吊り橋 -13-

古泉は1コールで出た。
いつもながら、こいつは電話を前に正座しながら待機しているのかと思ってしまう。
「古泉か?」
「ええ、そろそろ連絡が来る頃かと思いました」
「それじゃ、詳しいことは言わん。お前も来てくれないか。今、かがみの家にいる」
「分かりました。では朝比奈さん、長門さんも連れてきます」
「分かった。あ…あと、ハルヒは…」
「ええ、このことは今は伏せておきましょう。昨日の件もありますしね。そのことでもお話したいことがあります」
俺と同じ考えでよかったぜ。
そして、古泉達が10分ほどで来ると聞いて、俺は電話を切った。
話したいことか…古泉が話すことの9割は俺を地獄に落とすようなものばかりだから、あまり聞きたくはないが、ハルヒ絡みだとそうはいかない。甘んじて聞くとするか。

しばらくして、インターホンが鳴った。
1分してガチャという音と共に古泉、朝比奈さん、長門の3人が入ってきた。
「早かったな」
「ええ、一大事ですからね」
「朝比奈さんも知ってたんですか?」
「いえ…私は古泉くんに呼ばれて、ここに来る途中で話を聞かされたんです。まさかつかささんがいなくなるなんて…」
「俺も今日、かがみから聞かれてびっくりしたんです。昨日の今日ですからね」
「それで…つかささんはどこに行ったんですか?」
「それが分からないんですよ。つかさの意思でいなくなったのかどうかも分かりません。今、かがみ達がつかさの部屋で何か手がかりがないか調べているところです」
「そうなんですか…つかささん、どこ行っちゃったのかなぁ…」
憂いの表情を浮かべる朝比奈さんもまた素敵で、出来れば小一時間ほど眺めていたかったが、事態が事態なだけに小一秒ほどで我慢しておく。
「では」
古泉が珍しく仕切りだした。
「電話でも少し触れた昨日の件ですが」
何があったんだ。
「昨日の夜、そして今朝に涼宮さんにある異変が起きました」
「異変?閉鎖空間でも発生したのか?」
「ええ。それもあるんですが」
それもだと?
「これは長門さんに説明してもらいましょう」
すると、さっきまで呼吸以外の生命活動をしていなかった長門の口が開いた。

「今から16時間47分35秒前、つまり昨日の18時30分頃、涼宮ハルヒによる情報の操作及び改変が見られた」
具体的に言ってくれ。
「涼宮ハルヒは一冊の本の情報を改変した。またその本の情報を具現化させ、実体化と事実化させた」
すまん、もう少し具体的に頼む。
長門はまるで「まだ詳しく言わないと分からないのか」というような目をした。
そんな軽い侮蔑の情を乗せながら再び口を開いた。
「涼宮ハルヒは一冊の本の情報を改変した。この改変によりその本は最初に手に取った人物の深層心理を増幅、回転させることが可能になった」
もう俺は後で古泉に詳しく聞くことにして話を続けさせることにした。
「そしてその本の情報は具現化された。そのことにより、その本の情報の一部は『事実』として存在する」
これは分かりやすかった。つまり、ハルヒが情報操作をした本に載ってることが本当になっちまったわけだな。
「そう」
長門は全くトーンの変わらない声で答える。
「具現化された情報は涼宮ハルヒに遠い人間ほど事実として受け止められている。つまり、私達にその影響はない」
去年の8月と一緒だな。
「ただし、例外が一人存在する。その名は柊つかさ」
何だと?
「彼女は涼宮ハルヒによる情報操作に対する影響を最も受けた人物であり、現在彼女が失踪しているのもそのため」
長門はあくまで淡々としているが、それは事の真相じゃないか。
「お前…全て知ってたのか」
長門はわずかに頷く。
「だったら何で…」
俺が問いつめようとすると、長門はそれを遮るように
「私の役割は観測」
と述べた。
まあ、そうかもしれん。でもな、長門。そうなるだろうという予測が出来るなら、それを防ごうとしたって良いじゃないか。
「それは不可能」
……なぜだ?
「涼宮ハルヒが行った情報改変は戻すことが不可能であり、誰かがそれを受けなければならなかった」
それがつかさか。
「彼女はそれを望んだ」
それじゃこれはハルヒご期待のストーリーか?
「そう」
長門はそう言って後は黙っていた。もう語りたいことは終わったようだ。
納得がいかない。
ハルヒはこんなのを望んでいるのか?
昨日、ハルヒはつかさと喧嘩らしきことをした。
あれもハルヒが望んだのか?
すっかり黙ってしまった部屋の中で古泉が話を出した。

「……今朝、閉鎖空間が発生しました。それは大きな規模でして、ここ最近の涼宮さんの心境を考えるとあり得ないくらいの規模です。それで『機関』では…」
これは独り言じゃないのか、と思える語りだった。
俺も『機関』が会議を開いただの、ハルヒに対する警戒を強めただの、そんな辺りから話が耳に入らなくなっていた。
古泉はそれでも構わず、話し続けていた。
そして5分ほどしただろうか、古泉が
「おかしいと思いませんか?」
と俺に話を振ってきた。
つかさとハルヒの最近の動向を思いだしていた俺は動揺してしまった。
「な、何がだ?」
「…その様子だと聞いてませんね。まあ構いませんよ。今考えるべき問題はそこではありませんので」
俺は少しバカにされた気がした。
「先ほどの長門さんの説明を覚えていますか?」
「情報が操作とか改変とかってやつか?」
「ええ。その中でも『本』についてです」
情報操作された摩訶不思議な本か。
「その『本』は今、どこにあると思いますか?」
「ハルヒが持ってるんじゃないのか?」
「いえ、『その本を最初に手に取る人物が情報操作の影響を受けてほしい』というのが涼宮さんの願いです。すなわち…」
そこまで言われて俺は気づいた。
「待て古泉。なるほど…そういうことか」
「お気づきになりましたか」
「やっとな」
全く、なぜ長門が説明していた時点で気づかなかったのか、自己嫌悪になるぜ。
そういや…説明と言えば、長門の説明がよく分からなかったな。
「古泉。長門の説明の前半を教えてくれ」
「ええ。あれは…」
………しばらく古泉の説明を聞き、理解した後、俺は朝比奈さんに尋ねた。
「朝比奈さん、時間の流れとかは大丈夫なんですか?」
朝比奈さんはしばらく頭に手を当てて、
「え、えーと…大丈夫みたいです。ただ…」
ただ?
「局地的時間移動が不可能になっているんです」
「局地的…?」
「昨日私達が出かけた山、あそこの昨日には行けないんです」
「つまり…昨日、俺達がいた時の山には行けないってことですか?」
「あ、はい。珍しいケースです」
「そうなんですか…」
3人の話を聞くと、今までの謎の半分が解明され、半分がさらなる謎に発展しちまった。
とにもかくにも、さっきの長門、古泉の話からすると、部屋探索組が何らかの成果をあげるはずだ。
それからまた考えるのも悪くないはずだ。
俺は3人と共に3人を待つことにした。



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最終更新:2008年01月15日 20:16
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