さて、沈みかけてた夕日は諺どおりにつるべ落としのようにあっというまにいなくなり
チカチカと瞬く星と鋭くその存在を誇示する三日月の支配する夜になった
俺は月が浮かび始めたときの場所からずいぶんと移動したころに自宅のアパートに着いた
その間に涼宮から送られるメールが十数件、不在着信も数件になっていた
いつものガレージにバイクをしまい、足取り重く俺は階段を上った
涼宮に発見されれば即座に鋭い延髄蹴りが決まり
その後体力ゲージが赤くなってる俺に延々と罵詈雑言の限りを尽くしてくるであろう事は
俺でなくとも安易に想像がつくことであろうと思う
なによりも遅くなったことより、バイクを人力で前に進めてる間に
一度たりともメールの返信等の連絡をしなかったことが問題だ
俺は覚悟を決めて止まっていた足を奮い立たせて残りの階段を駆け上がった
そこには俺のそうぞうからかけ離れた光景があった
「…なにやってんだ涼宮」
既に真夜中で息も軽く白くなる中
涼宮は階段から少し離れた俺の家の玄関前に蹲るように座っていた
俺の声に反応したのか涼宮はビクッと肩を震わしてこっちをみた
涼宮はしばらくそのままの状態で静止していたが
すっくと立ち上がってずんずんとこっちに歩いてきた
俺は一発殴られる程度はされるだろうと、多少気張ったのだが
近づいてきた涼宮の行動は俺をさらに驚愕させた
「あんた、一体どうしたのよ!?事故にでもあったんじゃないかって心配したんだから!」
そういって涼宮は軽く潤んだ瞳を俺に向けつつ
その小さな手を俺の顔に伸ばしてきた
俺の頬におずおずと触れた涼宮の手は氷のように冷たくて
こいつが一体どれ位の間俺を待っていたのかを否が応でも知らせてくる
古泉に茶化された程度で涼宮からのメールを無視していた自分自身を
心底ぶん殴ってやりたくなった、実際今すぐ自分の頬をぶん殴っても良かったが
そんなことよりも優先すべき事がある
俺は涼宮の手を握って自分の家の鍵を空けて中に引っ張り込んだ
手探りで灯りをつけて、椅子に涼宮を座らせてちょっと待ってる様にいった
食器棚からマグカップを取り出して、引き出しからティーパックを持ってきた
と、その際この間買ったカップが目に入った
俺はマグカップをしまってそのカップを取り出すと
中にティーパックを放り込みポットからお湯をそそいでいく
お湯がゆっくりと茶色に染まっていき紅茶のにおいが広がっていった
スティック状の砂糖を入れて、コーヒーミルクを一つ入れる
それを持って涼宮の元に急いだ
涼宮は自分の両手に息をはきかけて、赤くなった指先を擦っていたが
俺に気がつくと中断して俺のほうを見てきた、その目はいまだ潤んでいて
無意識に歯を食いしばってる自分がいた
「これ飲め」
涼宮の前にそっと紅茶の入ったカップを置いてやると
ぽかんとして俺とカップを何度か眺めていた
「これって、この間買ったお気に入りのカップじゃなかったの?」
あぁ、そうだ
まだ俺も使ってない新品だぜ
「…いいの?」
涼宮は遠慮がちにそういって首をかしげていた
なぜだろう、普段と違うこいつがちょっとばかし可愛く見えてしまった
数時間前に古泉に言ったばかりの台詞を今度から撤回する羽目になるな
だがそれを俺はおくびにも出さず、平然とした声で答えた
「あぁ、いいんだよ……あと、悪かったな」
ついでに謝ってみたりした、多少ぶっきらぼうになったのは大目に見てくれ
正直今回ばかりは10:0で俺が悪いのは明白なのだが
いままでのこいつとの付き合いの所為か素直に謝るなんてことがしにくいのだ
「次は無いからね」
「あぁ…」
このときの俺は、なんだろう許されたことの安堵感なんてのは欠片も無かった
いつものようにぶん殴られれば良かったのだろうか?
胸の、横隔膜のあたりにもやもやとするものがある気がする
「…目をつぶって」
カチャとカップが置かれる音と共に涼宮は唐突にそういった
意図はまったく読めなかったが、何かしらの罰が下るのだろうか
俺は素直に目をつぶって、来るであろう衝撃に備えた
が、しばらくしてもなんの気配も感じなかった
薄目を開けようか否か俺が迷っていると
一瞬、額になぞの感触があった
でこピンで無いことは確かだが他に額にする罰とはなんだろうか
「もう開けていいわよ」
そういわれた俺は目を開けると、先ほどまでの雰囲気はどこへやら
笑みを浮かべた涼宮がいた
やはり俺の額に何かしたに違いないが、俺には見当がつかなかった
俺は額に人差し指で触れてみたが、インクの類がついた様子も無かった
しばし考えるものの結局何をされたのかわからなかった俺は
真顔を作って、目の前の涼宮に聞いてみた
「お前、今一体何をしたんだ?」
俺は今度こそ殴られた