バルサホモ酢 ◆mnSj3FY9m2 氏の作品
そよそよとカーテンが春風に揺れている。外には、今朝と同じように桜が花びらを散らせながら、
太陽の光を浴びてその鮮やなピンクの色合いを光らせているのが見える。
「えっと…いろいろとごめんなさい」
「え?…あぁ、お気になさる必要はありませんよ」
真っ白な布団にくるまりながら、同じように真っ白なタイルで埋め尽くされた天井を私は見ていた。
となりには男…もとい、古泉君が今朝と同じように眩しい微笑みを浮かべて座っていた。
私は古泉君の笑顔に1ラウンド10秒というどこぞのボクサーもびっくりなKOを喫して、
そのまま卒倒してしまったという。あじゃぱ~という声を上げながらだそうだ。
そして保健室までは古泉君が連れてきてくれ、おまけに布団まで掛けてくれたらしい。
以上のことは、私が起きてから保健室の先生がおおまかなことを。細かいところは休み時間になってから来た
古泉君が話してくれた。こなちゃんとゆきちゃんっも来たけれど、古泉君が私の隣に座っているのを見て、
すたこらと去ってしまった。帰り際、二人の目が喜びのようなものに満ちていたのは言うまでもなく、
ドアが閉まったとき、ごゆっくり~というこなちゃんの声も聞こえたような気がした。
それにしても、空気が重い…。た、確かに今朝見知ったばかりの仲だし、会話が詰まるのは当然だよね…?
だけど、ここまで会話が詰まるって、さすがにどうなのかな…。何か切り出した方がいいのかな。
でも、私男の人と二人きりになるなんてほとんど初めてだし、一学期初日だっていうのにチラホラと学校の人はくるし、
特に話すことなんてないし…。でも話したいっ!せめて、趣味を聞くとか…あれ?でもそれなんてお見合い?
ああっ、古泉君、なんで微笑みを崩さないの~っ!?そっちが向けないじゃん~っ!
キーンコーンカーンコーン…
「おや、チャイムがなりましたね。では、僕はこのあたりで。ごゆっくりお休みください。」
チャイムさん、空気よm…いや、この場合読んでるのかな?
「わ、私もう大丈夫だから…教室いくよ…」
体をゆっくりと起こしながら私は古泉君の方を見る。そこには微笑みじゃなくて、やや面喰ったような表情があった。
それにより、気恥ずかしさはあるものの、ようやく古泉君の顔のあたりに視線を向けて話せることに少し安心した。
と同時に、あの微笑みが見れないという事に、絶望に近いものも感じた。
古泉君は私の顔をまじまじと見つめている。真剣な顔も相当な破壊力がある。お願い、そんなに見つめないで…。
「…本当に大丈夫ですか?」
真剣な表情を崩さず、そして視線を固定したまま古泉君は怪訝そうに私に言葉を掛ける。
その眼力のようなものに圧されそうになりながらも、私は返答した。
「うん…大丈夫だよ」
「…クスッ、そうですか。ならば一緒にまいりましょう。ですが、くれぐれも無理はなさらぬように…ね?」
古泉君の顔に微笑みが戻った。なんとなく、これはこれで安心する。
保健室をあとにし、廊下肩を並べて歩くと、やっぱり小泉君の背は高かった。
「古泉君、身長、どのくらいある?」
「身長…ですか?そうですね、今年はまだ測っていませんし、正確な数字まではわかりませんが…
175cmほどかもしれません。親しい友人がいうそれよりは、高かったですし。」
「175?もしかして、私のお父さんよりもおっきいかも。」
とても些細で、話さなくても良いような会話だったけど、私はそれでもよかった。
ただ、古泉君と言葉を交わすだけでも、凄く嬉しさを感じた。顔はまともに見れなかったし、
ネクタイの辺りをチラチラ見る程度だったけど、やっぱり古泉君は笑っていた。
「古泉君はどの部活に所属していらっしゃるんですか?」
その愛嬌のよさと、物腰の柔らかい語り口で古泉君はあっという間に私たちと話を交わすようになった。
「部活と申しますか…まぁ部活のようなものですかね。SOS団というちょっとした団体に所属しています。」
「SOS団!?古泉君、あそこに入ってたんだ」
古泉君の口から出たSOS団、という単語にこなちゃんは即座に反応した。私も去年からなんとなく、
名前とちょっとした噂だけは聞いたことがある。なんでもとある女の子が、文芸部室を自分の縄張りにし、
2年生の間では学園のマドンナとされる巨乳の先輩と、誰とも接点を持たず本ばかり読んでいる貧乳の同学年の子と、
なんとその三人と同時に付き合っているとか付き合っていないとか言われる男子、
そしてもう一人学園内でも多くの女子のファンを持つ男子が所属し、日々活動を続けているそうな。
「でも、私たち1年の時はその誰ともあわなかったわよね?」
休み時間のため、勿論隣のクラスからお姉ちゃんも椅子に座って古泉君の話に耳を傾けている。
「僕たちは画一的な活動しかしていなかったですからね。各々の団員は、特に委員会にも入っていなかったようですし」
微笑みを崩さず、私たちから口ぐちに出る質問に古泉君は丁寧に受け答えしていた。
勝負を懸けるなら、ここしかないと思う。不思議と、こなちゃんが目配せをしているような気がした。
ちょうど、話も途切れているころである。お姉ちゃんやゆきちゃんも特にしゃべる様子はない。
「あ、あの、古泉君」
首をちょっと傾け、古泉君がこっちの方を向く。どうしよう、またドキドキしてきた…。
「え、SOS団の部活、お邪魔したいなぁ~…なんて」
い、言っちゃった。いきなりすぎた?お、お姉ちゃん、こなちゃん、お願い、フォローを!
ゆきちゃんもサポートしてくれるって言ったじゃんっ!古泉君は面喰っていた。さっきの微妙な面喰いではない。
明らかに面喰っている。まずい、空気が、空気が…。
「…クスッ、別に僕は構いませんよ。ただ、これといった活動はしていないので、退屈になるやもしれませんが…」
「ううんっ!ぜーんぜん平気だと思うよっ!そうだっ、皆で行こうっ!そうすれば退屈じゃなくなるかもしれないしっ!」
勢いの余り、全てに促音がつくほどの口調で私はたたみかけた。そんなかつてないであろう私を見て、
三人は唖然とした様子でこっちを見ていた。…視線が微妙に痛い。
「部活は放課後から始まるので、放課後になったらご案内しますよ」
特に嫌がる様子もなく、むしろまた微笑みを取り戻し、同じように丁寧に、古泉君は私の提案を受け入れてくれた。
キーンコーンカーンコーン…
「…あ、あぁ、チャイムだ。私戻るね」
お姉ちゃんはチャイムによって我に返ったようにして、教室から出て行った。そんなお姉ちゃんを、こなちゃんと
ゆきちゃんはぎこちなく見送っていく。古泉君はといえば、何事もなかったように自分の席に戻っていった。
私もつられて自分の席に着いて授業の準備をする。何故か、さっきの勢いがまるでなかったかのように、割と平然としていられた。
ガラッ
黒井先生がウーッス、と声を上げて教室に入ってくる。ふと、古泉君のほうを見ると、やっぱり笑顔だった。
しばらく、その方向を見ている事にした。授業が始まると笑顔は薄れたものの、相変わらず柔らかい表情で黒板を見つめていた。
その時コツンッという音が、私の頭から発せられた。
「柊~、なにボーッとしとる?」
春。出会いの季節。ピンク色に染まった中で進んでいく日常を想像して、心を躍らせながら俺は文芸部室に向かう階段を…
昇るはずがないんだな。進級したとはいえ、あの忌々しい存在は相変わらず同じクラスだし、特に俺の周辺に変わったことはない。
その証拠が、無意識に文芸部室に向かってしまうこの体である。ああ、なんという悲しき習性!
文芸部室のドアの前に立つと,あの忌々しい存在が俺の癒しの象徴を毒牙に掛けていることに備えて、ドアを二回ほど軽くたたく。
どうぞ~、という舌足らずの甘い声が聞こえると、ドアノブに手を掛け前へと力を加える。
「あ、キョンくん」
ドアを開けた先には、いつも通りメイド服を着てお茶を淹れる癒しの象徴に、いつも通りこっちに目もくれず椅子に座って
本のページをめくるお人形、いつも通りパイプ椅子に座りヘラヘラと笑顔をふりまいているハンサムボーイ、
そしてそのハンサムボーイといつも通りオセロに興ずる…ん?
おかしい、そのポジションには俺がいるはずだよな。俺、いつからリボンなんて付けた?
俺、いつ髪をライトパープルになんて染めた?俺、ちっちゃくね?俺、いつから女子高生になんてなった?
「あ、あの…お邪魔してます」
俺の定位置にちょこんと座っている小柄な女の子は、こちらに気付くと軽く会釈をした。
ああ、いえいえ、お構いなく。そうか、もしかして異世界人とやらが来たんだな。この溶け込み方はそうとしかとれん。
良かったなハルヒ~、異世界人が来たぞ。これでお前の望みはすべて叶った。これで俺はこことオサラバだな。
いや~、良かった良かった。
「何ニヤニヤしてるのよ」
後ろの方から、聞きなれた声が聞こえたような気がした。いや、気のせいだろう。振り向かないことにしよう…。
「古泉君、その子は?あっ!…もしかして、入部希望者!?」
…気のせいじゃないことははっきりとした。
「あぁ、いえ残念ながら。入部希望者ではありませんが、我々の活動を覗いてみたい、と申していましたので連れてきた、
柊つかささん。僕と同じクラスです。それで、こちらの女性がこのSOS団団長の涼宮ハルヒさん」
「つかさちゃん、でいい?涼宮ハルヒよ」
半ば強引に呼び方を決め、ハルヒはいつも通りパソコンの前に座っていつも通りパソコンを起動させた。
どうせまたHPのチェック及び更新で、それに俺も付き合わされることになるのであろう。あぁ、もういや。
何このいつも通りだらけの生活。絶望したっ!変わらない日常に絶望したっ!
「こちらの男性が…」
「キョンだ。本名じゃないが、もうそれ以外の呼び名をこの学校で呼ぶヤツはいないからな。そう読んでくれて構わん」
古泉の言葉を遮って、俺は自分の紹介をした。言い慣れた言葉を繰り返すことに嫌気がさしたため、多少強引なように見えたかもしれん。
俺の予感は当たり、目の前に座る柊つかさという子はどこかオドオドとしている。いかん、何か言葉をかけないと。
「あー、オセロの邪魔になってたか?気にしないで続けてくれ」
なんだその微妙な言葉は。我ながら気の利かない言葉。苦笑いを浮かべるな古泉。
朝比奈さん、早くお茶を!微妙な顔をしてないで!長門、…いやお前は本を読んだままだよな。
そんな俺を尻目に柊つかさは古泉の方を向き直ると、オセロを再開させていた。
…それにしても、やる以上に見るオセロはつまらん。そもそも、やっぱりテーブルゲームはやるに限る。
日曜の昼に某局で将棋や囲碁の対局様子を放送しているが、俺には何が面白いかサッパリわからんよ。
「…………」
「…………」
こうして無言でやってくれるから余計面白くない。あぁ、お前ら、何かしゃべることはないのかっ!長門じゃあるまいしっ!
健全な若い男女が二人して向かいあってればそりゃ会話に詰まるかも知れんが、せめて何かしゃべれ!ただでさえ周りは静かなんだ。
なにか、え~、そんなとこに打たないでよ~とか、ほら、ここですよ、とか、何かないのかっ!
「えっ…と…」
柊つかさは自分の手で持ちあましていたマグネットのオセロ石を黒に直し、オセロ盤の上に置くと、
一枚、二枚とオセロ石を白から黒へ裏返していく。古泉は微笑みを崩さず、それをのんびりと眺めている。
…ぼ~っと見ていてわからなかったが、この古泉、手を抜いてやがる。俺の時は負けっ放しのくせに、そんなこすい真似を。
どこまでお前はハンサムボーイを演じていやがるんだ。
手が進んでいくにつれ、オセロ盤も埋め尽くされていく。また見事なまでに五分五分に見える戦いですこと。
古泉があそこに置けば、ギリギリで古泉は勝てるが…置かないよな~。そういうヤツだよなぁ、お前は。
「1、2、3、…30、31、32、33!」
「30、31。クスッ、つかささんの勝ちですね」
「あぁ~、ギリギリだったよ~。今度は私負けるかと思ったぁ~」
今度は、ってことは二回目か。いや、時間からすると三回目もありえる。どうやら柊つかさは気づいていない。
ああ、どこまでも得する性格の男っ!…もしかして、俺のときもしているのか?
「…あ、もう五時か。私ね、今日ご飯作る手伝いしないといけないんだ。電車にも乗らないといけないし…。
ごめんね、私から言ったのにこんなに早く帰っちゃうなんて」
「あぁ、いえいえ。お気になさらずに。たまには他の人と娯楽に興ずるというのも中々面白かったですよ。
お送りしましょうか?」
「え、あ、いいよ、大丈夫だよ。駅すぐそこだし…」
「この季節になりましたし、最近変な人がいっぱい出るようになったみたいですよぉ。
女の子一人で外を歩くのは、危ない、かも…」
朝比奈さんが預かっていたと思われる鞄を手に、柊つかさにお馴染みの甘っとろい声で話しかける。
「俺もそう思うな。古泉の言葉に甘えておいた方がいいと思うぜ。柊さんとやら。」
よし、今度はちゃんと気の利いた言葉を掛けることができた。ん?古泉ならわからんでもないが、
なんで朝比奈さんがこっちを見て微笑んでるんだ?よっぽどの言葉だったか?
「では、参りましょうか」
そういうと古泉はドアを開け、柊つかさと共に部室をあとにしていく。気のせいか、柊つかさの顔が赤らんでいるように見えた。
風邪でもひいていたのだろうか。それとも夕暮れが射してきたせいか…いや、違うよな。まだそんな時間じゃない。
なんにせよ、古泉がSOS団以外の人間と接点を持っていたとは、谷口の言葉を借りれば驚天動地だ。
まさか、あいつから…なわけないか。
自分で勝手に合点をつき、俺は古泉と柊つかさが残していったオセロを片づけていた。