「さーてっ、今日は何にしようかしら~?」
スーパーのカゴを腕に掛けたかなたさんは野菜を品定めしていく。
今日は私も泉家にお邪魔する気は無かったので同じだった。
「作る側からしたら悩むのはコレですよねぇ」
食べる人が言う"何でもいい"程困るものはない。
長門さんも当て嵌まるんだけどね。別にいいんだけど。
「そうよねぇ、その上作ってから"嫌いなものがあるー"とか言われてもねぇ」
「"なら先に言えー"って思いますよねー」
あはは、と談笑しながら、質の良さ気の野菜を1つ1つカゴに取っていく。
「あ、大根が安い」
【特価!】と赤文字で書かれた札の下にある大根を取る。
「今日はおでんにしようかしら。」
かなたさんも大根を手に取ってカゴに入れる。
「いいですね、この時期だし」
コンビニのおでんもいい香りを発しててそそられる。
さて、私はどうしよう。
同じのも癪というか気まずいし。
「……鰤大根…?」
もしくは…鳥大根…。
そんなのしか思い付かなかった。
私として美味しいからいいんだけど。
おでんを聞くと煮付けみたいなのしか考えられなくなっていた。
「あら、鰤大根も美味しいわよね。涼子ちゃんは何でも作れるのね」
「母の手伝いをしてたら自然に覚えまして、」
インターフェースとして得た知識だけど。
胸が少し痛い。
「それじゃ、今度涼子ちゃんに美味しくなるように教えて貰おうかしら♪」
「かなたさんほど美味しくは作れませんよ」
「私なんてただの一主婦よー」
手を左右に振りながら遠慮する。
「それじゃあ来週辺り泉家で涼子ちゃんの料理を作って貰おうかしら♪」
私は少し悩んで
「私ので良ければ」
そう答えた。
「んー今日もありがとうね」
買い物を済ませた帰り道、私は悩んだ揚句の鳥肉と大根、後は調味料やら安かった食材を買った。
かなたさんは家族分があって多いから少し私が買った物を持っていた。
日もほとんど沈み、橙の空が闇に溶け、街灯が照らし始めていた。
「いえ、私こそ」
一台、車がゆっくりと路地裏を、私達の前を通る。
「ケホケホ…」
かなたさんが手で口を覆い咳をする。
「大丈夫、なんですか?」
「大丈夫よ。でも排気ガスってのは辛いわね…」
具合が悪いのは知っている。
だからこそ心配だった。
もう一度咳をする。
屈み込む。
私も。
「かなたさん、本当に大丈夫………じゃなさそうなんですが…」
背中を摩りながら下から覗き込む。
ピシャピシャッ
「…ケホ。」
パシャパシャッ
「……え?」
ポタ...
―――――
10分前に遡る。
その少女は上目遣いをするわけでも無く、顎を上げて俺を見ていた。
「ど…どうしたんだい?」
「……急いで」
「は?」
「鍵閉めて。」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。何が何だか」
「はやく、して」
意味が解らない。
俺は一枚厚着して家を出て鍵を掛けた。
腕と袖の隙間に入る風が体を冷ます。
一つ震えて吐く息は白く、これの表現を頭の中でネタとして考えていたりした。
…そう言えば目の前の少女は冬服こそはあれども、この寒さには耐えられないと思われる格好だ。
なんせ、ミニスカ。
黒いソックスが膝下まではあるがその間の生足の部分は生白い所為でもあるが触れると冷たいくらいだろう。
ま、こんなオッサンより少女の方が大事だろうな。
俺はさっき自分に掛けた上着を向かいに佇む彼女に掛ける。
「…………?」
彼女は俺が掛けた上着を自分に合うように着直す。
そして小さく会釈をしてきた。
「寒かったろ?」
顔と手の先以外生肌を覆われた少女は首を横にする。…あら?
「でも」
一度瞬きをする。
「ありがとう」
俺は上る白い息を交えてニッと笑った。
……おっと、忘れてた。
俺が外に出た理由が無くなるじゃないか。
「急ぐん、だっけ」
やはり上着を離すと寒かった。後悔しつつもまぁどうしよーもないわな。
「うん」
彼女は頷く。
初めて見た時にはそうは言わなかった。
珍しいものを見た、輝きに感じた。
「泉さんの家の、お陰……」
まぁ変わっていいか悪いかは解らないだろうけどな。
びっくりはさせてもらった。
かじかんだ手を白い息に含んだ熱で温める。
「…ダメ。もう時間が無くなってる。」
こめかみに手を当て、頭の整頓でもしているのか。
まだ言ってることは解らんがな。
「来て。早く」
そう言って彼女は背を向けた。
「お、おう…」
彼女は駆け出した。俺も後を行く。
灰色のショートが降り出した雪に同化していた。
「げほっ…はっはっ…」
畜生、タバコの所為で肺がヤられてやがる。
ただでさえ持久力は無いってのに……くそっ。
「…大丈夫?」
彼女は一旦立ち止まり、首を傾げた。
助かった。
膝に手を置き、肩で息をする。
「…上を向いた方が良い。」
「はっ…そう……そうかい……はっはっ」
俺は言われるが侭、腰に手を当て上を向いて呼吸する。
汗が冷えない限り上着は要らないくらいだ。
全身から湯気が出てるのがわかった。
雪は体に付く前に蒸発する。
「はっはっ…さて、…げほっ、まだ走るんだろ?…はぁっ…」
なんか走るのが楽しくなってきた。
笑みが零れる。
「……もう少し、あの角。」
彼女は指差す方向、左に曲がる道と真っ直ぐ行ける道のある交差点だった。
「は…あ、あそこを曲がれば何があるんだい?」
車が一台、俺が行かねばならない道から出て、俺と反対の道を走って行った。
「解らない。」
……え?
「解らないって、どういう事だい?」
汗で纏まった髪が額で欝陶しい。
「敢えて言うなら―――――」
彼女は上を見上げる。
青天に雪が降り注ぐ。
彼女は今何を思ってるのか。
ただ見ていた。
そして、彼女は顔だけこっちに向けて、答えを言った。
「――ページ」
不可解だったが。
彼女はまた指差す。
「もう、行って。そこで新たな花が降る」
またもや不可解な発言。
「………ああ」
それしか言えなかった。
言うしかなかった。
走るしかないと思った。
彼女は何か言いたいのだろう。
俺は足を前に進める。
「ありがとう」
すれ違いざまに言った。
何があるかは解ってないさ。
けど、何かがあって導いてくれた。
「―――――」
彼女は呟いた。
振り向くと彼女は何かを摘んでいた。
そういや、あの子の名前も"ユキ"だっけか。
足はもう曲がり角にあった。
―――――
―――――
厚着をしたミニスカの少女―――長門有希は何かを摘んでいた。
先端は蒼く、茎は薄い緑色の小さな道端にありそうな花だった。
顔を上げて、そうじろうの行った角を見る。
「……そう」
何に呟いたのかは解らない。
きっと本人にも。
「……ダメ」
いつか、自分が彼女に言った言葉が蘇る。
《深く入らない方がいい》
「規定、事項、だから……」
頬に滴が流れる。
自分も温かい環境が欲しかった。
短い間だったけど楽しかった。
自分は彼女を楽しませたかは解らない。
けれど彼女は私を楽しませた。
確実に。
「…これは運命……」
長門有希は摘んでいる。折れた花、勿忘草を。
空いた手で頬の涙を拭う。
「………うん、」
長門は勿忘草の花に息を優しく、吹いたか分からぬような口で吹いた。
すると、花弁は蒲公英の綿毛のように風に乗り、空に舞った。
「……さよなら……」
空に呟いた。
―――――
「……かなた…さん…?」
「…ケホッ…はぁ…ふゥ…」
何よコレ。
ポタポタッ...
アスファルトが赤く染まる。
かなたさんの口を覆った掌も赤く染まっている。
手にある荷物が手からスルリと抜け落ちる。
「ねぇ!かなたさん!?」
思わず声を出す。
「ハァハァ…涼子ちゃん…ごめんなさいね…」
「何を言ってるんですか!早く救急車っ!」
かなたさんをどっかの家の塀に凭れさせる。
ポケットから携帯を取り出して地元の病院に繋げた。
「……はい!大至急お願いします!」
携帯で連絡を入れ終えた時だ。
「――――かなた!!」
男性の声がする。
「そ、そうじろうさん?」
泉そうじろうだった。
家を出る時と同じ、充血した眼を見開いていた。
「……あ、そうくん…どう…し…ケホッ…」
また自身の掌を血で染める。
泉そうじろうは顔を青ざめて、かなたさんの元へ駆け寄る。
「喋らなくていい……今は喋るな……」
「あの、そうじろうさん…?」
唐突過ぎて解らない。
何故かなたさんが……
かなたさんの呼吸が早くなる。
「そー…くん…あの、ね…」
「だから喋るなって……?」
かなたさんは、人差し指をを泉そうじろうの口に当てて、相変わらずの笑みを向ける。苦しそうに。
「私、ね…楽し…かった…」
泉そうじろうは抑止させなかった。
かなたさんはソレを望んでなかったからだろう。
また血を吹く。
自分は気がどうにかなりそうだった。
何故。
「そうくんやこなた…ゆーちゃんの笑…顔を…ケホッ…見れて…」
泉そうじろうは涙を流し、首を横に振る。
「…で、ね……私はー…満足…出来た…」
「何を言って…」
かなたさんは私を見てくる。
「涼子…ちゃ…」
「…はい」
淡々とした声で返事をするす。
「ケホ…最期まで…ごめん…ね…」
「…最期……?」
「酷…い、かも知れない…けどケホケホ」
かなた!、そう叫ぶ泉そうじろうは抑えられる。
「私…死ぬの、」
……うん、見て―――解る。
立ち尽くした拳に力が入る。
「そう……ですか」
「うん……巻き込んで、ごめん……なさい…」
「いえ……」
そうとしか言えない。
それしか思ってないから。
「かなた、」
「私、そろそろ…」
続きは言わなかった。
「! 落ち着け。俺を見ろ、涼子ちゃんを見ろ」
泉そうじろうはかなたさんの両肩に手をやり、真っ直ぐな瞳を放つ。
「かなた!」
だが、かなたさんは細い生白い2本の腕をそうじろうの首にかける。
そして体を泉そうじろうに接する。
「…ごめんなさい…」
淡く弱く優しい母の声が泉そうじろうの耳元に囁かれる。
泉そうじろうは歯を噛み締めて、かなたさんの背中に腕を回していた。
「バカ、ヤロ」
「ふふ、ごめん、な…さい……」
気付いた。
私の頬に涙が伝っていた。
温かく冷たい、液体。
かなたさんの腕がスルリと泉そうじろうの背をなぞるように、落ちた。
「……なぁ、かなた。」
『泉かなた』にそうじろうは答えた。
「俺も、幸せだったさ。」
男が愛する彼女は、ただ黙していた。
救急車のサイレンが辺り一面に鳴り響いた。
あれから、救急車が来ても虚しくかなたさんは眠り続けていた。永久に。
私は、涙を枯らした泉そうじろうに救急車の同乗を提案されたが、淡々と断った。
ボーッとかなたさんと歩いて帰る筈だった曲がり角を右に曲がると長門さんがいた。
大丈夫?、と問い掛けて来た長門さんの眼は赤かった。
ううん。そう答えた。
私達は何も言わず、横に並んで帰った。
葬儀には行かなかった。
泉そうじろうには来て欲しいようだった。
けど、断った。
気分じゃなかったから。それだけ。
多分葬儀では泉こなたも小早川ゆたかも泣いているだろう。
柊かがみや柊つかさ、高良みゆきも泣いてそうだな。
必要分の家具を揃えた部屋に佇んで、何をするもなく黙祷していた。
短い楽しさが走馬灯のように振り返った。
彼女の笑顔しか思い浮かばなかった。
最期でさえ、笑っていた彼女。
うん、楽しかった。
今までで、1番。
偶然の芽が生んだ、奇跡の花。
椅子の上に三角座りになる。
「ありがとう」
俯いて呟いた。
静かに 眼を閉じた。
最終更新:2008年01月03日 22:08