吊り橋 -5-

2人の弁当は本当に美味かった。つかさのは普段から弁当を作ってることもあって、素晴らしい出来映えだ。将来、コックになっても余裕でいけるだろう。
「そんなぁ~誉めすぎだよ~」
と照れながらも、つかさはまんざらでもない様子だ。
「いや、本当にうまいぞ、なぁ長門」
長門はわずかにこくりと頷く。さっきも聞いたというのに。
「本当に素晴らしいお味ですよ」
いつもなら不快にしか聞こえない、古泉のほめ言葉も心地よく聞こえる。
「えへへ、ありがとー」
つかさがやはり照れながら応えたその時だった。

「ちょっと、つかさ」

場を一瞬静かにさせた声は続いてこう言いはなった。

「これ、何?」

声の主はハルヒであり、そのハルヒが箸で指しているのは……ゆで卵だった。

「え?ゆで卵だけど…ハルちゃん、ゆで卵…嫌いだった?」
つかさがしろどもどろに答える。
その時、俺は考えていた。
1年半前に会ってから、ハルヒがゆで卵が嫌いと言ったことはなかった。雪山に遭難(というのか?あれは)した時に作っていたサンドイッチにはゆで卵が入っていて、ハルヒ自身、それを食していたはずだ。
なぜ、ハルヒが今更ゆで卵ごときで不満な顔をするのか…。
もう少し考えを進めようとした時、ハルヒが口を開いた。

「つかさ、団員というものは団長を尊敬し、崇めて、丁重にするものなのよ」
「え…何…?」
「つまり、団長の事を考えられないあなたはまだまだ団員としての自覚が足りないという事よ」
「…私が団員として足りない…ハルちゃん…どういう事…?」
「それに気づけないようじゃ、団員失格よ。自分で気づきなさい」
そう言うと、ハルヒはゆで卵を隣にいた朝比奈さんの取り皿に置いた。
「あの、涼宮さん…私、もうゆで卵は…」
「黙って食べなさい」
ハルヒは鋭く言いはなち、黙々と他のおかずを食べ始めた。
朝比奈さんは「ふに」とやや涙目になりながらも、黙ってゆで卵の殻を剥き始めた。

一方で理不尽な説教を食らったつかさは浮かない顔をして、ハルヒとお弁当を見比べながら、何が悪かったのかを一生懸命に考えている様子だ。
俺含む他の面々はぽかんとしてた。泉まで何事かのように2人を見比べている。
「ちょ…ちょっとハルヒ!」
かがみがその妙な空気を破った。
ハルヒはちらっとかがみを見た。
「つかさが何したっていうのよ!それにもし、つかさに何か不満に思ったところがあるんだったらはっきりと言いなさいよ!遠回しにいやらしく言って…」
「別にいやらしく言ってないわ。ただ、私の不満をつかさがちゃんと気づけるかどうか試しただけよ」
「ハァ?冗談じゃないわよ!つかさが今どんな思いか…」
「もういいよ!お姉ちゃん!」
空気がシン…となった。
「いいよ…気づかなかった私が悪いから…ハルちゃんもゴメンね、いくらドジばっかりしてても、人を怒らすのはダメだよね…みんなもゴメン、私のせいで空気を悪くしちゃって…」
「つかさ……」

ピリリリリリリ…

誰だ、こんな時に携帯を鳴らすのは…まぁ、ハルヒの機嫌が悪い時に携帯が鳴るような奴は一人しかいないがな。

「すみません」
俺の思ったとおり、古泉が携帯を取り上げ、みんなと少し離れて会話を始める。
また閉鎖空間か。古泉も忙しいもんだな。『機関』は休日手当は出さないかね?

古泉は5分ほどで戻ってきた。
俺の耳の近くでーこいつはこれが俺にどれぐらいの不快指数を与えているのか知らないのかー囁いた。
「涼宮さんに関することですが、時期が来たらお話しましょう」
そうかい。いくら俺でも毎日ハルヒに振り回されちゃ堪らないからな。お前が話すまで黙っておこう。
「みなさん、いきなりのご無礼、失礼いたしました」
「あ、いやぁ良いのよ。古泉君っていろいろ忙しそうだしね」
かがみが代表して答える。
みんながシンとしているだけ、やたら不気味だ。

その後の昼食はみんな黙ってしまった。
誰も話題を出さないし、出そうともしない。この気まずい雰囲気を壊したいのだが、壊してはいけないような、そんな恐ろしい「雰囲気」を雰囲気が出していた。



20分後、ハルヒの「今日はもう解散しましょ」の一言で俺達は下山することになった。
多くの荷物を抱える俺と古泉は奇妙な行軍の殿を勤めていた。
「なぁ古泉、ハルヒが怒った原因は分かる。だが、つかさにあんな態度を取ったのはどういう訳だ?」
「おや、あなたには原因が分かるのですか。僕にはさっぱりなのですが…」
「しらばっくれるな。原因が分からないなら、即刻副団長を辞めちまえ」
「ははっ…冗談ですよ。失礼しました。議論すべき事はそれではありませんでしたね」
「お前の冗談はマジでムカつくんだ」
「そこまで思われていましたか。僕も少しは気をつけないといけませんね」
これ以上こいつと漫才をする気はない。俺は最初の話に戻した。
「それで、ハルヒの態度は何だったんだ?」
「おや、あなたは聞かなかったのですか?」
「何をだ」
「涼宮さんが言っていた通りですよ。涼宮さんはつかささんを試していたのです」
「何をだ」
俺はまるでRPGの村人役のように発言を繰り返した。
「あなたもご存じの通り、つかささんは誰にも優しい。当然涼宮さんにもあなたにも」
「それで?」
「一方で涼宮さんは誰彼にも優しいわけではない。つかささんの、涼宮さんとは真逆である性格が彼女に小さなしこりを作ったのです」
「何じゃそりゃ?ハルヒはただ『自分と違う性格』だから苛立ったのか?」
「いえ、それはただのきっかけ、火種にもなりません。そのままだったら単なる『性格の差異』で終わっていたでしょう」
古泉の説明口調が続く。
あまり好かないが、この状況を理解するためには通らないといけない道だ。仕方なく聞き続ける。
「ところが、涼宮さんは嫉妬の念を抱いたのですよ。その原因はあなたにもあるのですがね」
またか。
「あなたはつかささんの弁当を褒めていた。これが原因です。しかし、別にそれを悪く言うわけにはいきません。確かにつかささんの弁当は素晴らしいものでしたしね」
さっさと続けろ。
「ですが、涼宮さんとしては非常に面白くないわけです。特にあなたを見て。そしてこんな疑念を抱くのです。つかささんはあなたにだけ優しいのではないのか、と…」
「おいおい、それは勝手な思いこみだろ。つかさは誰にでもやさしいし、俺も特別優しくもらってるなんて思わねぇぞ」
「もちろん、つかささんに若干の優劣はあるものの、特別誰かを贔屓しているわけではありません。しかし、彼女はそう思ってしまった…そしてゆで卵の件。これにより、彼女の日頃、今日までに溜まった鬱憤がこんな形として現れたわけです」
「なるほど…だからつかさにあんなことを言ったのか…本当に『ハルヒ』に対して優しいかどうか、確かめるために…だが、ありゃ優しさを確かめるというよりはただの八つ当たりだ」
「しかし、涼宮さんにそれを言ったところで変わりますか?」
俺は何も言えなかった。
「あなたには道が3つあります。涼宮さんにつくか、つかささんにつくか、中立になるか」
「とりあえず、つかさにハルヒが怒った原因を伝えようとは思うが…」
「それは少し危険です」
「なぜだ?」
「涼宮さんはあの様子だとつかささんが『自分で』気がつかないと許す気はないでしょう。もしつかささんがあなたから聞いたことをうっかり言ってしまっては元も子もありません。むしろ状態は悪化すると思いますが」
「確かに…何だよ、俺に出来ることはないのか?」
「誠に残念ですが、そのようですね。これはあくまで涼宮さんとつかささんの問題なので」

俺は先頭を歩くハルヒと、その少し後ろを歩く泉達のほんの少し後ろを歩くつかさを見た。

俺は無性に悲しくなった。

いつもの駅前でハルヒは「解散」とぽつりと言うと、さっさと歩きだした。
つかさも「今日はゴメンね。……じゃあまた明日」と力なく手を振り、心配そうにしているかがみと一緒に帰った。
何となくこの空気が嫌で、俺もみんなに軽く挨拶をして帰った。

何かが崩れたような、そんな一日だった。





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最終更新:2007年12月30日 00:48
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