すしか道が残されてないんだろう――――――










その後はしばらくは特に話すほどの事もない、本当だ。これから話すのはいつも通りに授業を受け、いつも通りに塾へ行き、その帰りの話だ。

「キョン、君は僕にとってかけがえの無い親友だ」

俺たちは佐々木がいつも利用するバス停に到着し、バスが来るまでの余暇をもてあましていたのだが、そんな時こいつはこんな事を言い出した。
何を言い出すんだ突然。俺にとっても佐々木は大切なツレだが今更言うような事でもないだろう。
俺の発言には意を解さないように続ける。

「その親友との別れが近づいている。卒業と言う名の別れがね。それで離別してしまう前に何か君に贈り物をしようと思う」

「別にそんなもんはいらんぞ。今生の別れってわけでもないんだしな」

「いや、僕の気持ちの問題として受け取ってほしい。それで何を送ろうかと思っていたところにカレンダーが僕の目に入った」

カレンダー? カレンダーと贈り物と何の関係があるのだろうか。
こいつは俺には及びも付かない発想をすることがあるからな。今度つめの垢でも煎じて飲ませてもらおうかと本気で考えてしまう

「僕が着眼した日にちは2月14日だ。僕の言いたい事が分かるね?」

俺の脳細胞の働きは相も変わらず鈍いようだ
すまんがさっぱり分からん。俺に分かる事といえば今日がその2月14日であり、そしてバレンタインデーだということだけだ。

「……君は普段は機転が利き聡明なのだが時として小学生以下の察しの悪さともなるようだね」

「俺の頭がよくないってのは自覚するところではあるがそこまでか?」

「まあいいだろう、話を戻そうか。僕は今月はバレンタインという格好の機会がある月である事に思い至ったんだ。
 僕も君の事は言えないね、平素自分には関係ないと思っているせいかそんな初歩的なことを失念してしまったのだから」

「それでバレンタインがどうかしたのか?」

「キョン、僕は女だ」

佐々木は突然自分が女である事を主張してきた。
そんな当たり前のことは今更言われなくても分かっているつもりだしそもそも佐々木を男として扱ったことは無いはずだ。

「バレンタインデーというのはこの日本においてはおおよそ女性から男性へチョコレートを送る日だろう?
 そこで僕はこれを丁度お誂え向きなイベントだと考えたんだ。僕は女であり君は男だ。僕が君へチョコを送ったとしてもなんら不自然ではないからね」

「つまりだ、お前は惜別の贈り物として俺にバレンタインチョコをくれるということか」

「そうだ、やっと分かってくれたようだね」

そういうと佐々木は自分の鞄を探り始め……

「ほらキョン、プレゼントだ」

といって俺に何やら包装紙で包まれた物を渡してきた。
中々手の込んだ代物のようで佐々木らしい丁寧に、そして計算しつくされたような包み方である。

「一応中身は手作りなのだよ。僕はこういったものは不得手な方ではあるがせっかくなのだから自分で作ってみようかと思ってね」

「そうなのか、サンキュな佐々木。ホワイトデーには何かお返しをさせてもらうぜ」

「ああ、楽しみにしているよ。それと食べ終わったら感想を聞かせてくれ、今後の参考にしたい。おっとバスが来たようだね」

そういうと佐々木はいつもの笑みを浮かべてバスに乗り込んでいった。









以上だ。もう話すべきことは残っていない。こなたが「まだあるんでしょ?」などと言いたげな顔をしているが本当に何も無い。
なにしろチョコは妹が食っちまって俺にはそれがどんな形だったのかすら分からず、
そのことを伝えると佐々木がすねて暫く口をきいてくれなくなったなんてとても言えた話じゃないからな。

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最終更新:2007年11月18日 09:41
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