朝、ナメクジの如く布団から這い出て
日課である関節伸ばしをやっている
窓の外からはやはりというべきか、壊れたラジオのような音が流れてくる
まぁ雨季に二日間も晴れただけでも十分驚くべきことだ
俺は十数分かけて身体を伸ばし終えると、顔を洗いに風呂場に歩いていった
風呂場の扉を開けて一番に目に入ったのは鏡
そしてその向こうにいる右頬を軽く紫に染めた俺
確かに昨日は殴られても仕方あるまいと思ってはいたが
理不尽な場面で殴られたように思えてしょうがないぞ俺は
ため息をつきながら、俺は向かって右側のハンドルを捻る
…そういえばこれの正式名称はなんというのだろうか?
ふと沸いた疑問に首を傾げつつ、顔を洗い始める
冷たい水で顔をたたくと、周囲に水飛沫が弾け
寝ぼけた頭をゆっくりと覚ましていく
俺は顔を振りながら、風呂場を出て
フェイスタオルで顔を拭いた、…別に今のモノローグに他意はない
そういやひげが若干伸びてきたかも知れんな
まぁ今顔を拭いたばかりだ、明日にでも剃ることにしよう
さて、やることが無いわけだがどうするべきかね
普段なら涼宮とバイトが無い日が、なぜか―本当になぜか―重なるため
涼宮が朝っぱらから文字通り家邪魔しに来るのだが
昨日の所為か、今日は顔を出してこない
まぁ俺としても反応のしようがないためいいっちゃいいんだが
トラブルメイカー筆頭がいないとこんなに暇とはな
誰か誘って出かけようにも生憎の天気だ
…そういや丁度いい、バイトが終わったわけでもないが
実家にでも顔を出すことにでもしようかね
天候は関係ないし、この間行こうと思ったところだしな
それに、運がよければ妹と仲のいい
ミヨキチにも久しぶりに会えるかも知れんな
彼女は妹と違い昔から大人っぽくて肉体的にも成長著しかったが
はてさて、ずいぶんと美人になっていることだろう
妹やシャミセンにあう以上に楽しみであるものだ
しかも彼女は俺のことを「お兄さん」と呼んでくれる
実の妹でも呼んでくれないというのに、まったく思い出すだけでにやける話だ
俺はパンッと崩れた顔を引き締めなおしてから
常につけてる腕時計に現在時刻が午前9時17分前であることを教えてもらい
いつものように携帯と財布、そして雨が降ってるため車の鍵を取り出して家を出る
そういえば、人間の身体でもっとも起きるのが遅いのが脳みそだと聞いたことがある
大体目が覚めてから一時間程度でやっと脳みそがきちんと起きるらしいのだが
その状態で車を運転するのと、昨日のように若干アルコールが入った状態で運転するのと
一体どちらが危険なのだろうかね
がちゃっと扉を開いて外に出ようとすると、なんと言うタイミングか
俺とまったく同じ体制で涼宮が数メートル前にいた
というか涼宮、お前の体の向こうに見える景色はなにやら不穏な気配を俺に感じさせるぞ
料理以外の家事もやったほうがいいと思うぞ俺は
お世辞にも綺麗とはいえない、散らかってるというレベルでもない
俺はこのまま何も言わず扉を閉めて何も無かったかのようにテレビをつけたかったが
そうは問屋が卸さなかったのだ
扉を閉めようと俺が後ろに一歩下がり、閉め始めたときには
涼宮はその素晴らしいフットワークでいつのまにか俺に接近しており
扉の動きを素早く伸ばしたその足でとめてくれやがった
お前は閉まるドアにご注意くださいという合成音アナウンスを聞いたことが無いのか?
しかし涼宮はそんな俺の思考なんて知る由も無く
俺がどうにか閉めようとしている扉に手を掛けて
つかんでいる俺のほうが吹っ飛びそうになるような力であけやがった
蝶番が壊れやしないか心配でしょうがないよ俺は
涼宮は俺がようやく抵抗する意思をなくしたことを悟ったのか
誇らしげにふんぞり返りながら
「こんな雨の中一体どこ行こうってのよ?昨日の今日でずいぶん余裕じゃないの」
そういうお前はどこに行くつもりだったんだよ
「あんたの家に決まってんじゃない、まったく昨日の所為で寝るのが遅くなって
起きたのが今さっきよまったく」
あぁさいですか、つまるところお前は昨日のことに関しては既に片をつけてるわけか
はぁ~、と盛大にため息をついてから
「実家だよ、久しぶりに顔を出しに行くんだよ」
「あら、じゃあ妹ちゃんに会いに行くの?」
「そういうことだな」
なぜかこいつと妹は仲がいい、仲がいいのはいいのだが
二人が揃うと、ほぼ確実に俺に悪戯を仕掛けてくるのが兄として困る
俺が言える立場ではないのだが――特に目の前のこいつとがいるからな――
付き合う人間には本当に気をつけろと会うたびに妹には口をすっぱくして言っている
経験者である人間からの忠告なのだから確実だ
だからもっと友人ならミヨキチのようなだな、うん他意はない、本当だうん
「ふうん、シャミとも遊びたいしね、命令よあたしも連れてきなさい
どうせ車なんでしょ?一人も二人も同じよ」
確かに車の運転にお前がいようといまいと支障は無いが
ついてからの俺の苦労が倍、さらに倍、といった感じで跳ね上がっていくのだよ
シャミセンだってもうそれなりに年なんだ
二人がかりでやられようものなら、下手すりゃぽっくりいってしまうかも知れん
それなりに可愛がっていたし、まだ死んでもらいたくは無いんでね俺も
そもそも、涼宮がいるならば実家に行く理由の大本がなくなることになるのだが…
まあ仕方あるまい、暇だから、という理由が消えた代わりに
涼宮が行くといってるから、という新たな理由が出来てしまった
しかもこれはちょっとやそっとで消えるほど甘いもんじゃない
俺は偏頭痛のように痛む側頭部を押さえつつ
扉を閉めて鍵をかけて、涼宮の言うとおりに二人で行くことにした
まったく、何から何までこいつに振りまわされてる気がするぜ
ガタン、と音がして車体が一瞬跳ね上がる
雨の所為で地面がところどころ削られて段差が出来ているらしい
「まったく、橋とかかけてる暇あったらまずは自分の所の道路とか
きちんと整備してもらいたいわよね」
今の衝撃で頭を窓のぶつけたのか、涼宮は膨れながら文句を言い出した
橋ってのは島同士をつなげるための橋の事だ
現在多数の島の内ここを含めた四箇所で橋の製造をしている
島といっても晴れてる日には互いの島が見えるほど近く
あっても10kmらしい、その為橋はの建設は早めに終わるはずだったのだが
建設開始から5年経ったいまも開通はしていないのだった
原因は気候にある、今現在振り続けている雨だ
雨が大量に降り風がふくと海は船を出せる状況が当然なくなるわけだ
橋は当然作ってけば島から離れていき、資材は船で持っていく
つまりそれが5年たってもまだまだ完成が見えない理由だ
俺はバイトで一時期手伝いをしたことがあるからいいが
涼宮のように関係ない人から見れば、いつになればって感じだろうし
ぜんぜん完成しない橋より、身近なところからやれってのも理解できる
だが、ここで中断するわけにもいかないからな
他の島との共同でやってるわけだからな、一抜けたは通用しない
どう返答したものか、俺は結局適当に相槌をうってその場をしのぐことにした
俺はまたため息をついて、涼宮にダッシュボードから適当なMDをかけてくれるように頼んだ
雨の中のドライブだ、しかもそれなりに長い
正直アップテンポな曲でも流さんとやってられん
そうかんがえると、一人でそのまま行ってたら俺はそうとうに退屈だったろうな
結局、涼宮がいて助かったのかもな
内蔵スピーカーが音楽を紡ぎ始める
低音なんか聞いてない、単純なメロディーと声
歌の名前もアーティストもわからない曲
俺は基本的に歌は歌詞とメロディーで選ぶ
気に入ったの曲を見つけたらそのときは曲名を調べるけどすぐに忘れてしまう
だからMDに入ってるのでまとまってるものなんてない
だけどその適当な感じが俺は好きだったりする
窓を開けて風を入れたいのだが、残念ながらそれはかなわない
しかたないのでエアコンを送風にしてみた
旧式で結構前の型といってもそこら辺はまがりなりにも高級車、腐っても鯛
その辺の機器は色々ついているのだ、多少燃費がよろしくないのは仕方あるまい
「あんたって結構色んな曲聞くのね、クラシックなんかもあるし」
まぁな、俺は気に入ったのは何でも聞くからな
「節操なしは嫌われるわよ?」
うるさい、人の趣味に口出ししないでいただきたい
俺は広く浅くがモットーなんだよ
「へぇ?じゃあ私やかがみとかの関係も浅いわけ?確かにあんたの交友関係は広いけど
そんなふうに思われてたなんて心外ねぇ」
…お前はまた揚げ足取りをしやがって
十年来の友人が浅いわけないだろうが、俺としては逆にもう少し遠慮の心を持って欲しい位だ
まったく実家ではもう少し良識的に動いてくれよな
「はいはい」
バックで駐車場に車を停めて
車に置いてある傘を差して少しの距離を歩く
ピンポーン、とチャイムを鳴らすと一拍置いてから足音と妹の声が聞こえた
連絡してきたわけじゃないため多少の不安があったものの
まぁ問題はなさそうだな
ガラッ、と引き戸式の玄関が開いて妹のまったく成長しない無垢な顔が見えた
「あっ帰ってきたんだ!ハルちゃんも一緒なんだ!」
「やっほー、妹ちゃん久しぶりねシャミは元気?」
「うん、とりあえず上がって」
あぁ初っ端から騒がしい奴らである
俺は靴を脱いでそろえると
「…誰かきてるのか?」
見慣れない靴があった
「うん、ミヨキチがきてるよ」
妹の台詞を聞いて、やっぱりとよしっという二つの思いが内心広がったのは内緒だ
靴を見れば大きさやデザインで年齢と性別くらいはわかるからな
俺はちょっとばかしご老体にはきつい段差を上って久しぶりの我が家への帰還と相成った
「こんにちはお兄さん、それに涼宮さんも」
居間に上がると、ミヨキチは礼儀ただしくお辞儀をしながら俺達にそういった
「久しぶりだなミヨキチ」
俺は適当な場所に胡坐をかきながらミヨキチと話し始め
妹と涼宮は早速どたどたとどこかに行ってしまった
すると、横から来訪者に気付いたのかシャミセンがのっそりとやってきた
シャミセンは滅多に聞かせない鳴き声を小さくさせて
俺のひざに乗っかって丸くなってしまった
その様子を見ていたミヨキチはくすくすと笑っている
「なんだその、しばらくみないうちにずいぶん成長したな」
ミヨキチはしばらくキョトンとしていたが
「そうですか?自分だとよくわからないですよ」
「いやいや、俺にはわかる、ずいぶんとまた美人になったもんだ」
俺がうんうんと頷きながらそういうと
真っ赤になって俯いてしまった、まったく初々しい子だ
妹も純粋ではあるが、あれはただ単に精神面が成長していないだけだからな
そして涼宮もその妹とどうレベルな訳だ
むしろ暴力的な分、涼宮のほうが性質が悪いともいえる
お互い苦労するなぁ、と意味深な視線をミヨキチに送ると
それに気付いたミヨキチはさらに俯いてしまった、なぜだろう
「ちょっとあんた達!なにお見合いやってんのよ
人がせっかく妹ちゃんと一緒にお茶入れてきてあげたのに」
おぉ、サンキュー丁度よかった
話がストップしてしまって困ってたところだ
「はい、これ」
そういって妹が俺に差し出してきた湯のみを受け取ると
よくわからん真っ黒な液体が入っていた
「おい、俺にはこれがお茶には到底見えないのだが」
俺が涼宮に抗議をしてみるものの
「なによ、文句でもあるって言うの?」
そういわれてしまえばはい終わり
後ろにいる妹の満面の笑顔に止めを刺されて
しかたなく俺はその謎液体を口にすることとなった
…うん、コーラだ、それも炭酸の無い色のついた砂糖水と成り果てたコーラだ
俺は顔を顰めつつ涼宮を睨みつけたが
既に涼宮も妹の平然と座って、普通のお茶が入った湯のみを啜っていた
ミヨキチはおろおろとしていたが
自分が渡されたお茶を口直しにと俺に一口分けてくれた
まったくこの子はいいお嫁さんになるよ、なんだったら俺がもらってもいいくらいだ
というか進んで志願するよ俺は、口に出しはしないがな
「あぁ歯がキシキシする」
ミヨキチに湯飲みを返しながら、口の中の違和感に不平を言う
涼宮はなぜかミヨキチのほうを注視していたが俺のその台詞を聞くと
妹とハイタッチを交わしてヘラヘラと笑っていた
俺は早速食らった悪戯に辟易しつつ、ミヨキチに再度礼を言って
黒い液体を捨てるべく、台所に向かった
なんということでしょう、黒い液体を捨てようとしたらば
誰もが恐れるあの黒い悪魔と遭遇してしまったのです
俺は眉をこれでもかと顰めつつ、目を離した瞬間に居なくなることを恐れ
穴を開けるかのように奴を睨みつけて、武器になりそうなものを探した
涼宮に応援を頼んでもいいのだが、その際に妹とミヨキチが付属してくるのは確実だろう
湿気の多い中ぼろアパートに一人暮らししていたりする
俺や涼宮――特に涼宮は家の状態からも判断できるように――は耐性があるからいいが
あの二人にはあまり見せるべきではないだろうと思う
先に奴であることを言ってから応援を呼んでも同じこと
なぜか人というものは苦手のものほど目に付くし、気になるのだ
みてうわっ!ってなるのが目に見えてるのに行ってしまう習性はいつになってもかわらない
俺は一通り頭の中でシミュレートを行い、結局一人で戦闘に入るのが得策と
この中で武器になりそうな物、液体洗剤を手にした
ありがたいことに奴はシンク上に居る、退治した後に洗わなくてはいけないことも考えると
一石二鳥と言えるだろうしな、よく狙いを定め撃つ
多少前方に撃ったのが功を奏したか、逃げようとして動いた先に見事ジャストミートし
ブラックデビルはしばらく蠢いていたもののこの世を去ることになった
さて、後はさっさと流してしまえばいいのだが
「お兄さんどうしたんですか?」
なんと言うタイミングで来るのかね、ミヨキチは俺が遅いことに心配して
台所にやってきてしまったらしい、そのため未処理の裏返って死んだ奴を肉眼で確認してしまった
いつの世も良いことをしたものが痛い目にあうものよ
なんていってる暇はない
「ごめんミヨキチそういう訳だ、既に奴は倒した安心しろ」
俺はそういって一旦あわあわ言っているミヨキチを居間に戻してから
さっさと排水溝に奴を流して、スポンジで軽く洗って居間に戻った
「あんたなんでミヨキチ泣かしてんのよ!」
デジャビュ、そんな言葉が激しく頭を舞った
というかミヨキチは泣いてしまったのか、それは悪いことをしてしまった
ちょっとまてという間もなく、俺は低い体制から繰り出される鋭いヤンキーキックを
太ももにノーガードで思い切り食らう羽目になり
俺はめでたく畳の床にひれ伏す様な体制になった
そして妹よ、兄のこの姿を見てケラケラ笑うというのは些か情に欠けやしないかね
俺がうめき声を出しつつうずくまっていると、ガラガラッと言う音とともに
「ただいま」という聞き馴染みのある声が聞こえた
どうやらこの雨の中でかけていたらしい母親に久方ぶりに顔を出そうと思ったが
いかんせんたったいま太ももに大打撃を受けた俺は立ち上がれそうに無い
妹はテテテッと玄関に向かい母と話していたが
すぐに二人で居間に向かってきた
「帰ってくるなら連絡ぐらい…あんたなにやってるの?」
母は意気揚々と久しぶりに帰ってきた息子に声をかけたが
その息子である俺の状態に気付くと怪訝な声を上げた
「あら、おば様お久しぶりです、いま転んじゃったみたいで…」
まったく猫かぶりのうまい奴である、いまさら俺がなにを言っても意味が無い
涼宮は息子である俺以上に母に信用されてるというより俺が信用されてない
ここにいるのが涼宮でなくこなたやかがみや他の誰であろうとも
母はまったく同じように
「あらそうなの?しばらく帰ってこなかったからって自宅で転ばないでよね」
このような反応を示すことは容易に想像が出来る
俺はいまだに痛みの引く気配の見せない脚をさすりつつ
なんとか起き上がって適当に話をあわせることにした
なぜ被害者が加害者の弁護側に立たなくてはいけないのか甚だ疑問である
今日帰ってきたのは失敗かもしれないな