きっと、嫉妬という感情は人の最も強いものではないだろうか。
それが正負どちらに向かうとしても。
私はまたしても満足に眠れずに朝日を迎えた。
いつもならつかさの目覚ましの鳴る時間だが今日は鳴らない。
祝日なので休みだからだ。
しかし、それは文化祭になんの仕事も無い人だけである。
私などはクラスで飲食店をやるのでギリギリまで内装を凝る。
だから全員暗黙の了解で出席しなければならない。
…もう既に7時を回っている。
なんだか最近眠れていないせいか時間がやけに早く感じられた。
眠気は無いのだけれどどうにも頭が回らない。
少し混乱した頭を抱えて朝食をとった。
通学路もやはりまばらだ。
特に一年は飲食店などの食中毒の危険があるものの展示は出来ないので必然的に資料の展示会などになる。
そういったものは大抵もう全て済んでから文化祭を迎えるので既に終わっているのだろう。
三年生は言うまでもなくこの時期はラストスパートをかける時期なので一部を除けば沈んだ雰囲気しかない。
つまり二年生が一番の目玉なのだ。
ちらほらと見える顔も同学年が多い。
「……」
少し見回してみるが、私の頭に思い描いた顔は見あたらなかった。
まさかとは思うが……いや、こんな考えは下卑だ。
私は頭を振る。
これでもずっと一緒だった友達なのだ。
それをわざわざこじらせる方向に持って行ってもどうしようもない。
私は無理やり浮かんだ考えを押しとどめる。
…、二人が同時に"よれた"制服のまま登校していたら、なんて考え。
登校するとクラスの大体の人数が集まった。
一部の協調性の無い人を除けば大体全員あつまっている。
少し待つと予鈴が鳴り響いて同時に担任も現れた。
ちなみに生徒からすると担任は居ても特になんの役割も無く、ただたまに差し入れをくれる人にしか過ぎない。
少し志気は上がるけど文化祭で盛り上がりつつある生徒達には微々たるものだろう。
担任が出席者の名前を確認すると柏手を打ち、号令をかける。
それとともに皆が立ち上がって仕事を始め───────
「────」
「──?」
「────!」
何だろう。
ヒドく世界が遠く感じられる。
…気持ち悪い。
頭がグラグラして。
「─がみ?」
目がぼーっとして。
「かがみ!」
天井のタイルに焦点が合わせるのが難しい。
…?天井?
「大丈夫か?返事できるか?」
「…あ、……はい」
私を上から覗き込む私の友人達。
担任はこういうことの経験者だからか不安そうな顔をしている皆よりいくらか余裕が見えた。
さっきまでの浮遊感が嘘のように引いていくのを感じて起き上がる。
「…あの、多分ただの貧血なので大丈夫ですよ」
しかし、やはりいきなり倒れたインパクトは強かったらしく担任はいい顔をしない。
「いいか、柊。無理はするな。取りあえず保健室に行くか椅子に座って様子を見てからにしろ」
…でもそれじゃあ何のために登校したのやら。
みんなが協力して持ち寄ったテーブルクロスやリボンで飾り立てるのを私は椅子に座りながら見ている。
男子はこういった飾り立てに興味も無いし、センスも無い。
なので小道具(折り紙で作ったもの等)を担当する。
「……暇ね」
隣のクラスは劇の練習をしているらしく、BGMが流れているのがわかる。
…それに混じるこなたの声も。
ギシッと体重を預けると椅子の背もたれが軋んだ。
やることもないのにあと何時間もこうしていればいいのか。
みんなは一生懸命に動きまわっているから話し相手なんて論外だ。
「……」
私は髪を弄って枝毛でも探すことにした。
「あ、早速一本」
「あーあ、柊は休んでていいよなぁ」
私がプチプチと枝毛を刈り取っていると友達が私を羨みにきた。
「私だって休みたいから休んでる訳じゃないわよ。さっさと仕事しなさい」
「大体私みたいのにこんな繊細な仕事は無理だって!」
ガッ!と椅子を引いてそこに座るみさお。
私の話を無視か。
「大体こんな喫茶店やっても売上は学校が掠めるらしいじゃん。やってられないって」
「でも元手はクラス費からでるからタダだし、儲かれば余剰分で先生が何か奢るって話よ?」
「マジで!?」
どうしてこうもこの子は食べ物に関わる話だと輝く上に頭の回転が早くなるのかね。
俄然やる気が出たのか腕まくりをしてはりきるマイフレンド。
でもあんまりもう手伝う場面も無いわよ。
昼休みを告げるチャイムも鳴り、内装も殆ど完成した室内は空気が緩んだ。
もう九割がた完成しているので担当している所の終わった人は帰ってもいいというクラスのリーダー的存在の発言もあり、帰る人もいた。
それぞれ皆がコンビニに昼ご飯を買いに行ったり、職員室にお湯を貰いに行ったりしてすぐに教室は閑散とした。
その閑散とした教室で1人で座っていると誰かが教室へ入ってきた。
……元々、このために今日は学校に来たようなものだったわね。
むしろやっとこの時が来たと言った方がいいのかしら。
…ねぇ、こなた?
「…寒いわね」
なんとも情けない顔をした友人の顔を見て、既に私は確信していた。
こなたとキョン君は付き合っている。
たぶんそのことを今更ながら私に告白しようとしているのだろう。
震えながら、口を開くこなた。
「あの、私ね」
「キョン君と付き合ってるの?」
こなたは一瞬、何を言っているのか理解できてない顔をした。
私が全く気づいていないと思っていたのだろうか?
…いや、私がそれを知っていても確信に至ってない位には思っていただろう。
なんとも情けなく震える私の友達。
それは年相応に至らない外見にむしろ年が引っ張られているように見えた。
私は少しばかり湧き上がった加虐心を抑えられそうになかった。
「ねぇ、こなた。私の気持ち考えた事ある?
私はさ、こなたは意外と人に譲っちゃうタイプだと思ってたのよ。昨日まで。
だけどね、昨日、キョン君とこなたのキスしてる所を見て私は愕然としたわ
それからね、私は当然あれはなんだったのか考えたのよ。
でも結論は一つだった。
こなたは何故拒まなかったのか納得できる理由」
一息もつかずに淡々と、しかしこなたを抉るように私は語る。
しかし、本当は耳を抑えて目も逸らしたいだろうにこなたは真摯にそれを受け止めていた。
「……ねぇ、なんで?
どうして私に言わなかったの?」
眉をひそめるが、やはりそれだけだ。
……なら、肝心要を言ってやる。
「どうして私がキョン君に告白しようって決めてから私に話そうとしたの?」
それを聞いたこなたはヒドく、痛々しく、まるで本当に心臓を抉られたかのように苦々しい顔をした。
そんな表情が私を現実へと引き戻した。
…私はなにがしたいの?
ここで友達を傷つけて友達を失えば満足なのか?
「なにか言い訳無いの?」
声が震えてないだろうか。
ああ、こんな程度で後悔する程度の心しか持ち合わせてないのになんでこなたを責めたりしたのか。
「……ゴメン」
謝るこなた。
ただそれだけなのに私にはなによりも私に効いた。
ここでこなたが言い訳するような人だったら私も後悔していない。
むしろ──
「ゴメン」
「……顔上げて」
「えい」
私はデコピンをした。
「痛っ!」
こなたが私が手を振りかざしていたときに目を瞑っていたからか大げさな反応をした。
私はその反応が面白くて何回も繰り返す。
「えいっ」
「私だって子供じゃないわよ。」私はデコピンを止めて再び口を開いた。
「…こなたの事だからどうせ私が傷つくからとかそんな理由で話さなかったんでしょ?」
本心はどうだろうかなんて返事しなくても反応で十分だ。
「多分、私がキョン君を好きじゃないのかって思ってたでしょ?」
「…うん」
私はすかさずビシィッ!!!と渾身の力で大きめな音を出すデコピンを突き刺さした。
「痛っ!!??」
「そんなのいい迷惑!大きなお世話よ!
だいたい色恋沙汰で思い通りに行くなんて元から思って無いわよ!」
私は大声を張り上げた。
たぶん涙はそのせいだ。決して自分が惨めだからじゃない。
「そんな思いやり…全く嬉しく無い
だいたい、明日の劇で主役なんでしょ?顔殴ったら隠せないじゃない。
…もういいわ。明日見に行くから精々稽古の手を抜かないようにね!」
「……………」
恐らく貧血だろう。ガクンッと足の力が抜けて、私は廊下に倒れ伏した。
「……痛」
倒れるときに膝頭を打ってしまった。
私は這いながら文化祭で使われない空き教室へ入る。
「……」
ズリッズリッと惨めに。無様に。
「……本当に、馬鹿ね」
汚れを気にせず、這いながら教室へと入る。
誰もいないのを確認すると私はようやく肩の力を抜いた。
「私、何様よ……?」
あの場を上手く終えた自信なんてない。
私から見ればあれは私がこなたの自責に漬け込んで大人ぶった、なんとも嫌な姿だった。
私は本心から言ったわけじゃないだろう。
本心はたぶん本気でこなたを殴りたかっただろうし、なじりたかっただろう。
それを無理やり抑えて大人ぶって、こんな所で独り反省会している。
でも、今更あの発言も無かった事には出来ない。
後悔もただの徒労に過ぎない。
私は独り泣いた。
たぶん私なりの別れを決定づける為に。
もしあのまますっきりと忘れられるような恋ならば、こなたに申し訳ない。
それに、私自身にも。
「…ウッ…………ヒグッ…」
でも、そんな理由づけも何もなくても多分私は泣いていた。
理由は「かなしかった」から。
泣くにはそれで充分だろう。
私は泣きながら日が暮れるのを待った。
こんな泣きはらした目をせめてごまかしたかったから。
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最終更新:2007年12月02日 09:00