教師キョンキョン物語 第4話

 理由はどうあれ、俺はよく眠るわりには寝起きが悪い。
 高校生になってもその悪癖は治らず、我が妹をダイビングボディプレスの達人に育て上げてしまった。
 体内時計が常人より遅めに設定してあるのか、あるいは起きるための気力が衰退しているのか。
 そんなことはどうでもいい。問題は、早く起きなければならないということだ。
 就職決定というモラトリアム終了のお知らせと共に、俺は独力での起床を自らに課した。
 要するに――ひとり暮らしだから起こしてくれる人が誰もいないのだ。
 しかし。
 醒めたくない――


「そろそろ起きてください」


 起きろと言われたので嫌々ながら目蓋を開くと、みゆきの整った顔がアップになっていた。
 なぜ、と思う前に俺の口は目覚めの呪文を紡ぐ。「……おはよう」
 みゆきはすでに着替えを済ませていた。分不相応な良質のベッドから這い出る俺を、にこやかに見つめている。
 次第に、欠落していた記憶が埋まっていく。
 俺が稜桜学園に勤めてから一ヶ月、今はもう五月で、ゴールデンウィークのど真ん中だ。
 恒例の一族大集合からの帰り、みゆきに自宅に寄っていかないかと誘われ、そういえば挨拶がまだだったと思いお伺いした。
 で、高良父につかまり、酒の席を設けられてしまったのだった。おっさん、向こうでもかなり飲んでたろうが。
 ――俺は酔いつぶれて、そのまま高良家に泊り込んでしまったらしい。いや、申し訳ない。
「こちらこそごめんなさいね。あの人ったら、久しぶりにキョンくんに会ったからはしゃいじゃって」
 俺と対面する形でテーブルにつくゆかりさん(高良母)が少しだけ眉根を寄せて笑う。
 朝食はみゆきが作ってくれたらしい。せっかくなのでゆっくり味わいたいところだが、そうは問屋が卸さない。
 今日は国民全員が恨んでやまない、GW中の非休日なのである。くそっ、ハッピーマンデーよりこっちを何とかしやがれ。
「キョンさん。これ、今日のお弁当です」
「ありがとう、いつも美味しく頂いてるよ」
 毎日とはいかないが、みゆきはよく俺に昼飯を提供してくれる。こんなこと、実の妹でもしてくれなかったぜ。
 正直にいって、はとこ同士というものは世間一般にすりゃ疎遠の域にある間柄だと思う。
 だがうちの一族の結束は思いのほか固いのか、よほど親等が離れていない限りは見ず知らずの親戚などいやしない。
 そして、いとこはとこ連中の中で俺は年長者の部類に位置するため、嬉しいことに年下達にそこそこ懐かれている。
 みゆきもその例外ではなかった……らしい。
「ほらほら、新婚さんごっこはそこまでにしなさい。遅刻しちゃうわよ」
 ゆかりさんは相変わらず人をからかうのが好きだな――そう思いながら、沸騰しかけのみゆきの背を押して高良家を後にした。

 

 正直に言うと、今日の仕事量はそれほど多くないので一日をのんびり過ごす予定だった。
 が、現実ってのは思いもよらない試練を時にふっかけてくるものである。
「黒井先生がお休み……ですか?」
「うむ。そこでだ、キョン先生。君に黒井先生のシフトを代わってもらいたい」
 人と話してるときくらい咥えタバコはやめてほしい桜庭教諭は、横柄にそう告げる。
 確かに俺は黒井教諭と同じ世界史担当で、彼女の受け持つクラスには顔見知りもいるが……新人としては大抜擢じゃないか?
「新人だからこそ、だ。こういう経験はさっさとさせておいた方がいい。それに何より――」
 何より?
「五月病にかからなかった点を大いに評価しているのだよ。君はなかなか打たれ強いな」
「はあ……ありがとうございます」
 ちっ、あのまま寝てりゃ良かったぜ。
 迂闊にも桜庭教諭の前でそんなモノローグをしてしまい、また制裁が来るか――と身構えていたのだが、
「同感だ。気に入った、あとで保健室に来てふゆきと和んでもいいぞ」
 桜庭教諭はお話のわかるお方のようで。
「でも仕事はやれよ。絶対だぞ」
「イエス、マム」
 改めて忠誠を誓ったところで、職員室に電話の呼び出し音が鳴り響いた。桜庭教諭が応対したが、やがて受話器を俺に突き出す。
「泉さんからだ。黒井先生に用とのことだが――君が代わりに聞いとくといい」
 名を言うにあたって「三年の」とか「黒井先生のクラスの」とかいった修飾が一切なかった。
 俺になら言わんでもわかるだろ、ということらしい。確かによく分かる……いい予感がまるでしない相手だということは。
「もしもし、代わりました」
『あ、キョンキョン? 私、今日は休みます……』
「どうした、病気か?」
『うん……五月病がひどくて』
「さっさと来やがれ!」

 ここいらでひとつ予防線を張っておくが、今の流れで俺に何の落ち度はなかった。
 五月病なる人を小馬鹿にした言い訳で不正に欠席しようとする生徒に出向を命じるのは教師として正しいあり方だろう。
 しかし、教師である以前の、SOS団OBであるところの俺としては、
 ――泉に「来い」と言ったのは、とんでもない大失態だったと言わざるを得ない。

 

 黒井教諭が担任している3年B組は、みゆきが学級委員長を務めるクラスだ。
 更には泉こなた、柊つかさ、白石みのるが在籍しており、認めたくないが俺と妙な縁があるらしい。
 ――そういや、例のメンバーのうち柊かがみだけクラスが別なのか。だからといってハブられてるわけでもなさそうだが。
 彼女は彼女で、桜庭教諭の3年A組で女谷口こと日下部、女国木田こと峰岸のコンビとよろしくやっているし。
 ……いやいや、日下部に谷口役は務まらないな。谷口はもっとアホだった。日下部はまだかわいいものだ。
 さてアホの谷口のことなんぞ思い出しても仕方がない。さっさと先に進めよう。

 黒井教諭の代わりに朝のホームルームで出席をとり、あとは彼女の授業を代行する――それが今日、俺に追加された業務だ。
 ホームルームでどうして黒井教諭が休んだのか尋ねられ、返事に窮した。
 正直なところ、彼女とまったく連絡がつかない。自宅に電話しても出ないし、携帯もアウト。どうしたものかと頭を悩ませているのだ。
 まさか何らかの事件に巻き込まれたとか――などと深刻に考えているのは俺だけのようで、
「案外、寝過ごしてるだけかもしれんな」
 桜庭教諭はそんなことを言い出す始末。同僚に無断欠席をスルーされるとは、もしや前科があるのだろうか。
 ロッテのファンだと言っていたから、どこかの試合を観戦しに行ったとか……さもありなん。
 何にせよ確かなのは、良質なポニーテールを拝めない俺のテンションが下がり気味であることのみだ。
「そういや天原先生は、たまに髪を一つに結ってるときがあったな……」
 幸いにも桜庭教諭から保健室を訪れる許しを得ているため(入室に許可が必要な場所ではないはずなんだが)、
 俺は潤いを求めて、いつだっかの長門顔負けの夢遊病チックな足取りで保健室へといざ行かん。

「おーすキョンキョン」
 どちくしょうめ。

 俺の一般常識が正しければ、保健室とは癒しの聖地だったはずなのだが――この学校では裏切られてばかりである。
「来てたのか、泉」
「なんつー言い草か。自分が来いって言っておいて~」
 別に非難したつもりではないが、したとすればそれはお前と俺の間の悪さがもたらした悲しき誤解だ。
 そして保健室にいる理由が五月病なら早めの撤収を求める。
「違うよ。ゆーちゃんのつきそいですよ」
 泉が指で示す先には、確かに白いベッドに横たわった小早川ゆかたの姿があった。なるほど、納得だ。
 元から彼女のクラスで世界史の授業をしているため、顔見知り程度にはなっている。泉の従姉妹とも、病弱なことも知っていた。
「あ――せんせー」
 小早川が体を起こして俺に挨拶しようとするが、傍らの天原教諭に優しく抑えられる。
「無理しちゃだめよ」
「そーそー。キョンキョン、ゆーちゃんへのフラグ立ては元気になった後にしてね」
 フラグって何だ。それはともかく、本物の病人がいるなら天原教諭の邪魔をするわけにはいかない。さっさと退散しよう。
 ――狙い通り、天原教諭は簡易ポニーテールだっただけに名残惜しさも一際なんだが。
 去り際に「今日もミーティングあるからね」と現団長殿に釘を刺された。やれやれ、さっさと帰りたかったのに。

 

「黒井先生のお見舞いに行こうよ」
 新生SOS団の勉強会兼ミーティング中、そう言い出したのは柊つかさだった。
 彼女らしく心優しい提案なのだが、黒井教諭は社会人だ。仲の良い学生同士とは勝手が違う。
 そう諭そうとする前に、柊妹の発言に少々疑問を覚えた。
「お見舞い?」
 黒井教諭の欠席の理由は未だ判明していないはずだったと思うのだが。いつの間にやら病気で倒れたことが前提となっている。
「キョン先生が言ったんじゃないですか、黒井先生は風邪でお休みですーって」
 俺か。
 そういえば、朝のホームルームでそんな受け答えをしたような……少しあがってたから記憶が曖昧だ。
 まずいな、火のないところに煙を立ててしまった恐れがある。
「風邪ねぇ」ホームルームの時点では登校していなかった泉が口を挟む。「案外、ネトゲで寝不足になって寝てるだけかもね」
 生徒からもそういう認識をされているんですか黒井先生。
 そして泉、お前が見舞ってやるべきは小早川の方だと思うぞ。
「ゆーちゃんなら心配ナイナイ。下校のころには元気になってたから。みなみちゃんもいるし」
 みなみ――というと、岩崎みなみか。あの、個人的にデジャヴを覚える1年生。
 つい名前を言い間違えてしまったとき、ギャラリーから「昔の恋人ですか」と見当違いの詮索をされたことは未だに気まずく思う。
 彼女は俺の知ってる無口少女より感受性が高そうだからな――まともな人間なんだから当たり前か。
「で、どうするのよ。行くの、行かないの?」
 柊姉が話題の軌道を修正する。俺の昔の役割がこれだったと思うと、それを他人がやっているのは妙な感慨があるな。
 問われた柊妹は逡巡し、隣――といっても少し離れたところに座る白石少年に水を向けた。
「白石くんはどうしたい?」
「えーと、黒井先生に迷惑がかかるといけないから、行かない方がいいと思う」
 彼はなかなか良識を弁えた子だ。しかも、及び腰ながらも意見を言うことができるときている。
 俺が現役のときにこういうメンバーがいてくれたら、ハルヒに脅かされることもなく……いや、やっぱ無理か。
 とにかく白石少年のまこと常識的な見解が鶴の一声となり、
「じゃあ行こう」
 それを覆すニワトリの一声が放たれた。泉だ。
 というか、じゃあって何だ。白石少年を全否定するつもりか、お前は。
「違うよ。これは私のニュータイプとしての勘なんだけど、訪ねていっても迷惑にはなりませんて」
「根拠は?」
「だから、ニュータイプとしての勘」
 そんなことは聞いてない。迷惑にならない理由の方が知りたいんだ。
「今日の無断欠席は十中八九だらしなさが原因だから。なぜなら、黒井先生はそういう人だから」
 彼女と親しい泉と言えどあんまりといえばあんまりだが、「ああ」という感じで頷き合う周囲の反応も本当にあんまりだ。
 頼む、俺の心中で神格化されたポニーテールの天使像を崩さないでくれ。
「じゃ、黒井先生が本当に天使か確かめに行ってみる?」
 ……やぶさかでもない。

 

 で、本当に来てしまったわけだが。
 黒井教諭が居を構えるのは世の女性が熱い視線を注ぐオシャレなマンション、ではなく。
 とても生活感のある程よい感じにくたびれたアパートだった。貧乏学生が住んでそうなアレよりは格段に待遇は良さそうだが。
「……出ないねぇ」
 その一室の前で立ち尽くす、全員の気持ちを代弁するように柊妹が呟く。
 確かに黒井教諭がいらっしゃるのはこの部屋だと聞いたのだが、泉が何度チャイムを押しても返事がない。
 まさかただの屍になっているわけではあるまいが、この時間までぐっすり熟睡というのも考え難い。
「鍵もかかってるね」
 泉がドアノブを回そうとする度にガチャガチャと音が鳴る。
「大佐、強行突破の許可を。オーバー」
「するわけないだろ。オーバー」
 泉とアホな会話を交わしたのち、これは留守ということであろうと説明する。
 自宅にいながら鍵をかけっぱなしというのはどうもおかしいし、おそらく何らかの急用で欠席の連絡ができぬまま外出したのだろう。
「ひきこもってるだけかもよ」
「あんたねえ……黒井先生をどういう目で見てるんだ?」
 おそらくまともな目ではないだろうなあ。いつも半開きにしているような奴だし。
 このままいても鍵がかかっているのでは何もできない。今日のところはひとまず退却するのが吉だ。
 皆が皆そう判断しながらも今ひとつ釈然しない様子で、しかし何もできないこともわかっているためとぼとぼ踵を返した。

 カシャン。

 思わず振り返る。ドアノブに手をかけたみゆきが、無色透明を思わせる瞳で俺を見つめていた。
 しかしそのような目をした彼女は今までに見たことがなく――
「あ、あの……開いてしまったみたいです」
 恐縮するようにうろたえ出すみゆき。
 考えすぎか。さっきの違和感はちょっとした勘違いというやつだろう。
「こなた、あんた逆に回してたんじゃないの?」
「あれ? あれぇ?」
「こなちゃん、やっちまったねー」
 柊姉妹はこの事態を泉こなたのミスとして受け止めているようだが、俺は理由なき不安を抱き始めていた。
 それはどうやら、白石少年も同じらしい。
「先生……止めた方がいいのでは」
「ああ。だけど、もう遅いみたいだな」
 消極的な男2人が見守る前で、泉こなたは早速ドアを開け放っていた。
 まあここまで来て入室しないなんて選択肢を採るような奴でないことはわかっているのだが。

 

 やたらとキレイな台所、いかにも使い込んでそうなパソコン、まあ特筆すべきなのはこんなところか。
 あとはいたってフツウの部屋だ。黒井教諭は生徒たちが言うほどガサツなお方ではないらしい。
「いや、んなこたぁない。冷蔵庫にはビールと枝豆がたっぷりだ」
「こら泉、勝手に冷蔵庫まで漁るな!」
 本来なら部屋の主がするべき注意。さしでがましいようだが、俺が代理を務めさせてもらう。
 それというのも、黒井教諭の姿がどこにも見当たらないのだ。
 女性の部屋ということもあり、俺と白石少年が隅っこで肩身の狭い思いをしている中、女子団員4人が捜索を担当した。
 バスルームや押入れまで思いつく限りの場所はガサ入れしたそうだが、隠れていた形跡すらないという。
「謎ね……」
 顎に手を当てて考え込む柊かがみ。それにしてもこの柊姉、ノリノリである。初めは渋っていたというのに……。
 何かイベントをする際、実行の直前までは文句を言うがそれ以降は誰よりも楽しむタイプだな彼女は。
「本気で行方不明になっちゃったのかしら」
「や、やめてよお姉ちゃん……」
 主不在の部屋に不穏な空気が漂う。皆が一様に、黒井教諭の安否を案じていた。
 加えて、俺は自らの身の危険をも案じていた。前に、これと似たような状況に遭遇した覚えがある。
 早く出た方がいい――そう皆に提案しようとした瞬間、
「くしゅっ」
 誰かのくしゃみがそれを遮り、出鼻をくじかれる形となった。
 聞かれないように溜息をつき、再度試みようと顔を上げると、瞬きの間に目の前の光景が変化を遂げていた。
 俺たちがいたのは、不思議の要素など欠片もない至ってまともなアパートの一室だった。
 断じて黄土色の靄がたなびく薄気味悪い空間などではない。
「……えぇっ!?」
 弾かれたように俺の右腕に飛びついてきたのは柊姉。妹の方は、すでに白石少年にしがみついている。
 地平線が見えないくらいどこまでも続く平坦な空間。俺は、ここに見覚えがあった。
 だが前回訪れたときは宇宙人の力を借りていた。凡人揃いの俺たちでは、間違っても入り込めない場所のはずなのに。
 柊姉はもはやその身を擦りつける勢いだが、今の俺にそれをどうこうする余裕はない。順当に行けば、この後――
「やっぱり、おいでなすったか」
 黄土色の靄がゆっくりと渦を巻き始める。そこら中の粒子が結集して、何かを型取ろとうとしているかのような動き。
 いや、かのようなどころでなく、実際に「何か」になろうとしているのだ。
 高校時代に遭遇した際はカマドウマになった。それは宿主のトラウマを具現化したものらしく、おそらく今回もそのパターンか。
 靄が徐々に固形物の様相を呈してきて、何が出来上がるのかがぼんやりとわかってきた。
 明確な敵意を感じますね――と、あの超能力者ならそう言ったかもわからんが、生憎俺は第六感など持ち合わせていない。
 というか、カマドウマならともかく、こんなものに出現されたら、それを敵かどうか瞬時に判別できる者なんていないんじゃないか。
「ケーキ?」
 柊姉が思わず呟いた通り、限りなく広大で殺風景な空間にどんと顕現したのは、豪華に飾り付けられたが崩れかけの巨大ケーキだ。
 この形になったのにも何か理屈があるのだろうか。あったとしても、さっぱりわからん。
 ケーキの頂上に独り佇むサンタクロースがやけに寂しく見えた……これ、クリスマスケーキなのか。

 

 ――と、悠長に構えている場合ではない。
 あのときは長門と古泉が手早く始末したが、今ここにいるメンバーでそれに準ずる能力を持つ者などいやしない。
 それどころか状況の理解すらままならないはずだ。唯一知識を持つ俺も、なぜここに来れたのかまったくわかっていない。
「な、なにあれぇぇっ!?」
 涙まじりの悲鳴をあげ、白石少年を揺さぶる柊妹。この2人は……まず戦力にならない。
 普段は強気な柊姉も今は俺にしがみついている。微かに伝わる振動が、彼女の感じている恐怖を物語っていた。
 みゆきと泉は立ち尽くしたまま動こうとしない。
 この中で何らかの特殊能力を持つとしたらそれは泉こなたなのだが、期待外れの感が強まってきた。
 残すところの俺は――無理に決まってるだろ、俺は凡人だぞ!
 これはまさに万事休すかもわからんぞ。
 未だ手立てが決まらぬ中、俺の都合など関係ねぇと言わんばかりに動き出す巨大ケーキ。
 移動速度は決して速くはないが、明らかに俺たちに向かってきている。最近は城でも何でも動きすぎだ、どっしり構えてやがれ。
 だが、ひとまず目下の行動は決定した。コマンドは「逃げる」一択だ!
「キョン先生、あれは何なんですか!」
「この空間の創造主だ!」
 専門家たる長門の受け売りだ。走りながら、並走する柊姉にまくしたてる。
「アレを倒せば万事解決する。ここからも出られるし黒井先生も帰って来るはずだ、何か考えてくれ!」
「考えろって……無茶言わないで!」
 ごもっともです。しかし教師だというのに情けない限りだが、俺にはどうにもできん。
 ここらで長門が空間の壁をぶち破り乱入してくれるのがベストなのだが、あの無口読書娘はもういない。
 妥協して古泉ぐらいなら電話で呼び出せるかもしれないが、どう考えてもここは圏外だ。真面目に八方塞だ。
「もうっ……埒が明かないよ!」
 ざっ、と音を立てて泉が踏みとどまる。微速で迫り来るケーキを振り返ってそちらに走り出した。
 あの馬鹿野郎! 俺も彼女に倣って進行方向を転換、後を追うように引き返す。柊姉が何か叫んでいたが聞きとれなかった。
「待て泉! 止まれ!」
 あわや跳び蹴りを仕掛けようとしていた寸前で肩を掴み、その場に留まらせることに成功した。
「放してよ、この中じゃ私が一番強いんだからさ!」
「無茶に決まってる。そんな攻撃が通じる相手じゃない」
「じゃあどうするっていうんですか」
 そう言われると言葉に詰まってしまう。だが、間に合わせではあるが一応の回答は持ち合わせている。
「こういうとき突っ込むのは年長者の役目だ」
「……何だよ、それ」
 明らかに納得のいかない顔をする泉だが、反論するつもりはないらしい。それでいい、生徒が無茶することはないんだ。
 早く柊たちのところに行けと言付けし、俺は再び地面を蹴った。

 

 どうにかできるとは思っていない。俺の乏しい脳細胞では、とりあえず囮になる程度のアイデアしか出せなかった。
 ケーキの歩みは亀とガチンコしても負けそうなほど鈍く、運動神経が特別よろしいわけでもない俺でもだいぶ時間を稼げるはずだ。
 その間に、宇宙的未来的超能力的な助けを待つ――消極的だが、それが現在考え得る最良の手段だ。
 新生SOS団のメンバーを距離をとり、単独でケーキの周りを回るように接近する。うまく惹き付けられるか……?
 成功した。微妙な動きで判断するのに時間がかかったが、確かにSOS団追撃コースから逸れて俺の方に向かってきている。
 あとはこのまま連中から引き離すように移動を続ければ――と。
 巨大ケーキから同様に巨大な苺が飛んできた。
 加えて、その軌道から予想し得る着弾地点は、かなりの確率で俺の頭上。
「そんなんありかッ!?」
 予期せぬ攻撃に反応が遅れた。これは間違いなく致命的なミスだ。
 全力を振り絞って回避を試みるが、敵だって情報生命体の端くれ、その程度の誤差を計算してないとは思えない。
 もはやこれまでか。
 ――なんて潔い台詞など吐く暇もなく真っ赤な苺は驚異的なスピードで俺に迫り来る。本当に放物線運動してるのかよ。
 遠くで生徒たちの叫ぶ声が聞こえる。この情けない様子はばっちり見られているのか。
 こんなに理不尽で呆気ない最期を迎えるなんて――せめてもの抵抗として、俺は目蓋を閉じた。
 破裂音。
 頭がかち割られた音かと思ったが、どこにも痛みはない。
 というか、死後のことなどまるでわからないが、何の感覚もしなかった。
 どうしたことか、とおそるおそる目を開けると。

 高良みゆきの背中が見えた。

 ちょ……ちょっと待て、みゆきはさっきまで他の4人と一緒にいたはずだ。どうやってここに。
 マンガなら頭上にクエスチョンマークを浮かべているであろう俺の様子など知ってか知らずか、軽く振り返ったみゆきは薄く微笑み、
「死ぬのっていや?」
 眼鏡を外して、ある意味ナイスタイミングだが場にそぐわない発言をした。当たり前だろう、未練たらたらだ。
「そう。ま、何にせよ借りは返すものよね」
 こんなみゆき、俺は知らない。笑顔で怒る特技を持つことは知っているが、ここまで危険な笑みを浮かべたはとこの姿は初見だ。
 むしろ、いや、まさか――みゆきじゃないのか?
 右手を掲げるみゆき、その手にはナイフが握られている。なるべく想起したくない思い出を呼び覚ます凶器が。
 その刃先に輝く粒子が殺到し、刃渡りを一気に伸ばす。さっきのケーキとは比べ物にならない処理速度だ。
 ちなみにその間にも巨大ケーキから様々な砲弾がこちらに飛んできたのだが、不可視の壁に阻まれるように破裂音と共に霧散していた。
 そして、ご入刀。
 みゆきは余裕の表情で右手を振り下ろし、それと連動する超ロングナイフが凄まじい切れ味でケーキを両断する。
 真っ二つに割れた巨大ケーキはもとの霧状態に拡散していき、やがて消滅。
 その後にはケーキから生まれたスイーツ太郎――ではなく、部屋着にしてもラフな格好の黒井ななこ教諭が横たわっていた。
 主の帰還と同調するように、あの果てしなく殺風景な空間は俺たちのもといたアパートの一室に戻っていた。
 終わったのだ、すべて。いや、ある一点を除いて。
 俺たち5人の視線はすべて高良みゆきに注がれていたが、俺が彼女を見つめる理由は他の4人のように単なる驚愕ではない。
 殺人鬼であり、かつてのクラスメイトであり、長門の同類である女の姿を――俺はみゆきに重ねていた。
 やれやれ、面倒なことになってきたぞ。


 らっきー☆ちゃんねる


あきら「おは☆らっきー! 日々インフレ中の小神あきらでーっす!」
小野「僕のマッガーレは108式まである――アシスタントの小野だいすけです」
あきら「皆様のおかげでらっきー☆ちゃんねるも4回目。早いものですね~」
小野「今回も2週ほど空けてしまったのですけどね。遅筆ぶりには困ったものです」
あきら「まあ週刊連載じゃあるまいし、大目に見てほしいところですけどね~」

あきら様「……つーかさ、今回のヒキ、何よ? まるっきり週刊少年漫画のアレじゃないの」
小野「まあそう言わずに。一番盛り上がる(と思われる)ところで切るのは定番ですから」
あきら様「いきなりやられても退くのは読んでる方だっつーの」
小野「誰がうまいことを言えと」
あきら様「何? 中二病? 久々に発病したか?」

小野「気を取り直しまして、今回の『誤解は与えません』のコーナー」
あきら「あれあれ? いつの間にタイトルが決まったんですか?」
小野「まだ仮の段階です。回を重ねるごとに変わっていく可能性もありますね」
あきら「さぁ~て、今回のオリジナル設定はぁ?」
小野「黒井ななこ先生がアパート暮らしとのことですが……これは原作では明言されていません」
あきら「ふむふむ」
小野「独り暮らしなのは確かでマンション住まいの可能性もあるのですが、黒井先生のキャラから筆者が勝手にアパートと断定しました」
あきら「うーん、確かに気さくで頼りがいのある先生だけど、オンナを見かけで判断するのはどうかな~?」
小野「奥深いコメントですねぇ。深すぎて、ほの暗いところまでつながっていそうな」
あきら「やだもうっ、小野さんったらぁ♪」

あきら様「本当にやだもうっ、小野さんったらぁ♪」
小野「……」ゾクッ

あきら「アッー! もう時間になっちゃったぁ。それではみなさんごきげんよう!」
小野「また次回お会いしましょう」
あきら・小野「ばいにー☆」

 


あきら「……」
小野「……」
あきら様「やだもうっ、小野さんったらぁ♪」
小野「……」ゾクゾクッ


 次回予告

 

みゆきです。

サンタクロースをいつまで信じていたかなんて、世間話にしては少々メルヘンの過ぎるお話なのですが、
調べ癖が仇となり早々に夢が破れたのも、今となってはいい思い出です。
そういえばご存知のこととは思いますが、サンタクロースが赤服のおじいさんというイメージが定着した歴史は意外と浅いんですよ。
発祥はアメリカのコカコーラ社が行ったキャンペーンで、サンタクロースに商品のイメージカラーである赤い服を着せたことです。
それ以前は、サンタさんのイメージは世界各地で異なっていて、服装や年齢・性別はおろか身長すら一定でなかったそうです。
そんな個性豊かなサンタさんも、ちょっと見てみたい気がしますね。

すみません、お話に夢中になってしまいました。次回予告をさせていただきます。
次回の教師キョンキョン物語は……第5話『私立高校教師』。お楽しみに~。

 

 

キョン「俺は絶対に失敗なんかしないからな。絶対だぞ!」
朝倉「はーるのー、こもれびのーなかでー♪」

 

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最終更新:2007年12月28日 18:34
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