「なんて雨なのよ!外に出られないじゃない!」
涼宮はそう怒鳴り散らした。
窓からは細かな水滴が一定のリズムで地面にぶつかり
延々とノイズのような音を部屋に響かせている。
「まぁ仕方ないだろ、ただでさえ多い上に今は雨季 だ」
俺は涼宮を宥めるようにそういって窓の外を見つめた。
確かにここ一週間引っ切り無しに雨は降り、
洗濯物は溜まる一方だった、乾燥機があるからいいものの
やはり天日干しにかなうものは無い。
俺はため息を吐きつつ、半分は自分のための提案をした。
「俺が車を出すから、ちょっと商店の辺りに買い物でも行くか?気晴らしにさ」
食器棚につけたフックからキーを取り、人差し指でフラフープの要領で回す。
涼宮は一瞬悩んだものの、ほぼ即答と言っていい速さで俺の提案に乗った。
俺が住む家は一つのとある島の中心に存在している。
島自体は対して大きくは無いのだが、
四方八方の島の中心に存在するため交流の場であることから
それなりに発展はしていて、生活水準は比較的高いと言えた。
俺は涼宮を助手席に座らせて、紺のセドリックにキーを挿して
エンジンを動かした。多少古臭い角ばったデザインが俺は気に入っている
本当は泥がつくためあまり雨の中を走らせたくは無いのだが
涼宮の愚痴に延々つきあわされるよりはいくらかましである。
俺は賃貸のガレージから車を発進させて、舗装されていない道を
予想以上の泥を散らかしながら商店に向かった。
「ちょっといじらせて貰うわよ」
涼宮は車のダッシュボードを漁って、MDを取り出して勝手に流し始めた。
それは日本という国がまだ存在していた頃に流行った曲、
当然だ、辛うじて残った陸地はまだ発展途上の島ばかりである
今は新しい歌を作る暇なんて無い、作っても聞かせる場が無い。
…そもそも、当時のアーティストなんてものが生き残ってるのかすら怪しい
だからどんな新しい曲でもそれは数年前のものという形になるのだった。
「これ、いい曲ね」
涼宮は自分の勘による選曲があたっていた事を誇らしげにしつつ
目を閉じて歌に浸っていた。
俺は少しだけアクセルを踏む力を弱め、道路の凹凸を出来るだけ静かに通ることにした。
しばらくゆっくりとしたスピードで走っていると、少しだけ賑やかな通りにでる。
俺は車を止めるべく、デパートの駐車場に入った。
このデパートは代々続く鶴屋財閥が経営していて、
その一人娘は俺達の共通の知り合いだった、
明朗快活で才色兼備、天は二物を与えずなんて言ってられない人なのだ。
しかも当然ながらお金持ちで、鶴屋財閥の次期当主
いやはや俺や涼宮がなんで知り合いなのか理解に苦しむな。
俺は車から降りてため息を吐きつつ、鍵を閉めた。
すると付近から甲高いブレーキ音が聞こえてきた、
外と違って階層式の駐車場のここは雨に濡れてないはずだが、一体なにかあったのだろうか?
そう思って横の大きなワゴン車から顔を出してみてみると
なにやら見覚えのある車、その車はガクンガクンと揺れたかと思ったら
次の瞬間俺のいる方向へ猛スピードでやってきた。
俺が咄嗟に動けず、硬直して突っ込んでくる車を待ち受けていると、
一メートル程手前でまたブレーキ音をさせて急停止した。
「ごっめーん、大丈夫?」
急停止した車からはかがみが心配そうな顔をして降りてきた、
助手席から見たところを見ると運転席に誰が座っているのかは考えるまでも無い。
「つかさ、姉に言わせる前にお前が言うべきじゃないのか?」
多少つっけんどんになってしまったが仕方あるまい。
危うく俺は神に仕える巫女に轢き殺されるところだったのだ、
神様に直接あっても俺は願い事なんてありゃしないぞ。
あって長生きしたいといったことぐらいだが、その時既に死んでるんじゃ意味が無い。
「ごめ~ん、まだ取り立てなもんで…」
つかさはかがみに促されて、謝りながら降りてきた。
しかしとりたてにしてもひどいだろ、かがみの最初の頃もかなり乱暴ではあったが、
つかさはそれに二つ三つ余計に輪をかけて酷い。
大体かがみもコレの隣によく座ってたな、神経が細い俺には無理だぜ。
「うっさいわね、私が太いと言いたいわけ?」
「いんや別に」
「…まぁ、確かに降りたかったけどさ。でも私が降りたら本当に何も無い
あの道で横転してるわよ? この子は」
俺は納得して、かがみの肩に手を置いて心のそこから同情しようとして、やめた。
「そこまでわかっているなら、なんでお前が運転しないんだよ?」
そういうとかがみは少しぎこちなく笑っていたが。
「お姉ちゃん昨日飲み過ぎて二日酔いになっちゃってるんだよ。またダイエット失敗した~って」
横からつかさがそう答えを教えてくれた。
かがみは即座につかさにヘッドロックをかましたものの
時既に遅しだ、タイムイズマネーだ、…いや後者は違うな。
「まぁ、なんだ、その頑張れ」
俺は今度こそかがみの両肩に手を置いて同情した。
ダイエットに失敗したことでなく、不出来な妹をもった姉にだ、
人は轢こうとするし、空気は読めずに言いたくないことを暴露するしな。
「つかさ、もう少し空気は読もうな?」
俺は漫画のように目の幅と同じ幅の涙を流すかがみに代わってそういったが、
つかさはよく理解できていないようだった。
ついでに涼宮はその間ずっとボンネットに寄りかかって
エンブレムを弄り回していた、頼むからもがないでくれよ。
――
結局、俺を轢きかけた柊姉妹もどうやら俺達と同じ目的、
つまりは退屈しのぎの気分転換をかねたドライブだったらしく
どうせなら友人同士仲良く買い物でもいかが?
と言うかがみに従い俺達は四人で商店街を回っている。
この柊姉妹は鶴屋さんと同じく俺や涼宮の共通の友人で、
この二人も鶴屋さんとは面識がある。
実家は神社で前述の通りこの二人は巫女をやっているのだが
現在はかがみの上の二人の姉で手が足りているらしく、
俺や涼宮の住んでいるアパートの近くに部屋を借りているらしい。
また二人暮しの上、実家からの仕送りがあるためか
その部屋が俺や涼宮より多少いい部屋だという情報も耳に入っている。
情報の出所は、やはり共通の友人で双方の家に上がったことのある奴だ
性格からして多少の誇張はあるのだろうが、実際問題バイト+仕送りの生活は
バイトオンリーの俺や涼宮よりは多少余裕のあるものであるのは確かだろう。
過去に一度涼宮が家賃を半分ずつの負担にしてルームシェアをしないかと言ってきた事があるが
結局俺が8:2ぐらいの負担になるのは目に見えてるため、そのときは断った。
…あれ?この割合でも俺の負担が軽くなるのに変わりは無いんじゃないか?
「あんた、少しは気を利かせなさいよ、そこまで鈍感?」
考え事をしていると、他人の声が聞こえなくなるのが俺の欠点だ、
俺は涼宮にそう声をかけられて回りを見渡すと、
女性のファッション系の店舗の前に俺は立っているらしく
なるほど今かけられた言葉の意味が理解できた。
「すまん、ボーっとしていた」
俺は素直にそういって、反対側にあるちいさなアンティークショップに、雨にぬれないように走って向かった。
カラン、と涼しげな来客を知らせるベルが鳴った。
実はこの店は前からきてみたかったんだ、なかなか寄る機会が
なかったため素通りしてたんだが。ふむ、なかなかいい雰囲気の店だ、
高級感溢れるものが置いてあるものの
人を寄せ付けない、なんか嫌みったらしい成金貴族のような感じではなく
ただただ純粋に頭が下がってしまうような、高貴な純粋の空間だった。
俺はしばらくの間、へぇとかほぉとか言いながら棚に並べられたティーセットだとか
皿とかなんだとかを見ていた、実際はどうだか知らないが
皿がのっている机もずいぶん高そうなものに見える。
しばらく大して普段使わない脳の引き出しから数少ない知識を拾い上げつつ眺めていると
非常に心惹かれる、小さなカップがあった。
「…それが好きなんですか?」
いきなり声をかけられ、驚いて声のした方に顔を向ける、
すると静かな穏やかな顔をした知り合いの顔があった。
「みなみか、お前最近バイト始めたとは言ってたがこんな所で働いていたんだな。
通りで全然見かけない訳だ。…にしても今日はよく知り合いに会うな」
俺は今日何度目かになるため息を吐きつつ、先ほどの質問に答えることにする。
「で、このカップだが。……好きってのとは違うんだと思う、ただ惹かれた」
答えになってるのかなってないのか、
俺は誰もいない店内で、カップに目を向けてそう呟いた。
「…5000円」
するとみなみは独り言のようにそういった。
「なに?」
「5000円です、そのカップお買い得です」
聞き返す俺に、みなみは朴訥とした表情で、そういってきた。
俺は「そうか」と自然に財布を取り出していた。
中に入っているのは2枚の諭吉と数枚の野口。
今月の生活費だ、ただでさえ雨季で電気代がかさんでるんだ、そう無駄には出来ない。
だが思い立ったが吉日とも言う、俺は意を決して諭吉をみなみに渡していた。
彼女はそれを受け取って、カップをつかんでトテトテと奥に向かっていった。
レジから5000円札にして俺に手渡してきた、一緒に包装された小さな箱とともに、
俺は礼を言おうとしたのだが、何か違う気がしたため言うのを止めた。
だから代わりに、なんとなく髪の毛をくしゃっとやってやり
「また来るよ」といって店を出ることにした。
最終更新:2009年05月23日 09:24