日本沈没3

 


 どっどどどうど、どどうどどどう。
 てな感じで風が吹き始め、窓に当たる雨がいっそう強くなった。
よりいっそう視界が悪くなり、こんな状況で来るといっていたこなたたちは大丈夫かと
多少心配しかけていたが、そんな心配なんて関係ないとばかりに
すぐにエンジン音がし、クラクションを軽く二回鳴らしてきた。
窓から見ると、雨で見にくくはあるが確かに下に車が止まっていた。
車は大き目のワゴンである。

 金がないと口癖のように言ってるくせに
よくこんなもんをこのご時世で買ったといってやりたい。
俺は涼宮に一言声をかけて、かさを持って外に出て
カンカンと音のなる古びた金属製の階段を下りていった。
途中の踊り場が濡れて転びかけたが、そこはなんとか持ち直し、
足元に気をつけて外に出てみれば、
先ほどの車が俺をスポットライトのようにヘッドライトで視覚的攻撃を仕掛けてきた。
ってかハイビームのままにしてんじゃねぇよ、眩しいだろ。
俺は雨の一斉射撃を受けて本来の倍近くの重量になってる傘を握りなおし、
もう片方の手で目を守りながら、車に近づいていった。
するとこなたが車の窓からひょいと顔をだす。

「車どこに止めればいい~?」
「別に使う人間も少ないしその辺に止めとけばいいだろ」

 ぞんざいに俺が返答をするとこなたは「了解」と言って顔を引っ込める。
そして車は動きだし、本当に"その辺"にとめる。
いや、確かに間違ってはいないんだけどさ…。
ややあって、バタンとこなたが向かって右側から降りてくる、
…右側から、つまり車視点で言うと左側。
当然普遍的な車のハンドルは右側についていて、
ゆたかちゃんは免許を持っていない。
このことから導き出される結論は一つ、
こなたの奴、誰かを足に使いやがった。
しかし当のこなた自身は俺の心中を察すことなく
飄々と笑ってこっちにやってくる。

「やほー、キョンキョンひさびー」
「ちょっとまて、お前とゆたかちゃんだけじゃなかったのか?」
「だって私車持ってないよ? 知ってるくせに~」
「買ったのかと思ったんだよ!」

 雨の中傘を差してハイテンションのこいつについてくつもりは毛頭無く、
俺は早々に会話を切り上げて、車のハンドル側から降りてきた
比較的話しやすい人物に声をかけることにした。

 のんびりと歩いてくるみゆきは、にこにこと微笑んでいる。
毎度彼女のマイナスイオン満載の笑顔に俺は骨抜きだが、
しかしそんなのはおくびにもださずに話しかける。

「よぉみゆき、わざわざこんな雨の中をこなたの所為ですまんな」
「いえいえ、私も久しぶりにみなさんに会えるので嬉しいですよ」

 うふふと笑うみゆきはやっぱりその育ちのよさを感じさせて
俺的好感度ゲージの上昇がとまらない。
しかしみゆきを足代わりに使うなんてこなたの傍若無人さは涼宮さながらだな、
流石に鶴屋さんにはかなわんが、みゆきだって結構なおv嬢様だというのに。

「そういえば、みなみさんが今日キョンさんがお店に来たっていってましたよ」

 あぁ、そういえばみなみもそっちの方面住みでしたね。
どっかで働いてると聞いてたんですけどあんなところだったなんて驚きましたよ。

「あそこみなみさんのおじい様が趣味で始めたらしいんですけど
 小さな頃からおじいさんのそういうのを見てたから興味を持って、って事らしいですよ」

 …あぁ、そういえばみなみもそっちの方面の人間でしたね。
このちょっとした交友関係の中の経済格差に多少の不条理を感じつつ
とりあえず三人を連れて家に戻ることにする。
涼宮が部屋で何か良からぬことをしているかも知れんからな。
あいつを一人で家に置いているのは結構不安だ。
―――

「鍵が閉まってる」

 俺の部屋の扉を開けようとするとガチャンと無機質な音がし、
その後うんともすんとも言わなかった。
俺はたかがしたに知り合いを迎えにいくのに
自宅の鍵など持ってきていないのであける術などない。
仕方なく反対側の涼宮の扉に手をかけると
タイミングよく内側から扉が開いた。

「あらちょっと早かったのね、今色々宴会の用意をしてたんだけど」

 宴会?ちょっとまて俺の家を惨状にするつもりか?
ってかゆたかちゃんはまだ18だし、お前も20になるのは来月じゃなかったか?

「あにいってんのよ、昔の法律なんかほっときゃいいのよ」

 そうかい、まぁいいから俺の部屋の鍵を閉めていくなよ、
入れないじゃないか、廊下で凍えてるのはごめんだぞ?
何が悲しくて自宅の前で凍死しなくちゃならん。

 俺がそういうと涼宮は鍵を開け、俺に手に持っていた酒やらなんやらを渡して
また部屋に戻っていった。ってかこんなに溜め込んでいやがったのか
たまにしか買い物いかんくせに凄い量だな。
俺はとりあえず三人を家に上げて部屋に連れて行くことにする
来て早々、先が思いやられるといったところか。

「おじゃまー」
「お邪魔します」
「どうもお邪魔します」

 こなた、ゆたかちゃん、みゆきさんと順に上がっていくが
このあたりに若干性格が出ている。こなたは適当に靴を脱ぎ、
来たことある勝手さからか俺の部屋に俺よりも先に行ってしまった。
その反面ゆたかちゃんと、みゆきさんはキチンと靴を揃えていた、
こなたの分までキチンと揃えているあたりがまたなんとも。
しかし、今は無いがここに涼宮の靴も入るとなると
ぼろアパートの一人暮らしの玄関には少々多すぎる量の靴が並ぶことになるな。

 足の踏み場も無いというのはこのことか。
…いやこの言葉はまだ取っておこう、
この後惨状になって祭りが過ぎ去ったあとの俺の部屋のためにな。
俺はネガティブな思考を繰り広げつつ部屋に向かった。
今更だが俺の部屋は2Kのアパートだ、ぼろいし隙間風があるが
家賃を考えればなかなかにいい物件だと思っている。

 二つの部屋。
そのうち一つが涼宮がきたり、いまこなたが向かった部屋。
もう一方がベットとか本棚とかあまり見られたくないものが置いてある部屋だ。
別に本棚が見られるのが嫌なのはプライベートなものであまり人に触られたくないだけだ、
まったくもって他の意図が無いことをここに明記しておく。

 部屋につくとこなたはさっそくテレビをつけて、ずいぶんとくつろいでいる、
俺は中央の机に渡された品々を適当置いて、ゆたかちゃんとみゆきさんに座るように促した。

 さて、我が家の人口密度が著しく上昇している現状、
ただでさえ激しい雨が降って湿度が高い上に俺の部屋にこの人数、
少々息苦しさを覚えるのは俺だけだろうか? 俺だけなんだろうな。
聞くまでも無い、俺以外の輩は楽しげに談笑しつつコップに入ったアルコールを飲んでいる。
桃色に染まった女性人はたしかにそそるものがあったが、
流れてくるアルコールのにおいが単純にそれを楽しむことを阻害する。
窓をあけて換気したいものの外は相変わらずの雨で、雷も鳴り始めている始末だ。
…そういえばみゆきさんあなたも飲んでますけど車じゃなかったですか?

「私が運転するよ~」

 黙れ酔っ払い。
涼宮に続いて二番目に飲んでるお前に運転なんかさせたら
確実にお前達三人の明日はないぞ。
さらに言っておくと俺の家に泊めるスペースはないし、
あっても男友達じゃないんだから遠慮願いたいんだがな。
どうしてもってなら涼宮に言ってくれよ?

「なにいってんのよ、あんたんところと同じつくりの私の家にスペースあると思う?」

 このやろう、酔っ払ってるくせに正論を言ってきやがるから性質が悪い。
いったいどうしたものか、俺が送ってくという手もあるが、
それをやった場合、みゆきさんの車がここに置き去りになる。
もしくは俺が夜中に一人隣の村から歩いて帰宅する羽目になるか、どちらかだ。
雨の降りしきる夜を一人で歩く、しかも距離的に着くのは朝になるかも知れない、
そんなのは絶対に、誰がなんて言おうと御免だ。

 だがしかし同じ距離をみゆきさんに歩かせて車を取りにこさせる訳にも……。
こんなときに一人素面だと痛い目見る、それは前からわかっている事なのにな、
止める人間がいなくなれば際限なく俺の部屋が地獄絵図に近づいていくのもわかっている。
はぁ、とため息をついていると
玄関から来訪者を知らせるチャイムが鳴った。
すでに時計の短針は真上を見上げつつある時間、
見知らぬ人間が尋ねる時間じゃないだろう。俺は救いの女神かはたまた笑みを浮かべた悪魔か
多少の希望と多大な諦観を持ちつつ、
どうせと心に予防線を張って酔っ払いを尻目に玄関に向かった。
―――――――――――――


 ガチャ、と音を立てて開いてくのは我が家の最終防衛ライン。
その向こうにいたのは、数時間前に別れたはずの二人。

「こなたに宴会があるから来いと言われたんだけど…」
「またあったねー」

 あぁ、何だろう。一体どういう反応を取るべきかなのだろうか?
俺はとりあえずこなたを呼んで現状説明を行わせようと思い、
やかましい我が部屋の方を振り返るとすでにこなたは後ろにいた。

「やふー、遅かったじゃんかよーもうみんなかなり飲んじゃってるよ」

 しかも当然のように二人に声をかけている。
まぁ二人を呼んだ張本人ならチャイムが鳴った時点で気付いてるだろうからな。
しかしそれはともかく、先刻と比べて幾分意識がハッキリしているようなので
俺としてはしっかり説明をしてもらいたいんだがな。

「なにいってんだよ~、答えがわかってるのに質問するのは意地が悪いぞ」
「弁解する余地を与えてるんだ馬鹿たれが」

 俺がのらりくらりとした態度に少々苛立っていると
そんな状況を見ていたかがみがやや困ったように呟く。

「ちょっと、私達来ないほうが良かった?」

 横を見ればつかさが落ちつかない様子で視線をキョロキョロさせているし、
仕様が無い、靴を一旦棚に片付けてこなたを追っ払ってから
あらためて二人に入るよう促した。

「あんたなにこなたいじめてんのよ!」

 新たな訪問者を従えて部屋に入るなり、
俺は涼宮にそう大声で怒鳴られた。
こなたに先程の件であること無いこと言われたんだろうが
とりあえずは時間を考えろ時間を。
この家の壁の薄さはさっきも言ってたがお前も知っての通りだろうに。

 俺はぶつくさつぶやきながら、後ろの二人に適当に座るように言い
こっちこいとジェスチャーする涼宮に渋々近づいていった。
瞬間、涼宮のそのすらりとした長い足が俺の太ももに勢いよくヒットした。
腿かん言ううのだろうか?
じんじんと筋肉の束が疼痛を俺に訴えている。素直に痛い。
この狭い、しかも現在俺を含めて7人の人間がいるような場所で
よくもこのような鋭い蹴りを入れられるもんだ。
被害を食らった俺でさえ感心するね。
痛みに耐えつつ涼宮のほうを見ると、
その向こうでこなたがしてやったりといった含み笑いを俺に向けていた。

「あら、大丈夫ですか?」

 そういって俺に声を書けてきてくれたのはみゆきだった。
彼女は琥珀色の液体の入ったグラスを片手に微笑みながら俺に近づいて。

「ファイトです!」

 肩をポンと叩いて、そう愉快に言ってまたゆたかちゃんの元にふらふらと戻っていった。

「ゆたかさんも、もっと飲みましょう!」

 みゆきさんはいつの間にかグラスの代わりに持っていた
ウイスキーの瓶の中身をゆたかちゃんが持ってるグラスに注ぎ始めた。

「ちょっと!みゆき、なにやってんの」
「あわわ、こんなに飲めませんよぅ」
「大丈夫です大丈夫です」

 あの、ちょっと待ってください。あなたはそんなキャラだったっけ?
アルコールが入るとボケのほうに回んのか…。
俺の仕事が増えていく…、かがみという常識人が来た事を差し引いてもマイナスだ。
俺は痛みの和らいできた足を擦って、なんとか立ち上がると
せめて一矢報いんとこなたと雑談モードに入ってる涼宮のつむじをギュッと押しこんでやった。

――――


「次はそこを右です」

 俺は助手席のみゆきに言われたとおりにハンドルを切る。
今俺はみゆきの車を運転して、みゆきさんとこなた
そしてゆたかちゃんの三人をを送ってる最中だ。
かがみが来てくれたおかげで、二台の車を使って三人を送り、
みゆきの車をおいて、もう一台で帰るという画期的な手段が取れることになった。

 これで狭い家に人を泊めたり、俺が数時間雨の中歩かなくてもよくなった。
いまではかがみを呼んでくれたこなたに感謝すら覚えるね。
ただ普段使っている自分の車とは違い、大きめの車のため多少気を使ってしまうな。
バックミラーにはかがみが運転している車が映っており、
俺が運転しているこの車と同じように曲がってきた。

「運転上手なんですね」

 雨の勢いが和らいだものの、いまだぬかるんだ道をゆっくりとした速度で走っていると
後部座席からゆたかちゃんが身を乗り出して俺に声をかけてきた。

「そうでもないよ、確かにかがみよりはずっと走ってるけど
 つかさは問題外だしなこなたはペーパーだし、比較出来るのが少ないからじゃないか?」

 俺は振り向くわけにはいかないので、そのままの状態で答えた。
と、信号が黄色になったのでブレーキを踏んで速度を下げた。

「ほら、安全運転だし」

 ゆたかちゃんは俺のその行動をみてそう感心したようにいった。
俺は別にそんなつもりはなく、ただ黄色の時点で行ってしまえば、
後方のかがみが通るときには赤になってるだろうと思っただけだ。
ただそのことを言うのはなんとなく気恥ずかしいので、俺は曖昧に誤魔化してしまった。

「オーライオーライ」

先に車から降りたみゆきが先導し、俺はそれに従って車をバックさせて車庫に入れた。
そして可愛らしいストラップがついたキーをみゆきに返す。

「ではおやすみなさい」
「あぁ、また今度」

 別れの挨拶を適度に交わして、かがみが停めているに向かう。

「じゃあねみゆき!」
「はい、かがみさんもありtがとうございました」

 ウィンドウを空けて手を振るかがみとそれに答えるみゆき、
俺はそんな二人を横目にかがみの車の助手席に乗り込む。
ちなみにゆたかちゃんとかがみの車に乗ってたこなたは
少し遠回りして二人のアパート付近で降ろした。
しかし自分が助手席に座るのは久しぶりだ。少しむず痒い。
などと思っているとかがみが車を発進させ、自宅に戻るみゆきの背中を少し眺めてから
車の内蔵スピーカーから流れるラジオ番組に耳を傾けていた。

「そういえばさ」
「どうした?」
「さっきの信号、気を使ってくれたんでしょ」
「…なんのことだ」

 多分気付いてるとは思ったが、わざわざ言ってくるとは思わなかった。
俺はまたも知らんふりを決め込んで曖昧な返事をした。

「あんたは昔からそうよね。気配り、ってかまぁとにかく気を使うのにさ
 それを指摘されても知らぬ存ぜぬを通すのよね」
「…さてね」
「あんたがそんなだから、たまになんかしてあげようかなって気になっても
 なかなかチャンスが来ないんじゃない」

困ったことになった、俺は自分の事になるとてんでダメなんだ、
俺はふてくされたように窓の外を見つめる作業に移った。

「…そういや、こなたと何話してたんだ?」

 コレは話を逸らそうとかそういうのじゃなく、単純な興味からの発言だ。
いや、本音は話を逸らす意図もあるが。こなたは送るとき、
かがみと一対一で話したいからとかがみの車に乗り込んだのだった。

「別に何も」

 かがみはさきほどの俺のように急にトーンダウンして一言そういって黙る。
そして家に着くまで会話がなくなってしまった。

「起きなさいよつかさ、ほら行くわよ」

 家に着くと残っていたつかさと涼宮は俺の部屋で豪快に寝ていた。
どれくらい豪快かというと、某暴力ガキ大将の歌のようだ。
…ダメだこのたとえは訳がわからない、
酔っ払い空間にいて俺も空気中のアルコールにやられたのかも知れん。

「お前もだ涼宮、お前は家がすぐそこなんだからすぐ起きろ早く起きろ今起きろとっとと起きろ」

 そういってぺちぺちと顔を叩くものの、涼宮は寝言を言いつつ
俺の手から逃れるように寝返りを打って丸くなってしまった。
お手上げとばかりにかがみを見ると、やはりと言うべきかつかさのほうも起きる気配は無さそうで、
かがみも両手の手の平を上に向けて肩を竦めた。
どうしたものか、さっきと違って二人ぐらいならこのまま寝かせとけばいいんだから
べつに問題ないと言っていえないこともないが…。
俺が真剣にどうしたものかと考えていると、
かがみが空いてるグラスを持ってきて、ウイスキーを注ぎ始めた。

「なにやってんだ?」

 俺がそう聞くと、かがみはもう一つのグラスにも注いで俺に渡してきた。

「どうせこの二人は起きないだろうし、もうこんな時間じゃない。
 さっきまでは車運転しなくちゃいけなかったから飲んでなかったし、
 そこの二人が起きるまで飲みしましょ。ほら乾杯」
「何に乾杯するんだ?」

 聞くとかがみは幾許か逡巡して悪戯を思いついた子供のような顔をして。

「苦労する友人を持ったあんたに乾杯」

 俺は苦笑いをしてグラスを受け取り。

「不器用な妹を持ったかがみに乾杯」

 そうやってかがみに続いて、グラスの中身を煽った。
雨と、急に人の居なくなった部屋で冷えた体が内側から熱せられる感覚に
俺は久しぶりに浮かれ始めた。
湿気りはじめたつまみを食べながら、
最近あった事の愚痴をお互いに言い合いそして酒を飲む。

 気がつけば雨がやんで少し流れた雲から
久しぶりの朝日が部屋を照らす時間になっていた。
いまだに起きない涼宮とつかさ、ずいぶんと酩酊してきた俺とかがみ
他にも数名いて宴会をしていた部屋が朝日に照らされた。
俺はずいぶんと靄のかかった頭で自分の部屋の感想を呟いた。


「足の踏み場も無いな」

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最終更新:2009年05月23日 09:43
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