ある晴れた朝、俺は自分の下駄箱の前で強烈なデジャビュを感じていた。そもそも下駄箱に手紙を入れる
なんて今の時代に合わないやり方をやる人間がそうほいほいといるものなのかと悩む。下駄箱からひらひら
と出てきたノートの切れ端には前回と同じようなことが書いてあった。しかし今回は名前が書いてあった。
『放課後、あなたの教室で待ってて かがみ』
というわけで俺は放課後の教室にやってきたのである。前回と違うところと言えば夏のため日が高く教室が
夕暮に染まっていないことと待っている人間が違うことくらいだろう。
「遅いわよ!」
ドアを開けて中の人物を認識した瞬間、言葉が飛んできた。
「そんなこと言っても抜け出せなかったんだ。ハルヒがまた野球のチラシ持ってきたおかげでな。これでも急いで来たんだぞ」
「ああ、SOS団ね……。今日くらい休めばいいのに……」
なにやらぶつくさ言っているが俺の力ではどうしようもなさそうなことのようなので本題に入る。
「で、何で俺を呼んだんだ?」
「え……? な、なんとなくわかるでしょ……」
今度は顔を赤らめている。怒ったり恥ずかしがったり忙しい奴だ。
こなたに言わせれば「だがそれがいい」と言うかもしれないな。俺もその意見には同意できる。ハルヒよりかよっぽど可愛いものだ。
「俺をナイフで襲う気か?」
「はぁ? 何言ってんの?」
「いや、気にするな。で、一体なんなんだ」
かがみはしばらく目を伏せた後、意を決したかのように俺のほうを向いた。
「私……キョンのことが好きなの! 付き合って!」
「へぇ?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。なに、かがみが俺のこと好き? 一体全体どうなってんだ? もしかして
ドッキリなのか?
かがみの顔は最早リンゴと同じくらい赤い。うっすらと涙目になっている。嘘じゃないと判断した俺は慌てて言葉をかける。
「えっと……まじで?」
「そ、そうよ。えらくまじよ」
もしも、ここでかがみを選んだ場合ハルヒはどんな態度をとるだろうか。まさか世界崩壊させ始めたりしないよな。
それに俺はいい加減ハルヒのお守りはいやだ。
「かがみ、よろしくな」
「だよね……。ハルhってええぇぇ? いいの?」
今度は驚いている。自分の告白しといて結果を決めつけていたみたいだな。そもそもそのハルhってなんだ。ハルhって。
「ああ、ぜひともお願いしたいところだな」
言葉が出ないのか金魚のように口をパクパクさせている。というか顔も赤いから金魚に見えなくもない。
俺はかがみとの距離を縮めて肩に手を置いた。かがみの顔は太陽にように赤くなっている。破裂したりしないよな。
しかし、やはりというべきか開かなくてもいいドアがあの時と同じように開いた。
「うぃー、WAWAWA忘れ物~おおぉぉ!?」
入ってきたのはこなただった。というかなんで谷口の真似をしているんだ。俺は今の状況に気付きかがみから手を引く。
「いや、違うんだよ! 誰もいないと思ってやったんだよ!」
「何も違わないじゃないか」
「え、あー、そっか。じゃなくて! 何やってるのさ!」
言葉が詰まる。ここは正直に言うべきか? いや、でも言ったら言ったで何か言われるよな。しかしどうせばれるし別に……。
「私がキョンに告白してたのよ」
あー、この人言っちゃったよ。俺よか堂々としてるね。
「で、どうなったの……?」
こなたが恐る恐る聞く。かがみは俺の腕に抱きつくという積極的かつ大胆な態度で答えた。
こなたはびっくりした顔をした後、段々と暗い表情になっていく。なんでそこでそんな顔をするんだよ。
「そ、そう。よかったじゃん……。おめでとう!」
そう叫んだと同時にダッシュで消えていった。というか忘れ物取りに来たんじゃなかったのか? あいつは。
「……こなたもキョンのことが好きだったのよ」
「なんだそりゃ……」
「気付かなかったの? よく話してたじゃない」
「いや、そうだけどさ……」
ということはさっきのかがみの行動はかなりショックなものだったんじゃないか? しかし俺が何か言うのは逆効果になりそうだな。
俺は一抹の不安を抱きながらかがみと下校した。
次の日。
授業はあっという間に終わり放課後になった。時間がなくかがみとは中々会えない。クラスも違うしな。
放課後ぐらい一緒に帰りたいがSOS団のほうも出なきゃいけないよなと悩んでいたがどうやら俺に選択肢はないらしく
後ろの席の悪魔の「行くわよ!」の一言とともに強制的に元文芸部室に召喚された。
団員は古泉以外は揃っていた。あいつに限って来ないということはないだろうと思っていたら俺がパイプ椅子に座った
と同時に数本のバッドを持ってやってきた。
「なんだ、その道具は」
「見てわかりませんか? 野球のバッドです」
「そんなことは聞いてない。なんでそんなものを持ってきたんだ」
「昨日の話聞いていませんでしたか?」
昨日? 昨日といえばかがみに告白……のもっと前か。SOS団で確かハルヒが……。
「まさか忘れたとは言わせないわよ? 野球大会に備えて特訓するのよ!」
あぁ、そんなこと言っていたな。だがバッドしか道具がないような気がするが。
「グローブはあたしが用意したのよ。ボールは野球部から借りればいいしね」
……グローブの出所はきっと聞いちゃいけないんだよな。突っ込んだら負けだぞ。俺。
「よーし! キョン! グローブ持ちなさい! あとバッドも少し持ってあげなさい!」
いざ出発、しようとしたときに部室のドアがノックされる。この部室に訪問するような奴なんているのか?
まさかまた依頼人じゃないよな。
朝比奈さんがドアを開ける。そこに立っていたのはかがみだった。
「やっぱりここにいたわね。携帯の電源ぐらい入れておいてよね。キョン、帰るわよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! かがみ! どういうことよ、これからキョンは特訓よ!」
俺が答える前にハルヒが噛み付く。俺の回答権はどうやら没収となっているようだ。
「毎日出てるんだからいいじゃない!」
「よくないわよ! 大会の特訓しないと負けちゃうでしょ! そもそもなんでかがみがキョンと帰るのよ!」
特訓しても負けるだろ、と突っ込みたいがそれどころじゃなさそうだ。
「私とキョンが付き合っているからよ!」
「そうなんですか! 僕という人がありなg」
数十分後。俺は部室のパイプ椅子に座っていた。目の前にはハルヒとなぜかこなた。俺の隣にはかがみと
これまたなぜか長門がいる。ちなみに古泉は保健室で頭に氷を当てているだろう。
気まずい雰囲気が流れる中、当然ながらハルヒが口火を切った。
「こなたから大体のことが聞いたわ。一体全体どういうことよ!」
俺はこなたを見る。視線に気付いたこなたは俺のほうを見て親指を立てる。
「やっちまったぜ!」
「やっちまったぜ、じゃねーよ! そもそもなんで長門までいるんだ!」
「私が希望した」
短いながらもちゃんとした答えを言う。なんで希望したか、までは聞かないほうがいいよな。うん、きっとそう。
「それで、キョンはかがみと付き合ってるんだ」
仕方ないので俺は溜息を吐いた後、正直に答えた。
「ああ、そうだ。昨日からだけどな」
「なんで?」
「なんでってなんだよ」
「なんでかがみと付き合ってるのよ。団長の判断なしに!」
ハルヒが机を強く叩き立ち上がる。まるで駄々をこねる子どものようだ。
「俺が誰と付き合おうがお前に報告する必要はないだろ!」
俺がそう言うとハルヒは目を伏せた。なんだよ、さっきまでの威勢はどこ言ったんだ。
ハルヒはゆっくりと机から離れてバッドの立てかけてある窓際に近づく。
「そうよね。あたしの判断なんていらないもんね。あたし馬鹿みたいね」
ハルヒは団長机に手を置く。俺を見るその目は光っていた。
「ずっと一緒だったからさ、同じだと思ったのに。あたしの思いは一方通行か」
それは頬を伝って机に落ちていく。こなたが立ち上がってハルヒに近づく。
「ハルにゃん……」
こなたの手をハルヒは振り払う。
「でもさ、かがみ……」
ハルヒはくるりと振り返り窓の外を向く。
「キョンはね、あたしのものなの」
「は? 何言ってるの? ハルヒ?」
その瞬間、こなたの小さい体が団長机の上に乗っかる。違う、吹っ飛ばされたのか。
「誰にも渡さない!」
右手に握ったバッドには赤い液体がついている。まずい。
「ハルヒ! やめろ!」
「うるさい!」
長門目掛けてバッドを振り下ろす。長門は軽いフットワーク、というか人間にはとてもできそうにない宙返りをしながら机の反対側に着地する。
ハルヒは一瞬長門を見た後、俺を睨んだ。
「馬鹿!」
横振り。わき腹辺りに当たる。後ろに下がったらかがみがいる。手で防御するしか……。
「危ない!」
体が後ろに引っ張られる。俺の意識とは関係なく。そして俺の代わりにかがみが引っ張った分だけ前に出る。
「かがみ!」
引っ張ったせいなのか俺のわき腹のあった位置にかがみの頭があった。
鈍く光るバッドは軌道上の上にあった物を叩いた。
俺は頭に強い衝撃を受けて意識を失った。
どのくらいの時間が経っただろうか。一日? 三日? もしかしたら一時間だったのかもしれない。
ゆっくりと目を開けると白い天上が眩しかった。どうやら天国ではないようだ。俺は起きようと体に力を入れたが
頭が重く起き上がれない。
横から白い手が伸びてきて俺の頭に触れる。
「動かないで。まだだめ」
聞き覚えのある声。助言を無視してどうにか頭を彼女のほうに向ける。
長門は何もなかったかのようにそこにいた。片手には本を持っている。
俺が口を開こうとすると長門がそれを予知したかのように喋り始めた。
「大丈夫。あなたは私が守る。誰にも邪魔させない」
長門が手を引っ込めるのを合図にドアが開く音がした。続いて歩く足音。
「キョン君!」
朝比奈さんが俺を見ると同時に抱きついてきた。せっかくの幸せなんだが揺らされるせいで頭に響く。
「あ、ごめんなさい……」
それに気付いたのか俺から離れる。横に立っている古泉はとても複雑な表情をしている。
「すみません、起きていきなりですがとても大事なことが……」
「それよりか……今はいつだ……?」
「あなたが入院してから三日です。当たり所が悪かったようで心配しました」
そうか、三日か。それよりかかがみたちはどうなったんだ。
「そのことですか……」
朝比奈さんの表情も古泉の表情も暗い。おいおい、なんなんだよ。
「涼宮さんと柊さんは……お亡くなりになりました」
「えっ……」
「涼宮さんは昨日、柊さんは病院に運ばれた直後に……。泉さんもまだ意識不明です」
そんな。ハルヒが死んだ? かがみが死んだ? なんだ、その笑えないジョークは。本当のことを言いやがれ。
ハルヒが死んだらお前達に言わせれば世界が崩壊するんじゃないのか?
「ええ、僕も驚いてます。でも実際はまだ世界は崩壊してませんし朝比奈さんは未来人、長門さんは宇宙人のままです」
長門。そうだ、長門は怪我はないのか?
「何を言っているんですか? 長門さんは僕と朝比奈さんといっしょに保健室にいましたよ」
んな馬鹿な。確かにあの時長門はいたぞ。忘れもしないぞ宙返り。
「まだ記憶が混乱しているみたいですね。仕方ありません……。今日はゆっくりと寝てください」
「キョン君……」
古泉と朝比奈さんは俺にお辞儀をして、退出した。どうなってるんだ。なんでなんだ。
「長門、どういうことなんだ」
長門は片手に持っていた本を横の台に置き、両手で俺の左手を包む。
「私はここにいる。心配しないで」
長門は保健室にいた。しかしそんなはずがない。確かに俺は長門を部室でみた記憶が……。
記憶……? 記憶が違う……? ありえない筈の情報を与える……?
まさかそんなことができるのか?
「長門、お前……」
長門は小さく首を横に振った。それ以上言うなと言うことだろう。
そのあと長門は俺がぎりぎりわかるくらいの笑いを浮かべた。
「大丈夫。あなたは私が守る」 終