教師キョンキョン物語 プロローグ


 サンタクロースをいつまで信じていたかなんて、世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、
 俺にとっては生半可でない意味合いを持っている。
 かつて俺はそんな腹の足しにもならないようなワープでループな想いを胸に何の感慨もなく高校生になり、

 涼宮ハルヒと出会った。

 今でもそれは偶然だと信じているし、これからも譲らない。
 必然だなんて決め付けたら、あのジェットコースターのような日々のありがたみが薄れるってもんだ。
 そんなことを考えられるくらいには、俺も非日常に順応しちまったのさ。
 紆余曲折あったが、結局のところ俺はハルヒに感謝しなけりゃならないんだろう。
 あいつのお陰で、忘れかけていた「ワクワクしたい」という願いを叶えてもらう大誤算が発生したんだからな。

 少し苦めの体験もあるが、すべてひっくるめて貴重な思い出というやつだ。
 誰かに譲る気なんて起きるわけがないね、宇宙的未来的超能力的に考えて。

 いかに超人揃い(俺除く)といえど学生であるが故に、当然だが卒業の時期が訪れ、北高でのトンデモ騒ぎは終わりを迎えた。
 そのころにはハルヒにも友達が増えていて――しかしクラスの雰囲気に合わせるという技術は最後まで習得しなかったが――
 卒業式後のクラス会で別れを惜しまれるほどの存在になっていた。
 泣き顔のハルヒという殊勝な光景をサカナに、俺も谷口や国木田、その他のクラスメイトと最後の親交を深めた。
 最初で最後ってのは、感慨深いもんだ。

 そして。
 SOS団にも、そのときは来た。

「涼宮さんの能力は、確実に弱まっています」
 3年の秋ごろ、古泉は言った。
 もはや世界をどうこうするほどの力は残されおらず、閉鎖空間発生の頻度も規模も下降しているらしい。
 原因は何かと古泉に問えば、
「もう夢見る少女ではいられない――といったところでしょうか」
 まるで頓珍漢な回答をよこしやがった。要するに、ハルヒも成長したのだと解釈して問題ないだろう。
「いろいろありましたが、僕の超能力者としての使命も高校卒業と共に終わりそうです」
「いろいろ、ねえ……」

 実際、いろいろあった。
 二年への進級早々に巻き起こった佐々木の一団との一大バトル。
 ハルヒの能力を我が物にせんと、突如現れた第三勢力。
 その新たなる敵に、佐々木一派と呉越同舟で挑んだハルヒ奪回作戦。

 それらの事件を解決する過程で、長門の親玉である統合思念体は自律進化の糸口を手にし、
 未来人の時間移動を阻害していた歪みが矯正された。
 それが何を意味するか。
 長門有希と朝比奈みくるが、お役御免の身となったということだ。

 クラス会のあと、二次会の勢いでSOS団解散パーティが取り仕切られた。
 鶴屋さんや谷口たちのみならず佐々木以下四人も加えたオールキャスト。いや、圧巻だったね。
 ハルヒ団長による締めの台詞が「我がSOS団は永久に不滅です!」だったのは笑いどころだろう。
 結局、解散しねえのかよ――ってな。


 長門と朝比奈さんには、それ以来会っていない。



 その後、俺はそこそこの大学に進学し、四年間をまっとうした。
 学力を考えれば当然だがハルヒは俺とは別の大学へ行った。もちろん、ランクはかなり上の。
 佐々木もその大学に行ったらしい。あいつがいれば、ハルヒもそれほどのいざこざは起こさないだろう。
 それに引き換え――
「よーキョン、合コンいこうぜ合コン!」
 まさか、お前と大学までいっしょになろうとはな。学力から考えれば妥当なコンビなんだろうが。
「いいか谷口。合コンなんて壷即売会だろ。変な女にひっかかるのがオチだ」
「変な女はお前の大好物だろーがよ。そっちはお前に任せるから、俺はAランク女子とよろしくやっとくぜ」
 この調子で合コンを繰り返していたようだが、谷口には四年間彼女ができなかった。

 教員免許を取得したのは、何となくだ。
 進学した学部でとれる資格がそれしかなかったので、何もないよりはマシの精神で母校での教育実習に挑んだ。
 そのころには妹、その友達のミヨキチも北高に入学しており、SOS団の真似事などをしていた。
 彼女らは俺に教われて嬉しいと言ってくれたが、当の俺は本気で教師を目指すつもりはなかった。
 公務員神話が崩れた今となっては、教師なんて待遇の悪い職業に就くなんて願い下げだね。

 だが、現実ってものは意外に厳しい。
 就職難の時代、俺は面接をたらい回しにされ、どこの企業にも内定をもらえず焦りまくった。
 そして、結局は唯一の資格に頼ることと相成った。
 公務員試験には泣きを見せられたが、辛うじてクリアしたので水に流してやらんでもない。
 赴任先は自宅から遠く、一人暮らしを余儀なくされたが、まあそれなりに暮らしていけると思う。
 俺だってそれなりにスキルアップしているのだ。得意料理はカップラーメンです。
 ……冗談だ。
 故郷を去る際に放った渾身のネタだが、全員が全員納得顔だったのはどういうことだ。



 桜の花びら舞う季節、新たな出会いの予感がしませんか?
 ――なーんてお年頃はとっくに過ぎた俺だが、如何せん個人的に未開の地へと踏み出すのは緊張せずにいられない。

 その名も、私立稜桜学園。
 ……公立には雇ってもらえませんでした。

「――どうか、よろしくお願いします」
 おざなりではあるが気持ちはこめたつもりの挨拶を終えた俺に、職員室中から生暖かい拍手が浴びせられる。
 ハルヒばりの自己紹介をしてみようかという考えも脳裏を過ぎったが、
 これからここが俺の職場となるのだ。そんな体それたことをやらかす度胸はない。ハルヒ、お前は凄いな。

「まあ新任やし、手ェかからん三年の担当になってもらうで。よろしゅうな」
 俺は三学年の教師陣の補欠的なポジションに就くらしい。そんな内容の説明を、三年B組担任・黒井教諭から受けていた。
 関西弁でくだけた感じという、偏見かもしれないが期待通りの御仁だった。
 なにより、流れるような金髪をポニーテールにしている――当分の間、眼福要員にさせていただこう。
「もしかして、黒井先生がお……私の指導担当ですか?」
「ちゃうちゃう。センセの指導係はな――」
 黒井教諭の指さす先に視線を落とすと、

「お前さんの指導係になった桜庭だ。ま、よろしくな」

 ――俺は小人の国に来てしまったんだろうか。
 と、凶悪なブローを腹部に見舞われた。これはキツイ。
「あまり失礼なモノローグはペナルティだぞ」
 吐き捨てて、パイプをくわえなおす白衣の桜庭教諭。何者だこの人。

 得体の知れない上司に畏怖を覚えていると、職員室のドアが開いた。
 入ってきたのは、小学生だった。
 いや、稜桜の制服を着ているところを見ると生徒なんだろうが、如何せん見た目が幼すぎる。
 ゆったりした動きで周囲を見渡すその少女に、黒井教諭が声をかけた。
「なんや、教室で何かあったんかいな?」
「違いますよー。ちょっと、やんなきゃいけないことがあって」
 アンテナのように立つ髪の毛を一本揺らして、少女は息を吸い込む。

 俺はと言えば、久しぶりに高校生なる生物を目の当たりにして、自らの学生時代を思い返していた。
 同時に、それが終末を迎えたときに考えていたことも。

 あれは高校生であるがゆえの若気の至りで体験できたことであって。
 この先に俺を待っているのは、なんとも平凡で穏やかな日常のみ。
 疑うことなく、そう思っていた。

 そうして俺は何の感慨もなく教師となり、









「三年B組、泉こなた。
 ただの教師に興味はありません。
 宇宙人、未来人、超能力者、異世界人について教えられる人がいたら、
 私のところに来なさい。以上」





 泉こなたに出会った。


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最終更新:2007年11月18日 09:30
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