アットウィキロゴ

春不遠

小泉の人の作品です。
読み方は「ハルトオカラズ」

 

冬。
寒く、人恋しくなる季節。
そして学業に専念する者には一年を締める、試験が詰め込まれる忌々しい時期だ。
春がくれば三年生は卒業する。
新入生が入り、俺達も三年になる。
窓の外を見ようと思い、顔を向けたが、窓は室内との温度差によって露で曇っていた。
俺は換気でもするかと立ち上がろうと思ったが、服の裾を掴まれてたためにできなかった。
…いつのまに掴まれてたのだろうか?

ここは保健室。
俺は椅子に座り、ベッドの横で寝顔を眺めていた。
少しやつれ、隈ができているものの、見た目は異常は無い。
「……どうしたもんかね」
俺は椅子に座りながら携帯のゲームででも暇を潰そうかと考えた。
俺の横で眠っているのは柊つかさ。
俺らは授業中である筈の時間帯に、保健室で堂々とサボっていた。

 

──────話は二週間前へと遡る。


深夜。俺は何をするでもなく夜更かしをしていた。
その理由は単純に、眠りすぎて眠気が無くなったからだった。
恐らく、こういった持て余した時間を勉強に使えるような奴が俗に天才だの何だのと言われる部類に入るんだろうな。
まぁ、俺にそんな気力は全く無いがね。
再びベッドに転がり、時間を潰す作業(?)に戻る。
最近はハルヒも騒動を起こさなくなったのでわりかし平和だ。


────そう、思っていた。


ビィーッビィーッビィーッ
携帯が深夜だというのに電話の着信を知らせた。
画面を見ると「柊 つかさ」と表示されていた。
自慢では無いが、俺はそこまで交友関係が深い訳ではない。
メールも電話もするにはするが、毎日やり取りするような間柄の奴は居ない。
大抵は何か話がある時なのだ。

───このとき、もしも俺が寝ていたら現在の俺は全く違っていただろう。虫の知らせなど微塵も感じず、俺は電話に出た。

 

 

 

 


 
「オイ、古泉」
「………なんでしょうか?」
俺は登校したばかりの古泉を呼び止めた。
「…文芸部室に来い」
「サボりですか?」
「そうだ」




ドン!!!!!!!!と音を響かせ、文芸部室の壁に俺は古泉をぶつけた。
「…痛いじゃないですか」
「何故だ?」
俺の腹の底は怒りで満たされ、いまにも溢れ出る寸前だった。
「何故つかさを何の前触れもなく振った」
「……」
眉間にシワが寄り、自然と睨みつける表情になってしまう。
俺は古泉の両襟を掴み、体全体を壁に押し付けた。
「…理由に納得出来なかったら俺はお前を全力で殴る」
「……余裕が無くなったんです」
「俺に解るように話せ」
訳の分からない方便で煙りに捲かれる訳にはいかない。
「涼宮さんですよ」
「……ハルヒがどうした」
「最近、彼女の力が衰退しています」
「それがどうした」
「僕達は、ダイエットで言うところのリバウンドを恐れています。
 彼女の力は今まである程度の増減はあったものの、最近は以前の1/10もありません。
 神人も最近は弱くなりました」
「いい加減に簡潔に話せ」
「ですが、長門さんに聞いたところでは逆に涼宮さんの情報量は増えていると聞きました。
 なら、可謬的な人間の観測よりも無謬的な宇宙人を信じるべきです。
 今、組織は何が起きても対応できるようにするのに忙しいのです」
「それがどうした」
「だから、僕には時間を割く余裕が無いのです」
「つまり確証も無いままにつかさを振ったのか」
「はい」
「つかさよりも優先することか」
「宇宙の危機かもしれません」
「宇宙を救っても女一人救えないのか」
「はい」
「何故振られたのかも分からず、自分を責める女を生み出してもか」
「良心は痛みます」
「何か言ってやれないのか」
「彼女は一般人です」
「嘘でも傷つけない言葉を選べばいいじゃねえか」
「もう無理ですね」
「…そうかい」

俺は全力で古泉を殴り飛ばした。


つかさは憔悴していた。
電話越しに情緒不安定になっているのがわかった。
声が震え、涙をこらえた鼻声で、混乱して文脈の乱しながら、必死で「どうして」振られたのかを俺に聞いてきた。
べたべたしすぎたのか?お弁当が不味かったのか?馴れ馴れしく名前で呼んだからか?私が子供みたいな体だからか?実は私は嫌われていて、お情けで付き合ったのか?
…俺は耳を疑っていた。
古泉がつかさを振った事も、あの明るいつかさが自虐的になっていることも。
俺は自分を貶め、振られた理由は自分にあるのだと勝手に決めつけているつかさを否定した。
俺は考えつく限りの擁護をした。
俺は、俺の周りの居心地のいい世界が壊れるのが怖かったのだ。
俺がそんな事は無い、と言うと私が駄目だから、と続く。
不毛な討論は未明まで続いた。

もう、あんな嫌な後味の会話は御免だ。
そのくせにこんな言葉を吐かせておきながら仕方がないですませた古泉が許せなかった。

 

そして、俺は文芸部をあとにして教室へと向かった。

遅刻だとわかっているのに教室へ堂々と入る勇気は俺には無い。
だから後ろのドアをこっそり開け、「遅れました」と投げやりに言ってすませようと思ったのだ。
ドアを開け、

一斉に俺へと教室全ての視線が向いた。

何があったのか分かるはずもなく、とりあえず席に鞄を置こうと考えたが、先客がいた。


「………キョン君」


やつれ、隈が浮き、眼を腫らしたつかさが居た。

つかさは俺の姿を確認して、名前をつぶやくと倒れてしまった。
その光景に一瞬教室がざわめいたものの、その実ただ寝ているだけだとすぐに判明した。
倒れたつかさは眼を閉じ、規則正しく胸が上下しているだけで何も異常は見られなかったからだ
そして何があったのか、今登校したばかりの俺に分かる筈も無く。
詰まるとこ、俺は教室に入ってからその場に突っ立ってるだけだった。

パンパン!

教壇で黒井先生が手を叩き、注目を集めた。
「あー…まず皆落ち着けや。ほいで、キョン」
俺が名指しで呼ばれた。
「お前は柊を保健室にでも連れたったれ」
「俺ですか?保健委員が…」
「お前や。早く行き」
ささやかな反抗はあっけ無く潰された。
何故俺が?などと思いつつも鞄を置いてつかさを背負い、保健室へと向かった。


保健室までの道のりで、何があったのか、と言う疑問が頭を飛び交っていた。俺が指名されたからには俺が関係してるのか?
考えても答えが出る筈も無く、保留することにした。
……それにしても、初めて知ったがつかさの体はまるで綿で出来ているのではないか?と思う程軽かった。

保健室へ着いたが誰も居なかった。
「…職務怠慢か?」
俺はつかさをゆっくりと背中から下ろし、ベッドへ寝かせた。
昨日元気だったつかさがこれほど憔悴している…改めてつかさの顔を覗き、その悲惨さに胸が痛んだ。
古泉の奴は今のつかさを前にしても仕方がないなどと吐けるだろうか?
…今更そんな話をしても無駄だろうな。
アイツはハルヒを取った事実に変わりは無いのだから。



俺はつかさが熟睡しているのを確認した後、教室へと戻った。

 

「キョン?大丈夫やったか?」
「はぁ……多分」
一体どうしたんだ?なんでつかさが俺の席にいて、皆が腫れ物でも扱うような対応なんだ?
席に着き、教科書を机に置く。
授業を止めるほどの何かがあった、って言うことだよな?
そんな事を考えていたらツンツン、と後ろの席…つまり泉が鉛筆かなにかで俺をつついてきた。
(どうした?)
ギリギリ届くような声で聞いた。
泉はそれに答えず、小さく折りたたんだ紙を俺に寄越した。
(休み時間になったらつかさを見に行って)
と簡潔な文章が書いてあった。
………本当に何があった?
俺は首を傾げつつも後ろの泉にわかった、と言うサインをだした。
もやもやした疑問を抱えたまま受けた授業は当然頭に入らなかった。




そして休み時間。
俺は何があったのかを推測するには充分な場面を眼にした。

ゼェ………………ゼェ………


その音はつかさの喉が発していた。
壊れた管楽器のようなおかしな音。
布団を抱き寄せ、涙目になりながら血走った目をギョロギョロと動かして何かを探していた。
汗もひどくかいていて、顔も赤らんでいて冬場とは到底思えないような顔だった。
…つまり異常だったのだ。
熱に浮かされたような目で俺を見つけると、手を伸ばした。
そして俺に近づこうとしたのか、身を乗り出したかと思うとベッドから落ちてしまった。
それでもなお、俺に這いながら近づくつかさ。
「お、おい?大丈夫か?」
あまりに慣れない光景に俺はストップしてしまっていた。
近づき、つかさの上半身を起こしてやる。
触れた肌は熱く、汗ばんでいた……これは風邪じゃないのか?
「キョン君……」
「つかさ?」
ギュッと俺の胸元を掴まれた。
「やだ……私を捨てないで。行かないで。…やだよ。
……私を嫌いにならないで」
かすれるような小さな嗚咽まじりの声は、まるで子供が父親に助けを求めるような声だった。
「いやな事があったら直すから……嫌いな物があったら教えて……嫌われないためならなんでもするから……だから、だから………私は、」
震え、涙声で、鼻をすすりながら、決して目を合わせないように下を向きながら、つかさは続ける。
「大丈夫だ」
俺は頭を撫でてやる。妹が泣いたりしたときはこうやってやると少しは効果があった。
妹と同列に置くのは失礼かもしれないが、とっさに考えついたのはこれだけだったのだ。

撫で続けていたらつかさの震えは止まっていた。
俺の胸元を掴んでいた手の力は抜け、再び眠りについていた。

俺はまたつかさを運んだ。
「………やっぱ、あの野郎が原因だろうな」
頭に思い描いたのはムカつく程笑顔の似合ったあの野郎。
つかさがこんな風に疲れ果てているのに、拳一つで済ましたのは安かったな。


「ふぁ……」
いかん。眠い。そういや俺もつかさに付き合って深夜まで起きてたんだった。
…………………………。
ここはwhere?
here is保健室。
つまりベッドが空いていて、俺は眠くて、ふかふかで、気持ちよさそうな眠りは、おやすみなさい………

「起きろこら」

ズガン!と腹の上に何か落とされた。
「うばっ!?」
「昼休みまで寝とるたぁええ度胸やな?少しは眠気覚めたやろ?」
俺の腹の上には「医学大全」と書いてある分厚い本が落ちていた。
「痛ぇ…………コレ、体罰ですよね?」
「愛の鞭や。そいで話があるんやが…」
ちらり、と隣のベッドで眠るつかさを見る。
「ここじゃなんやから外いこか」
 
 
 
「先生。寒いです」
「ウチもや」
たとえるなら「どっどどどうど」と北風が吹く感じだ。
歯の根が合わなくなる程では無いにせよ、寒い。
「で、一体何なんですか?俺にはよく分からないんですが」
「なんかな、少し調べてみたんやが…心因性のパニック障害か?それが一番近いんや。
どんなんかは字面でなんとなくわかるやろ?」
「まぁ…なんとなく」
「お前が来るまでヤバかったんやで?人の話を聞こうともせんし、頑なにずっとお前待っとった」
…何故、俺を待っていたのだろうか?
「キョン。お前柊になんかしたんか?」
「…いえ、特には」
「………まぁええわ。キョン、今日はウチ公認でサボってええから、柊の傍に居てやれ」
「いいんですか?」
「何か悩みがあるからあんなんなったんやろ?なら解決してやり」
「…ありがとうございます」

 


「……結構融通の効く先生だったんだな」
泉やかがみ達と親しげに話をしているところを見たことはあった。
つまり、いわゆる友達感覚の先生ってやつかね?
…とりあえず公認のサボりなんだからゆっくり寝させてもらいますか。
そんな事を思い、授業があると言って消えた先生を見送った。



ドンッ

保健室のドアを開けると何かがぶつかった。
軽く、少し暖かく、腕に丁度収まる程度の大きさの
「つかさ?」
「……………」
俺の胸の内に飛び込んできたのはつかさだった。
熟睡してた筈(少なくとも俺はそう思っていた)のつかさが起きていたことに少しだけ驚いた。
「どうした?」
「……………」
何故か無言のつかさ。また何かあったのだろうか?
「……………た」
「ん?」
「キョン君は帰ってきた……」
ボロボロとつかさが泣き出した。
「起きたら、居ない、から、」
段々と肩を震えさせ、全身で泣き始めた。
俺はそれを黙って見つめる。
「わた、私、また、何か、しちゃっ……しちゃっ……た、かな?って、思って、」
「落ち着け」
人一倍小さな体を母親がやるように心臓のリズムに合わせて軽く叩いてやった。
「キョン、君、は、ち…近くにいて、…れ…くれる?」
怒られ、泣いた子供を慰めるように。
「俺は、大丈夫だ」
つかさの涙は俺のシャツを濡らす程多かった。
ポン、ポン、と背中を叩いてやる。…昔、俺はこれをされるとなんともいえない幸せな感じがしたものだ。
「見捨てたりしない。約束する」

その日はつかさにつきっきりだった。


 
正直に告白するなら、おそらく俺はあのとき安っぽい英雄願望に突き動かされてただけだったろう。
更に言うなら弱ったつかさを守ることによって自己満足にふけっていた。
本当に…俺はつかさ自身を考えていたか?
あのときの俺は傷ついた猫を助けたが、その後の面倒を考えもしない馬鹿ガキと変わりなかった。

情緒不安定なつかさをどうにか家にまで送り、家に帰り一息ついた時だった。
ウ゛ーッウ゛ーッ
とマナーモードにしてあった電話が鳴った。
着信を確認するとかがみだった。
「もしもし?」
「あ、キョン君?今日はつかさが迷惑かけてゴメン」
「いや、大丈夫だ。…今、つかさは落ち着いてるか?」
「とりあえず静かなのは分かってるけど…キョン君と何かあったの?」
うーむ、…かがみはつかさが別れた事は知ってるのか?
知らないなら第三者である俺が言うのはどうかと思うので、そこははぐらかすべきか?
「あー…昨日な、ちょっとした事件があって、つかさを慰めたんだよ。事件が少しショックが大きかったから取り乱しただけだ」
嘘は何もいってない。
「ふーん…私に話せないの?」
「つかさ本人に聞いて、話してくれるのを待て」
「そうね。じゃあ、キョン君ありがとうね」
「応。じゃあな」
プッ───
双子って言ってもやはり姉の方がしっかりするものなのだろうかね。
かがみの対応を見てそんなどうでもいい事を思った。

 


 

ウ゛ィーッ…ウ゛ィーッ…



夜中、携帯のバイブで目が覚めた。
こんな時間に電話かメールだかをしてくる馬鹿は誰だ…?などと考えつつ布団から這い出た。
暗い部屋で発光している携帯を目指す。
「痛っ……雑誌か?」
足元がよく見えないので踏んでしまったらしい。
手を伸ばして携帯を掴む。
ウ゛ィーッ………………
嫌がらせか?俺が手に取る瞬間に留守電に代わるとか…
とりあえず誰からの着信だったのか確かめるために携帯を開く。
不在:5件
五回も掛かってきたのか?こんな時間に。
一体誰が

柊 つかさ
柊 つかさ
柊 つかさ
柊 つかさ
柊 つかさ

……つかさ?
「……どうしたんだ」
俺は口にだした言葉とは裏腹に、既にこのときには…そこまで断定的では無いが、気づいていた。

つかさは……心を病んでいる

何か、嫌な…不安な、予感がした。
ウ゛ィーッ!!ウ゛ィーッ!!
再び鳴りだした携帯に驚き、取り落としそうになった。
画面には「柊 つかさ」の文字。
……見ていても何も始まりはしない。
俺はこの電話を無視することも、出ることもできる。
どっちを選んでも俺は俺に言い訳ができる。
「携帯がサイレントだった」
「見捨てられる訳が無い」
どっちでもいいのだ。
ウ゛ィーッウ゛ィーッ
俺の煩悶を無視して時間は流れる。
このままなら無視することを選んだのと同じだ。






「…もしもし?」

俺の脳裏にはにやけ面をしたアイツの姿が浮かんでいた。
つまり、俺は意地でつかさの電話を取っただけだった。
「…ゼェー……………キョン君?」
…管楽器の壊れたような呼吸。
「ああ、俺だ。どうかしたか?」
俺は偽善ですらない、ただの自己満足でつかさを慰めようとしている。
「…ゼ……眠れ……ゼェ…なくて」
そんな風に考えていれば許されると思っているのか?馬鹿野郎。
「大丈夫だ。…落ち着いて深呼吸をしろ」
せめて偽善を名乗りたいなら最後まで付き合ってやるんだな。
「スゥ………ハァ………あ、なんか楽になってきたかも?」
「つかさは少し疲れてたんだよ。だから不眠症にかかっちまったのさ。」
「ありがとう……こんな時間だからホントは寝てたでしょ?ゴメンね…」
「いや、もう目が覚めた。もう大丈夫か?」
「あの、………うん。だけど、もう少し話してていい?」
「むしろ歓迎するさ」

明日も寝不足で決まりだな。

 

「おはよ…う?…キョン君大丈夫?」
あぁ、かがみか。
「…おはよう」
俺は少し隈のできた目でかがみに挨拶を返した。
そんな俺からなにかを察したらしく、しきりに謝っていたが頭のはっきりしない俺にはよく思い出せなかった。




再び保健室だ。
先生も何かを俺とつかさから察したのだろうか。二人とも保健室に行けと言われた。
そんな酷い顔だっただろうか?
俺がいるおかげなのか、はたまたただの寝不足が功を奏したのか、つかさは隣のベッドで熟睡している。
俺も殆ど寝ていないので正直、先生の意見は嬉しかった。
つかさが立ち直るまで支えてやろうとは思ったが、いつまでかかるのだろうか?
……俺は不安に襲われつつも、俺がやらずに誰がやる?
というこれまた自己満足に浸りつつ、眠った。
泥のような眠り、という表現がぴったりだった。

 


 

──二週間。

ついこの間の筈なのに、たった14日が酷く隔たりを感じさせる。
俺は掴まれたままの裾を見ながら思い出した。
…たったの二週間で人はこんなにも変わるのか。
頬の痩けた顔だけでは無い。
内心、苦々しいものを感じながらつかさの腕を捲る。
「……」
そこには眠れない夜を耐える為に自らの爪を立てた痕が刻まれていた。
伝聞ではあるがパニック障害に陥った人は不安の余り不眠症や心臓の動悸がいきなり激しくなったりするそうだ。
…冬で良かった。
つかさの袖を戻して腕を隠す。
冬の間なら、長袖が隠してくれるから。
俺は隈の浮いたつかさの顔を眺め、せめて今だけでも安眠出来ていればいいな、と思いながら座った椅子に体重をかけた。
「ふぁ……」
俺も眠気がヒドい。
夜、不安に襲われているつかさの話し相手になっている生活が最近のスタンダードだからな。
昼夜逆転した生活。
ヒドい眠気。
授業を受けないお陰で成績の低下。
自己満足。
この4つがつかさを(自分なりに)救った報酬だ。
「……馬鹿だな」
俺は眠気の中、意味のない事だとわかりながらそんな事を考えて眠りに落ちていく。

キーンコーンカーンコーン、と何時間目のチャイムかが俺を起こす。
「寝ちまったか…」
口の端に付着してた涎を拭って時計を見る。
丁度昼休みが終了した時間だ。
昼飯食わねえとな、と思い足下の鞄を漁ろうとした所で気づいた。
「おはよ、キョン君」
つかさが上体を起こしながらこちらの顔を覗き見ている。
俺はバツが悪そうな顔をして
「つかさ、もう昼過ぎだ。おはようは間違ってるぞ」
などと言う。
「あはは♪そうだね」
こんな下らない話でもとても嬉しそうに笑うつかさ。
その笑顔は以前のような明るさだが、痩けて生気の薄くなった顔がどこか痛々しく感じるのだ。
「腹減ったろ?一緒に弁当食うか」
「うん♪」
……とても、嬉しそうな顔なんだよな。
躁と鬱ってやつなのかもしれないな。

そして俺たちはここ二週間で「いつも通り」になったかがみの作った弁当を食べる事にした。

だが、かがみの名前は出さない。
以前に(勿論この二週間以内のことだが)口に出したときに、つかさは俺が「かがみ」に持って行かれるという危機感があったのか必死で俺にしがみついた。
「行かないで…キョン君まで私を幻滅しないで…ごめんなさい…ごめんなさい…私を置いてかないで…」
延々と懇願しながら泣いたつかさをなだめるのは骨が折れた。
「おいしー♪」
元気そうに弁当を食べているつかさ。
このワンシーンだけならむしろ明るく、活発な人だと誤解するほど。
「ああ、うまいな」
……笑顔を見る度に心が痛い。
傷つけられたつかさの心を俺は以前のように戻せるのか?
むしろ素人が下手に悪化させてないか?
俺はすっかりつかさと1日を過ごす事に慣れてしまった。

俺は、何かつかさにしてやれているのか?

もはや虚しいだけの問い。
二人きりの保健室と家を往復しているだけの毎日。
逆に俺の心が折れそう……いや、もう折れかかっていた。


そうして、1日が終わる。
下校時間を過ぎてから二人並んで帰る。
人気の無い通学路を通り抜け、柊家につかさを送る。
そして俺は自宅に戻り、夜になれば眠れないつかさと話を夜明けまでする。
…道理で眠い訳だな。
俺はつかさを送り届けた後の自宅までの道程を歩き、どっと疲れが降りかかったのを感じた。

 

やらない善よりやる偽善…使い古された言葉だ。
俺のこれは偽善だろう。
なら、この偽善はつかさの為になっているのか?
以前…といっても二、三日前ではあるが、つかさを病院へ連れて行こうとした時の事をかがみから聞いた。
なんでもかがみが俺とつかさを引き離そうとしてる、だのお姉ちゃんんはキョン君を取るつもり!?だのを叫びながら車に乗せられるのを本気で嫌がったらしい。
…ますます、つかさは俺に依存してないだろうか。
ならば俺はつかさを病院に行かせるのが最善ではないだろうか?
いや、そう考えるのは俺が疲れて嫌になったからじゃないか?
まさしく偽善者だな。
「…何を俺は悩んでるんだ?」
ハハ、と自嘲の笑みを浮かべる。
「疲れてる…そう、疲れてるんだ。少し落ち着け」
そう言い聞かせてるに過ぎない。
自分で解っていながらそんな事をしている時点で俺はまいっていたのだろう。

頭の内ではつかさを傷つけた古泉の事など既に無く、つかさを慰めるにはどうするか、などと考えている。
…そういえば最近はSOS団にも顔を出して無いな。
あのバカ…ハルヒにでも会わせれば神様の力で治らないのか?
いや、確か古泉はハルヒの力が弱まっているって…駄目なのか?
良い考えだと思ったんだが…つかさを会わせれば何とかなると思うのだが。
…まてよ?しかし長門は逆にハルヒの

「キョン?どうしたんだい」

思索にふけっていた俺の前に現れたのは

「おや、まさか僕の顔を忘れたのかい?ヒドいなぁ、キョン」

中学時代の俺の親友。そして

「でも相変わらず君は物憂げな顔なんだね。中身が変わってるかもしれないけど外見はそこまで変わってなくて郷愁に誘われたよ」

ハルヒと同じ力を持つ

「キョン…僕がこれだけ挨拶を長めにしてるのは君が返事をしてくれないからなんだが?」

佐々木だった。

「どうしたんだい?そろそろ旧友に会えた喜びなりなんなりを口に出して欲しいのだが。…もしや僕の事を本当に忘れてるのかな?」
立て板に水、とでもいった風に話す佐々木。
しかし俺にその言葉は耳に入っていない。
「キョン?何故呆けてるんだい?まさか僕に見とれて…まぁ、君に限ってそれはないか。
…そろそろ1人芝居も疲れた。何かしら喋ってくれないと僕は独り言を延々と続けてる恥ずかで死にそうになる」
「佐々木」
俺はそんな言葉を無視している。
佐々木に近づき、肩に手を掛けた。
そして先程組み上がったばかりの俺の中の仮説を口に出す。
「お前は、ハルヒの力を奪っているのか?」

「…?君は何を」
ギュッと握りしめ、佐々木に目を至近距離で合わせる。
「橘に不審な動きはないか?お前の周りに不思議な事は無いか?例えば生息するはずのない鳥や猫、犬なんかを見てないか?」
「キョン、肩が痛いよ……」
「些細な事でもいいんだ。違和感を感じる事やふとした願望が叶ったりそんなオカルトじみた事だ」
「どうしたんだい?君らしく無い……」
「頼む。答えてくれ。俺の希望がかかっているんだ。佐々木、何も」

「キョン!!!!!!」

佐々木の叫び声が辺りに響き渡った。
その叫びで俺は佐々木の肩を指が白くなるほどの強さで握り締めていた事に気づいた。
佐々木の顔はいつもの柔和な微笑ではなく、恐怖に濁っていた。
…俺は何をしていたんだ?いや、覚えてはいる。
簡単に言えば勝手な妄想を俺は信じて佐々木に詰め寄ったのだろう。
向こうは久しぶりの旧友にあって挨拶しただけなのに。
「…すまん、佐々木。取り乱した姿を見せちまったな」
表面だけでも、といつも通りの口調にリセットした。
「ようやく落ち着いたんだね。…君の意外な一面を見れたことは嬉しく思うが…その反面、なにが君をそこまで追いつめたんだ?」

「あ、ああ…」
本当に…俺は何をしてるんだ……。
つかさのことを無駄にかき回して、ハルヒの力を勝手に頼りにして、話の通じそうな佐々木にすがるように問い詰めて…
まるでここ最近で俺の嫌な本性が出てきたみたいだ。
普段の昼行灯みたいなどっちつかずの態度なんて上辺だけのポーズだったのさ。
先程と打って変わって黙り込んだ俺を不思議そうに見つめる佐々木。
今の俺は逆に目を合わせまいとしている。
佐々木はそんな俺に更に近づく。
「キョン。僕の目を見てくれ。自称、親友の願いだ」
…無理だ。
決して声に出さず、心の中で呟く。
「君は僕を親友だと思ってくれてないのかい?それとも僕では役者不足か?」
…いや、役不足だ。こんな痴話喧嘩に巻き込まれた話なんてどうでもいいだろ。
明後日の方向を向き、まるで子供のように視線を逸らす。
「君は…僕を怒らせたいのか?」
…そんな訳ないだろ。
こちらの心情もわかってくれ、などといった暴論も心中で呟くのみ。
「僕は……キョンに…悩みを打ち明けてもらう事さえできないのか?」
「…なんでも無いんだ。本当に…何も」
やっと口に出たのはまさしく子供の言い訳だった。
「………」
「最近夜更かしのしすぎで疲れてな……悪い」
「…キョン」
「しかも二週間もだ。隈ができてるのわかるか?やっぱ」
「キョン」
「…若いだけじゃだめなんだよな。佐々木も若いからって」
「キョン!!!」
再び佐々木が叫んだ。
しかし、先程と違って怒気が含まれている。
そして俺を真っ直ぐ射止めながらポツポツと話し始めた。
「キョン。僕はね…中学時代を悔いているんだ。
君というものの希少性も知らずにただ心地よさに溺れていた。
高校が違うだけ…たったそれだけの事で僕らは疎遠になったろう?君はどう思ったかは知らないが…私は後悔した。
もっと君と語る時間が欲しくてたまらなかった。
高校に入ってからずっと君と交わした会話を思い出してたよ。
そして僕は一つの……端から見ればあの谷口でさえわかっているのに……今更過ぎることに気づいた」
佐々木は更に俺との距離を詰める。
既に俺と佐々木の間に距離など存在しない…つまり佐々木は俺に抱きついていた。
俺の胸に顔をうずめながら続きを語る。
「キョン。僕は、君がズルいと初めて思った。
もしかしたら君は全てを知りながら僕を弄んでいるのではないかと思うほどだ。
…自覚してからの僕はまるで別人に生まれ変わったのかと思うほどだよ。
…ここまで言ったら解ると思うが、君は油断できないから言っておこうと思う」
不意に顔を下げたら佐々木と目が合った。
端に涙を浮かべながら、こちらを覗く大きな瞳。
彼氏も居ないというのが信じられない程に整っている目鼻。
それが俺を向いている。

「僕は君が好きなんだ」

 

「…君の反応からするとやはり気づいて無かったらしいね」
佐々木は俺から離れ、二歩程度の距離を開ける。
胸には佐々木の体温が残っていて、ほんのりとそこだけが汗ばんでいた。
「キョン…君に一つ聞きたい」
俺は生まれて初めての告白に感情の整理がつかなかった。
そんな俺はただ佐々木の言葉を機械的に処理する。

「君は人を"本気で"好きになったことはあるかい?」

「…え?」
ない方がおかしいだろ、と口に出す前に佐々木は繋げる。
「劣情を催したり、軽い好意を寄せるという話じゃ無いんだよ。
その人を見て、欲しがって、求め、絶えずに耐えられない欲求が襲う身を焦がすような情熱さ」
「それが…何か」
「関係はあるんだよ。キョン。
僕は君に狂う程…君を好きだ。君は告白の経験はあるかい?
…いや、それくらいはあるのかもしれない。どちらでもいいんだが、その告白には非常に勇気を必要とするね?
僕は今、君に告白したときも、進行形でこんな告白するのも非常に恥ずかしく、出来るならしたくはない。
けどね、キョン。僕は逃げずに君に真っ向から挑んだ。粉々に砕け散る可能性を知りながら」
息継ぎもなく、ナレーターも真っ青なほどの台詞。
もし、ここが劇場ならばクライマックスシーンの肝心要の部分だろうか。
「キョン。君は先程から僕を見ない。
君は何なんだ?僕にやましいことでもしたのかい?
僕と君はせめて友達の関係だったのじゃないのか?僕の勝手な独りよがりかい?なぁ、キョン。答えてくれないか?

何故、僕を見ないんだ?」


……俺は酔っていた。
"ここ"が分水嶺だった。
こんなドラマの青春のワンシーンにしても青臭いような光景な酔ったのだ。

悩む男と悩む女。しかもそれが恋愛に関わっているなんて実に青春に相応しい。

…だから、俺は…………取り返しのつかない場所を踏み越えた。
いつもそうだ。
俺は俺の都合でしか動かない。
つかさの視点に立とうともせず、惚れた男に依存した女を見る佐々木の心情を想像すらしなかった。

疲れてた。良い言葉だ。
逃げ口上としては最高のものだ。
もはや悔やんでも悔やみきれない。

「人の立場になって考えてみましょう」

…そんな小学生が教わるような事さえ出来ない高校生。
…本当に笑い話だ。
俺だけに焦点をあてればな。

後悔というものは何の役にも立たない。
それくらい小学生でも経験してる。
役に立つのは後悔では無く、間違いを犯した際の経験なのだ。

俺は佐々木に全てを話した。
主観が往々に混じるが事実に変わりない。
それに佐々木は話し上手の聞き上手(自称)なのだ。そのうえ俺とは比較にならない頭を持っているので俺の話を軽々と補填しながら理解してしまった。

俺達は公園のベンチを見つけ、そこに座りながら全てを俺が語った…いや、精確には語らされたあとに佐々木は細く溜め息を吐いた。
「フゥ………君は実に波乱万丈な学園生活を送ってるな?実に羨ましくない」
ほっとけ。
「はは…キョンの気負いの無い顔を今日初めてみたよ」
少し苦々しい顔をしたものの、内心は穏やかだ。
つかさの事を考えずにただ素直に佐々木と話していた。
それだけのことで俺は晴れ晴れ…とまでは行かないが、多少スッキリした心持ちになった。


「では、善は急げ…さぁ、行こうか」
すっくと立ち上がり、伸びをしてこちらに振り向きながら言った。
「つかさの所か?」
「他にどこがあるんだい?」
そう言って俺の手を掴んで立ち上がらせる。
「僕一人では場所もわからないしね」
どこかハルヒに似た強引さ。
…なにかむず痒い気持ちが背中を走る。
「ほら、キョン。君が先導するんだ」
佐々木の手は冷たかった……そのくせアイツの触れた胸元は未だに熱く火照っている。

俺と佐々木は手を繋ながら柊宅へ向かった。


prrrrr……

無機質な着信音。
手を引く佐々木に待ったを掛け、携帯を取り出した。
画面を覗けばやはりつかさ。
日課となっていた長時間の通話の開始。
しかし、今は少しばかり違う。佐々木と二人でつかさを救う…いや、説得か?少しニュアンスは違うが。
佐々木につかさからの着信だとでる前に言った。
「丁度いい。正直そのつかささんの家で話をするのは少し抵抗があったんだ。外で会えないか聞いてくれないか?」
既にどのような話をするのか佐々木の脳内ではまとまってるらしい。
頼りになるやつだな、と思いながら着信ボタンを押した。

 

「もしもし…キョン君?」
「ああ、俺だ。…今から少し外に出れるか?」

ゼェ………ヒュー………ゼエ………ヒュゥ………ゼエ………ゼェ


まるで壊れた管楽器のような呼吸音。
高熱に浮かされたように目は充血し、ギョロギョロとしている。
何かに煩悶してるかのように頭を抱え、時折唸っている。
冷ややかに見下す佐々木を、不倶戴天の敵とでも言うかのように睨みつけている。
それと同時に俺に助けを求めるような目を向けるが、俺は黙って下を見つめていた。

「だから────キョンに近づかないでくれ」

形だけは願っているが、中身は命令だ。
佐々木はそう言って俺の手を取りその場を後にする。
背後からすすり泣く声がしたが佐々木が俺の手に力を込めて握り締めて俺の行動を阻止した。
後ろ髪を引かれる、とはこのことか?
俺の心は罪悪感で満たされている。

 

時間は少し前後する。

 

「キョン…一つ約束をしてほしい」
「なんだ?」
公園を出て、携帯に電話が掛かる少し前だ。
「もし、つかささんが君にすがって……いや、君はつかささんを見ないでくれないか」
そんな不可解な約束をさせられた。
俺のスペックの低い脳みそが佐々木のプランを壊す可能性を危惧しているのだろう。
俺は特に躊躇せず頷いた。

 

そして十数分後。
つかさと合流した。

つかさの格好は制服のままだった。
俺らの所へ駆けつけ、俺の横の佐々木を見たつかさは何か不審な雰囲気を感じ取ったのか。
「キョン君……?その人は?」
殆ど消えかけている声。弱々しく、なんとも頼りなく俺に声をかける。
しかし俺は口を動かさず、黙っている。
不安のあまりか、段々と体をそわそわと動かし始めるつかさ。
それを確認しているにも関わらず俺は動かない。
そこに佐々木が一石を投じた。


「初めまして。僕は佐々木……キョンの恋人です」

「恋…………人?え?」
「ああ。僕は先程キョンに告白したんだ」
何か言いたそうな顔つきのつかさ。
俺は佐々木の言い付け通りに黙って下を向いている。
「つかささん。君の話も聞いた。
君の立場に同情はするけど君はキョンにすがりついてる場合では無いと思うね」
「……え」
予想外だ、という顔。当然だろう。
いくら近しい人であっても他人の恋愛話だ。それを徒(イタズラ)に吹聴されるなんて友達なら思いもしない。
それを、俺は話してしまった。
「君は…その、古泉君だったかな?その失恋の痛手を癒やすためにキョンにすがったのだろう?
…少し前のキョンなら構わないが、今は私が居るのでね」
一方的に語られるつかさ。
目の前で一体何が行われているのか処理しきれてないかもしれない。
目の焦点が合わず、カタカタと全身を小刻みに震わせている。
「少し辛辣にいわせてもらえば君はキョンじゃなくても良かったと思うよ。
ただそばにキョンが居て、そして女の子に滅法優しいキョンだから甘えただけだ」
「なんで…そんなヒドいコト言うの?」
「酷い?何がだい?なら君は何故キョンを選んだ」

「好きだから……」
「君は恋人に振られた直後に他の人を好きになるのかい。成程」
「違っ…!」
「違わないだろう。君の言葉を振り返ればこの通りだ」
勉強の良し悪しも揚げ足を取るのに有利なのだろうか。
つかさが1の反論しようとすると50位の言論で押しつぶし、圧殺する。
完全に佐々木がこの場の主導権を握っている。
「君は───ただ、振られてそこに偶然居たキョンに優しくされて───勘違いしたのさ」
「違うっ!!!!!」

つかさが叫んだ。



「待ちたまえ」

俺の体に触れる寸前に佐々木がつかさの腕を掴み取る。
佐々木の目はつかさの感情の失せた目に似てはいるが別物の、感情を押し殺した冷酷な目をしていた。
まるで、余りに多くの感情で埋め尽くした結果、何の感情も浮かばなかったような。
「君はこの手でキョンに"また"寄りかかろうとしたのだね?」
「だって…」
ッパァン!!!!と渇いた音が一面に響いた。
「君は…どこまでキョンに迷惑を掛ければ気が済む?」
平手打ちされた頬をさするつかさを睨みつけながら佐々木は言う。
「僕がどれだけキョンに触れたいと思ったか…もし触れたらどうしようか…」
先程とは違い、佐々木の目に感情が戻っていた。
「僕が煩悶している間に君みたいに自分本位でしか何も考えられないような人がキョンを独占してたなんてね…」
昔のコイツはこんな目をしたことはなかった。
何事も、冷静に…クレバーに見てる。そんな奴だったのに。
「つかささん……君の事をキョンから聞いたとき、こう思ったよ」

「甘ったれたガキが泣き言を言うな」

激怒としか表現できないような目の色をしていた。

「君はキョンの事を考えた事はあるのか?
いや、無いね。有るなら今頃恥ずかしくて顔を出すことすらできない筈だよ。
大方この二週間君はこんなことを考えてた筈さ
『どうして私は不幸なの。私は悪いことをした?私に落ち度はあった?私はつまらない?私はブス?私は?私は?私は?私は?』
どうだい、自分のことだけだろう?多分間違ってはいないだろ?
僕はそんな事実を知りながら当人の前に顔を出せるほど皮は厚くない。
いや、君は未だに自覚して無いのか?
ならば君は更に馬鹿…いや、邪悪とでも表現したほうがいいね。
君自身は悪意はないんだろ?そう、だからキョンは断ることもはねのける事も出来ない。
キョンは底抜けのお人好しだからね。僕が惚れるほど。
さあ、どうかな?君は付き合ってくれたキョンに何も感じないのか?こんな非道いことをしながらまだ好きだからなんていえるのかい?
ただ、君は言う権利を持っているけど君がそれを言ったなら僕は絶対に認めない。
君の主張は許しても認めはしない。
僕という彼女が居ることをしりながら、しかもその上キョンに迷惑をかけながら…その台詞を言ったなら…

僕は君が生きる価値すらない

と思うね」

 

「僕の主張は以上だ。」
そう全てを言い切り、佐々木は改めてつかさを正面から睨みつけた。

感情の高ぶりのせいか、つかさは例の症状が出始めていた。
顔は赤く、
呼吸は荒く、
目は充血して、
狼狽したように。

「だから────キョンに近づかないでくれ」

そして俺らはその場から立ち去った。


「さて、キョン」
帰り道。肩を並べながら佐々木が声を掛けてきた。
正直先程の剣幕が嘘のような落ち着いた表情だ。
「……まさかさっきの僕の主張に怯えてないかい?」
そりゃああんなの目の前にしたらな。
でも口に出さないのが俺。
「さすがにあれが僕の地だと思われるのは心外だから言っておくよ?
あれはあくまでつかささんとキョンを離すための方便だよ。生憎だが僕に彼女を治す事はできない。
…餅は餅屋さ。医者に任せるほか無い」
「それにしても…」
「君は内心これしかないと思ってたろう?」
どうしてこうもコイツは俺を読めるかね。
正直そうだった。だが、俺にはくだらないプライドが邪魔をして出来なかった。
…実はこれは予想通りの展開だったのかもしれない。
「キョン?悪いがつかささんの家族には君が話してくれ。僕は面識がないからね…あと今週末に何か奢ってくれ」
マジか?どれだけ気まずいと…って
「なんで俺が奢る」
「君は予想してたろう?なら僕は利用された。ならその使用料さ」

佐々木はデートの約束(俺にだってそれくらい解る)を押しつけると去ってしまった。
「気が重い…」
だが先送りにしても何も解決しない。
むしろ俺に頼れない今はさらに危険が増しているだろう。
俺は携帯を取り出し、かがみの番号を検索した。

 

 

「はぁ……………」
ベッドに寝っ転がり、罪悪感に押しつぶされそうな体を休めている。
かがみとの会話は気まずいなんてものでは無かった。
事務的につかさを医者に見せる…いや、直接的に言うなら精神病院に連れて行くべきだと話した。

全てを聞き終えた後のかがみは諦めとも落胆とも取れる溜め息を吐いて、「わかったわ」と言って電話を切った。
明日、つかさを連れて行くらしい。
その翌日には佐々木とデートか。随分いい身分だな?
「はぁ……」
何度目かも解らない溜め息と共に自虐を締めくくる。
既に事態は俺の手を離れた。
今更後悔も何もありはしない。
「はぁ……」
更に溜め息の回数が増えた。
夕飯もろくに食ってないが腹も減らない。
胸の内が罪悪感でいっぱいだからか?
「……はぁ」
更に自虐を重ねた事に気づき、溜め息の回数もまた増えた。

 

「………………ん?」
目を開けると外は夜だった。
明かりもつけずに寝たせいか真っ暗な室内に目が慣れていた。
少し寝て気分が晴れたのか腹が減っていることを訴える。
「腹減ったな……」
…確かカップ麺があったよな。
俺は空腹を紛らわせるために肌に悪い深夜のカップ麺を探しに台所へ向かった。

 


給湯器万歳。
極めて静かにカップ麺を手に入れて割り箸をお供に部屋へ向かう。
チープな香りが十代の空腹感を更に誘う。
こりゃあ三分も待たずに食べたくなるもんだ。
やっぱ醤油は王道だよな。
グゥ、と飯をねだる腹を抑えながら部屋に戻った。

 

思わず手に持ったカップ麺を落としかけた。


部屋には寒い冬の冷気が入り込んでいて、吐く息が白く曇っている。
凍えそうな室内には先客が居た。
「…キョン君」
それは、
「……えぐっ……」
泣きながら
「…寂しいよぉ」
俺を待つつかさだった。

俺は取りあえずカップを机に置き、つかさに寄った。
「なんでここに?」
とは言っても手段では無い。
この冷気の流れる元を見れば一目瞭然だ。
窓が割れて夜の冷気を取り込んでいる。
そしておそらく割ったのは目の前のつかさ。
近くに寄った俺のすそを掴み、すがりつくつかさ。
「寂しい……」
ギュッと震えながら脚にしがみついている。
「寒いよ…キョン君」

つかさはパジャマ一枚だ。確かに寒い筈だ…しかし窓が割れているのに暖房を点けても効果は薄いだろう。
とりあえず俺の使っていた布団を被せてやる。
「そんな格好してるからだろ。ほら」
つかさの小さな体は丸々と布団に隠れた。
「こんな夜中に…しかも窓割ってなにしてんだ?少しは危機感を」
ゴソゴソと布団に潜りながら動くつかさ。
何をしてるかと思うよりも先に立ち上がるつかさ。

布団を床に落とし、俺と向き合うつかさの姿は服を脱いでいた。

「なっ…………何やってんだ?」
俺の目の前で一糸纏わない姿で立つつかさ。
白い肌が暗い室内でも映えているのがわかる。
未発達ながら女性的な体のラインも見て取れた。
「キョン君……ごめんなさい」
「…何がだよ?」
「…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「おい、何がっ!!!???」
いきなり謝りだしたつかさの顔をのぞき込むとつかさは俺の唇を奪った。
「んっ!!???」
「ハァッ………!!ハッ……ンッ……!!!!」
無理やりといった風に俺を貪る。
ヒトが獣に戻ったならこんな感じにキスをするのだろうかと思うような激しい口づけ。
俺は強引につかさの体ごと中に浮かせて引き離す。
「ハッ……ハァッ……何、なんだ?」
息が続かなかったせいで絶え絶えだ。
俺の口についたつかさの唾液が糸を引くのが見える。
つかさ本人の顔は上気していて欲情、という言葉を連想させた。

「……私はキョン君が好きだよ?」
「…説明になってねえよ」
先程とは逆につかさが俺を見下ろし、離すときに転んだお陰で俺が見上げる形になっている。
「あと…せめて服を着てくれ」
俺の嘆願を無視してつかさは俺にしだれかかる。
二人の顔が極めて近くなる。
「ねぇ、キョン君はなんで私を捨てたのかな?」
「違う……俺は」
「やっぱり私が悪かったのかな?何かしちゃったかな?」
「おい、…?」
「古泉君も私じゃダメだったんでしょ?だからね…私考えてた」
「佐々木さん?だったよね。確かに私キョン君のコト考えてなかった」
「キョン君が何すれば喜んでくれるかなって」
「古泉君にしてなくてキョン君に出来ること」
「そうだよね。つきあってたのにキスしかしてなかったもん」
「だからね」
「キョン君に私をあげればもう私を捨てないよね?」


つかさの目は本気で疑いなくそう信じているように見えた。
冬の冷たい冷気の立ち込める部屋の中、すり寄るつかさの裸身から伝わる体温はひどく心地よさを感じさせる。
「キョン君も……」
したいよね?と続く言葉を至近距離からの口の動きだけで伝えるつかさ。
俺だって健全な男だし、つかさを全くそのような目で見たことはないと言えば嘘だ。
しかし、あの幼さを残したつかさが目の前の妖艶さを感じさせる女に変貌しているというのが俺には理解できない。
真っ直ぐに俺とつかさの視線は繋がっている。
まるでお互いの心さえ覗ける、そんなことを思えるほど近く、真っ直ぐだ。
服越しに伝わってくる体温が流れ込む度に俺のどこかが壊れていくような感じがする。
寒い筈の室内にいるのに俺の体温も、つかさの体温もひどく高まっている。
本能がそうさせるのだろうか?

内心とは裏腹に俺は俺を漲らせていた。

手が抗い難い本能に圧され、つかさの両肩に乗せられる。
それを俺の了承の合図と取ったのか、つかさが破顔する。
そ、と音を感じさせない動きで俺の腕の中に入り込んだ。
丁度二人は抱き合う形になった。
(…俺は何をしているんだ!?)
どこか冷静に自分を客観視している自分が問いかけた。
つかさが望んでるだけで俺は別に望んではいない。
…いや、それは屁理屈ですらない。
俺がはねのければそういう結果にはならない。
仮に"してしまった"なら俺はかがみやこなたに普通に接せるのか?
俺は無理だろ?
一時の気の迷いで交友関係を棒に振れるか?
だがつかさはもう明日には病院に行ってしまうんだ。
なら最後の思い出に…
いや、本気でそう思っているのか?
俺は本当に、つかさのために、本気で思っているのか?
二つの意味で自己満足に浸ろうとしてないか?
だが、本当にここから下がれるのか?

今、俺は内心で葛藤を抱えながらもつかさを抱き締めた形だ。
それはつまりどこかで俺は待っていたのじゃないのか?

完全に重なりあった体からは心臓の音が聞こえる。
肩に乗ったつかさの頭から漏れる吐息が俺のうなじをくすぐる。
つかさの両腕は俺の背中にまわっていて、既に逆につかさに抱きしめられている形だ。

「…つかさ」

俺は決意を固め、口を開いた。
「…うん」
静かにつかさは応じた。
目を閉じ、俺から迫るのを待っている。
桃色の唇。
汗ばんで、ほんのり色づいた躰。
白く、誰にも侵されてない肌は俺を待っていた。

つかさの肩に再び手を掛ける。
そして


「すまない」


俺は断りの返事をした。

「え?」
一瞬でつかさの顔が青ざめた。
俺じゃない。
つかさは俺をみていた訳じゃないんだ。
「俺はつかさが好きだ。だが体を重ねたいとは思わない」
上手く言葉で表せない俺はこんなありきたりな断り方をした。
…つかさは俺を見ていた訳じゃなくて、つかさを見る誰かが欲しかったのだ。
古泉に突然振られて自信を失った…いや、自分を見失った。
だから自分を見てくれる人が欲しかったんだろ?
みんなが居たのに。
かがみも、こなたも、みゆきさんも、ハルヒも谷口もみなみも長門も。
ただ、最初に声を掛けたのが俺だったから。
たまたまかがみやこなたが俺に任せてしまったから。
つかさの周りに俺しか居ないように見えたんだろ?
「つかさ、俺は別にどこにも行きはしない。お前は疲れてたんだよ。古泉が突然居なくなって不安だったんだろ?」
「違うよ…違う」
ふるふると青ざめた顔で首を横に振るつかさ。

「私は、私は……キョン君がホントに好きだから……」
既に俺は冷めていた。
いや、無理やり冷ました。
つかさのあの扇情的に見えた体はすでに少し未発達気味の躰にしか俺には見えない。
脱ぎ捨ててあったつかさのパジャマを上だけでも掛けてやる。
「どうして……?」
その問はどちらだろうか。
どうして抱かないのか?
どうして私から逃げるのか?
…両者かもしれない。
俺は枕元に置いてあった携帯を手に取り、立ち上がって部屋を出る。
かがみの番号を検索して電話を掛ける。
既に日付が変わりきったこの時間だが起きているだろうか?

prrrrrr…

二、三秒で出た。
「もしもし?」
「キョン君!?ゴメン今つかさが」
「ウチにいる」
「え?!」
どうやらあちらではちょっとした騒ぎになっていたらしい。
経緯は省いて迎えにきて欲しい旨を伝えた。
パタンと携帯を閉じる。
静まり返っている家の中に、微かに聞こえる。
つかさがすすり泣く声。


結局、俺は最初から最後までつかさを傷つけただけだった。


翌日。
登校したらかがみの姿もつかさの姿も見あたらなかった。

呆然と授業を受けながら「やっぱりか」とどこかで納得した。
俺のどこか心の片隅で予想していた終わり方だろう。
俺は自分が驚く程この現状をありのままに受け入れてるしな。



…なんだろう。
つかさが居なくなっただけなのに俺と皆の間に溝ができた。
まぁ…今までずっとつきっきりだった人間がいきなりひとりになったんだしな……しょうがないのかな?
そういえばまともな授業なんて半月以上受けてなかったんだよな。
虫食いの空いたノートの続きを書く。
テストで後ろから数えられたくないしな。


「……ちくしょう」
不意に口から漏れた。
結局、俺は何も出来なかったのだ。
教室の空気と俺に刺さる視線がそれを責め立てるように感じた。




「俺は馬鹿だ」





今更すぎる。
そんな今更すぎることさえ気づかなかった。



カチ、カチ、カチと時計の秒針だけが自室に響く。
昨日、つかさの入り込むときに割られた窓をベッドに寝ころびながら眺めた。
窓の外は暗く、ポツポツ家の光が見えるだけ。
「……」
カチ、カチ、カチ、という単調なリズムが響くだけ。
…眠気だけはあるのに眠れやしない。

「……」

たぶん、それはつかさに対する罪悪感だのだけでは無くて。
つかさと過ごした夜の時間が二週間という間に染み付いたからか。
床で充電を終えた携帯を見やる。
勿論、着信などは無い。
しかも、つかさからなどは。
「あー……眠い」
こんな意識さえしなかった事でさえつかさが居たと言うことを教えてくれる。
いつも…たった2日程度まえだが…今頃つかさと話してたしな……

そんな思い出が……自分の気のままつかさを傷つけた事を教えた。




「やあ、キョン。待ちわびたよ」
「そんなに待たせたか?」
「…君の時計は少し狂ってないか?既に九時を三割消化済みなんだが」
「腹時計だからな」
「…………………」
「さて、俺の渾身の洒落が通じなかった所でこれからどうするべきかね?佐々木君」
やれやれ、とでも言いたそうな顔をして佐々木はこちらをジト目で見てくる。
おかしいな…滑った。
休日の駅前での待ち合わせ。
恋人同士がする定番。
やはり俺達もそう見えるのかね。


マックで腹ごしらえをして、
ゲーセンを冷やかして、
本屋を覗いてみたりして、
水族館に入ってみたりして、
そしてさりげなく手をつながれてたりして、
佐々木の意外な一面を垣間見たりして、

冬の短い一日は既に夜を迎えた。
そして今、俺達は歩き疲れた足を休ませる為に例のSOS団御用達のカフェで一息入れていた。

「だからな、やっぱり鮫は人を食わないと思う」
「しかしイルカも鯨も哺乳類だろう?ならばその結論はおかしい」
何故か俺らは水族館で出た話題「何故人喰いザメは人を食う」について議論していた。
「だが絶対イルカを食うサメより食わないサメの方が多いだろ」
「でも…」
「しかし…」
勿論本気で話してる訳ではないさ。
ただ、話の種が大きく育っただけの話。
一日中佐々木と居て気づいたことが沢山あった。
コイツは意外と積極的で、
そのくせ照れ屋で、
意外と体温が高くて、
そしてよく笑う、
普通の女だった。

「?…何か良いことでもあったのかい?顔が珍しくほころんでるよ」
「ん?まぁ…悪い事ではないな」
机の上に置かれている珈琲に手をつける。
飯だのなんだのは人と一緒にすると美味く感じるよな。
それが気の置けない奴だとなおさらな。
「さて、そろそろ本格的に夜になってしまいそうだね。
…全く、冬は昼が短いな。キョンはそう思わないかい?」
「その分多く寝れるからそう思わないな」
「君は少しそのふざけた口調を直したまえ。根の部分は頭が良いのだから」
「それは買い被りすぎだ」
佐々木も目の前のケーキに手をつける。
二人用の席に向かい合うその姿はやはり恋人同士だろうか。
「……キョン」
「なんだ?」
俺が無意識に顔が綻んだのは中学生に戻って佐々木と遊んでいたような錯覚をしてたんだろうな。
でも今の俺達は別物何だよな…。
あの頃とは違う。

「そろそろ、僕は限界だよ。
…君の答えが聞きたくてしょうがない」

まぁ…予想はしていたんだが。
実際に答えを聞かれてどう答えようかなんて考えてすらいない。
友達のままって言ってもそれは断る事だしな。
…色恋沙汰ってのはなんとも難しいもんだよな。
「あぁ。じゃあ、今日1日お前と居てからの結論を言わせてもらうか」
「うん。聞かせてくれたまえ」
ははっ…佐々木?顔赤いぜ。
自分ではわかってないかも知れないが緊張してるだろ?
「んじゃ、遠慮無く言わ」

~♪

「…の前に電話いいか?」
「はいはい。そういうところがキョンらしいね」
だったらそんな風に可愛く笑うのはお前らしくないじゃないか?
これまた胸の内に入れておくだけだがね。


店の中では迷惑だろうから外に出てから携帯を取り出した。
「はい」
「あの、ゴメン!!急いでるんだけど、つかさ見なかった?!」
「かがみ?確か昨日…」
「昨日はつかさが熱で倒れちゃったの!!!それで今日連れて行くのがっ……!!」
「待て、落ち着け。いいか?皆に電話して協力してもらうんだ。勿論俺も協力する」
「うん……ハア…わかった…ハァ…」
荒い息づかいが電話の向こうから聞こえた。
大分焦っているのだろう。
「俺も見つけたら電話を返す。いいか?まず落ち着いて皆に協力してもらうんだぞ」

パタンと携帯を畳む。
「…」
どうする?とりあえずかがみには落ち着いてるように振る舞ったものの、内心は結構動揺している。
もう終わっていたことだと思っていた事が、まだ終わっていない。
佐々木への返事さえまだ途中なのに。
「…まてよ」
つかさが寄るような所は無いか?
いや、そんなのはとっくにかがみなら探してるか?
まさか自殺なんてないよな?
…自分の考えながら、意外と信憑性の高そうな説を思い浮かべてしまった。
いや、考えるな。
まず佐々木に事情でも話して…



「あ、キョン君だ」


席に戻ると佐々木の前の席…つまり俺の席につかさが居た。
「な…んでここ、に?」
「なんで驚いてるの?あのね、やっと私わかったの。聞いて?ね?」
ダッフルコートにマフラー。いたって普通の冬場の女子高生がしていそうな格好だ。
いや、そんなことは関係ないだろ俺。
「私はやれることやったつもりだよ。でもキョン君は私を拒否したよね」
「いや…」
「したよね。だからキョン君が悪いのかな?なんて思ったけど…なんか違う気がしたの。
でね、でね、私気づいたの。
なんでかって。何だと思う?」
どこか有無を言わせない空気。
真っ直ぐすぎる瞳は俺を捉えて離さない。
俺はこの予想外の展開に固まったままだ。

「すまないがつかささん?君は僕とキョンのデートに割り込んで何を言いたいんだ。
君は──」

つかさの独白に割り込む佐々木。
その代償として
「この人」
つかさの右拳が佐々木の顔を潰した。
ドガシャアッ!!!!!
机と椅子と皿とコップが一斉に床に落ちて砕ける。

店内の視線を集めながらもつかさの表情は全く変わらない。
「だってね?キョン君も私も悪くないよね?なら他の人が悪い人だよね」
転倒した際に頭を打ったのか佐々木は動かない。失神しているかもしれない。
「この人が居るから………私とキョン君が」
ゆっくりと落ちたケーキ用のフォークを拾った。
「違うだろ…それは八つ当たりだ」
口が辛うじて動いた。
嫌な予感で背中は汗だくだ。
「違わないよ。だからこの人が」
ゆっくり、ゆっくりと佐々木に近づく。
つかさはフォークを握りしめ、


「居なければよかった」


佐々木の喉元目掛けて振り下ろした。



「えいっ」


「えいっ」


「えいっ」


「えいっ」


「えいっ」


「えいっ」

計15回。

その日、つかさは肉の塊へとフォークを突き立てて初めて殺人を犯した。









作品の感想はこちらにどうぞ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年11月22日 22:22
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。