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河梁の慈烏

◆yukichanHA氏の作品です

東風解凍―――なんてのはまだ先の事で、年明け二日目は未だ至極当然寒冷の空気に満ちていた。
「ふわぁ…」
さっきから欠伸が止まらない。
電車の断続的な揺れの所為もあるだろう。
早く寝たら良かった。
「キョンキョン大丈夫?」
横に座るこなたが俺の顔を覗き込む。
お前は大丈夫そうだな。
「私は慣れてるからネ」
自慢になるかは別として、今はそれが羨ましいぞ。
誰もいない頃合いを狙って早朝から出掛けさせられたはいいが、何処に行くんだ?
「お母さんに会いにっ」
こなたはカバンを取り出して、財布に入った母親、かなたさんの写真を見せる。
改めて見ると、やはりこなたそっくりだな…。
「俺は来て良かったのか?」
「一人じゃ寂しいじゃん?」
ならかがみやつかさ、みゆきと行けばいいだろ、と思ったが。
かがみとつかさは巫女仕事、みゆきは里帰りだったな。
「お父さんは原稿に追われてて元日から放心してたしネー」
消去法かよ。
眠気と呆れの溜め息を吐いたが、かなたさんに挨拶するのは必要だな、と考えて納得した。
「あ、ここで降りるよっ」
こなたは慌てて立ち上がり、俺を引っ張って電車を出た。

そのまま駅を出て、その下にあるバス停まで歩く。
「寒……」
都会とは言えない地方まで来たが、新年ともあって老若男女、色んな人が町を彷徨していた。
しかし密度で言えばやはり地元より低く、雰囲気も寒かった。
「だな」
首を縮めて、露出してる部位を少なくしようとする。
こなたは手袋を付けた手に自身の息を当てる。
バス停の時刻表を見ると、失礼だが流石地方だ。と思った。
「バス、しばらく来ないぞ」
こなたも想定外だったらしく、驚いてからはぁ、と白い息を長く吐いた。
時間潰しに俺は自販機でホットカフェオレを2つ買って1つをこなたに渡した。
「あ、ありがと」
どういたしまして、と言って横に座る。
タブを持ち上げて、一口飲んで周りを見る。
自転車に乗って寒い中野球をしに行く小学生、正月セールの開店前から列ぶ主婦、手を握り合う不釣り合いなカップル、振り袖を着る女性。
正月の――姿、かね。
「賑やかだね」
こなたも缶を頬に当てながら景色を眺めていた。
「そうだな、」
俺も小学生の頃は朝っぱらから仲の良い奴と野球やらサッカーやらやったもんだ。
今思えば、あの頃はそんな気力があったのが不思議だな。
「あはは、キョンキョン老けてるよー」
うるせぇ、時間には逆らえないんだから仕方ないだろ。
お前もいつか老けるしな。
「そーだね」
そう言ってこなたは俺の体に凭れ掛かる。
「ん、何だ?」
こなたの顔を見ると、遠くを見てるような寂しい目をしていた。
俺は気にせずに道路の向こう側で話す学生の会話内容を聞いていた。

しばらくするとバスがやって来た。
こなたは勢いをつけて立ち上がり、飲み干した缶を捨ててからバスに乗り込む。
俺も憑いているかのようにバスに乗り込んだ。
バスは駅から離れる所為か、乗る人はあまりいない。
前の方に老婦人が2人いるくらいだ。
俺達は後ろの方の2人乗り座席に座り、バスは発車した。
公園にはさっきの小学生が野球をしていた。
外野に飛んだ球を取ろうとして後ろに倒れ込んだ子供を見て笑う。
「………」
こなたは顎を引いて、ずっと前の空いてる座席を見ている。
バス停に着いてから、こなたは黙り始めた。
どうしたんだろうか。
俺がしばらく凝視してもこっちを振り向かない。
墓参りで何か思う事があったのだろうか。
わざわざ干渉する気もないので、自ら言ってくれるのを待とうと思った。
バスの電光掲示板を見ると、予めこなたに聞いた次の停留所が降りる所だった。
「こなた、降りるぞ」
"降ります"のボタンを押して運転手に合図する。
ポケットに入ったカードを取り出して、ゆっくり立ち上がる。
こなたの表情は変わらない。
俺は先に降りて、こなたが横に来たのを確認してから並んで歩き始めた。

いつものこなたじゃないのが不安だ。
俺をけなしてたり褒めたりして無邪気に笑うのが知ってるこなただからな。
たまにはこんなのがあってもおかしくはないが違和感がある。
風がまだ冷たい。
朝日は昇ってるのに熱を感じさせない。
こなたも寒いらしく、身体は震えていた。
俺は見兼ねてネックウォーマーをこなたのマフラーの上から被せてやる。
「のわっ!……ありがと」
横からいきなりやったから驚かれたものの、お礼は言ってくれた。
「どういたしまして」
淡々とそう返した。
急な下り道に出ると、下っていく途中に狭い墓地があった。

入口にはバケツと杓、水道が設備されていて、俺は水をバケツに入れてかなたさんの墓に向かった。
『泉かなた之墓』と刻まれた墓石は墓地の端にあった。
俺は水を墓石の上から丁寧にかけ、汚れを拭き落としていく。
こなたは地面に落ちた枯れ葉をかき集め、更に端に追いやる。
秋もとうに終えていたので、多くの枯れ葉は風に流されていて楽だった。
汚れもあまり無かった。
こなたはカバンから線香とマッチを取り出し、火を点けて取り付けられた筒に入れる。
それを終えてから、花を横にして手向ける。
俺達は合掌して黙祷した。
「……ねぇキョンキョン」
こなたが口を開いた。
俺は目を開いてこなたを見た。
こなたはまだ目を閉じていた。
「なんだ?」
「私ね、お母さんが死んだ頃まだ物心ついてなくてさ。お母さんを知らないんだ」
こなたの瞼がゆっくり開く。
「神様は酷いと思わない?私はお母さんを覚えてないんだよ?
  そんな早くに死なせるなんてさ」
こなたは墓石に歩み寄り、手を添える。
「でもよ、こなたはお母さんの事を聞いて知ってるんだろ?」
「聞いただけだよ?本当の事は知らないし」
俺はこなたの横までゆっくり歩く。
「残念だが、かなたさんには誰かに当たる白羽の矢が刺さっちまったんだよ。
  それは抗えないし、受け止めるしかないんだ。
  でもさ、かなたさんはそれでも、短い間でも――お前を愛してただろ。
  そうじろうさんは解ってる筈だぞ。だからそれを引き継いでお前を愛してる。
  神やら霊は信じないが、奇跡って言葉があるんだ」
俺はこなたの頭に手を置いてやる。
「そりゃあ時が経てば人は死ぬし、物は変わるさ。
  もしかしたら俺は瞬きをした直後死ぬかも知れない。
  だからこそかなたさんを覚えておいてやればいいんじゃないか?
  それが亡くなった人にしてやれる事だと思うぞ。――愛して貰って、覚えてないなら尚更な」
俺はこなたを抱き寄せる。
「もしこなたが死んだら俺が覚えててやるさ。かがみもつかさもみゆきも覚えてるさ」
「……そっか」
こなたはそう言って俺にうずくまった。
「…帰るか」
風が一つ吹き終えてからそう言った。
「うん」
俺はバケツを持ってかなたさんの墓を後にした。
こなたはもう一度手を合わせてから背を向けた。
「キョンキョン、お腹すいたー」
荷物を片付けてから腕時計を見ると、正午近かった。
「帰りに何か食うか」
こなたは元気に返事をして、俺の腕にしがみつく。
「なっ、こなたっ?」
「あはー、キョンキョン照れてんのー」
いつもの泉に戻ってやがる。
「あ、そうそう。私は老けてるキョンキョンより早く死ぬ気は更々無いからネー」
俺は引っぺがそうとしたが剥がれないので諦めて、そのままレストランに向かった。
春はまだ来ないと風が告げていた。





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最終更新:2008年01月01日 18:46
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