唐突だが、「我思う故に我は在り」って言葉を知っているだろうか?
人それぞれの解釈はあるだろうが、この言葉の意味を俺はこう捉える。
人は主観的にしか生きられない。
客観視という言葉もあるが、つまりそれも客観を主観で考えるだろう?
視覚聴覚嗅覚…どれも主観に基づいて処理するだろ?
コーヒーの苦味が不味いと言う傍らで美味いと言う奴もいる。
……まぁ、今考えた訳ではあるが。こんな理屈を言ったらハルヒに凄まじい勢いで反論されてデカルトの生涯でも叩き込まれそうだな。
ちなみにこれは前置きでな、俺の心情を表したいがためにのまっているんだ。
何があったか?俺の主観の話だがな、
時が止まった。
きっかけ……と言うより事の発端は昼飯時だ。
ざわざわとどいつもこいつも好き勝手に雑談しまくってたな。
「それでー」「知ってるって」「キョン君が」
「なんでそうなるの?」「数学の宿題」「レベル足んない」「マズッ」
「貰うよー」「どうぞ」「ラノベのタイトルが」
と、こんな風に喧騒がだな。
そのときまで俺は特に変わった事もなく国木田達と箸をすすめていたんだ。
その喧騒の中、一言が
「キョンキョンと一緒に寝たことはあるネ」
ざわ…と潮が引くように静かになった。
全員が口と手を止め、何故か俺に視線を向けた。
まるで俺以外が固まったようにな。
それも一瞬だった。
まず谷口が「裏切者」と口パクで伝えてきたんだが、何を裏切ったと言うんだ?
国木田は変わらず笑顔のまま俺を見ていて、何も無かったかの如く受け流して居るように見えたが…
「……」
さりげなく口角が引きつっていて、目の奥は笑っていなかった。
俺の友人がこんな風になっているのに刺さる視線の主達を見るなんてできやしないさ。
耳が痛くなる程の静寂のなか、視界の端で捉えた泉の姿は
「……」
皆に合わせてこちらを見ながら無言でコロネを頬張っていた。
つまり俺の一挙一動が全員に見られていた。子供だったら泣いてるぞ?
俺は席を立ち、トイレへ避難しようと椅子を引くと全員が息を呑んだのが分かった。
…マスコミに取り上げられた犯人の家族ってこんな感じだろうな。
俺はそれを無視してドアから廊下へ出る。
俺がドアを閉めた途端にざわざわと再び騒ぎ始めた。
泉が引き起こした筈だがとばっちりは俺。
理不尽だ。
そのまま気弱な俺は昼休みが終わるまでトイレに引き籠もった。
飯食い終わって無いのに…
空きっ腹を抱えて廊下を引き返す俺に一人、仁王立ちする人影が目に入った。
「……」
歩く珍聞録ことハルヒだ。
また何か考えついたのか?とため息を吐くこちらにズカズカと歩み寄るハルヒ。
もう随分と気疲れしてるから面倒くさいことは
「こなたに何やったのよ馬鹿キョン!!!!!!!」
綺麗に俺に入った膝蹴りは見事に俺の意識を刈り取った。
「……」
目を開けるとそこは見知らぬ天井……じゃなくてだな。
俺は保健室で目を覚ました。
「痛っ……歯がグラグラしてやがる」
ハルヒの凄まじい膝蹴りは俺の口中に著しい被害を与えたようだ。
…少しベッドでぼーっとしていたらちょっと前の事を思い出した。
眠さのあまりに保健室に忍び込みベッドを一つ独占し、眠っていた時だ。
ガラッとドアの開いた音に夢うつつになりながら布団にくるまっていると誰かがベッドに……
「……まさか?」
寝ぼけた頭で俺はその誰かを抱き枕代わりに抱きしめたような記憶がある。
……まぁ、今となっては確認する手段なんて無いしな。
過ぎたことは忘れよう。
そのとき、俺は再び迫る足音を当然知るはずもなく。
数分後に自分に降りかかる悪夢を予想もしないまま少し薄っぺらい保健室のベッドにくるまって眠気を覚えていた。
了。