「長門……、これは一体何なんだ。まさかハルヒの望んだことなのか……? それとも何か別の……」
ここは一年の頃ハルヒに占拠され、それ以来我らがSOS団の本拠となっている文芸部室だ。
ここには俺と長門がいるだけだ。ハルヒも朝比奈さんも、あのいけ好かない笑みをたたえる古泉もいない。他に誰もいない。
どうしてこんなことになってやがるんだ。
今この世界に "生きているもの" はいない。
草も木も、空までも、そしてハルヒや他の連中でさえも……
俺と、そして長門を除く地上における全ての存在はその活動を停止している。
いや、厳密には元素レベルでは動いているのかも知れん。でないと俺は呼吸すらままならないはずだからな
「原因は不明、だがこの時間は完全に凍結しているわけではない」
指定席に座り、俺には理解すら出来そうにない言語で書かれた分厚い本を読みつつ長門がそう告げる。
原因不明ってのが気になるがこいつがこうも落ち着いているということはそう差し迫った状況じゃないってことなのかもしれん。
しかしそれにしても時間は止まってるんじゃないってのか。
まあ長門が言うんならそうなんだろうがもう少し解りやすい説明をしてくれるとありがたい
俺がそういうと長門は今まで読んでいた本を閉じ、その黒真珠のような瞳を俺に向け口を開いた。
「時間平面の流れは進行している。しかしその速度は非常に緩やか」
「つまりこれは時間が経つのが遅いだけってことか」
「そう」
長門が肯定の意を示すように頭を数ミリ単位で下げる。
しかし遅いってのは一体どれくらい何だろうね
「あなたと私にとっての24時間は、涼宮ハルヒやその他における100分の1秒にも満たない。
よって彼女たちは我々を感知する事は出来ない」
「じゃあ俺たちから見てもハルヒたちが動いているかは分からんってことか」
「少なくともあなたにとっては、そう」
やれやれ
じゃあつまり俺からすれば止まってるのと同義ってことか
「それで長門、原因は不明ってのはつまり誰がやったのかもさっぱりってことなのか?」
「現状で分かっている事は涼宮ハルヒ及び情報統合思念体の仕業ではない、ということだけ」
成程。つまり九曜のパトロンか、はたまた未知の存在ってことになるのか
古泉の組織はあくまであの空間以外じゃ普通の人間のはずだし
朝比奈さん(大)のところの可能性は……あるな一応。
まああの人がそんなことをするとは流石に思えんし、もしそうだとしてもその場合はつまり俺たちが助かる事は恐らく規定事項になっているだろうからまだ安心できるな
「朝比奈みくるではない。彼女たちにとってこれは忌避すべき事態であったと言える。
また、天蓋領域である公算は低い。彼らの目的は我々と同じく涼宮ハルヒの観察にあり、涼宮ハルヒ本人が知覚不可能な現象を起こすメリットが無いと思われる」
「おいおい、じゃあ何だってんだ? まさか今更異世界人ってわけじゃないだろうな」
「可能性はある」
なんてこった。俺としてはここにきて新キャラってのは勘弁願いたいんだがな……
俺がそんな悠長なことを考えているとなにやら急に長門が俺に接近してきた。
「お、おい長門……?」
「来る」
来る? まさか本当に異世界人が来たってのか?
俺が長門が言った言葉を反芻していると、まるでハルヒが来た時のように部室の扉が轟音を立てて勢いよく開かれた。
「どもッス! キョンさん、長門さん」
……誰だ? 突然入ってきたのはロングヘアーと眼鏡が特徴的な、セーラー服を着た女子生徒だった。
しかし来ている制服を見る限り北高の生徒ではない
そして俺にはこの少女に見覚えは無いはずなのだが……何で俺のあだ名や長門の名前を知ってるんだ?
「あなたは誰?」
流石の長門もこれには参っているようだな、その目には俺にしか分からない程度だが焦燥の念が伺える。
「私のことはどうでもいいっすよ。そんなことよりも! どうしてお二人はいい雰囲気にならないんっすか!?
誰もいない世界で男女が二人っきりなんてもうやる事は一つしかないじゃないっすか!」
……一体何を言ってるんだ? というかこいつは何で動いていられるんだ? 長門の話では俺たち以外は時間が進むのがとてつもなく遅いはずだが
「だからそんなことはどうでもいいんっすよ! あーもういいッス、分かりました。流れに任せようとした私が悪かったッス」
そういうと、この妙な女生徒はペンとノートを取り出し何やら書き始めた。
「………………」
「おい長門、どうした?」
……何かおかしい
眼鏡女がノートにペンを走らせる度に長門が小刻みに震えている。
「まだまだこれからっすよー!」
「っ……くっ…………」
顔も少しづつではあるが赤みを帯びていっている気がする。
いつもとは違う空気を醸し出し色っぽくも見えてくる。
って俺は何を言ってるんだ、長門に対してそんな目を向けるなんて
「これでとどめッス!」
「っ! ……」
……何が……起こったんだ?
見てみると長門の震えは止まっているが、あの女の方は不快感を催すほどのいやらしい笑みをその顔に張り付けている。
っと、長門が顔を床のタイルに向けたまま俺のほうに頼りない足取りで近づいてくる。
そういやさっきあの女は「これでとどめ」と言ってたな。もしかしたら長門はかなりヤバイ状況にあるのかも知れん
俺はそう考え、こちらからも長門との距離を詰めることにした。
「長門、大丈夫か?」
「もんだい…ない。ただ……」
そこまでいうと、長門は突如俺に飛びついてきた。
やっぱり女の子だけあって華奢だな、ってそんなこと言ってる場合じゃないな
「おい! お前長門に何しやがった」
俺は女生徒を詰問することにした。こいつが何か知ってるのはまず間違いないからな
「私は何もしてないっすよ。ただ長門さんをすこーし素直にしてあげただけっす」
「ふざけるな! もし長門になにかあったらただじゃすまさねえぞ」
「おっと、それは嫌ッスからね。ここいらでお暇させてもらうっすよ」
そういうと女は身を翻し、部室の扉から出て行き
「そうそう、長門さんはキョンさんとあまーい体験すると元に戻るっすよ。それと一緒に時間のねじれも直るっす」
と言い捨てていきやがった。
今回の騒動はやっぱりあいつの仕業か。しかし何だって一体こんな事を……
おっと今はそれよりも長門だ。あいつは甘い体験と言ってたが……チョコレートでも食わせてやればいいのかね
俺がそう考察を重ねていると、俺の腕の中にいた長門が顔を上げ、まるで呂布に董卓を殺してくれと懇願する貂蝉のような目を俺に向けている。
そしてその整った顔を俺に近づけてきて――――――
目が覚めるとそこは俺のベッドの上だった。
何かとんでもない夢を見た気がするが思い出せんな……
そして学校への長い坂道を向かっている最中見知らぬ女生徒とすれ違ったとき、こんな言葉が聞こえてきた。
「いやー昨日はほんと惜しかったっすよ、もうちょっと積極的にいってくれるかとおもってたんすけどねー。ね、キョンさん」
名前を呼ばれたことの反応し、振り向いた時には既に少女は既に陰も形も無くなっていた。
今の娘は一体誰だったんだろうか?