思えば私が存在するようになって3年間、こーやって人の手料理を食べるのは初めてだ。
そりゃあ飲食店やトモダチのお弁当の中身とかはあるけど。
こう……言語化しにくいけど。温かい特定の人への料理?は初めて。
「みんなちゃんと食べるのよー」
はーい、と私以外の3人が返し、大皿に乗った肉炒めを取り皿に入れていく。
「朝倉さん、食べないの?」
横に座る泉こなたが話し掛けて私は意識を取り戻した。
「嫌いなモノでもあったんですか?」
小早川ゆたかが乗っかかり問う。
「あ、ううん。それじゃ、頂きます」
そう言って取り皿に取った牛肉を口に入れた。
「……美味しい」
想定外の美味さの料理を食べると自然に口が動く、という話を聞いたコトがあるがまさにソレだった。
美味しかった。料理が単純に美味しいだけではない。
この母親――泉かなたの気持ちが篭ってるのだろう。
非科学的だ。けれど確か。
「だろー?かなたの料理はそこらの高級レストランのシェフにも敵わないからなっ」
泉そうじろうが言う。
「もー、ソレは言い過ぎよ」
「でも、本当に美味しいですよ。ね、朝倉さん?」
「ええ。」
ご飯が進む、とあるが、食べるのが勿体ないくらいだった。
「ふふ、ありがとう♪」
笑いが堪えない人だった。癒されそうだ。
「そういや朝倉さん、こなたは学校ではどうなんだい?」
「ぬおっ!お父さんソレを聞きますかっ!」
私は学校で泉かなたに言ったような感じのコトを言った。
「今日はご馳走様でした」
外は暗く、泉家の4人に見送られるトコロだ。
「いいのよ、楽しんでくれた?」
「はい、泉家が羨ましいくらいに」
食事中は勿論、食事後も梨を摘みながらお茶を啜りながら泉かなたと雑談したり、泉こなたに頼まれて宿題を教えてあげたりしてた。
「そう、なら良かったわ」
「あの……」
私は少々戸惑いながら言う。
コレは私の意思。
「また……来ていいですか?」
『家族』が羨ましかったのかも知れない。
溶け込みたかったかも知れない。
情報統合思念体は"生み"の親ではあるが、所詮生んだだけだ。
後は組織の上司と下っ端みたいな感じだ。
温もりが、欲しかった。
「――ええ。いつでもいらっしゃい」
泉かなたは女神のように温かく優しく笑ってくれた。
「ありがとうございます」
頭を下げる。
「そーそー、いつでも来ていいヨー。私も宿題手伝ってもrあいたっ」
「宿題は自分でやりなさい」
ペシンと泉かなたが娘の頭を叩く。
「だってー知らない間にハイリホーとかタイグーとか呪文みたいな名前が出てくるよーに…」
頭を撫でながら言い訳する。
「泉さんは寝てるんでしょ?」
溜め息を吐いてしまった。
「…もぅ。………朝倉さん、次来た時に教えるだけ教えてあげてくれないかしら?」
泉かなたは悪気を持ちつつも聞いて来た。
別に私は構わないですが。
同級生として将来が気になるしね。
「わかりました」
「ありがとー朝倉さーん!」
「わっ、ちょっ泉さん!」
泉こなたが胸に飛び付いて来る。
ゲンキンだなぁ。
「はぅ…この胸が羨ましい……」
……いや、ちょっと待ちなさい?
ペシンッ!
「こ・な・た?」
再度泉かなたが後頭部を叩く。
「あたた…だって…」
「アハハ……それじゃ、私はこれで。本当にありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとうね」
「また来て下さいね」
「ばっいばーい!」
「おう、また来てくれな」
私は泉家を背にした。
―――――
「んじゃあ私はゲームの続きを」
泉こなたはグーッと伸びをして家に入ろうとする。
「あら、次のテストが楽しみね」
「うっ……明日やるヨ明日」
それを明日も言うんでしょ…、泉かなたは部屋に行くこなたの背に呟く。
「それじゃ、私は宿題やってきますね」
「ゆーちゃんはしっかりしてるわねぇ、頑張ってね」
ゆたかも階段を上る。
「涼子ちゃん、だっけ?急にどーしたんだ?」
そうじろうが横にいるかなたに聞く。
「別に何もないわよ?ただ、こなたが気になっただけ。」
クスッ、と笑う。
「そうなのか?」
「そーよっ。後は朝倉さんが好きになったくらいかしら。いい人よね」
「そーだな、しっかりしてる。真面目な子だ」
そうじろうは腕を組んで頷く。
「こなたに爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ」
「今時、そんな言葉使わないわよ?」
「なっ…いいんだよ別に!」
「ふふ、寒くなってきたから入りましょうか」
「そうだな、コーヒー飲むか?」
「あら、淹れてくれるの?お願いしようかしら」
2人は扉の内側に入った。
くしゅん、かなたのくしゃみが可愛らしく廊下に響いた。
―――――
―――――
青白い光が泉家の一部屋の隅に漂う。
冷たい外気が少しだけ開けた窓の隙間から吹いて来る。
「すぅ、ほぁぁ……」
ここのところ全然吸ってなかった煙草を最近吸うようになった。
何故だろう。寝れない。
否、時間が惜しい。
かなたの睡眠を妨げるコトが出来る筈は無い。
でも、同じ屋根の下にいるという感覚を頭に張り巡らせて感じる。
壁の向こうですやすやと眠っているだろう。かなたは。
寝顔が見たい。あの天使のような寝顔を。
「かなた……」
ぽそっと聞こえる筈も無いが呟く。
寝顔、見ればいいじゃないか、俺の中の1人が囁いてる。
「ばっか、出来る訳無いだろ?」
返事を返した。
灰皿の凹みにまだ燃えている煙草を置く。
原稿用紙のマス目に鉛筆が進まない。
悔しい。自分を貶めたい。忌々しい。
神はいるのだろうか。ならば助けてくれ。
彼女――我が妻の笑顔をずっと、年取ってボケるまで見させてくれ。
それだけが、今の、願いだ。
なぁ、さっき寝顔を見たければ見ろよ、と言った俺よ。
何で見れないか、だって?ふざけろよ。
じゅわっ、燃えていた煙草の灰に水が落ち、火が消える。
「こんな顔して行って何が見れるってんだ……畜生、だから煙草は嫌いなんだ」
頬に涙が伝わる。煙草が湿っていった。
―――――
それからは最低週一で泉家にお邪魔していた。
泉こなたに勉強教える事は自学にもなるし、小早川ゆたかにも教えてあげるのは別に嫌じゃなかった。
寧ろお姉さんになった気分で気持ち良かった。
泉かなたさんとお茶する事は楽しかったし、たまに長門さんを誘って行ったりもした。
ほとんど黙してたけど、私としてはこういうのも必要だと思ったの。
いつもお世話になってちゃ悪いからたまには私が作る、って言っても返事はこれだった。
「私にやらせて、ね?」
年齢を疑わせるような可愛らしいウインクをされると、男でなくとも身を引いてしまう。
それならば、と買い物だけは頼んでみたが、それでも「私と一緒に」とごり押し気味に言われてしまった。
泉かなたさんは不思議な人だ。
可愛さ、綺麗さの裏に強さを持っている。しっかりしてる、と言うべきか。
「へぇ、もうすぐ文化祭なのね、こなたったら言ってくれないんだから」
今日も放課後、夕暮れにお茶会と称して泉家にお邪魔している。
「ええ、二日目の土曜ならかなたさんも来れますよ」
「そうねぇ…行けたら行かせて貰おうかしら」
行けたら?
「土曜は忙しいんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね」
少し気まずそうに、
「もし具合悪くして行けなかったら楽しみにしてくれてたら悪いでしょ?」
泉かなたさんはダージリンを一口飲む。
「そうですか…」
元々具合が悪いのは本人から聞いてるので、仕方ないと解ってる。
「とは言っても」
泉かなたさんはクスクスと笑って、親指を立てる。
「大丈夫よ。最近はそんなに具合は悪く無いんだから。きっと行くわ」
元気良さを見せる泉かなたさんを見てると自然とこっちも元気が出て来た。
「待ってますね」
そう言って私は小指を立てて泉かなたさんに向ける。
「約束、しません?」
「んー……わかったわ」
かなたさんは私の小指に自分の小指を絡ませる。
「♪ゆーびきーりげーんまーん♪」
「♪うーそつーいたぁら はりせんぼんのーます♪」
「「ゆーびきったっ」」
約束した。
「あら、そろそろ買い物に行こうかしら」
時計を見てかなたさんが立ち上がる。
「あ、それじゃ私も一緒に…」
「あら、ありがとう♪」
「それじゃ、そうくん、行って来るわね」
肌寒い外気に耐える為にかなたさんは分厚くも可愛らしさを残すダッフルコートを着ていた。
「ん、あ、ああ…」
泉そうじろうの目の下には明らかに寝不足を示す隈が出来ていた。眼球も赤い。
「…大丈夫ですか?」
「ああ…締切が近付くといつもこうなんだ。大丈夫さ」
「もう、いつも言ってるけどしっかりしてよ?」
「そうですよ、体壊したら元も子も無いですし……」
「はは、面目無い…」
頭をポリポリ掻きながら大きな欠伸をする。
「ケホ…それじゃ行ってきます」
「お邪魔しました」
「おう、2人とも行ってらっしゃい」
私は一度泉家を出た。
―――――
グシャッ
原稿用紙がまた一枚、ゴミになる。
「かなた……」
携帯の待受画面で自分と共に笑うかなたをただ眺めていた。
「せめて、俺の手の中で……」
ぼんやりとジェスチャーをするかのように空想を両腕で包み込む。
「くそっ……俺の」
ダァン!
拳を振り下ろし、机に2つの衝撃が響く。
「バカヤ…ロ……っ!」
机に突っ伏してえづく。
涙が机に広がっていく。
………
……………
ピンポーン
……呼び鈴で意識を取り戻した…
…寝ていたのだろうか。
掛け時計を見ると10分くらい経っていた。
ざまぁねぇな、俺も。
ピンポーン
再度呼ばれる。
しつこいな、セールスか?
未だ充血してる重い目を掻きながら扉を開けた。
「はいはい、どちら様…」
目の前には見知った女の子が。
「………どうしたんだい?」
彼女は開口一番、不思議な事を言った。
―――――
最終更新:2008年01月03日 21:44