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ひよりはシャミセンを攻略したいようです

うちには飼い猫がいる。名前はシャミセン。
涼宮ハルヒ直々に見初められ、猫として最大級に不吉な名前を頂戴した、人語を喋る猫である。
もっともその能力はすでに失われているのだが、それにしてもオスの三毛猫というだけで大変なプレミアものだ。

――故に、モテる。

「うわぁ、大人しいですね~」
「……かわいい」
「ほらほらこっちおいでー……アレ? 無視っスか?」
「三次元のキャッツもいいもんデスネー」

誰を経由したかは知らないが、後輩たちに飼い猫の存在がばれた……いや、隠していたわけじゃないが。
岩崎みなみ、田村ひよりは実際に犬を飼っているというし、小早川ゆたかも動物好きだ。
パトリシア・マーティンはそうでもないようだったが、シャミセンに体面して見識が変わりつつあるらしい。
現在シャミセン閣下は、我が家を襲撃した後輩4人によるハーレムを築き上げておられる。
……忌々しい。

「ひゃっ!? もぅ~、急に舐めないでよぅ」
「タイツ……伝線しちゃう」
「おーい、私もいるんスけどー……」
「OH! いきなり胸を責めるなんテ、イケナイ子ネ」

忌々しい。ああ忌々しい。忌々しい。

「……なんだか、初めて会う気がしない」
「のんびりして落ち着いてる感じがキョン先輩に似てるかも――」
「それだ!」
「HAHAHA! ユタカグッジョブ!」

それに比べて俺ときたら、ネタにされて盛大に笑われている始末である。
岩崎、笑いをこらえることはないぞ。笑え笑え、笑えばいいじゃない。

ははは、こやつめ。

その後も彼女らはシャミセンと戯れ、妹に弄ばれ、やがてカラスが鳴くからそれぞれ帰宅していった。
たったひとりを除いて。

「私の戦いは始まったばかりっス」

一度もシャミセンに振り向いてもらえなかった、田村ひよりである。
うちの猫ごときにスルーされたのが、そんなに悔しいか。

「メロメロにしてやんよ!」
「いや、叩きのめすわけじゃないんだから」
「メッロメッロにしーてやんよー♪」
「歌うな」

それにしてもこの田村、ノリノリである。

 

「むう……」

田村が残ること小一時間。様々な策を弄したが、その苦労が報われることはなかった。
視点を合わせて話しかけるも、シャミセンは華麗にスルー。無理に抱いてみたら、猫パンチを食らわされた。
ならば最後の手段、と通称リーサルウェポンことネコジャラシでシャミセンの気を引いてる最中だ。
どこから取ってきたのか知らないが、とりあえずシャミセンに対する情熱は伝わった。
だからそろそろ帰ってもらえまいか。

「田村、今日は諦めないか」
「大丈夫っス。長期戦になるのは予想済みなので、家には連絡しました」

そういう問題か。

「私は岩崎さんちのチェリーちゃんも攻略したんです。このぬこにゃんもすぐ攻略してやるっスよ!」

攻略て。ゲームじゃないんだから。
田村の熱意に気圧されしたのか、ぷいっとそっぽを向き駆け出すシャミセン。

「ああっ」

向かう先は――おそらく、俺の部屋。

予想に反せず、シャミセンは俺のベッドの上で丸まっていた。
どういうことか、シャミセンは俺の部屋をいたく気に入っているらしく、寝床に指定されている。
主に愛情を注いでいるのは妹の方なのだから、そちらになびいてやればいいと思うのだが。
……案外、ハードボイルドな猫なのか。
いや、でも先ほどは後輩たちに狼藉を働いていたしな。

「ふふふ、追い詰めたっスよ~」

時代劇の悪代官のような笑顔を見せてにじり寄る田村。「よいではないかよいではないか」ってお前はノリ良すぎだろ。
ぽふっ、とベッドの上にダイブ。俺のベッドなんですが。
でもそんなの関係ねぇと言わんばかりの田村はさっそくシャミセンを弄りにかかった。

「……さっきにもまして大人しいっスねー」

ふにふに、とシャミセンの肉球を触りながら感心したように田村は言う。

「先輩、よっぽど好かれてるんスねー。羨ましいっス」

とろけるような表情で三毛猫を撫で回す田村は、なんというか、普通の……いや、理想のオニャノコといった感じで。
いやいやいや何を言ってるのか俺は。これは頭を冷やしたほうがいいな。
シャミセンも田村に抵抗する気配はないし、後は若い者に任せて退室することにした。

田村とシャミセンを放置したあと、特にすることもなく。
一回のリビングでくつろいでいると、どうもお袋と妹が出かけるらしい。
何でも、夕飯の材料が足りなかったらしい。

「それでねキョンくん、お母さんがね、ひよりんもご飯どうかって」
「もうそんな時間か? お袋が変な気起こす前に帰さないと……」

よくこんなに猫とイチャついていられるもんだな。半ば呆れながら階段を上がる。
自分の部屋のドアを開けると、ベッドに眠り姫がいらっしゃいました。
そりゃもう、すやすやと。

「……おーい、田村」

安眠を妨げるのは気の毒だがほっとくわけにもいかないので、ここは心を鬼にして起こさせてもらおう。
力を入れすぎずに頬をつねる。これは妹を起こす内に俺が習得した必殺の奥義だ。
眠気なんてスタコラサッサだぜい。

「……む、おあよーございあす……」

口に手を当てて小さく欠伸する田村。第一声がこれとは、寝ぼけているらしいな。
それにしても、眼鏡を外して、まどろんでいる田村はやけに色気が――

「ぬがああああああああああああああああッ!!」
「うひゃあああああああああああああああッ!?」

俺の自重シャウトに叩き起こされるカタチになった田村。本当に申し訳ない。

「す、すすすすいまっせーん! 先輩のご自宅でなんという粗相をッ!」
「こちらこそすまん! 内容はアレなんで話せないがとにかくすまん!」

大慌てで頭を下げまくる田村と俺。まるでコントだな。
そうそう、こういうドタバタの空気が相応しいのだ。さっきのは気の迷い。
田村に魅力を感じないわけではないが、越えてはならない一線が確かに存在するのだ。

「田村。お前、夕飯食ってくか」
「へ? いやいや、そこまでお世話になるわけには……」
「そうか、じゃあそう言っとくよ。今は二人とも出かけてるけど」
「…………」

急に田村が黙ってしまった。どうしたのか、と訝しんでいると、

「ふたりきり……なんスね」

やがて田村が薄く唇を開いて、そう呟いた。
今、俺の部屋で、フタリキリ。
田村の瞳が潤みを取り戻し、頬が紅潮する。

――ちょ、おま、待っ――

 


にゃあ。

 


――訂正。
フタリキリじゃなく、猫が一匹いらっしゃいました。

「……電話。家族の人に電話いれてくれ」
「あっ、は、はいっ!」

何だか気が抜けた……どういう気合だか知らないが。
間に合って良かった。あのまま雰囲気に流されていたら、俺は後輩相手に手を出すところだったやもしれぬ。
いや、俺は自分の理性を信じるぞ。本能? ボコボコにしてやんよ。
とりあえずシャミセンには感謝だ。忌々しく思ってスンマセンでした。
だが……これで勝ったと思うなよ? 今に第2、第3の俺の煩悩が現れ――

「あの、先輩」
「あ、ああ。連絡終わったか?」
「てっきり私がよそで食べるもんだと思って、Coco壱に出かけたそうっス……」
「……食ってくか?」
「……お願いしまス」

 

それから適当に時間を潰し、田村も交えてお袋の手料理をついばんだ。
驚いたのは食事中、シャミセンがやけに田村に擦り寄ってきたことだ。
やっぱりシャミセンも男だからな、ベッドを共にした女子には――って自重しろ俺。

「ひよりん、シャミと仲良しだねー?」

シャミセンを溺愛している我が妹にとっては一大事らしく、田村にしつこくコツを訊いていた。
田村も田村でよくわからないらしく、曖昧な受け答えに終始したが。
状況を理解していないシャミセンだけが、呑気に田村にじゃれついていた。

夕食が済み、夜も遅いので俺が田村を送ることに相成った。反対する道理は無い。
玄関先で妹が田村に抱きつく――これは癖のようなもので、SOS団他の女子も被害に遭っていたな。
――と、妹はエウレカとでも叫びだしそうな嬉々とした表情になっていた。

「なんでシャミと仲良しになれたのかわかっちゃった」
「え? どゆこと、妹ちゃん?」

悪戯心満載というか、面白くて仕方が無いといったような顔をした妹は――


「ひよりん、キョンくんのにおいがするー!」


俺と田村を同時にノックアウトした。

 

その後。

後輩軍団は何度か我が家を襲撃したが、初回とは大きく変わった点がある。
シャミセン閣下はよく田村を指名するようになった。
俺の部屋にキレイどころが4人も屯してる今も、田村の膝の上で熟睡中である。

「パブロフの犬か、この猫は」
「何? 知ってるいるんスか先輩?」
「ほとんど条件反射になっちまってるんだろうな」
「あ、あーなるほど。てっきり、私に先輩のにおいが染み付いちゃってるのかと」

 


田村はとんでもない爆弾を落としていきました。

 


すべての釈明を田村に押し付け、俺の部屋から緊急避難して半刻。
そろそろ場も収まってるかと目星をつけて隙間から部屋を覗いてみた。

4人とも俺のベッドで布団にくるまっていました。

お前ら、そうまでしてうちの猫に好かれたいか。

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最終更新:2007年11月05日 23:33
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