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「たっだいま~」
涼宮はアパートに着くなり俺の家の扉を空けて叫びながら中に入っていった。
俺はいつものこととそれを無視して、向かいの涼宮と書かれた表札がかかっている扉を
車のキーと一緒にくっついている合鍵であけ、玄関のところに涼宮の荷物を放置した。
柊姉妹はあの後適当にぶらぶらしてつかさの運転で帰って行った。
ちゃんと帰れればいいのだが…。
思考しながら大きな荷物の中から少しだけある自分の荷物を引き上げる。
もちろん小さく包装されたカップを忘れない、
ビニール袋にまとめて、涼宮の部屋の鍵を閉める。
そしてやっと向かい側の自分の家の中に入る、出かけたときの通例だった。
部屋に入ると涼宮は俺の部屋のテレビをつけて
自分で入れたらしいコーヒーを飲んでいた。
色々といいたいことがあるものの、涼宮の家にはテレビは無いし
コーヒーに関しては、横に俺の分も作られてることで帳消しにしとこう。
…だが。
「……マグカップは他にもあっただろう?」
コーヒーはなぜか俺の魚の名前の書かれた湯飲みに注がれていた
「別に味は変わりはしないでしょ?」
涼宮は俺の抗議にしれっと答えて、テレビから視線を動かさなかった。
俺もテレビに目を向けると、強張った表情のアナウンサーが原稿を読んでいる
どうやら十数個残ってた日本の島の中でもっとも小さかった例の島がとうとう沈んだらしい。
「二ヶ月ぶりぐらいかな?二人ともどうせならもっと近くに住めばよかったのに」
俺がそういうと、
『キョンキョンだって私達がお金ないの知ってるくせに~』
予定と違う声が恨みがましい調子で聞こえてきた。
俺は少し受話器を耳から離して、受話器を見つめてから
嘆息をついて耳に当てなおす。
「いつの間に入れ替わったんだよ」
『スピーカーホンですよーだ』
「あぁそうかい」
妹のほうはいいのだが姉のほうは少し話してるだけで疲れる。
俺はこの二人、特に姉のほうが涼宮と仲がいいのをいいことに
テレビに夢中になってる涼宮を呼び、涼宮に相手をさせることにした。
「おい、こなたとゆたかちゃんが電話してきたけど話すか?」
涼宮は俺の台詞は聞くと手元のコーヒー(マグカップだ)を飲み干して
テレビの電源を切ってこっちにやってきた。
俺はあっちの義姉妹やってるようにスピーカーに変更して受話器を置いた。
「やっほーこなた、ゆたかちゃんも」
『やふーハルにゃん、またキョンキョンのお家にお邪魔してるのかい?』
「なにいってんのよ、私がきて邪魔に思うわけ無いじゃない」
女三人寄れば姦しい、ゆたかちゃんはあまり会話に参加してるわけじゃないが
旗から見ている俺からすればまさにその諺通りだった。
この状況で会話に入ることは不可能と早々に判断した俺は
とっとと部屋に入ってコーヒーを飲むことにした。
あの調子ならしばらく話しているだろう、俺はテレビを付け直してニュースに耳を傾けた。
「電話もういいわよ」
涼宮がそういって部屋に戻ってきたのは意外と早く20分程度だった。
一時間以上話してるだろうと思ってた俺としては結構驚いたが、
理由はすぐに涼宮の口から発せられた。
「こなた達、今からこっちに来るって言ってたわ」
俺は咄嗟に頭を抱えて窓をぶち破って雨の中をはだしで駆け出したくなったが、
大怪我をするだけで何の解決にもなってないことに気がついて止めた。
「あのな涼宮、こっちって言うのはもちろんお前の…」
俺が希望的観測を述べようとなんとか言葉を発したのだが。
「この部屋よ」
見事に打ち砕かれた、今日はどうやら静かに寝ることも邪魔されるらしい。
この部屋は宴会場でも溜まり場でもないはずなんだがな…。
だが、この雨の中北の村からやってくるってことは、車を買ったのだろうか?
免許を取ったのに車がないと嘆いていたのはついこの間のように記憶しているのだが、
俺は外から流れてくるテレビの砂嵐のような音にどこか落ち着きつつ
もうすぐ消えるはずの短い平穏を味わっていた。
「コーヒー飲み終わったみたいだからもう一杯入れといたわよ」
撤回、こいつがいる限り平穏は無いのだった。
俺は湯気を立てて香りをここまで放っているコーヒーが入っている湯飲みをしばらく眺めていた。