恐れないで――
逃げないで――
どんなに辛い事があってもそれだけは忘れないで――
想い人――
今私達は海へ向かっています。電車に揺られ、流れ行く景色を見ながら三泊四日の海への旅――
結局あの買い物の後は喫茶店へ行って喋るだけでした
SOS団の事、先輩達の昔話、チョココロネの頭はどっちか――これは泉先輩とかがみ先輩しか話してなかったけど
『みなみちゃんとみゆきさんって従姉妹だよね?』
そう言ったつかさ先輩は吸っていたストローを離した
淡い色のジュースから小さな泡が浮かんでは消える
『はい、小さい時から好意にしてもらいました』
『とっても可愛かったんですよ。お姉さんって呼んでいまして……本当の妹のようでした』
そうだったかな?みゆきさん
『その頃は泣き虫さんでしたよ』
恥ずかしいですね……小さい時の事なんて覚えていませんよ
けれど一つだけ覚えている事が――
~~~~~~~~~~
「…ーい、みなみ?」
「ほっほう~寝顔も可愛いですなぁ」
バッ!
「!?」
キョ、キョン先輩?泉先輩も?
あの、寝顔見ました!?
「そりゃ~見たに決まってるじゃないか~普段はクールな子が寝顔を見せるなんて……これも一つの萌え要素!」
「はいはい、早く下りるわよ」
「うぉっ、かがみん引っ張らないで~」
相変わらずですね……
「ほら、見てないで下りるぞ。みなみ」
そういって背を向けたキョン先輩はたくましかった
「荷物は持ってやるよ、寝起きなんだろ?」
そう言うとキョン先輩は私の荷物を棚から降ろす。一週間分の荷物けっこう重いと思いますが
ありがとうございます
「キョン、早くしなさい!みなみちゃんも急いで!」
黄色のリボンを風になびかせて、SOS団の団長――涼宮先輩の声が跳ぶ
天真爛漫という言葉がこれだけ当てはまる人も珍しいですね
「天真爛漫ね……アイツに三年間も振り回されてみろ、それが間違いだって分かるさ」
そうですか?
人の少ないホームを見る。『SOS団強化合宿』という名目で集められた私達――
ゆたか、かがみ先輩、泉先輩、つかさ先輩、みゆきさんを含めたSOS団員の皆さん
去年までは朝比奈さんという先輩がいたらしいけど……もう卒業して初期団員は涼宮先輩、長門先輩、古泉先輩、キョン先輩だけだ
「いい?これから合宿よ?遊びじゃないんだから、その覚悟が出来てない者は去りなさい!」
涼宮先輩の高らかな宣言があがった
「次の電車は二時間後だけどな」
「そこ!野暮なツッコミしない!」
辺りが静かなせいか何時もより涼宮先輩の声が透る
騒音は――もとより車が通る音、喧騒は全く――聞こえない。避暑地という言葉はこういうのを指すのだろう
心地よい風が頬を吹き抜ける、海の匂いが混じってどことなく懐かしい
……海辺に住んだ事はないけど
「そろそろ迎えの者が来ると思います。もうしばらくお待ちを」
そう言って古泉先輩は微笑んだ
「今回も新川さんと森さん、か?」
「ええ、その方が都合もいいかと」
辺りを見渡してみる
落ち着いた雰囲気でどことなく現代的な造りだ
少し古ぼけた掲示板には『7月7日、………』と書いてある。日付しか読めないが
その時二台の車が駅の前に停まった。一台は白、もう一台は黒という両極端の仕様だ
そして二台の車のドアが申し合わせたように開き、人が出てきた
「皆さんお待たせ致しました、今回あなた方の世話をさせてもらいます、新川です」
「同じく森と申します」
スーツで身を固めた初老の男性――新川さんと、メイド服を着た若い女性――森さんがそれぞれ自己紹介をした
二人の落ち着いた雰囲気が私達よりずっと大人という事を物語っている――この二人を知らないのは私とゆたか二人だけだった
「こちらこそ今年もよろしくお願いします」
いつもとは雰囲気が違った涼宮先輩が挨拶を行なった
キョン先輩やかがみ先輩はそれを見て苦笑してたけど……理由は何となく分かります
「すいません新川さん、森さん。ちょっと待っててもらえますか?」
そう言うと涼宮先輩はクジと称した爪楊枝を取り出した
「なぁハルヒよ、新川さんと森さんが来る前にそういうのは決めとこうぜ」
「う、うるさいわね!ただちょっとバタバタしてて忘れてただけよ!」
「やれやれ……」
「文句言わない!」
そんなやり取りを私達は――新川さんや森さんも――笑いながら見ていた
そうしてる時の涼宮先輩は楽しそうで思わず……嫉妬を感じた、それは自分のエゴというのは分かっている
ただ、私もああなりたいと願っただけだ……その時は
「ほら、みなみちゃんもぼーっとしてないで引いて引いて!」
いつの間にかみんなはクジを引き終り、私の前には満面の笑みを浮かべた涼宮先輩がいた
「すいません……」
「じゃあみんないい?赤色がついたクジを引いた人は新川さんの車!それ以外は森さんよ」
クジを確認する……赤だ。他には
「赤色ね」
「こちらも赤色です」
「……」
かがみ先輩、みゆきさん、長門先輩、そして
「赤、だな」
キョン先輩だ
という事は向こうはゆたかと泉先輩、古泉先輩とつかさ先輩、そして涼宮先輩……か
「古泉君と一緒だ」
「おや、つかささんも白ですか。でしたら荷物は持ちますよ」
「ううん、それは悪いよ……荷物結構重いもん」
「でしたら諦めましょう」
「じゃ、じゃあ少しだけ持って!」
「ふふ、分かりました」
そして二人は車へ向かってしまった。泉先輩は肩をすくめてやれやれ、と言っていたが
それを見てゆたかが涼宮先輩に何か聞いていたけど――まあ、二人が付き合っているかどうか聞いたのだろう
「あっちは色々と大変そうね……」
「ゆたかがこなたとハルヒにいじられそうだな」
冷静ですね……二人とも
そういえばこの二人どことなく似ているような……
そんな事を思っているとクジを見つめていた長門先輩が近付いてきた
「向こうに着いてから話したい事がある」
?長門先輩が話したい事……何だろう
「じゃあ行きましょうか。新川さん、よろしくお願いします」
そういってみゆきさんは車に乗り込んだ。続いて長門先輩、私という順で
「キョン先輩、かがみ先輩何してるんですか?」
「いやっ、何でもない。かがみ、そろそろ行くぞ」
「うん」
随分話していたけど何を話してたんだろう……涼宮先輩がどうとか言ってたけど
二人が乗った後
「それでは出発します」
という新川さんの一言により車は走り出した
走っている時の音が殆ど発たない、お陰でキョン先輩やかがみ先輩、みゆきさんとも話しやすかった
長門先輩は終止厚い本を読んでいたけど……酔わないんだろうか
「到着しました」
どうやら一足先に森さん達は着いていたらしく、先輩達やゆたかは荷物を降ろしていた
「一年振りか」
車から降りキョン先輩が呟いた。その手には自分の荷物と私の荷物がさがっている
あの、キョン先輩本当にありがとうございます
「これぐらいお安いご用だ」
「全く優しすぎるのもどうかと思うわよ」
「可愛い後輩の為だったらそれぐらいどうって事ないさ」
か、可愛いなんて……
思わず自分でも頬が熱くなるのを感じる、何でこの人はサラッとこういう事を言うんだろう……
横を見るとみゆきさんはいつものように微笑んでいた
こういうところはお母さん譲りですね……みゆきさん
「では皆さん中へどうぞ」
各々荷物を持って中へ入った
「うわ……」
中はとても広かった、ホールがあり左右の階段が存在感を醸し出している
ホール奥には巨大な絵画『神人』というタイトルの女の人と青い物体が書かれている
……どういうコンセプトなんだろう
「では私達は執事室で待機しておきます」
「何かご用命がございましたら何なりとお申し付け下さい」
こちらが鍵となります、と言って新川さんと森さんは下がった
部屋割を決めないと……
「じゃあさっそく決めるわよ!」
そう言うと涼宮先輩はクジを取り出した……やっぱり爪楊枝だけどみんな黙ってそれを引いていた
ある先輩は半ば諦めたような顔で、ある人達は顔を見合わせながら、またある人は顔を輝かせながら
「部屋割は一部屋二人づつだからね!みんなクジを確認して」
!男女混合ですか!?何か色々とマズいと思うんですが……
だけどそれを言わせない雰囲気がみんなから出ていたので言わない事にした
こう思ってはみたものの……も、もしキョン先輩と相部屋になったらど、どうしよう……
クジは……緑だ、もう一人は――
「あれ、みなみちゃんも緑?相部屋ね」
かがみ先輩だ。まあ現実は甘くないですよね……
部屋割は
・涼宮先輩と泉先輩
・みゆきさんとゆたか
・つかさ先輩と古泉先輩
・長門先輩とキョン先輩
・私とかがみ先輩
となった
長門先輩羨ましいです……
「じゃあ各自部屋に行って夕食までゆっくりしてて」
そう言うとみんな返事をして部屋へ向かった、私もかがみ先輩と
「いきなりビックリしたでしょ?男女混合で相部屋なんて」
はい……去年の合宿もああだったんですか?
「そうよ。去年は三人で相部屋だったわ……ここね」
ある程度は予想してたけどやっぱり部屋は凄かった
落ち着いた雰囲気で窓から溢れる光がその部屋だけを絵から抜け出したかのように見せていた
「じゃあゆっくりしましょうか、ここに来るまでに疲れちゃったし」
そう言うとかがみ先輩はベッドに腰かけ、ふぁ…と小さな欠伸をした
そういえば長門先輩が話があるって言っていたけど何だろう……
「すいませんかがみ先輩、ちょっと長門先輩のところに行ってきます」
「あ、ちょっと待って。私も用があるの」
じゃあ行きましょう
長門先輩とキョン先輩の部屋は私達の三つ隣だ
廊下に出ると絨毯の匂いがした
長い廊下に赤い絨毯、ホテルのような造りと間違えられても仕方はないと思う
コンコン……
「どうぞ」
中に入ると長門先輩は本を読んで、キョン先輩は窓を開けていた
その時窓からの光でキョン先輩が一層輝いてみえた
「この子に用事って"あの事"でしょ?長門さん、キョン君」
かがみ先輩がそう言うと長門先輩はほんの――僅かに頷いた
キョン先輩は何故だか不安そうな顔になっている
全く状況の飲み込めてない私にキョン先輩は口を開いた
「驚かないで聞いてほしい」
こう前置きしてから躊躇するように言葉を継いだ
「俺達の団長は……」
クソっ……と頭を掻いて
「"神"なんだ」
唖然とする私に窓から吹き抜ける風が頬を撫でた
最終更新:2008年01月03日 08:53